シャワーを浴びた後、ママが作り置いてくれた夕食を、テレビを見ながら一人で食べました。それから、ふと思い出して、鞄の中から例の手紙を取り出すと、もう一度読み返してみました。昼間、保健室から戻って来た後、教室の机の中に密かに置いてあったラブレターでした。レポート用紙に、私の性的な嗜好についての考察と、自分との相性が、神経質そうな細かな文字でびっしりと書かれてありました。私と私の身体をどうやって愛するか、毎夜、夢想の中で繰り広げられてるらしいサディスティックで、グロテスクなその行為を事細かに描写して、『僕のやや常軌をいした愛も君なら理解してくれると信じている』と云うかなりマニアックな内容でした。
三度目を読み直しているときに、ママからの電話が入りました。
客からの指名だというのです。
「誰、知ってる人?」私は尋ねました。
「久し振りよ。例のおばさん」ママが言いました。
「まさか、立花先生?」
「そんな名前じゃなかったような気がするけど、でも確か、あなたの学校の先生の紹介のはずだったわね。うちのような処には、いい客だわ。金払いもいいし、問題も起こさないし」
「断れないわよね」
「行きたくないの?」
「出来れば」
「そりゃ人間ですもの。気分の乗らない日だってあるわよね」
ママは、ことさら優しく言いました。
「わかったわ、ママ。すぐ支度する」
私は、嫌味を言われる前に言いました。
「無理しなくてもいいのよ。元々あなたには荷が重いと思ってたんだから」
「わかったって、言ってるでしょ」
「この仕事、始めたいて言ったとき、確かママ、反対したわね」
「大丈夫よ、ママ。もう、大丈夫」
「林(りん)さんが、そっちに向かっているわ。着いたら電話するように言ってあるから、いつもどおりね」
「はい、ママ」
私は手紙を折り直すと、何か大事なもののように、鞄に仕舞いました。
2
三十分後、私は、黒塗りのリンカーンの後部座席に座って、ネオンの洪水のような都会の景色を眺めていました。
赤や黄色や緑や紫といった色が、きらきらと宝石箱をひっくり返したように輝いて、目の悪い私には、まるでお伽の世界のように見えるのでした。
リンカーンを運転しているのは、林(りん)さんという中国人でした。昼間は専門学校に通いながら、夜はママの店で、女の子の送り迎え兼ボディガードをしていました。林さんは、学生の割にはかなりの歳で、中国には奥さんも子供もいて、早く学校を卒業して国に帰り、コンピューター関係の仕事をするのが夢でした。
林さんは、無口で、いつもほとんど喋りませんでしたが、その日は珍しく、運転をしながら、私に話し掛けてきました。
「真琴さん、この頃、元気ないですね。身体、どこか、具合悪いですか?」
大丈夫だと私は答えました。
「いつもと同じだし、私は、いつも元気ですよ」
「真琴さん、気を付けたほうがいい。バイオリズム低下してるし、悪い星めぐってきている。真琴さん、早死にするかもしれない」
林さんは、中国拳法のほかには、占いもやるのでした。
大丈夫だ、と私は言いました。
「今日も一回、死にかけたけど、死ななかったわ」
「真琴さん。今日はおとなしく家に居た方がいいかもしれない」
「死んだら、林さん。泣いてくれる?」
「今日は、真琴さんの側、離れないよ。いつでも側に居るよ」
「林さん、優しいのね」
ネオンの洪水は、ますますそのきらめきを深め、私は、その不思議な世界にうっとりとしているのでした。大人の快楽と甘い蜜の匂いのするお伽の世界でした。
3
部屋は暗く、スタンドのオレンジ色の光が、やっと人の表情を照らし出していました。
その光に照らされて、ソファーに腰掛けていたのは、思ったとおり、校医の立花先生でした。先生は、黒いフリルの付いた下着姿で、老いの進んだ脚をガラステーブルの上に乗せて、お酒を飲みながら、クラッシックの音楽を聴いていました。
街の光を眼下に見下ろすシティホテルのセミスウィートでした。フルオーケストラのやたら重々しい旋律が部屋に満ち溢れ、立花先生は、うっとりとしているようでした。
先生は、私が入ってくるとリモコンでステレオのヴォリュームを下げ、お酒を一口で飲み干して、しばらく私の身体をじろじろと眺めた後、昼間と同じ事を言いました。
「短いスカートね」
私は、わざわざ、廊下のトイレで、学校の制服に着替えたのでした。それが、先生の注文でした。
先生は、数枚の一万円札をテーブルの上に並べて、「今日は泊まっていきなさい」言いました。
店はOKでした。電話口にはママが出て、「学校はどうするの?」尋ねました。「直接行く」私は答えました。
私は、お金を鞄の中に仕舞いながら、一枚多いと戻そうとしました。
「取っときなさい」先生は言いました。
「脚はどう?」聞かれて、「平気です」答えました。
昼間、体育の時間にプールで転んで怪我をしたのでした。怪我自体は大した事なかったのですが、転んだ原因の方に問題があって、私は水に落ち、危うく溺れかけたのでした。ただ、誰も助けてくれなかったので、自分で自ら這い上がり、服を着替えて一人で保健室に行き、立花先生に手当てを受けたのでした。保健室には音楽の清水先生が遊びに来ていて、私たちは二人きりになれず、おそらくそれが久しぶりに先生に呼ばれた理由だったのでしょう。
立花先生は、ベッドの脇から黒い診察鞄を取り上げると、テーブルの上に鞄の中身を並べ始めました。並べながら、私が、何故この頃、保健室に寄り付かないのか尋ねました。
「悪いうわさがありますから」と私は答えました。
「悪いうわさ?」
「先生はレズだって」
ふふんと先生は鼻先で笑い、「面白かったわ」言いました。
テーブルの上には、聴診器や注射器のセットのほかに、バイブや、分けのわからない機具も並んでいました。
「清水先生が、この頃の相手ですか?」
私は尋ねました。昼間、私が保健室に行ったとき、先生は、清水先生とアイスコーヒーとビスケットを前にして楽しそうに話をしていたのでした。
「まさか、誰があんなおばあちゃんと」立花先生は言いました。
「色々、うわさがありますよ」私は言いました。
「どんな?」
「一年生の女生徒とキスしてたとか。触られそうになったとか」
「そろそろあの学校も、潮時かな」立花先生は言いました。「学校の制服、けっこう気に入ってたのに・・・」
「また、どっかの学校に行って、女の子を漁るんですか?」
「趣味だもの。しょうがないじゃない」
「好きですよ。そういう生き方」
「私も、あなたみたいな生き方、好きよ」
「先生は、お金も名声もあるのに、何で変態やってるんですか?」
「あなたこそ、その若さで、何で淫乱やってるの?」
「分かりません。気がついたら、まともじゃなかったんです」
「偶然ね。わたしもよ」
鞄の中から、先生が最後に取り出したのは、何かのクスリの入ったアンプル剤でした。それと同じものを私は見たことがありました。立花先生は、慣れた手つきでアンプル剤の中身を注射器の中に移し替えると、言いました。
「自分で打つ?、それとも私が打つ?」
「先生、それってもしかして覚醒剤じゃないですか?」私は尋ねました。
確か、同じアンプル剤を担任の黒崎先生も持っていて、一度、使われたことがありました。私は、そのことも尋ねてみました。
「知らないうちに、なくなってると思ったら、あの子の仕業だったの」
先生は、さらりと言ってのけました。
『あの子』という言い方が気になりました。私は、黒崎先生とどういう関係なのか、尋ねてみました。
「ただの親子よ」あっさり、言われました。
「私が親で、あの子が子供。私の腹を痛めて生んだ子。ただそれだけよ」
「でも、名前が違いますよ」
「私の最初の亭主が黒崎って名前だったのよ。私も若かったけど、この男が、どうしようもないろくでなしで、その息子も似たようなろくでなしってわけよ。知ってるでしょう?」
「先生、結婚してらしたんですか?」
「二度して、二度別れたわ。どいつもこいつも、ろくでなしばかりだったわ」
私は、立花先生も清水先生と同じただの変態のオールドミスだと思っていたのでした。
4
先生の目の前で脚を大きく開かされ、太股の付け根に近い部分の静脈に注射を打たれました。クスリが血管を伝わって身体中に染み渡る感触と同時に、何か冷たくてざわざわしたものが、私の背中の内側を這い登って行き、頭の先から宙に抜けて行きました。一種独特の気持ち良さで、身体が小刻みに震え、私はえずきそうになりましたが、しばらくすると私の頭は、きんきんに冴え始めたのでした。変に興奮してるのですけど、それでいて、しんと澄み切った氷の世界が、頭の中に広がっていました。
私たちは、先生のいう『保健室ごっこ』を始めました。
先生が頭のいかれた校医で、私が頭のいかれた女生徒というそのままの設定でした。私は、頭が変だという理由で保健室に来た女生徒でした。先生は、聴診器を使って、私の頭の音を聞いていましたが、脳が腐っているわ、それが診断でした。
頭のいかれた先生は、ビロードの布で大事に包まれたケースの中から一本のメスを取り出して、スタンドのオレンジ色の光にかざしてみせました。生まれて初めて人の身体を切り刻んだ時のメスだと教えてくれました。酒を飲むと気が狂う夫に殺された若妻の身体の中から、折れた傘の先を取り出すときに使ったのだそうで、それ以来、毎日かかさず磨いてるから切れ味は折り紙付きなのだそうです。実際、先生が何げなくメスを滑らせただけで、私のスカートにスリットが入りました。
先生は、私の身体を裸にするのにそのメスを使いました。
制服をずたずたに切り裂かれ、私は、異常な興奮に取り付かれていました。喘ぎ、身体をプルプル震わせて、四肢を緊張させていました。じっとしていないと肌まで切られるわよと脅かされたせいでした。
「制服くらい、死にそうなほど買ってあげるわ」先生は言いました。
先生は、裸にした私をベッドに寝かせると、身体中のあちこちに聴診器をあてがい、そこの音を聞いていました。
私の身体は、異常に感じるのでした。触れられるだけで、まるで火を当てられたように反応するのです。
「腐ってるのは脳だけじゃないわ」先生は言いました。
「身体中の穴という穴を、何かでふさがないと、腐った汁が、ほらもう、こんなにあふれ出ているわ」
もちろん私のあそこを濡らす液体のことを言ってるのでした。先生は、指についたそれを私の頬にぬすくりつけました。それで私は、まず行かされたのでした。頬に自分の汁を塗られただけで・・・。
二度目は、耳でした。耳の中にメスを入れられてかき回されるだけで、私は引き付けを起こしたみたいにがくがく震え、のけぞり、声にならない悲鳴を上げ、真っ白に弾けたのでした。
私は、自分でも信じられない異様な興奮に取付かれていました。クスリのせいだということは、分かっていました。もちろん身体に良くないクスリであることは間違いありません。だけど、そんなことは少しも気にならないのでした。こんなにいい思いが出来るのです。私のくだらない未来の一つや二つと取り替えた処で、どれほどの問題があると云うのでしょう。どうせ誰かに嫌われるだけの未来なんです。
続きはホームページで読んでください。他にも色々ありますよ。
(98/11/12update)