時代劇

その1

作・たくさま


 

 

 

それはアスカの一言から始まった。

 

「シンジ、これ何?」

 

「え?」

 

 

 

リビングでアスカは寝転んでファッション雑誌を見ていた。

 

シンジは夕食の準備をしている。

 

今日のメニューは地鶏の香草蒸と野菜スープ。部屋にはハーブの香りが充満していて、食欲をそそる・・・はずだが、アスカは何も感じていない。彼女にとってはそれが当たり前なのだから。

 

シンジは野菜を洗いながらアスカの方に顔だけをむける。

 

「これ、何?」

 

アスカはシンジの方に雑誌の特集らしいページを開いてみせる。

 

シンジにとっては当たり前の記事しか載っていない。

 

「えっと、何がわからないの? ただの正月特集みたいだけど。」

 

「これよ、この服装よ。なにこれ、時代劇に出てくるみたいな格好して。」

 

「ああ、日本の女の子はお正月に振り袖を着るんだよ。」

 

「振り袖って何?」

 

シンジは困った。着物の事など興味が無いから良く分からない。一応日本の女性のミサトさんもいない(居たところで役に立つ筈も無いが)。とりあえず、

 

「着物の種類かな。他にも一杯あるけど、こういう時は振り袖を着るみたいだよ。」

 

「そっか・・・シンジぃ?」

 

彼の表情はちょっとだけ緊張する。アスカが自分の名前の後に『ぃ』と上がり気味に付ける時、大抵ロクな事がないのだ。

 

「な、何かな?」

 

「あたしも振り袖着たい。」

 

断定形で言い切られてしまった。

 

「ん〜っと。」

 

シンジの頭の中の家計簿が新たな計算を開始する。

 

(えっと光熱費が¥12000、通信費が¥15000、食費が¥48000・・・

 

どう考えても辛いなぁ・・・振り袖って何十万もするんだろ?やばいな・・・)

 

仕方なくアスカの説得を試みようとするがしかし。

 

「あの・・・アスカ?」

 

目の前にアスカが居ない。その代わり彼女の部屋が騒がしい。

 

「もしか・・・やっぱり。」

 

予想通りの結果が待ち受けていた。

 

「じゃ、行こう。」

 

アスカは既に着替えていた。クリムゾンレッドのフレアスカートにブラックを主体に赤いラインの入った革ジャンを着ている。

(ホントは更に薄く化粧をしていたが、シンジは気づかなかった)

 

シンジは諦めて自分も部屋に戻り、黒いナイロンTシャツと革のパンツ、白いショートジャケットを身に纏う。

 

それでもって自分のカードの残額を確認する。

 

シンジは倹約家だったし、EVAのパイロットとしての給料は危険度が大きいことからかなりの額だったから残高としてはかなりの余裕がある。振り袖一着くらいなら楽に購入できるが。

 

「また、出費がかさむなぁ・・・」

 

『余計な』という言葉はない。アスカが喜んでくれるなら、それは余計なものではないから。

 

「まぁいいか。」

 

「はやくぅ〜!」

 

玄関で急かすアスカの仕草が可愛らしい。

 

「分かったから。」

 

玄関に走って行き、アスカと一緒に部屋を出る。

 

とりあえず近くの駅の、市街地行きの電車のホームに行く。

 

「アスカ、呉服屋って何処にあるか知ってる?」

 

「え〜っと・・・」

 

脇に下げたショルダーバッグからさっきみていたファッション雑誌を取り出す。

 

3駅くらい先の街の呉服屋が雑誌には紹介されている。

 

「・・・まあいいか。」

 

(ちょっと距離があるが、別にいいか。)

 

「・・・電車、来たわよ。」

 

シンジはアスカのちょっとした変化に気づく。

 

「アスカ、ちょっと、どうかしたの?」

 

「べ、別にどうもしてないわよ。」

 

言葉の意味とは裏腹に口調は上ずっている。

 

「そうかなぁ、どこか緊張してるように見えるけど。」

 

「何でもないわよ!グダグダ言ってないでとっとと乗る!」

 

(こんな時だけ、敏感なんだから、このバカ・・・)

 

 

 

「三番線、第3東京市・・・」

 

夕方頃ではあったが、列車は比較的空いていた。

 

 

 

電車の中は二人っきり。

 

「・・・シンジは時代劇しないの?」

 

おそらく羽織袴の事だろう。

 

「えっと、男は成人式か、結婚式くらいしか着ないかな。」

 

「結婚式・・・」

 

(やばい、アスカが煩悩に走っちゃう!えっとここは何て切返したらいいかな・・・)

 

「・・・ウェディングドレスじゃなくて女性は何を着るの?」

 

「え?」

 

「だから、男が時代劇で、女がウェディングドレスだと変でしょ?」

 

(まずいよ〜困ったよ〜 誰か助けて。)

 

「えっと・・・白無垢かな?ほら、時代劇のかつらみたいなのつけて、顔が全部隠れるフード被って・・・」

 

「ふ〜ん、何処でやるの?」

 

「神社とかだっけ・・・・」

 

「シンジ、ちゃんと知ってるじゃない・・・」

 

まずいよ、アスカ、気づいちゃってるよ、そうだ!

 

「あ、降りなきゃ。」

 

何も考えずに次の駅で降りたシンジ。当然アスカも一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

ひゅる〜

 

 

 

シンジのココロの中にかぜが吹いている。

 

(どうして、どうしてこんなことに?)

 

彼が偶然降りた駅の目の前は・・・

 

『〇〇神宮』

 

と書かれた大きい神社があり、そこで『偶然』結婚式が執り行われていた。

 

(夕方なのに、どうして?)

 

先頭を歩く黒い羽織袴の男と白馬に乗った白無垢の女性。

 

ゆっくりとした動きで神社の境内に入っていく。

 

「日本式の結婚式も良いと思わない?」

 

アスカは暫それを眺めていたが、すぐに僕に問い掛ける。下の方から上目遣いに。

 

(反則だよ、それ)

 

アスカみたいな美少女に上目遣いに『どうかな?』て聞かれて『別に』とか答えられる男っているのかな? いないよな、そんな奴。

 

「いいと・・・思うよ。」

 

(墓穴掘ってるな・・・)

 

「やっぱりそうよねぇ〜。」

 

「アスカ、今日は晴れ着を買いに着たんだから。」

 

「そうよね。」

 

あっさりと引き下がるアスカ。

 

(あ、こんな簡単だったんだ。もっと早く言えば良かった)

 

 

 

シンジは気づいてなかった。

 

振り袖と白無垢を扱うお店が同じことに。

 

 

 

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〜後書〜

 

前回凶悪な奴を送ったたくです。

 

今回はマトモだと思います。

私の書くアスカ様にしては珍しくへっぽこではないです。

多分、3回くらいで終わるので見捨てないでください。

 

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