>「ふ〜ん、ここね。」
アスカと僕は一件のお店の前に立っている。
白い漆喰の壁と黒い瓦の屋根。
誰が見てもこれを洋風の建築物という人はいないだろうという純和風の店構え。
その建物の一角はガラス張りになっていて、いくつかの着物が飾ってある。
それを見て、真っ青な顔に変わるシンジ。
(しまった、着物なんだから、此処に在っても不思議はなかったのに!!)
ショーケースの中には『偶然』白無垢が飾ってある。しかもその横には羽織袴まで。
シンジは額に『意味の無い』汗を浮かべ、それを見なかった振りをしている。
「さ、はいろうか。時間もあまりないし。」
上ずり、震える声。
唾を飲み込む音。
横目でアスカの反応を伺うシンジ。
(バァカね、それぢゃ『あれ』を意識してますって言ってるようなものぢゃないの。)
アスカにはシンジの心の動きが手に取るように分かる。
(ここで、あっちむいて、シンジをからかってもいいけど・・・)
アスカはシンジの方に向き直し、シンジに対する答えを返す。
「そうね、さっさと入りましょ♪」
にこやかな表情を浮かべるアスカにシンジは安堵した。
(良かった、アスカは気づかなかったんだ。ふう・・・)
「ほら、何ぼさっとしてんの、さっさと入るわよ。」
アスカはさっさと店に入る。後を追いかけるシンジ。
「いらっしゃいませ。」
お客様に当たり前の対応をする店員。
「振り袖ってのをさがしてるんだけど。」
あくまで自分のペースで話すアスカ。
シンジはアスカがいつ『あれ』に気づくのか気が気でない。
「お客様は今回が初めてのお着物ですの?」
100点満点の営業スマイルで対応する店員。
「そうよ。」
「それではこちらへ。」
アスカは店員と色々話している。
シンジは所在ないが、アスカにここで話し掛けてボロを出す事も無いと考え、店に置かれた着物を見て回った。
ここにはシンジとアスカが見に来た振り袖以外に、訪問着や、浴衣なども当然置いてある。
それを一点一点見て回るシンジ。
「これ、綾波に似合いそうだな・・・」
シンジはある浴衣に目を留める。
深い藍色に菖蒲の柄の浴衣。これに紫の帯を合わせて・・・
(綾波って、柳腰だし、似合うだろうな。)
自らの煩悩にハマるシンジ。
「・・・ジ。」
「で、これをプレゼントしてさ・・・」
「・・・ンジ。」
「『あ、ありがとう・・・』って・・へへ・・・」
「・・・シンジ。」
「『いいんだよ、あやな・・・」
既に鼻の下は何本鉛筆が挟めるのか、試したくなるほど伸び切っている。
ついでに鼻の穴の奥は少し赤くなっている。何を想像した、ナニを。
「・・・シンジ!」
「はっ!あ、アスカ。」
シンジは左を振り返ると、そこには帯に手を当て、額に怒り漫符を浮かべたアスカ。
「さっきの『あやな』の後には何か続くのかなぁ?シンジ君?」
でろりんっとした表情筋は一気に硬直しる、いや、縮こまる。彼の心同様に。
「え、えっと・・・」
「何て続けたかったのかなぁ?」
(ヤバイ・・・)
シンジの思考は一端そこで途切れた。
(アスカ、だよな・・・これ。)
シンジの様子が変な事に気づくアスカ。
「ちょっと、どうしたのよ、ねえ。」
シンジにリアクションはない。ただ、アスカを見つめている。
(えっと・・・なんだっけ、時代劇とかの女優とかとは違うよな、なんて言うか・・・)
(ちょっと、シンジどうしちゃったのかしら、あたし見たまま硬直しちゃってるし・・・)
(茜色の髪とか、青い目とか、なんか違うんだよな・・・なんて言うんだっけ・・・)
(ちょっと、そんな人の事まじまじと見ないでよ、恥ずかしいじゃない・・・)
二人が硬直してしまっているのを店員は暖かい目で見ている。
二人とも頬を桜色に染め、見詰め合っているように見える。
「いいわね、若いって。」
「天女。」
シンジの口から解き放たれた一つの単語。
「え・・・」
「あ・・・」
アスカの表情が変わったのに気づき、シンジは慌てて言葉を続ける。
「えっと、その、アスカってクウォーターだからさ、そのなんか、他の人と違って、なんか、地上の人じゃなくて、
天照大神に仕える機織りの・・・じゃなくて、牛、じゃなくて、その、天から降りてきた・・・」
シンジが慌てて弁解しているのを見てほっとしたアスカ。
(似合ってたんだ、良かった。)
心に余裕を取り戻したアスカは。
「ふ〜ん、それで?」
「だから、あの、その、・・・・奇麗だなって思って・・・」
「そ、そう・・・」
桜色の頬は林檎色に変わる。
二人を見ていた店員はおかしくて仕方が無かった。
「ありがと、シンジ。」
「あ、うん・・・」
シンジにも安堵の表情が宿る。
「で、さっきの『あやな』の後はなんて続くの?」
「え・・・!」
「なんて続くの?」
「あの、その・・・」
まさかばか正直に『(あやな)み』なんて言ったらこの場でまずコークスクリューパンチを食らって、裏拳からバックドロップ、グロッキーになった所で踵落し、で決め技に夜叉スペシャルをもらう事になる。
この間も綾波と話していたら、チョークスリーパーで半分落とされて、その後、家に帰ってからローリングジャーマンをもらった。
「『み』っては繋げないわよね?」
「!!!」
「繋げないわよね?」
「・・・はい。」
アスカからそっちに振ってくれたかた助かった、と思ったシンジ。
「嘘ね。」
「!!!!」
顔に縦線はいるシンジ。
「まぁ、今日は許したげる(ニヤリ)。」
「ホント!」
シンジのバックは暗雲たちこめる地獄の情景から蝶々の舞う極楽浄土にかわる。シンジの目にはアスカから後光が出ているように見える。
「じゃ、この着物の支払お願いね。」
「分かったよ、アスカ。」
晴れ晴れとした表情で店員にアスカの晴れ着の支払をするシンジ。その額¥1204000。(着物と小物¥1140000で、消費税¥57000と着付けの料金¥7000合わせて¥1204000)
そんな大金の書かれた請求書にあっさりとサインするシンジ。
その間にアスカも来た時の服に着替える。
「ありがとうございましたぁ〜」
晴れやかな顔を浮かべる店員。そりゃそうだ。
「どうも。」
シンジも晴れやかな顔をしている。
「また来るから。三年くらい後に。」
アスカも晴れやかな顔で店員に告げる。
「三年後、ですか?」
何故に?と疑問符を浮かべる店員。
「表に飾ってあった奴、あれを買いに来るから。」
シンジの表情は一変する。
「あ、アスカ・・・」
「はい、では惣流様のために三年後に作っておきますから。」
店員もそう答える。
「その時は惣流じゃないわ、碇、碇ラングレーよ。」
シンジの中の、何かが壊れる。
「碇ラングレー、碇ラングレー、碇ラングレー・・・」
ディレイと化したシンジ。
「じゃ、着物はちゃんと届けてねぇ〜」
「はい、碇様。」
「じゃ、まったね〜ん♪」
「碇ラングレー、碇ラングレー、碇ラングレー・・・」
面白い(金払いも良い)客だったな、と思いながら、店員は二人が出ていった後、お店を閉めた。
・
・
・
・
「ねぇ・・・」
「碇ラングレー、碇ラングレー、碇ラングレー・・・」
さっきからそればっかり繰り返すシンジ。
「あたしと一緒になるのってそんなにいや?」
「え?」
シンジ、偽りの、再生。
「そうよね、あたしみたいに料理も出来ない、掃除も出来ない、性格も悪い女なんて駄目よね・・・」
俯き、力なく呟くアスカ。
そんなアスカを見つめるシンジ。
(か、可愛い・・・なんか、守りたくなるような・・・)
「そ、そんな事ないよ。」
「嘘、さっきあやなみって言いたかったんでしょ?そうよ、あたしなんて・・・」
しくしく
泣き出す(真似)をするアスカ。気づかぬシンジ。
「そ、そんな事ないよ、僕はアスカを大事にするよ、その・・・一生・・・」
「ホント?」
泣き出す(真似)を止めるアスカ。
「ホ、ホントだよ、信じてよ!」
「やったぁ♪」
顔を上げたアスカは晴れやかである。頬にも瞼にも涙は付いてない。
「あ、騙したの?」
ここにきてようやく気づくシンジ。
「そうよ♪」
「な、なっなっ・・・・」
「これからはあたし以外の女性、見ちゃ駄目よ♪」
「な、なっなっ・・・・」
「それから毎日あたしの好物をお弁当に入れる事。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「なぁによ、黙り込んじゃって。シンジ、あたしも愛してるから、ね?」
背伸びしてシンジの頬に唇で軽く触れる。
「そっか、そうだよね、アスカも僕の事愛してくれるよね?」
「そうよ、あ・な・た(ハァト)」
そしてシンジは舞い上がった。後先考えずに。
・
・
・
・
三年後
「こんちわ〜っ約束のもの出来てます〜?」
「はい、碇様ですね、お約束通り、最高級の生地で、作り上げました。うちの最高傑作ですわ。」
「そっか。」
「はい。」
再び呉服屋を訪れた二人・・・頬を艶々させたアスカと少し痩せたが、やっぱり頬を艶々させたシンジ。
「あ、そうそう。」
「どうかなさいました?」
「今、三ヶ月だから、前みたいに『きっつぅーい』のは駄目よ。」
「それでは・・・」
「昨日、碇ラングレーになったわ。」
「おめでとうございます!」
まぁ二人とも幸せだから良しとしよう。
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〜後書き〜
終わった・・・なんとか3回でおわった・・・今年中に終わった・・・
んーみゅ・・・こうして見るとシンジがまだ壊れきってないし、アスカも悪女になりきってない・・・精進せねば・・・
やっぱアスカの神前結婚式って変。でもウェディングドレスのってもう書かれるし・・・
ちかれた・・・ぼのぼのよりダークでグェーが好きな壊れ人形たくには辛かった。(読むのはぼのぼのの方が好きだけど)
また暗い話を書こう・・・イタイ奴。
ではでは。