☆
「………ふぅ……」
ため息。
ため息は、現実を、想いをどうすることも出来ぬ声なき声。
射干玉の黒髪と羚羊(かもしか)のようなしなやかな肉体美を持つ女は、
小さく寝返りを打った。
ベッドのスプリングがギシリと軋む。
今まで、一体何回寝返りを打ったのだろう。音一つない沈黙の中にベッド
のスプリングの音だけが残り、寂しげに消えていった。
ティファ……
それは、女の名前。古く、錆び付いたベッドに寝ている女の名前だった。
そして、声の主は……幼なじみの男(ひと)。
頭の中に。
心の中に。
その声はいつまでも心を捉え、女の胸を熱くさせた。
不思議な想い。
だが、その想いはティファを包んでいく。
彼に愛されたい。そして、それ以上に、彼を愛したい……
クラウド……
吐息混じりの声は、ベッドのスプリングにかき消されていた。
瞳にうっすらと浮かんだ涙の雫は、夜の暗闇が覆い隠した。
壁に掛かった古い柱時計。
コッチ……コッチ……コッチ……
青白く暗闇に浮かび上がった針が、真夜中の十分前を指していた。
あと十分で、一日が終わる。
明日への不安。
今日への苛立ち。
ジレンマともいえる想いがティファの中を交錯していき、そんな自分の動
揺がさらに自分を追いつめていく。
暗闇の中、たった一人の自分。
永遠に夜明けは来ないのではないか……、そんな馬鹿げた不安すらも、真
実味を増す時間だった。
隣に、彼がいてくれたら……
何も言の葉を放たなくても良いから………ただ隣にいてさえくれたら……
クラウド……
寂しげな言葉。求める言葉。
ティファが放ったのは、本当に必要な物を、求める言葉だった。
本当に必要な物。
それは、心。
それは、愛。
それは、存在。
それは、想い。
本当に必要な物……それは………
クラウド……
永遠に続く夜の中、ティファは自分の声、想いの中にもう一人の人間を重
ねていた。
彼を愛する、もう一人の女性。
栗色の髪と、神秘を秘めた瞳を持つ女性。
クラウド……
ティファが彼の名を呼ぶ度に、エアリスの顔が脳裏にフラッシュバックす
る。
ティファは痛いほど知っていた。
エアリスが自分の想い人のことをどう想っているのか。
エアリスはクラウドが好き……
私もクラウドが好き……
では……クラウドは?
クラウドは………誰が好きなの?
疑問は答えを与えられず、脳裏をむなしく廻るだけ。
頭に写るクラウドの、紺碧の瞳の中に映る影は……
一体……誰なの…………
ティファに出来ることは、むなしく寝返りをうつことだけ。
エアリスと違い、どうしても積極的になれない自分が嫌だった。
自分に自信がもてない、そんな自分が嫌だった。
好き。
この一言が全てを壊してしまうかもしれない。
暗闇の中、ティファにあるのは孤独と不安だった。
クラウドとの今までの関係を壊すことが、
エアリスとの友情がなくなることが、
……何より、自分が傷つくことが、
不安だった。
くるくる、と、輪舞のように巡る想い。
或いはそれは、縁(えにし)のようにか。
永久に続く夜。
永久に昇らない陽射し。
ティファは、横になったまま時計の針をむなしく見つめていた。
文字盤は、真夜中五分前。
まるで、明日になることを拒んでいるような時の進み。
ティファにとってそれは、苦痛だった。
明日の光が欲しい。
心の底から、そう思った。
明日になれば……
キット、オモイガツタエラレル
だから。
………きっと、オモイが伝えられる。
頭の中を占有していく考え。
想いが伝えられる。……たとえ駄目でも、想いは伝えられる。
それは、闇の中の、一筋の光明だった。
クラウド……
心を翔る熱い想い。
純粋な想い。
エアリスがクラウドを好きでも、
クラウドが……エアリスを好きでも。
……………私は………
………私は…………
…私は……………
ゆっくりと、寝返りを打った。
スプリングが鳴る。
ギシリ………
……もう、待っているのは嫌…………
それは、祈りにも似た想いだった。
クラウドを呼ぶ想いが届かないなら……自分の声で想いを伝えるまで。
それは達観。
それは自虐。
そして、あるいは希望とも呼べるものだった。
自分の、声で……
………想いを、形にしよう………
たとえ駄目でも、時間の流れが優しく癒してくれる。
たとえ、クラウドの心がエアリスにあったとしても……
好き、という想いは無駄にはならないはず。
好き、という祈りは天へと届くはず。
私は……クラウドが、好き。
ティファは、ベッドからゆっくりと立ち上がった。
軽く髪をなぜると、ちら、と時計を見る。
二分前。
………まだ……間に合う…………
目は、今までのベットと決別し、部屋のドアへと注がれた。
まだ、間に合う。
人が想いを伝えるのに、手遅れなんかない。
星駆け天巡り光となり、
人の想いは伝わっていく。
言の葉は、それを優しく応援してくれるよ?
ガチャッ…、軋みと共に、部屋の、ホテルのドアは開いた。
………クラウドの部屋は……この先に………
一歩、一歩と進んでいく。
そして、一枚のドアの前でその歩みが止まった。
想いを伝えるため、人は動く。
心を語るために、人は生きる。
ティファは自らの想いを伝えるために、心を語るために……
小さく二回、ドアをノックした。
「……クラウド?……私」
時間は真夜中の一分前。
明日には何があるのだろう?
その答えを知るは、ただ神のみぞ。
軽く、息を吸い込む。鼓動する胸が破裂しないように。
たとえ駄目でも、想いを伝えた分だけ人は大きくなれる。
好きって気持ち、天へと届け
そして、ドアノブをそっと掴んだ。
ノブがゆっくりと廻りだす。
明日は希望か絶望か?
人々の想いと共に、明日はすぐそこまで迫っているよ?
そして、ティファはドアを開いた。
心という名のドアを。想いという名のドアを。自分という名のドアを。
そして、今日という日のドアを。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
後書き
ふう……ども、お疲れさま、俺。
今回は、少し毛色の違った作品をお届けしてみました。
「想い」という単語の中に、たくさんの言葉を伝えたくて……気がついた
ら詩のように………
ただ、これはこれでアリだろう、ということで(笑)
ちなみに、一応これは一つの作品として終わらせましたが、この後の物語
というのは用意してます。
それが、想い<その続きの物語>です。
人の心の二律背反。そちらも併せてお楽しみ下さい。
ひとりもの狼でした。