賛美歌の歌声に乗って、天使の舞い降りた夜

(後編)完結

作・ひとりもの狼さま

 


                  ☆

 来た時には気づかなかったが、バーのある通りの反対側は人工石造りの教

会になっていた。

 その教会から、風に乗って静かな調べが流れてくるのだ。

 どこからか聞こえきていた音楽。

 一度は止んでいた音楽が再び奏でられていた。

 物静かで、悲しげで、そして優しい歌声。

 ルーファウスは、自分でも気付かないうちに呟いていた。

 「……賛美歌………」

 

     人々は天を仰ぎ、星の瞬きを見た

 

 「きれいな歌……」

 エアリスが感嘆の声を漏らした。

 

     その光は地を照らし、偉大なる光が大地を包む

 

 「この…歌は………」

 

     この光こそ永遠不滅に、昼も夜も大地を照らし続ける。

 

 この歌は、救世主誕生の夜を歌った賛美歌。

 はるか昔から、聖誕祭の夜に歌われる賛美歌だった。

 聖誕祭の賛美歌? 聖誕祭……だと?

 恐る恐る、といった感じで腕時計へと視線をやる。

 それはまるで、何かに怯えるような仕草だった。

 文字盤の端に付いている日付盤は

     24,Dec

を指していた。

 そして今、長針と短針が真上で合わさろうとしている。

 秒針が時を告げる。

     57……58……59……  

                 ☆

     ……00

                 ☆

     ポン……ポポン………

 軽い、乾いた音がして、同時に彼女の髪が、赤い光に染まった。

 少女も、そしてルーファウスも、二人同時に光の方向を見上げる。

     ポン……ポポン……ポポン………

 再び乾いた音がして、夜空に青と赤の花が咲いた。

 花火。

 毎年クリスマスの夜に打ち上げられる、神羅による庶民のためのチープな

アトラクションだった。

「うわあ……」

 少女の感嘆の声に、男は目を彼女に戻した。

 そして、息を飲んだ。

 花火よりも、百万倍も美しいものを見たからだった。

 彼女の横顔。

 花火を見つめるエアリスの横顔が、花火の色に染まる。

 その瞳が赤や黄色にキラキラと反射していた。

 

     この光こそ永遠不滅に昼も夜も大地を照らし続ける

 

 無機質な日付盤が、変化していた。

     25,Dec

 クリスマス。

 天使が舞い降りる夜。

     ポン……ポポン………

 軽やかな花火の音。

 道行く人も空を見上げているのか、この街から音が消えていた。

     ポン……ポポン……ポン………

 ただ、花火の軽やかな音だけがこの都市に響いていた。

                 ☆

 特別の日の幕開けを告げる花火。

 時間にすればわずか一分少々の出来事だった。

 そして、その後に必ず起こる沈黙。

 人々が失った声を取り戻すまでの、一瞬だが長い長い時間。

 そして、この二人で最初に声を取り戻したのはエアリスだった。

「……メリー・クリスマス」

 何かを考えるように俯いていたルーファウスに、その声は届かなかった。

 しびれを切らしたかのように、エアリスがもう一度言った。

 「だからぁ、メリー・クリスマス! …まだ、言ってなかったでしょ?」

 「………ああ。そうだったな」

 あの人の影が、一瞬よぎった。

 徐々に頭の中にあの人の影が鮮明になっていく。

 ふふ………長い間……忘れていたよ…………

 

     ……母さん

 

 ………そうだったね………今日だ………

 男にとって、一二月二五日は祝うべき日でも何でもなかった。

 クリスマスの陽気な雰囲気が男は大嫌いだった。

 男のクリスマス嫌いは、本質的に、というのとは別に、もう一つの大きな

理由があった。

 

 ………一二月二五日は、母の命日だった。

 

 幸せな日々。

 全てのものは手に入らなかったが、家族三人の幸せの日々。

 それらは遥か昔の出来事。

 幼い日の自分の姿が脳裏にプレイバックする。

 

 「メリー・クリスマスッ!」

 幼い日の自分が、明るい声と共に病室のドアを開ける姿。

     止めろ……こんなシーンは見たくない

 病室の中は、しん、としていた。

 ただ一人、声を枯らして泣いている父親。そして、父親が愛おしく抱いて

いるのは、

 母の亡骸だった。

 母さんは……まるで眠っているようだった…………

 カタン、とルーファウスの手から包みが落ちた。

 もみの木やサンタの姿が描かれた赤い包装紙に包まれた正方形の箱。

 それは、母と共に食べようと自分の小遣いで買ったケーキだった。

     Merry Xmas

 チョコレートの板が、二つに折れて箱から飛び出していた。

     ……………母さん………

 

 全てが変わったのもこの日からだった。

 全てのものを手に入れる代わりに、大切なものを失った日。

「………メリー・クリスマス……か」

 苦しげに呟いた。

 そして、エアリスの方を向いた。

 無理に作った笑顔と共に。

 一瞬の後、その笑顔が驚きの表情へと変わる。

 それは、エアリスの顔に母の面影が重なったから。

 ほんの一瞬の出来事。

 だが、胸が破裂しそうに苦しくなった。

 ……かあ…さん……………

 長い間、封じ込めてきた想い、忘れようとしてきた思いがわき上がってく

る。

 ……母さん…………

 それは単なる目の錯覚にすぎなかったかもしれない。

 だが、この時男の心を支配していた考えはそうではなかった。

 ……今夜なら、奇跡が起っても不思議じゃない

 今夜は、特別な夜なのだから。

 賛美歌の静謐な歌声。

 その歌声は、まるで天にも届きそうだった。

 

    賛美歌の歌声に乗って、天使が舞い降りる………

 

 そんな夜だった。

 「……メリー・クリスマス」

 天使に笑いかけると、男が再び言った。

 心からの、感謝をこめて。

                 ☆

 「もう、ここでいいわ」

 大通りを少し行った広場で、エアリスが言った。

 「……ありがとう。今日は…楽しかった」

 「……ああ。私も……」

 楽しかった、そう言いかけて男は言葉を止めた。

 もう一つだけ、するべき事を思い出したからだ。

 財布を取り出すと、無造作に紙幣を取り出し、そして、差し出した。

 「……だ・か・らぁ、それじゃあおつりがないんだって……」

 苦笑するエアリス。

 男は何も言わずかごをエアリスの手から奪った。

 「えっ?」

 かごの中には赤い、名前すらも忘れられた花。

 それをまるで花束のようにして持つ。

 「全部貰う。……何か問題でも?」

 あまりの出来事にあっけにとられているエアリスの手をそっと握ると、紙

幣をかごに入れて渡した。

 「あっ…、で、でも!」

 「……花は、好きか?」

 抗議の声を打ち消すかのように、男が言った。

 「……う、うん……」

 再びあっけにとられたエアリスが頷く。

 「……そうか」

 そして、ルーファウスは努めて平静に言った。

 「では、これは私からのプレゼントだ」

 差し出されたその手にあったのは、赤い、名前すら忘れられた花。

 たくさんの花が、夜の白い冷気に花びらを震わせている。

 しばらくそれを見ていたが、やがてゆっくりと微笑むエアリス。

 そっとその手がルーファウスの手に重なり、ひんやりと冷たい即席の花束

がエアリスの手へと渡った。

 「……メリー・クリスマス」

 どちらともなく、そう言った。

 それしかこの世に言葉がないように。

 そっと、瞳と瞳が交叉する。

 意志を持った者同士の瞳。

 そして………

 風に乗って音楽が流れてくる。

 男には、その音楽はもはや耳障りではなかった。

 少なくても、今日、この時間だけは。

 男と女の一瞬。

 恋人同士の一瞬。

 やがて、静かに男が言った。震える声を隠して。

 「……また……いつか…お逢いしましょう」

 エアリスからの答えは、微笑みだった。

 天使の微笑み。

 恋人の微笑み。

 それに笑い返すと、無理矢理に自分の想いを断ち切るかのように歩き出し

た。

 「……ねえ! プレゼントありがとう!」

 後ろから声がかかる。

 ルーファウスは振り向かず歩き続けた。

 歩きながら、聞こえない声でそっと言った。

 「……こちらこそ。すてきなプレゼントを……ありがとう」

 と。

 面影が鮮明になって心に浮かぶ。

 母の顔。

 優しく、慈愛に満ち、そして意志を持った瞳をしていた母。

 …………似ていた

 (金で買えないものはない!)

 父、プレジデントの声が脳裏に響く。

 ……親父……それは違うな………あんただって分かってるんだろう?

 その瞬間、遠く、空よりも遠くで、天使が微笑んだ気がした。

                 ☆

 ルーファウスの姿が夜陰に紛れていく。

 白い上着が優しい夜霧の中に消えていった。

 プレートを隔てて二つの違う世界に分かれている都市、ミッドガル。

 それは、魔晄エネルギーに守られた豊かな暮らしと、貧しいながらも大地

に足をつけた生活の二つの違い。

 その二つの矛盾は、このミッドガルという一つの都市の中に相反しながら

存在していた。

 両者は互いに憎み、嘲り、侮蔑し、時として羨んでいた。

 非常にまれには、互いに接触することだってあった。

 その確率はまるで奇跡並に低いが、時としては接触だってするのだ。

 そして、この夜、そんな奇跡が起こったのだ。

 

     ……今夜なら、奇跡も起っても不思議じゃない

     今夜は、特別な夜なのだから。

 

     今夜は、クリスマスなのだから。

 

 ルーファウスの姿が見えなくなった後で、エアリスは一人静かに歩き出し

た。

 行く先は天使には不似合いな街。

 自分の家のある、下世界へとだった。

                 ☆

 ムカ百式九〇形式600は、スラムとミッドガル中心部とを結ぶ唯一の機

関車だった。

 機関車は後少しで、プレートの上の終点、この鉄道線の終着駅へとつく。

駅の名は壱番魔晄炉駅。

 そして、人も少なくなったその機関車の中で、数人の若者たちがヒソヒソ

と言葉を交わしていた。

 数人の男に一人の女。

 女の足下には制御装置が赤と青に点滅している、長方形の物体があった。

 物体からはコードが延び、TNTが一杯に詰まったプラスチックボックス

へと続いている。

 ……爆弾だった。

 「……おい、準備は良いな! ……俺たちアバランチの力、神羅の連中に思

い知らせてやるぜ!」

 リーダー格の色黒の男が他の仲間に言った。

 男の右腕は銃に改造されていた。

 他の仲間たちも気持ちは同じか、皆わずかに緊張した面もちで色黒の男を

見つめ、静かに頷いた。

 高濃度に圧縮されたTNTとバッテリーを改造した起爆装置を使い、魔晄

炉を破壊する。

 それが、反神羅組織アバランチの目標だった。

 色黒の男が、一番隅に立っている男をじろりと眺めた。

 「おい、元ソルジャーさんよぅ、しっかり頼むぜ?」

 金色の特徴のある髪と碧眼を持つ青年。

 元ソルジャーと呼ばれた男は、鬱陶しげに色黒の男を眺めたきり、何も言

わず視線をずらした。

 色黒の男は内心の腹立たしさを抑えると、再び仲間に向かって言った。

 「いいか! チャンスを無駄にするんじゃねえ」

 車輪のきしむ音と蒸気の音と共に、機関車はプラットホームへと入ってい

った。

 男が、独り言のように言う。

 「……へへっ、クリスマスプレゼントだぜ……神羅さんよぅ」

 

 神羅とアバランチ。

 ルーファウスとエアリス。

 上社会とスラム。

 それぞれの思いと主張を載せて、今、ゆっくりと機関車が静止する。

 何が正しく、何が間違いなのか。

 それを知っているのは夜空の星たちだけ。

 そんな二つの矛盾の中、機関車のドアが開かれていく。

歯車が廻り出すように、彼らの運命も動き出したのだ。

 

 ミッドガルの光がなければ、空は満点の星で埋め尽くされる時間だった。

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 後書き

 

 ふう・・・お疲れさま、俺(笑)

 

 ・・・というわけで、「賛美歌の歌声に乗って天使の舞い降りた夜」いか

がだったでしょうか。

 

 えっと、一応クリスマス記念、ということで(別名、季節ネタとも言う)

二人のセンチストーリーを書いてみました。

 

 一応補足しておくと、途中挿入した賛美歌は、「103番(牧人羊を)」

の対訳版です。

恋人同士のクリスマスも良いけど、やっぱりクリスマスには静謐さがない

とつまんないですよね。

 ・・・狼のひがみか?(笑)

 

 でも、この作品でイメージ一新も狙ってみたりして(笑)

 

 さて、それでは次回作でお逢いしましょう。

 

 最後に・・・

 

     MERRY CHRISTMAS FOR EVERYONE!

 

 あなたのクリスマスが、素晴らしいものになるよう、祈って。

 

                        ひとりもの狼でした。

 

補足:感想、お待ちしております。それが何よりのプレゼント(笑)

 


 

みゃあの感想らしきもの。

 

 

 

天使〜2(完結)