一人の男が、壁にもたれかかっていた。
激しい雨の中、ただひとり、朽ちた壁を背にしゃがみこんでいる。
口唇の端からは、一筋の赤い糸が首筋のほうに伸びていた。
男は、もたれかかっていた。
いつまでも…
いつまでも…
雨にうたれながら……
あたしは、逃げていた。
警察から……そして現実から……
いつから、こんな風になってしまったんだろう……
はじめは、いつもの口喧嘩だった。
顔を合わせれば、3回に1回は必ず起こる。
幼なじみ……そして……
あたしは、いつものように、グラスを傾けながらそんなふたりを眺めていた。
あたしの彼氏と、その友人の口喧嘩、見慣れた風景。
きっかけは些細なこと。
いつも、そうだ。小さな事でも熱くなれる、そんなふたりがうらやましかった。
でも、その日は違った。
お酒のせい、それもあるかもしれない。
雷があたりを鋭く照らし出す。
気がついたら、彼が果物ナイフをもって立っていた。
赤い液をたらしたナイフ。
そのすぐ後ろに、崩れ落ちるようにしゃがみこんでいる彼の友人。
「早く行こう! つかまっちゃうよ!」
呆然とたちすくむ彼。その腕をつかんで言う。
彼はあたしの腕をふりはらう。
「……まじ、か、よ……」
「早く! 早く!」
あたしは、半ば彼を引っ張るように逃げた。
どこへ走っているのかさえわからない。
ただ、現実から逃げたかった。
カレガ、ユウジンヲ、サシタ
優しかった人
頼れた人
助けてくれた人
夢を描いていた人
すでに過去形でしか表現できない。
もう、あの笑顔を見ることはできない。
「な、んで……」
うわごとのように繰り返す彼。
あたしには、どうすることもできない。
気がつくと、ゲームセンターの明かりがとび込んできた。
楽しそうな雰囲気……。
遠い記憶がよみがえってくる……。
客が乗り付けたのだろう。
自転車や原付が、入り口の前に所せましと置かれている。
あれ?
あたしは、一台の原付に目を留めた。
キー、ついてる……。
あたしは、彼に目配せした。
彼は、あたしの意図に気付いてくれた。
自転車をなぎ倒し、原付をひきずりだす。。
「こうなったら、逃げるぞ……」
エンジンをかけながら、彼がつぶやくように言う。
「うん」
あたしは、彼の腰にぎゅっとしがみついた。
原付は、夜の闇へと消えていく。
もう、戻れない。
(つづく)
ぽんたのあとがき\(^▽^)/
『願い事ひとつだけ』がなかなか書けないので、気分転換です。
内容は、知ってる人がいればわかると思いますけど、相川七瀬の『恋心』だったりします。好きなんですよ、相川。
ということで、一人称あーんど暗めな作品になっちゃいました。
しかも、続いていたりする・・・・・・
でわでわ、ぽんたでした。