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死ぬなら、心臓を突くしかない、と思った。
飛び降りると死体が飛び散るというし、水死体が水でふやけるのは知っている。首つりは一歩間違うと長い事苦しむ恐れがある。熱い思いをしそうな睡眠薬なんてこちらから願い下げ。手首を切ると、時間がかかるのでその間に誰かに見つかったら終わりだ。
少し前に売っていた自殺マニュアルなど読んだ事はなかったので、他に死ぬ方法など知らない。
しかし、いざ決行となるとなかなか見つからないのが死ぬ場所であった。後で「あそこには幽霊が出る」という噂がたっても一向に構わない場所など、なかなかない。
その日、市内を色々と巡った末、結局、市役所前の河川敷で足を止めた。国道に至る大橋の下が死角になっていて、特に夜は人が一人ぐらい倒れていても全く見えない。ここを選ぶのにためらったのは、やはり人通りが多い道路の真下だったからだが、他に良い(と言っていいのかどうかは分からないが)場所が見つからなかった。
通学鞄の中から、駅前のデパートで買ってきた包丁を取り出した。後は、これを使えばすべては終わる。終わってくれる。
鞄に学生証と遺書を入れた白い便箋が入っているのを確かめて、傍らに置き、その場に座った。
邪魔になるといけないので、ブレザーのボタンを外して、上着を脱ぐ。包丁を上に向け、胸の所で止める。
後は、重力に従って、倒れるだけだ。
それから、ひどく長い時間を過ごしたように思う。
気がつくと、全身が熱かった。
熱いのに、風邪を引いた時のように苦しくはなかった。
私は死んだのだろうか、と思った。それとも、これから死ぬのだろうか。
まさか、助かったのだろうか。
ふと、足を引っ張られるような感覚がした。誰かが足をつかんで、私を引きずって、どこかへ運ぼうとしている。誰が引っ張っているのだろうか、と、目を開けて確かめようとしたが、うまくいかなかった。
まぶたの動かし方すら忘れてしまったのか。愕然としつつ、なら手で追い払おうとしたが、やはり体が動かない。
何も分からぬまま、どこかに連れて行かれるのか。嫌だ、と思った。死ぬ事だけは自分で決めたのだ。これ以上、私を縛らないで欲しい。
体が動かない。なら、動かすだけだ。
指先が少しでも動けばいいのだ。必死で、体の動かし方を思い出そうとした。これまで、体を動かす事に、こんなに神経を使った事はなかった。
長い時間がかかった。
時間がかかって、そして。
文字通り、飛び起きていた。
「・・・動いてる」
夢、だったのか?妄想は、三秒で打ち切られた。
「成功だ!」
誰かの叫びとともに大歓声が巻き起こって、呆気に取られてしまった。そして次の瞬間、さらに驚いた。
最初は新手の新興宗教を想像したぐらいに、そこは、荘厳な神殿であった。私の側に巨大な像があり、おそらく神像と思われた。私はその側の祭壇で眠っていた、という事になる。あまりにも状況が違いすぎるので、祭壇に人をのせて失礼にはならないのだろうか、と、馬鹿な事を考える余裕まであった。
先程から歓声をあげている人達も興味深かった。彼らが喜んでいるのは、どうも、私が起き上がった事に対しての事らしい。おまけに、彼らはそろって、ひどく簡素な服を着ていた。一人として、ボタンやらチャックを使った服を着ている人がいない。
「よくぞ、生還なさいました」
近くから声がかかったので、そちらの方を見た。思わず息を飲んだ。
そこにいたのは、年の頃は二十より少し前、だから、私より少し年上、という事になるか。体格はモデルのように高く、そして細い、と思われる。栗色の髪を肩にかかる辺りで切っており、ちょっと動くたびに卵のような頬にかかる。細い瞳は潤いがちになるようで、同性愛の傾向のない私でも、ひどく色っぽく見える。それこそものすごい、美女だった。
彼女は真っ白い、袖も裾も長い服を着て、私をじっと見ている。
「我々が最善を尽くした甲斐も、これであろうかというもの。・・・それ以前にあなたの友として、此度の事を祝福したいと思います。ラーシス」
「あのう」
私が声をかけると、彼女は「はい?」と、心底から嬉しそうな表情のまま、首をかしげる。
「らあしす、って、だれですか」
彼女の顔から笑みが消えた。代わりに、目をしばたかせていう。
「何を言っているのです。自分の名前も忘れたのですか」
「私は、らあしすなんて名前じゃありません」
「何を愚かな事を」
美人だけに、顔をしかめられると結構怖かった。
先程まで歓声をあげていた人々も、私たちのやり取りが妙な具合になっている事に気づいたのか、急に静かになった。
「ラーシス、このような時にまで、虚偽を働こうというのですか。私が冗談という名の欺きを好かぬのは、あなたなら日がどこから昇る事よりもまずご承知のはず。いい加減になさい」
「いい加減にして欲しいのはこっちよ」
気がつくと、私は怒鳴っていた。
「何なのよ、この事態は。どうせなら、神様に怒られるなり地獄の閻魔様に地獄行きにされるなりの方が、よっぽど理解できるじゃないの。なんで、こんな訳の分からない所で生きているのよ。勝手に死なせてよ」
の、「勝手に死なせてよ」の言葉は、誰も聞いていなかった。なぜなら、それと雷鳴が重なったからだった。
それも、この神殿の中央も中央で鳴り響いた。もちろん、神殿は室内なのに、だ。
耳がつぶれるかと思うほどの大音響とともに、光が視界を覆って、すぐに何も見えなくなった。
続く
はい、はじめてお会いした皆さん始めまして。これまでお会いした事のある一部の皆さんこんにちは。せつこという者です。
いままで何度かお邪魔した度に、投稿してみようかなあ、と思いつつ、なかなか出来なかったのですが、この度の<オリジナル小説大賞>をきっかけに、投稿する事にしました。どうぞよろしくお願いします。
ちなみに上の話、当然の事ながら続きます。ものすごく長くなりそうです。ともあれ、最後まで書けるようがんばりますので。
それでは。
http://www.geocities.co.jp/Playtown/3926