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どうも、一瞬、失神していたらしい。気がつくと、祭壇(?)の裏にひっくり返っていた。ひっくり返ったのは私だけではないらしく、あちらこちらからうめき声が聞こえる。
「おやおや、この程度の術もかわせぬ様では、国一番の剣士の名が泣きますぞ」
声は頭上からかかった。何と、私が先程までいた祭壇の上に、身軽そうな格好をした老人が一人、立っている。
背は高くなかった。本当に小柄である。銀色の髪を後ろで束ねており、真っ白い髭も整っている。服装は一つを除けば、他の人と大差無かった。
その、血が固まったときのような、赤味を帯びた黒の色をしたローブ(だと思われる)の他は。
「ラーシスから離れなさい、ブノン・ロア」
あの女の人の声がするまで、私はこの老人・・・ブノン・ロアなる名を持つ・・・の青い瞳に見下されたまま、動けないでいた。動けたからといって、立ち上がろうとも思わなかったけれど。
ブノン・ロアは、女の人の方を見て、呵呵大笑した。
「ナシル。まさかラーシスを呼び戻すとは、正直、このブノン・ロア、お主の力を侮っておったよ。お主の兄同様にな」
女の人(たぶん、ナシルという名)の顔色が一瞬で変わったのが、こんな、大して光の射さない所でもよく分かった。
「兄さまを、・・・兄さまを返して。ラーシスと、わたくしたち家族に」
「ほう。ラーシスは、おぬしの兄などどうでも良い、という顔をしておるが」
二人の目が私に注がれた。が、少なくとも、「ラーシス」ではない「私」は、何と言えば良いのか分からない。大体、何故に皆は、ラーシスと私を同一人物と思っているのだろう?
ひっくり返ったままだと情けないので、立ち上がった。何だか、いつもより背が高いように思える。服装が替わっているせいかもしれない。とりあえず精一杯睨みつけた。
「あの人を返しなさい」
女の人が「ラーシス」とつぶやいたのが聞こえた。一方、ブノン・ロアは面白そうにこちらを見る。
「さて、そこまであの男が大切かな?」
短い時間で、私は頭を懸命に動かした。そして、できるだけ引きつらないようにして、笑ってみせた。
「あなたのようなお方ならお分かりのはずですよ。何しろ、わざわざ術をご使用されてこのようなところまで来られる、とっても偉い方ですし。本日はようこそお越しくださいました、厚く御礼申し上げます」
睨んだまま、できるだけ、無邪気な上明るい様子で、最後は叩き付ける調子で、そう言った。反応は、はたしてリトマス試験紙より劇的であった。いや、私の予想を遥かに通り越していた。何やら怪しげな文句を唱えながら、右手の指は空中に模様を描いている。
「ラーシス、こちらへ!」
ナシルとの距離はそんなにない。同じように左手を動かしながら、やはり怪しげな文句を唱える彼女の後方に回った。
やはり、二人が唱えていたのは「術」であった。数秒遅く唱え始めたのに、ナシルの方が早く完成する。
彼女が唱えるのをやめた途端、ブノン・ロスの足元から(つまりは祭壇から)炎が吹き出し、神殿の柱のごとく上っていく。頭上を見上げると、天井が高いため、焼き焦がしてはいない様だ。
それにしてもこの炎、全然熱くない。いったいどうなっているのだろう?
「ラーシス、剣を抜きなさい」
見ると、ナシルの顔から汗が流れ落ちている。肩で息もしているし、どう見てもひどく疲れていた。
「剣、って、どこにあるの」
「わたくしの足元に。早く」
急かされて足元を見ると、確かに細身の剣が鞘に収まって落ちている。細いとはいえ、持つとさすがに重い。
鞘から抜こうとした時、炎の柱から手が生えたのが見えた。
いや、生えたのではない。炎の中から、ブノン・ロアが抜け出そうとしているのだ。
「まさか、こちらの向こうを張って炎を繰り出すとは、意表を突かれたぞ」
炎から出てきた老人は、火傷を負うどころか、服に焦げた跡を見つける事さえできなかった。私のおびえた表情を目ざとく見つけたのか、笑みを浮かべてさえいる。
「だが、使い方がまだ甘い。ラーシスを呼び戻した祝いに、我が炎、その身をもってとくと味わうが良い」
老人の姿が掻き消えた代わりに、残ったのはバレーボール大の炎だった。人魂みたいに(もっとも人魂を見た事はないが)空中にふわふわと浮かんでいる。
間もなく、火の玉はバスケットボールほどに膨らんだ。ナシルの炎の柱は消えていたが、何だか、周りの空気を取り込んで大きくなっているみたいだ。ナシルがまた何事か唱えながら下がっていくので、私も同様に下がる。
と、直径一メートルほどになった火の玉が、重力の法則に従った林檎みたいに動いた。ただし、動いた方向には床ではなく、神像があった。
火の玉は神像にぶつかると形をなくし、神像は一気に炎に包まれた。
「ラーシス、剣を早く!」
ナシルの声にも、呆気に取られたまま反応できなかった私は、それを確かに見た。
神像の指が、かすかに動いたのを。
続く
せつこです。今回「も」、短めでしたね。すみません。
話は始まったばかりだというのに、主人公同様、読んで下さっている皆さんの混乱している様子が目に見える気が、・・・早く続きを書きます。
しかし、次回もおそらく行き当たりばったりだと思われます。
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