雲ひとつない快晴だった。
明るい陽光に緑は輝き、爽やかな初夏の風に木々の葉が優しい音を立てて揺れる。
北に位置するハディネア王国の大地は、一年でもっとも美しい季節を迎えていた。
緑の中には鮮やかなオレンジ色がはためいている。
それは街の自治公認の市場の旗だった。
今日も絶好の仕事日和になるはずだった・・・
そう、あいつに出会うまでは−−−
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Take it easy
−−第一話遭遇−−
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「安いよ、安いよっ!」
「そこのお兄さん、買っていきなよ。夏祭りにむけての大安売りだ!」
旗の立つ通りの左右には露店が並び、威勢のいい掛け声がとびかっている。
様々な人々が行き交い、店頭の品々が売り買いされてゆく。
熱気のたちこめるその通りを、一人の少女が軽やかな足取りで歩いていた。
真っ白な肌をしたしなやかな肢体の少女で、年齢は十四、五歳だろうか。
顔立ちはかわいいが、眉と口元に気の強さが現れている。
肩にかかる濃い褐色の髪を揺らしながら、少女は店頭に並ぶ品々を楽しむように歩いていた。
が、時々、にこやかな笑顔を保ったまま、宝石のようなブルーの瞳が油断なく光る。
それは獲物をねらう瞳だった。その目にでっぷりとした商人らしい男が映った。
人混みにあてられ、うんざりしたようなひょうじょうで歩いている。
「チャ〜ンス」
値踏みするようにその男を見ていた少女は、物騒な笑みを浮かべると早速行動を開始した。
人混みの中を泳ぐように、流れに逆らわずに、少女はその男に正面から近ずいた。そして、
「なんて人混みだ」などとぼやいている男の横をとおりすぎざま、少女は「仕事」した。
目にも留まらぬ早さで、男の懐から金入れを抜き取ったのである。
抜きとられた男も、周りの人々もまるで気づいていない。鮮やかな手並みである。
「簡単、簡単」
「うーん、きょうは調子がいいわ。よし、いっぱい稼ごう!」
少女の名前はアスカ、スリを生業にしていた。
それも決して人とは組まず、ひとりで「仕事」をするタイプだった。
たいていのスリは複数で「仕事」していることが多い。
稼ぐ金額が大きいしなにより安全だからだ。
アスカのような「一人仕事」は捕まる確率が高く、危険も大きい。
見破られた場合、一人だから顔を覚えられてしまうし、逃走の手助けをしてくれる人間もいない。
にもかかわらず、アスカが仲間と組まないのは、稼いだ金を分配しなくてもいいからだ。
駆け出しの頃は数人で「仕事」していたが、その時など「若い」と言うだけの理由で分け前を減らされたことがある。
しかも、懐から金を抜き取るという一番難しい役目を果たしたのにだ、
一番難しい役目を果たしたのに、ただぶつかるだけのやつよりも分け前が少ないのでは、
まったく割に合わないではないか。
「危険がなによ、稼ぎが減るよりまだわ!!」
そう公言してはばからない。命と稼ぎを天秤に掛けて、稼ぐに傾くこの少女は、「守銭奴のアスカ」と呼ばれ、
スリ仲間の間では有名だった。
「さて、次は誰にしようかな」
次の標的を探しながら歩いていると、露店の前で主人と話している少年の姿が目に入った。
マントにズボンという簡単な旅装束に、袋を担いでいる。
旅の途中で立ち寄ったのだろう。「あれはいいところの坊ちゃんだわ」
アスカにはピンときた。衣服や持ち物は質素だが、物腰や仕草にでる育ちの良さは隠せない。
どこぞの貴族の子息と見て、まず間違いないだろう。かなりの長身で、真っ黒な瞳と短い髪、そして細いわりにしっかりとした体つきが特徴的だ。
しかも、眉目が整っており、面食いの女性なら放っておかない美少年だ。
「あれだ、あれに決めた」
アスカは次の獲物をその少年に決めた。しかしその理由は、美少年だからではない。
「なんて大きく膨らんだ金入れ!」
長剣が下げてあるベルトの反対側に、はちきれんばかりに膨らんだ金入れがさげて
あるのだ。
「金貨があたしを呼んでいるわ!」
アスカは夜のフクロウのように目を爛々と輝かせた。
「ベルトにさげてあるから金入れごと取るのは難しいけど、
口を緩めて掴みと取っただけでもかなりの額になるはずよ」
頭の中で金貨の山を思い浮かべながら、アスカは用心深く、なおかつ、さりげなさを装って獲物の少年に近づいた。
少年はアスカが近づいたことに気づいてないらしく、呑気に店の主人と話をしている。
「スリの獲物にされようとしているのに呑気な奴。得てして育ちのいい奴ってボケボケッとした奴が多いのよね」
勝手なことを言いつつ、アスカは「仕事」する瞬間を待っていた。大切なのは呼吸、タイミングなのだ。
折り好く、とんでもない大荷物を買い込んだ女が「ちょっちゴメン、道あけてー!!」
などと言いながらやってくるではないか。ちなみに荷物にはエビチュと書いてある。
「アスカいくわよ」
アスカは内心小躍りしたいのを抑えながら、さもその女に押されたようによろめき、少年にぶつかった。
そして素早く、ベルトにさげてある金入れの口を緩めると、中に右手を入れ金を・・・
「ーーーーー!?」
アスカは硬直した。掴んだ物は冷たい硬貨ではなく、暖かく柔らかな物だった。
狼狽し、アスカはあわててそれを離した。が、なぜか離れない。しかも動いている。
「なによこれぇ!!」
スリにあるまじきことだが、たまりかねたアスカは悲鳴をあげて、金入れから手を出した。
すると、その手には黒い物が張り付いていた。
「なんなのよ、これは」
アスカは鳥肌を立てて、右手を振った。生物らしいがなかなか離れない。
「あれ?ペンペン」
どこか間の抜けた声がした。それは少年のもので、顔を上げると、
天使のような微笑みを浮かべた少年がその真っ黒な瞳をあたしに向けていた。
−−それがあたしとあいつの最初の出会いだった−−
−−その出会いがあたしの人生を左右するとはその時は想いもしなかった−−
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第2話へ続く
ご意見ご感想は下記まで
nasubi@purple.plala.or.jp
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<後書き>
やっとおわったー!!どうだったしょうか?Take it easy第一話終わりましたけども
みなさんの反響しだいで続きを書くか書かないか決めますので、
もしおもしろいので続きを書いてほしいという方が入られましたらメールを下さい。
この小説は冴木忍と言う方の「空見て歩こう」という作品をベースにしたんですけど、
他の人の作品をベース小説を書くのっておもしろいけど意外と疲れるんですよ。
もし続きを読みたいというメールがたくさん来て続きを書くということになったら、
またTake it easy第二話でお会いしましょう。それではさようなら。
SHIN