雲ひとつない快晴だった。
明るい陽光に緑は輝き、爽やかな初夏の風に木々の葉が優しい音を立てて揺れる。
北に位置するハディネア王国の大地は、一年でもっとも美しい季節を迎えていた。
緑の中には鮮やかなオレンジ色がはためいている。
それは街の自治公認の市場の旗だった。
今日も絶好の仕事日和になるはずだった・・・
そう、あいつに出会うまでは−−−
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Take it easy
−−第二話奇襲−−
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「ペンペン〜!?」
右手に張りついている黒いものをよく見ると、ペンギンだった。しかも首にPEN2と書かれた首輪をしている。
「まさか、肉食ペンギン〜!?やだ、早く取ってよ!」
悲鳴を上げながらアスカはブンブンと右手を振り回したが、やはりペンギンは離れない。
「失礼な奴だな〜。ペンペンは肉食ペンギンなんかじゃないよ。まして、人肉なんて食べないよ。
好物は果物だよね、ペンペン」
しかし、アスカはそんな事はまったく聞いてないようで、少年の鼻先にペンギンの張りついた右手を突き出した。
「ペンギン、嫌いなの?」
小さく首をかしげた少年に、アスカはつま先立ちになってかみついた。
「うるさいっ!早く取りなさいよ!!」
大金が入ってるとばかり思っていた金入れの中にペンギンが入っていたとあって、アスカはすっかり恐怖状態に陥っていた。
「残念だなぁ。ペンペンは君のこと気に入ってる見たい何だけどなぁ」
わざとらしいため息をつきながら少年はアスカの手からペンペンを取り、再び金入れの中にしまった。
「ちょっとあんた!どうして金入れの中にペンギンなんかいれてんのよ!?」
ペンギンがいなくなってホッとしたアスカだったが、それはすぐに怒りに変わった。
スリにとって、金入れの中に金を入れない奴ほど許せない物はいない。
物を入れるだけでも許せないのに、ましてペット、しかもペンギンを入れるなどもってのほか論外、非常識にもほどがある。
「金入れの中には金を入れる物よ。それが常識よ、わかる?ジョ・ウ・シ・キ!あんなものをいれられちゃ、スリの立場がないでしょ!?金ではなくコウモリを抜き取りました、なんてすり仲間のいい笑い物だわ!まったく、冗談じゃないわよ!!」
他人の懐を狙っていたことなど棚に上げ、アスカが非難すると、コウモリの飼い主の少年はにっこりと笑った。
「ペンペンは夜行性で、昼間は寝てるんだ。だからこうして金入れの中に入れてるんだよ。通気性もいいし、丁度いい大きさだから」
「・・・・・・」
アスカは目眩を感じた。なにを考えてるのか、さっぱりわからない。
世の中には理解に苦しむ人種がいる物で、そういう奴に関わるときまってろくな事がない。
「とにかく、金入れにペンギンなんか入れないでよ!迷惑だわ!!」
少年にクルリと背を向け、アスカはその場から逃げようとした。が・・・・
「ちょっとスリの女の子、どさくさに紛れて逃げないでよ」
少年の手がアスカの腕を掴んだ。
「見逃しなさいよ。金は取ってないんだから」
「ペンペンことを人食ペンギンなんていったからダメ」
少年は大真面目だった。アスカは鋭く舌打ちした。こんな事ならペンギンを手に張りつけたまま逃げれば良かった。
「スリだってよ」
「若い女のスリだぜ」
騒ぎを聞きつけて、野次馬たちが集まってきた。アスカは再度舌打ちした。
少年や店の主人だけではなく、大勢の人間に顔を知られてしまった以上、逃げ切れるものではない。
「あーあ、まいったな」
ぼやいてから、アスカは口を尖らせた。
「さっさと役人につき出しなさいよ」
軽く頭ひとつ分くらい上にある少年の顔を、アスカは睨み付けた。
「俺の金入れ無事かな」
そんなことを言ってる野次馬たちに、
「そんな一目で軽いとわかる金入れなんて誰も狙わないわよ」
「あたしに狙ってほしかったら、せめてこれぐらいはないとねぇ」
そう言って、シンジの金入れを手に取った。それがアスカの精一杯の虚勢だった。
役人につき出されてからのことを想像すると、気丈なアスカでも膝が震えてくる。
この街ではスリは軟禁って決まっている。捕まるのは初めてだが、それくらいは別に大したことじゃない。
だが本当に怖いのはその後、軟禁が解かれて解放された後だ。アスカの顔は街の治安機構に記され、監視の目が光るようになるのだ。そうなると、一人で「仕事」しているアスカにはなすすべがない。
仲間と「仕事」しようとしても、監視されているアスカと組んでくれるものはまずいないだろう。
「スリができなくなったらあたしどうやってお金を稼いだらいいんだろう」
少年に引きずられながらアスカは唇をかんだ。逃げようと言う気持ちはあるのだが、
少年の手を振り払えそうもないし、隙を見て逃げようにも隙がない。
「こんな奴に狙いをつけるんじゃなかった」
しかし、今更後悔しても後の祭りである。金入れの大きさに目がくらんだ自分が口惜しい。
心の中で歯ぎしりしていると、
「ここなら人がいなくていいかな」
少年の声にアスカは我に返った。いつの間にか市場を出て公園に来ていた。
この公園は市場や市街地から離れており、人通りが少ない。しかも木々が生い茂っており、
昼だというのに少し薄暗いのだ。
「もっと奥に行こう」
アスカの腕を掴んだまま、少年はさらに奥へと進んでいく。
「ちょっと待ちなさいよ」
日陰に寒さとは別に、アスカは肌を粟立てた。いくら育ちや顔が良くても、
若い男にこんな場所に連れてこられ、アスカは身の危険を感じた。
いくら顔が良くてもこんな男が最初の男だなんて冗談じゃない。初めては好きな男と、と決めてあるのよ。
「こんな場所に連れてきて、どうしようっていうのよ!手を離しなさいよ!!」
アスカは思いきり声を上げ、少年の手から逃れようと暴れた。
「どうしたの?急に」
少年が真っ黒な瞳を真ん丸にした。
「しらばっくれるんじゃないわよ、このスケベ!あんたの下心なんか丸見えよ!!」
手を離さないのなら噛みついてやろうと、アスカが大きく口を開いたとき、
「危ないから暴れないで!」
少年が鋭く言い放った。その口調の鋭さに、一瞬アスカは気圧された。
「危ないって・・・」
−−危ないってどういう事よ−−と言おうとしたアスカの声は、突然現れた男たちの足音によってかき消された。
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第3話へ続く
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