Take it easy

第四話

作・SHINさま

 


 

雲ひとつない快晴だった。

 

明るい陽光に緑は輝き、爽やかな初夏の風に木々の葉が優しい音を立てて揺れる。

 

北に位置するハディネア王国の大地は、一年でもっとも美しい季節を迎えていた。

 

緑の中には鮮やかなオレンジ色がはためいている。

 

それは街の自治公認の市場の旗だった。

 

今日も絶好の仕事日和になるはずだった・・・

 

そう、あいつに出会うまでは−−−

 

 

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Take it easy

−−第四話契約−−

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「アンタバカァ!?いきなり何言ってんのよ!!何でアタシがアンタと旅をしなきゃなんないわけぇ!?」

 

アスカは少年の顔の真下から、声を張り上げて叩きつけるようにそう叫んだ。

 

その声があまりに大きかったため、道行く人が何事かと顔を向ける。

 

すでに公園を出て、町の中心部に向かっていたので、人通りが多くなってきているのだ。

 

「そんな、大きな声を出さなくても聞こえてるよ、老人じゃないんだからさぁ」

 

少年はアスカを下におろした。

 

『逃げるなら今しかない』

 

アスカはそう思ったが、それより早く少年の手が肩に回っていた。

 

まるで逃がしてたまるかと言ってるようである。

 

「落ち着いて話をしようよ」

 

と、少年はアスカの肩に手を回したまま、街路樹の下へ入った。

 

無理矢理引っ張られているのだが、

 

何も知らない人の目には、仲のよい恋人同士としか映らないだろう。

 

「話し合う必要なんか無いわよ!アタシはアンタと旅になんか出ないわよ!!」

 

木陰に入るなり、アスカはそう言いきった。

 

日に透けた木の葉が、エメラルドグリーンの影になっている。

 

「うーん、それは困るなあ」

 

「一人で困ってなさいよ、アタシの知った事じゃないわ!!」

 

そう言って、アスカは肩に回された手を払おうとした。

 

が、気づいていないのか、面白がっているのか、

 

少年は手を離そうとしない。

 

『このー!ちょっとくらい顔がいいからって、何しても許されるなんて思うんじゃないわよ!!』

 

アスカは肩に回された少年の手を容赦なくつねった。

 

さすがの少年も、これには顔をゆがめ、あわてて手を離した。

 

「最初に言っておくけど、困るのは僕じゃなく、君だよ」

 

赤く腫れた手の甲に息を吹きかけながら、少年はそう言った。

 

「・・・・・どういう意味よ」

 

アスカの胸を不吉な予感が、冷たい風となって吹き抜けた。

 

「実は僕、ある人物に命を狙われているんだ。さっきのならず者達も、

 

そいつに雇われて、僕を殺しに来たんだよ」

 

少年は赤く腫れた手を振りながら、あっけらかんとそう言った。

 

話の内容と言葉の響きが、まったく一致していない。

 

「それとアタシと、何の関係があるのよ」

 

唸るようにアスカが言うと、少年は少し意地悪く目を細めた。

 

「さっきも言ったじゃないか、一緒にいれば仲間と思われても仕方ないって」

 

「アタシとアンタが仲間ぁ!?冗談じゃないわよ

 

アタシはただのスリで、アンタとは初対面なのよ!!」

 

アスカのその言葉にさも当然というように答える。

 

「うん。でも、向こうはそうは思わないと思うよ。

 

このまま街にいたら、僕の仲間として狙われるかもしれないよ、

 

しかも、スリだって事もみんなに知られてしまったから、いろいろ生活しずらいだろ。

 

君に家族や両親がいたら、二重に迷惑がかかるよ。

 

いや、それでもここに残ると言うんなら別に無理強いはしないけどね」

 

「謀られた!!」

 

アスカの全身から音をたてて血の気が引いていった。

 

『この街に家族や仲間はいないけど・・・』

 

これではまるで不幸の雪ダルマではないか。

 

少年の金入れを狙ったという些細なことから始まって、

 

転がるに連れてどんどん大きくなり、ついに身動きが出来なくなってしまったのだ。

 

「それでどうする?僕はどっちでもいいよ、そりゃ君が来てくれると嬉しいけどね」

 

そう言って微笑む少年が、アスカには悪魔に見えた。

 

悔しさにぎりぎりと奥歯を噛みしめていると、少年は、

 

「ああ、忘れるところだった」

 

と、手をポンと叩いた。

 

「失礼かもしれないけど、一緒に来てくれたら、日当を払うよ。

 

お金は無いよりは有った方がいいからね」

 

日当を払うと聞いて、陰鬱だったアスカの表情が一変した。

 

「つまりアタシを雇うって事?」

 

「まぁ、そう言うことになるね」

 

金を払うと言うより、そう言う形で同行者を得たと言うことが不本意らしく、

 

少年の顔は、どこかおもしろくなさそうだ。

 

しかし、アスカにとっては渡りに船だった。

 

大勢の人間にスリだと知られてしまった以上、どう考えてもこの街から

 

出て行くしかないのだ。無一文で出て行くより、雇われて金をもらった方が、

 

得というものだ。それに、雇われたという形にしておくことによって、

 

アスカのプライドも守られる。まさに一石二鳥であった。

 

『しばらくは我慢して旅をして、金をもらってから逃げちゃえばいいんだもの』

 

などと、目まぐるしく頭を回転させて結論を出し、

 

「そこまで言うんならしょうがないから一緒に旅をしてあげるわ」

 

アスカはさも仕方がないと言うようにそう答えた。

 

「じゃあ、これで商談成立って事で、日当については、

 

あとで相談して決めよう」

 

承諾されて、少年もホッとしたようだった。

 

その前にアスカは笑顔のまま、

 

「日当とは別に危険手当てを払ってよね、アンタ命を狙われてるんでしょ?

 

同行すれば、嫌でもさっきみたいな危ない目に遭うって事なんだからね!!」

 

アスカの露骨な要求に対して、少年は少々目眩を感じながらも、

 

「・・・わかった、払うよ」

 

と、呟いた。

 

こうしてアスカは得体の知れない少年に雇われて、旅に出ることになった。

 

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−第一部出会いの章<完>−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

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第5話へ続く

 

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