EVA13

第三章「不安の輪郭(かたち)」 

作・テンプラさま

 


 

 

目を覚ますと、そこはいつも見慣れた天井だった。

いま彼女はベットの中にいた。彼女と彼女の夫のベットだ。

顔を横に向けたが、そこには夫はいない。

彼女はひどい寝汗をかいていた。まだ少し息も荒く心臓もドキドキいっている。

理由はわかっている、怖い夢を見たのだ。

どんな夢かは目が覚めた瞬間に忘れてしまったが、いちいち思い出す必要は彼女にはなか

った。

どんな夢だったのか彼女にはわかっているからだ。彼女の夫が事故に遭う夢だ。

かつて彼女の夫が水軍航空隊にいた頃、彼女が見る悪夢は、夫が艦載機で大空を飛行中に

突然飛行機が故障したり墜落したりする夢だった。彼が宇宙飛行士となった現在、それは

宇宙での事故に変わっている。

隣に夫がいないことに不安を覚えた彼女は、小さな声で夫の名を呼んでいた。

 

「・・・シンジぃ・・・・・・」

 

 

 

 

アスカはベッドの上で身を起こした。

身体を起こした正面にある姿見に映った自分の顔が見える。

そこで初めて自分が泣いていたことに気がついた。頬に涙で筋ができている。

悪夢・・・・・・宇宙でシンジが事故に遭って帰らぬ人となる・・・最悪の悪夢。

それを思うとアスカは両腕で自分の肩を抱いてぶるっと身を震わせた。

だが、これは彼女にとって初めての経験ではなかった。

シンジが宇宙へ飛び立つことが決まるといつも見る夢だ。

シンジが宇宙飛行士として功績を立てることをアスカは誇らしく思う。

だが愛する人が危険な宇宙空間へ打ち上げられることは、彼女をとてつもない不安に陥れ

てしまう。

アスカはその不安を振り払うように、涙を拭いながらベッドから出て立ち上がる。

時計に目をやると10時を少し回ったところだった。

この日は休日だった。

平日はともかく休日にアスカが寝坊するのはべつに珍しいことではない。

休日の家事はいつもシンジがアスカの代わりにやっているからだ。

 

『アスカは毎日毎日家事に追われて大変だろ? 休日くらいゆっくり休みなよ』

 

というシンジの言葉に甘えて、休日のアスカは朝はゆっくりと寝るのだった。

たまにシンジも一緒に寝坊することがある。そんなときは夫婦仲良くハルカに叩き起こさ

れることになる。

この日のシンジは、日ごろの訓練で疲れているにもかかわらず、ちゃんと起きたようだ。

もっとも、もうしばらくすれば休日も訓練で家を空けることになる。

すでに年は明けて、打ち上げまであと3ヶ月を切っていた。

ネグリジェのうえからガウンを羽織ると寝室から廊下へ出た。

廊下に出てすぐシンジとハルカの声が聞こえてきた。ハルカの部屋からだ。

ハルカは父親への甘えが少し入り交じった明るい声でなにか言っている。

そのすぐあとに、それに応えるシンジのやさしい声が聞こえてくる。

それを聞いてアスカは微笑む。

ゆっくり娘の部屋に近づくと、そっと中を覗いた。

 

 

 

ほとんど白に近い薄いクリーム色の壁。

窓にはフリルのついた薄桃色のカーテンが、今は端に束ねられている。

白地に赤のストライプのカバーがかかったベッドや壁に並んだタンスの上には、大小さま

ざまなぬいぐるみが並んでいる。

9歳の女の子の可愛らしい部屋である。

だが部屋の中央にある背の低いテーブルの上には、女の子の部屋にはちょっと似つかわし

くないものが載っていた。

それはほぼ完全な“エヴァ”の模型だった。

司令船とその支援船、LEM(月着陸船)、サターンV型ロケットetc・・・

宇宙軍のマーチャンダイズのひとつで、シンジが特別にもらってきたのである。

父親が持ち帰ったのその模型を、なぜかハルカは異常に気に入ってしまい、以来、彼女の

ものとなっていた。

それらが載っている脚の短いテーブルを挟んで、これまた脚の短い椅子に腰掛けて、父と

娘は向かい合っていた。

子供のサイズに合わせてあるため、シンジにはちょっと窮屈そうである。

 

「ね、月までどれくらいかかるのぉ?」

 

蒼い瞳をキラキラさせて、ハルカが訊ねてくる。

シンジのほうに身を乗り出すように少しかがんでいる。

 

「4日だよ」

 

そう答えるとシンジは手に持ったコーヒーのカップに口をつける。

 

「・・・たった4日さ」

 

シンジはカップをテーブルに置いて模型のロケットを手に取った。

 

「このサターンV型ロケットがパパたちをものすごい速さで打ち上げるんだ」

「速いってどれくらい速いの?」

 

ハルカはテーブルに頬杖をつく。キラキラした瞳はそのままである。

 

「・・・う〜んと、そうだな・・・銃から弾丸が飛び出すときくらいの速さかな」

「ふぅ〜ん」

「で、ロケットは地球の引力から脱出して外に飛び出し、やがて今度は月の引力に引っぱ

られていく・・・」

 

ここでシンジはロケットを司令船とLEMに持ち替える。

 

「・・・月にたどり着くと、宇宙船は月の周りを回り始める、つまり軌道に乗るわけだね」

 

模型を月の周りを回っているかのように動かしてみせる。

 

「トウジ=スズハラとパパは・・・」

 

LEMを司令船から外し、司令船はテーブルの上に戻す。

 

「・・・LEMに移って司令船を離れる、これは月に降りる乗り物だよ」

 

ハルカはコクコクとうなずく。

 

「パパはこいつを月面に激突しないように操って・・・」

 

シンジは少し横に揺らしながらLEMを降ろしていく。

 

「・・・少しずつ高度を下げていって・・・・・・」

 

LEMの動きに合わせてハルカの顔も下に降りていく。

 

「・・・静かに月の地面の上に軟着陸する」

 

やさしくLEMをテーブルの上に置く。

 

「アームストロングやコンラッドよりもずっと上手くね」

 

そう言ってシンジはウインクしてみせる。

ハルカもうれしそうにシンジに笑いかける。

部屋の入り口の陰ではアスカもまた、この夫と娘のやりとりを聞いて微笑んでいた。

だが、次のハルカのセリフはアスカを凍りつかせた。

 

「・・・ね、パパ。これと同じロケットに乗ってて焼け死んじゃった人がいるんでしょ?

知ってる・・・?」

 

先ほどとは一変して不安そうな顔になるハルカ。

シンジの顔からも笑みは消えていたが、やさしい光を湛えた真摯な眼で娘を見つめた。

 

「・・・ああ、もちろん知ってるよ・・・・・・みんな友達だった」

 

 

ハルカが言っているのは、1967年1月27日に行われた“エヴァ 1”の打ち上げリハーサ

ル中に起こった火災事故のことである。

この事故でガス=グリソム、エド=ホワイト、ロジャー=チュイフィの三人の宇宙飛行士

が亡くなった。

 

 

現在こそ大きな成功を納めている“エヴァ計画”であるが、その初期の段階はかなり惨憺

たるものだった。

テストの初期の段階では、エンジンに点火しようとしたらエンジンノズルが割れて飛び散

ったことがあった。一度など着水テストの際に、耐熱版がパックリと割れて試験水槽の底

に司令船が沈んでしまったこともあった。船内環境制御システムはすでに200回もの故障

を記録していたし、宇宙船全体では約2万回もの故障を記録していた。

さらにあるときテストを終えたあと、グリソムがこう漏らしたことがあった。

 

「よくわからんのだがね・・・どこが悪いといって特に指摘できる個所があるわけじゃな

いんだが、どうもシックリしないんだよな。あいつ、どこかピタッとこないところがある」

 

宇宙船のような機械について、テストパイロットのこのような発言は大いに憂慮すべきも

のであろう。これと比べたら、点火したらエンジンノズルが吹っ飛んだとか、着水テスト

で司令船が試験水槽の底に沈んでしまったとかいうようなもののほうが、はるかにマシな

事態である。少なくとも修理すべき個所がわかるからだ。

そんな不安材料を抱えたうえでのリハーサル中の事故であった。

この事故のせいで“エヴァ 2”から“エヴァ 6”までは無人で打ち上げられることとな

った。

その間に改良が急ピッチで進められ、なんとか現在の成功にこぎつけたのであった。

 

 

 

「・・・また、あんな事故が起こる?」

 

ハルカは不安そうにシンジに問い掛けた。すでにちょっと涙目になっている。

シンジは先ほどと同じ表情で娘の問いに答えた。

 

「・・・あの事故はね、たまたま不運な偶然が重なったんだ」

 

再びテーブルの上から司令船の模型を取る。

 

「この“ハッチ”、つまり宇宙船のドアがなかなか開かなかったっていうのも彼らにとっ

て不幸なことだった・・・」

 

そう言ってまた模型をテーブルの上に戻した。

 

「・・・・・・全部修理した?」

 

ハルカはすがるような目つきをする。

 

「もちろん」

 

シンジは大きく2・3度うなづいてみせる。

 

「もちろん、ちゃんと修理したよ」

 

シンジはそう言うと、手を伸ばして娘の頬に触れた。

 

「だから安心していいんだよ」

 

彼はやさしく愛娘に微笑みかけた。

 

「・・・・・・・・・・・・うん」

 

うなづいてハルカは立ち上がると、テーブルを回ってシンジにしがみついた。

シンジもハルカをやさしく抱きしめてやる。

 

「・・・・・・・・・・・・大丈夫だよね・・・・・・」

 

ハルカはシンジの腕の中でそうつぶやいた。

 

 

 

アスカはハルカの部屋の入り口の陰で、手で口を押さえて必死に鳴咽を漏らさないように

していた。

夫と娘の会話は、彼女に有人宇宙計画には常に事故の可能性があることを改めて思い知ら

せたのだった。

自分が愛し、そして自分を愛してくれる夫を失うかもしれない・・・

そんなことは耐えられないし、考えたくもなかった。

そう、彼女の悪夢はいつでも現実になり得る可能性があるのだ。

アスカは泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胸が張り裂けそうな不安に、アスカはただ肩を震わせて泣いた。

悪夢が現実になるかもしれない恐怖に怯えながら・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

EVA 13 第三章「不安の輪郭(かたち)」 END

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[あとがき]

 

ども、第三章、いかがでしたでしょうか?

今回は、シンジが危険な任務に赴くこと対する、

アスカたちの不安みたいなものを書いてみたかったんですけど・・・

ちゃんとそれらしくなってるのかな?(^_^;)

ほんとうは一気に打ち上げ前夜まで書いてしまいたかったんですけど、

思っていたよりもこの部分が長くなってしまったので、

これだけで一話にしてしまいました。

 

では、次は第四話でお会いしましょう(^.^)/~~~

その前に「壊れかけ〜」のほうが先かな?(笑)

テンプラでした。 

 

 

 

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