居間の床に三人の少年たちが、思いおもいの姿勢で並んで座っていた。
ひとりは短く切った髪を立てて、黒いジャージを着ている。
もうひとりは少しクセのある黒髪を短くそろえ、鳶色の瞳を持つ少年。母親似で中性的な
顔立ち、そのせいか一見少女のようにも見えなくもない。
最後のひとりは少し赤茶けたボサボサの髪、両頬にはかすかにそばかすが浮いており、眼
鏡をかけている。
彼らのすぐそばの暖炉には炎が踊っている。ほどよく暖かい。
窓の外は一面の銀世界である。
ヨネザアド地方アタゴオル。
オネアミス王国のどちらかといえば北部に位置するこの町は、中部以南の都市よりも一足
早く雪に覆われていた。
ここ一週間ほど降り続いた雪はすでにやんでおり、その晩の空は雲一つなく澄んでいて、
無数の星が輝いている。
月の明るい晩だった。
地表を覆う雪は月明かりに照らされて、ぼうっと青白く光っている。まるで雪自体が燐光
を放っているようだ。
だが、そんな窓の外の幻想的な光景に、少年たちの心は向いてはいなかった。
いま少年たちをとらえているのは、彼らの目の前に置かれた極超短波ラジオ受信機である。
鳶色の瞳の少年の父親が、息子のために用意したものだ。
「・・・・・・な〜、まぁだ聞こえへんのか〜?」
黒ジャージの少年は少々待ちくたびれたようにつぶやくと、手に持っていたカップに口を
つけた。
「あれ? 『まぁだプーク焼けへんのか〜?』じゃないのか?」
眼鏡の少年はにやりと笑ってからかうように言う。
「アホ。それじゃあワイがいっつも食ってばっかりみたいやんけ・・・」
「だってそうだろ? いっつもイインチョが作った弁当、すごい勢いで食ってんじゃん」
「ぐっ・・・・・・・・・・・・」
言われて返す言葉のない黒ジャージの少年は黙り込んでしまう。
「あはは、冗談だよ・・・もうそろそろじゃないか?」
眼鏡の少年は笑ってそう言った。
「・・・・・・・・・父さん、大丈夫かな?」
それまで黙っていた鳶色の瞳の少年が急にぽつりとつぶやいた。
「大丈夫だって。さっき打ち上げは成功したってニュースで言ってたろ?」
眼鏡の少年は、いま奥のキッチンで自分たちのためにプークを焼いてくれている鳶色の瞳
の少年の母親にも聞こえるように、わざと大きな声で言った。彼はその声に楽天的な響き
を持たせるよう努めることを忘れなかった。
鳶色の瞳の少年の父は、人類史上初の有人人工衛星の打ち上げの管制官として、はるか南
方のカレヤにある発射場に赴任していた。
そのカレヤに共和国リマダ駐屯軍が侵攻してきたというニュースが入ってきたのがその日
の午後。そして、戦闘の最中にもかかわらず、宇宙軍はロケットの打ち上げを敢行、みご
と成功させたという報道が入ったが2マールほど前のことである。
だが、その後の発射場の様子に関しては何も伝わってこない。それが鳶色の瞳の少年を不
安にさせた。いつもと変わらず温和な笑顔を浮かべて、みじんも表情には出さないが、彼
の母親もまた不安なはずである。
眼鏡の少年がわざとキッチンまで聞こえるような大声を出したのは、そういうわけだった。
「打ち上げが成功したんだから、おじさんもきっと無事だって」
「・・・・・・うん」
鳶色の瞳の少年はうなづくと、弱々しく微笑んだ。
黒ジャージの少年もまた元気付けるように、軽く彼の肩をたたく。
そして三人は再び意識を目の前の受信機に向けた。
彼らは先ほどから待っているのは、数マール前に人類初の宇宙飛行士となったシロツグ=
ラーザットによる、初の宇宙からの放送である。
その放送は極超短波で行われるため、鳶色の瞳の少年は父親に頼み込んで、わざわざ極超
短波受信機を用意してもらった。普段は無口であまり息子の相手をしない父があっさりと
承知してくれたことが、少年には意外であった。
「あら、まだ始まってないの?」
振り向くと、そこには母親が焼きたてのプークとチャイのポットを乗せたトレイを持って
微笑んでいた。
息子と同じ鳶色の瞳、同じく鳶色でシャギーの入ったショートヘア、顔立ちはとても若々
しく、とても12歳の子供がいるような年齢には見えない。20代前半でも通りそうだ。その
エプロン姿は、むしろ可愛らしいという表現がぴったりである。
(母さんって本当に36歳なのかな? ぜったい変だよな・・・)
思わずそんなことを考えながら鳶色の少年は母の問いに答える。
「うん、まだみたい」
そう、と応えながら母親はテーブルにトレイを置いて、ソファーの上に腰掛けた。
「ま、ゆっくりとお茶でも飲みながら待ってましょ」
にっこりと微笑んで、自分の分のカップにチャイを注ぐ。
「トウジくん、チャイのおかわりはいかが?」
プークの匂いに引き寄せられてテーブルににじり寄っていた黒ジャージの少年に、楽しそ
うにチャイを勧めた。
「え? あ、すんません、いただきます、ユイさん」
ちょっとうろたえた少年の様子に彼女はクスリと笑う。
「プークも冷めないうちにどうぞ」
そう言ってプークを切り分けるのも、じつに楽しそうである。
「ハイ、そんじゃ遠慮なく・・・」
そう言い終わるか終わらないうちに、黒ジャージの少年の手はすでにプークに伸びている。
眼鏡の少年も、いただきます、と会釈してからプークに手を伸ばす。
だが、鳶色の瞳の少年はチャイのおかわりをしただけで、プークには手をつけようとしな
かった。
「あら、シンジはいらないの、プーク?」
柔和な笑顔のまま母親が訊ねてくる。
鳶色の瞳の少年はそれに答えず、カップに目をやったまま、べつのことを母に問い返した。
「・・・母さんは心配じゃないの?」
「心配って、何が?」
母親は相変わらずニコニコしている。
「な、何がって・・・・・・父さんのことだよ!」
少年は母のほうに振り向いた。思わず語気が強くなっている。
が、母親のほうはそんな息子の様子に動じたふうもなく、やさしく微笑んでいる。
「・・・・・・父さんのこと、心配じゃないの?」
思わず語気が荒くなってしまったことに恥じ入ったのか、少し頬を赤らめつつ先ほどより
も穏やかな調子で、少年は訊ねた。
「・・・シンジは心配なの?」
わずかに首をかしげ、息子の顔を覗き込むようにして、微笑んだまま母親は訊ねる。まる
で幼い子供と話をするような調子である。と言っても12歳では十分大人とも言えないが。
「そ、そりゃあ・・・・・・」
「大丈夫よ、ロケットの打ち上げが成功したんでしょう?」
母親はにっこり笑って言った。
「でも共和国軍がカレヤに侵攻したって・・・」
「共和国軍はロケットが欲しくて侵攻したんでしょ? そのロケットが打ち上げられてし
まったんだから、さっさと引き上げているわよ」
鳶色の瞳の少年には、母親が自分を安心させようと無理をして言っているのか、それとも
母親がとてつもなくお気楽な性格でまったく心配してないのか、どちらなのかわからなく
なっていた。
さらに母親は続ける。
「それにあの人の生命力はゴキブリ以上なんだから、仮に管制室が直撃を食らってもピン
ピンしてるわ、だから心配するだけ無駄よ♪」
しれっとそう言うとニコニコしながらチャイのカップに口をつける母親。
そんな母の様子を見て、これは完全に後者だ、そう判断して少年は心の中で頭を抱えた。
黒ジャージの少年はといえば、そんな親子の会話などまるっきり耳に入らない様子で、一
心不乱にプークをほおばり、眼鏡の少年は、気ぃ使っただけ無駄だったなと思いつつ、優
雅にチャイをすすっていた。
「・・・あ、そうそう・・・シンジ」
母親のその声で、心の中で額に青の縦線を入れて頭を抱えていた少年は現実に引き戻され
た。
「放送が始まる前に、2階に上がってレイの様子を見て来てちょうだい」
「レイの?」
「そう、でね、もし起きていたらここに連れてらっしゃい」
「え、どうして?」
「だって、せっかく家にいるんですもの、レイにだって聴かせてあげてもいいじゃない。
極超短波ラジオの放送なんて病院じゃ聴けないでしょう?」
「でも、レイは身体を休ませないと・・・」
「それに、こっちでみんなが賑やかにしてるのに、独り寂しくベッドの中なんて可哀相で
しょ?」
「・・・・・・わかったよ、行ってくる」
なぜ自分が行かないといけないのかという疑問を露ほども浮かべることなく、鳶色の瞳の
少年は立ち上がって、廊下の階段へと向かった。
後ろから母親が声をかける。
「早くしないと放送始まっちゃうわよ〜」
「わかってるよ〜!」
応えながら少年は階段を上がっていった。
妹の部屋は、階段を上がってすぐのところにある。
鳶色の瞳の少年はドアの前に立つと、コンコン、と軽くノックをした。
「レイ、起きてる?」
しばらく待って返事がないのを確認してから、そうっとドアを開けた。
明かりは点ってなかったが、正面に見える窓から月明かりが差し込んでおり、部屋の中の
様子は見てとることができた。
壁紙の模様以外は、ベッドやタンスなど必要最低限の家具しか置かれておらず、あまり生
活感が感じられないのは、この部屋の主がほとんど病院暮らしでここにあまり寝泊まりし
ないせいであろうか。
右奥の隅にベッドが縦に置かれている。
そのベッドに腰掛けて、ひとりの少女が窓から空を見上げていた。
色素がないために血の色がそのまま透けて真紅に見える瞳、母親と同じくシャギーの入っ
た水色の髪、髪と同じ水色のパジャマからのぞく透明感のある白い素肌。
それらが月の光を浴び、さらに母親譲りの整った顔立ちも相俟って、言いようのない美し
さを醸し出していた。
その美しさに鳶色の瞳の少年は、声をかけるのも忘れて思わず見とれてしまった。
やがて気配に気づいた少女がゆっくりと振り返った。
自分のほうをぼうっと見ている兄を、これといった表情も浮かべずに見つめ返す。
「・・・・・・何?」
その声に少年は我に返った。
「・・・え? あ・・・えっと、その・・・・・・お、起きてたんだね、ノックしても返
事がないから寝てるのかと思ったよ、ははっ・・・」
少々しどろもどろになりながら答える。
「・・・・・・・・・」
無表情のまま少女は視線を空に戻す。
「な、何見てるの?(へ、変な奴だと思われたかな・・・)」
少年は部屋に入るとゆっくり妹のそばに歩いていく。
窓の外に顔を向けたまま少女が口を開いた。
「・・・・・・・・・きれい」
「・・・へ?」
「・・・・・・月・・・とってもきれいよ」
再び少年のほうに向いた少女の顔は、かすかに微笑んでいた。
「ほら、見て・・・・・・」
そう言ってまた少女は月に視線を戻す。
少女の横に腰掛けて、少年が窓から空を見上げると、そこには白い月が光輝いていた。
端がわずかに欠けており、まだ満月の一歩手前といったところだ。
雲ひとつない夜空に静かに月は浮かび、やわらかなやさしい光を地上に降り注いでいた。
少年と少女はしばらく黙って月を見上げていた。
やがて少年が思い出したように口を開く。
「あ、そうそう、こんなところで月を見上げてる場合じゃないや」
その声に少女は月から兄に視線を戻した。
「・・・・・・?」
少女は少し怪訝そうな顔をしている。
「あのさ、レイ、いま下にトウジとケンスケが来てるんだけどさ、みんなで一緒に・・・
その、何て言ったらいいんだろ・・・・・・うちゅう・・・宇宙からの放送、そう、宇宙
からの放送を聴かない?」
「宇宙からの放送って?」
「ほら、今日、史上初の有人宇宙ロケットの打ち上げが成功したじゃない?」
「・・・知らないわ」
しれっと冷たい答えを返す妹。もっとも彼女は冷たくしているつもりは毛頭ないのだが。
少年は彼女の返事にちょっとたじろいだ。顔がわずかに引きつっている。
「・・・い、いや、したんだよ。でね、いまから人類初の宇宙飛行士のラーザット大佐の
宇宙からの生放送があるんだ」
「・・・・・・・・・」
「極超短波のラジオだから普通の受信機じゃ聴けないんだけど、父さんが受信機を用意し
てくれたんだ。ほら、父さん、そのロケットの管制官やってるから。父さんがカレヤに行
ってるのは知ってるだろ?」
「・・・ええ」
「で、トウジとケンスケも聴きに来てるし、レイもその、一緒にどうかなって・・・」
「・・・・・・・・・」
「せっかく家にいるんだし、病院じゃ聴けないでしょ、そういうの? 人類史上初の記念
すべき放送なんだしさ、どうかな?」
少女は少しあいだ考えていたが、やがて口を開いた。
「・・・兄さんも、聴くの?」
「ん? もちろんだよ、母さんも一緒だし・・・」
「・・・ならいいわ、行きましょ」
「よし、じゃあ・・・」
そう言って立ち上がりかけたが、少年は急に動きを止めた。
「・・・あ、レイは歩けないんだったね、どうしよう・・・・・・」
「少しくらいなら平気よ」
「だめだよ、身体はなるべく休めておかないといけないだろ?」
「でも、どうするの?」
「う〜ん・・・・・・」
少年はしばらく考え込んでいたが、
「・・・・・・やっぱり僕が抱えていくしかないか」
そう言うと無造作に少女の肩に右手をまわし、脚の下に左手を差し込んだ。
そんな少女にとっては大胆な兄の行動に、彼女は思わず身を固くした。心なしか頬も赤い
だが、所詮月明かりの下で少年が妹の頬が赤いことなどに気づくはずもなく、彼はそのま
ま少女を抱え上げた。
少年は妹の様子よりも、その身体の軽さに心を捕われていた。抱え上げた瞬間あまりにも
軽かったので驚いたのだった。
(・・・こんなに軽かったんだ・・・・・・)
少年は改めて妹が病弱に生まれついたことに胸を痛めた。
「・・・それじゃ、行こうか」
「・・・・・・うん」
そうしてふたりは部屋を出た。
ふたりが居間に入ると、黒ジャージの少年と眼鏡の少年はニヤニヤしながらこう言った。
「おう、センセ、なんか新婚さんみたやのぉ〜」
「まるでこれから新妻をベッドへ運ぶとこってかんじだぜ」
そこで初めて鳶色の瞳の少年は自分が大胆な行動をとっていることに気がついた。
少年の顔がボッと一気に赤くなる。
「なっ、何言ってんだよ!」
狼狽のあまり声が思いっきりうわずっている。
「それに呼びに行って降りてくるまでけっこう時間あったしなぁ〜」
「ホンマ、何しとったんや、センセ?」
「な、何もしてないよ!」
少女もすでに赤くなっていた頬をさらに赤く染めてうつむく。それがまた傍目には愛しい
男に頬をよせるといったふうに見えて、さらに少年たちを喜ばせた。
「お〜っ、イヤ〜ンな感じぃ♪」
「レイちゃんもまんざらじゃないみたいだぞぉ、どうするシンジぃ?」
「ばっ、バカ、違うよ! ふたりがそんなこと言うから恥ずかしがってんじゃないか!」
鳶色の瞳の少年はさらに顔を赤くしてうろたえた。
そこへ母親がクスクス笑いながら追い討ちをかける。
「だめよシンジ、あなたとレイは兄妹なんだから」
「母さんまで・・・やめてよ・・・・・・」
今度は本当に額に縦線を入れて母親をジト目で見てから、鳶色の瞳の少年は妹をソファー
の上に座らせた。
少女は兄の身体から手を離すのが少し名残惜しそうである。
鳶色の瞳の少年が先ほどいた位置まで戻ると、他の少年たちはさらに彼に攻撃を加える。
それに彼がさらにうろたえ、その様子を見て母親はクスクス笑い、妹は頬を赤らめるとい
う光景がしばらく続いた。
・・・と、突然極超短波受信機から、ガリガリ、という音が聞こえてきた。
「始まったか!?」
「しっ!」
少年たちは一気に受信機の前に群がり、全神経を受信機の音に集中させた。
ガリガリガリ・・・・・・・・・キュイーン・・・・・ビー・・・・ガリガリ・・・・・
・・・・・・ゴキュッ
誰かが唾を飲み込む音がはっきりと聞こえるほど、居間は静寂に包まれていた。
パチパチと暖炉で薪がはぜる音も、やけに鮮明に響く。
やがて受信機から、TVやニュース映画などで何度か聞いたことのある声が聞こえてきた。
『・・・・・・地上で、この放送を聴いてる人・・・いますか? 私は、人類初の宇宙飛
行士です・・・』
だがその声は、それまでメディアを通して聞いてきた、明るい快活な声とは違い、ずっと
低く神妙な感じのものだった。
『・・・たった今、人間は初めて、星の世界に足を踏み入れました』
その声の調子と口調のせいであろうか、鳶色の瞳の少年には、なぜかずいぶん非現実的で
実感の伴わないセリフのように感じられた。
少年はチラッと隣に目を走らせる。
彼の両脇では友人たちが、かたや眼をキラキラさせて少々興奮気味に、もうひとりはウン
ウンとうなづきながら目頭を押さえ、受信機の声に耳をかたむけている。
『海や山がそうであったように、かつて神の領域だったこの空間も、これからは、人間の
活動の舞台としていつでも来れる、くだらない場所と、なるでしょう・・・・・・』
後ろを振り返ってみると、母親は眼を閉じて、じっと聞き入っていた。
妹はいつもと同じ無表情のままだ。
『地上を汚し、空を汚し、さらに新しい土地を求めて、宇宙へ出て行く・・・人間の領域
は、どこまで広がることが、許されているのでしょうか?』
ちがう、自分が聞きたいのはこんなことじゃない、鳶色の瞳の少年はそう思った。
彼は、宇宙空間を飛ぶのはどんな感じであるとか、宇宙から地球はこんなふうに見えると
か、そういうことが聞きたかった。
『・・・どうか、この放送を聴いてる人、お願いです、どのような方法でも構いません。
人間がここに到達したことに、感謝の祈りを、捧げてください・・・・・・』
なぜラーザットさんはそれを教えてくれないんだろう?
『・・・・・・どうか、お許しと、憐れみを・・・我々の進む先に、暗闇を置かないでく
ださい・・・』
その居間にいる者全員が、いつのまにか無意識に手を合わせていた。ただし、ひとりの少
年を除いて。
『・・・罪深い歴史のその果てに、揺るぎないひとつの星を、与えておいてください・・
・・・・・・・・・・・・』
そのまま受信機の声は少年の問いに答なく、交信途絶に入ってしまった。
そして二度と答えることはなかった。
鳶色の瞳の少年は自室のベッドの上にいた。
窓から見える月は、すでに中天を過ぎて西に傾きかけている。
眠れなかった。
先ほどの釈然としない気持ちが、まだ少年の中でくすぶっている。
知りたい・・・・・・
宇宙(そら)を飛ぶのはどんな気分?
宇宙(そら)からはどんな光景が見える?
そこから見る星はきれい?
太陽はもっとまぶしい?
月はさっき妹と一緒に見たのよりも美しく見える?
どうして何も教えてくれないの?
なんで独り占めにするのさ!?
なんでだよ!? そんなのずるいよ! ずるい!!
ゴロンと寝返りをうつ。
ふうっとため息をついた。
・・・・・・・・・何を僕は怒ってるんだろう?
ラーザットさんが僕の期待していたことを答えたとしても、べつに自分の眼で見れるわけ
じゃないのに・・・・・・
だいたいラジオなんかで聞かされても想像することができるだけで、その人が見ているも
のを直接見れるわけないじゃないか・・・
少年は、父親に連れられてマガツミの宇宙軍本部に行ったときのことを思い出した。
そこで初めてシロツグ=ラーザット大佐に会ったのだった。
あのとき、宇宙へ旅立って、今まで見たことのない光景を見れるなんてうらやましいと言
った少年に、シロツグはこう言った。
『だったらさ、君も宇宙飛行士になればいいじゃないか?』
「・・・君も宇宙飛行士になればいい、か・・・・・・」
君の知りたいことは、君自身の眼で確かめるんだ・・・
ふいに少年はシロツグがそう言っているような気がした。
「・・・そうか・・・・・・・・・!」
少年はベッドの上に身を起こし、窓から空を見上げた。
僕は行きたいんだ・・・
宇宙(そら)を飛びたいんだ・・・・・・!
だからあの放送を聴いて、たまらなくなったんだ・・・
ベッドから降りて窓のそばに立つ。
僕も宇宙(そら)へ・・・星の世界へ・・・
ぐっと拳を握り締める。
・・・・・・そして自分の眼で地球を見るんだ!
降り注ぐ月の光が、少年にはシロツグの言う“神が与えたもうた揺るぎない星の光”のよ
うに思えた。
・・・・・・あれから22年。
かつての鳶色の瞳の少年は、あの日一緒にあの放送を聴いた親友たちとともに、彼にとっ
ては4度目、そして彼の生涯で最後になる飛行ミッションのための訓練に励んでいた。
EVA 13 第四章「揺るぎない星」 END
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
[あとがき]
うぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜長かったぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!
今回の話は難産だったなぁ〜(-_-;)
書くのに一週間以上かかってしまったよ(^_^;)
最初はシンジ・トウジ・ケンスケ以外は登場しない予定だったのに、
まず、せっかくシンジの少年時代の話なんだし、他に出番もないからって
ユイさんを登場させて(作中では神暦1970年の時点ですでに死去、美人薄命)
ついでにこれまたこの先あまり出番がないからってレイちゃんも登場させて、
そしたら、なんかだんだん話が長くなってしまって・・・(笑)
シンジも、最初は素直にシロツグの放送に感動して、
それで宇宙へ行くことに憧れる、ってことにしようと思ってたんですけど、
なんだかそれではしっくりとこないような気がしたので、今回のようになりました。
ほんとはもっと先まで話を進めるつもりだったのになぁ〜
いつになったら打ち上げのシーンまで行くのでしょうか?(笑)
作者の僕にもわかりません(^_^;)
それにしても、この作品のユイさんて・・・・・・笑ってばっかり(^_^;)
僕はエヴァ本編のユイさんはまったく見たことがないんです。
それでエヴァSSなんかを読んで、そこから、
碇ユイ=いつもやさしい笑顔を絶やさない女性
というイメージがあって、こんなふうになったんですけど。
ユイフリークのみなさん、ウイルス入りメールは勘弁してください(笑)
では今回はこのへんで m(__)m
第五章でお会いいたしましょう(^.^)/~~~
テンプラでした。