「‥こんなとこだな、あとはワイン軽くをいれて。」
シンジは何時もの如く料理を作っていた。 その手際と味の良さは皆の知るところだが、シンジの顔には
多少自信なさげな感じが見えた。
「気に入ってくれるかな、…アスカ。」
手は次々と動かしつつ、シンジは料理とは別の事を考え始めていた。
シンジの周りを改めて見回すとキッチンの様子が少し変だ、合理性を求めたように造りが狭い。
そこは船の中に在った、中型クルーザーの備え付けのキッチン。
クルーザーは沖縄付近の海上に停泊していた。
波も無く、僅かなそよ風が海上を撫でて行くだけの、静かな夕暮れ時。
昼間スキューバダイビングを存分に楽しんだアスカが、キャビンの個室で静かな寝息をたてている。
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2018年、最後の戦いより三年が経過していた。 からくもゼーレを退けたシンジたちは17歳になっていた。
生き残ったネルフ関係者は事後処理に追われ、シンジ達も例外無く駆り出されてしまった。
ろくに学校に通う暇もなく、つい一ヶ月前にやっと処理が一段落し今回の休暇をとる事ができたのだ。
奇跡的に、ネルフの主要メンバーは欠ける事無く活動していた。
ほとんどの者は変わり映えなく、暮らしている。 ミサトは相変わらず酒を友としシンジを呆れさせている。
「まだ加持さんと結婚しないんですか?」
シンジが、そんな嫌みを言ってしまった事もあったが、ミサトは平然と返してきた、
「やーね、誰があんなのと。それにシンちゃんたちが自立するまで出来るわけないっしょ、保護者として。」
そう言い左手に持ったえびちゅを呷る、薬指に光る物が見えた。
レイは、二年程前からカヲルと共に暮らしている。 かの戦いの暫く後、突然現れたカヲルは皆を驚愕させたが、
彼の使徒としての力は消え失せていた、検査での波形パターンもグリーン、人間の物。
同様に検査されていたレイからも、人間としての反応しかなく、そこに混乱しきったリツコの姿があった。
カヲルとの再会にもっとも衝撃を受けたのはシンジである。
「……カヲ‥ル‥君……。」
「やあシンジ君、また遭えたね。 うれしいよ。」
「…どう‥して…。」
「いっただろう、僕にとって生と死は等価値なんだよ。」
「・・・」
シンジはそれ以上言葉が次げず、以来カヲルの出現の理由はうやむやの内に不問となってしまったようだ。
カヲルとレイは兄弟として、外部に登録されている。
レイとシンジは一時のギクシャクとした状態が消え、端から見れば仲の良い友人と見えているだろう、
ただレイの言葉の少なさと、シンジとの奇妙な間を持ったやり取りは中学生時代と変っていない。
実際、当人達の心情は知る由もないが。
さて、アスカはと言うと。
「あんた バカァ!!」
「あったりまえじゃないの!この私の身の回りの世話を続けさせて頂けるなんて光栄の至りと思いなさい!!!!」
相変わらずの様だ。 いや、心と共に自信も取り戻した彼女は発言にも更に磨きがかかってきている。
シンジとは、相変わらず進展した様子も無く三年が過ぎていた、ごくたまに行われるキスもアスカの気まぐれで行われる
はかなく軽いキス。 "女王様とポチ"それが親友達から新たに付けられていた彼らの関係。
しかし、シンジの反応は以前より落ち着いた物で、殆ど不平も漏らさずアスカに従っている。
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「いー匂い、シンジご飯出来たの?」
「うん、丁度ね。 良く眠れたアスカ?」
個室のドアを開け、アスカが出てくる。 シンジはテーブルへ料理を並べ終えたところ。
「けど、此処まで来て僕の料理が食べたいって言われるとは思わなかったよ。」
アスカの視線がシンジの顔を直視し、
「いいじゃない、そのくらい。 シンジは料理と家事だけは旨いんだから、勿体振るんじないの!」
「それより、いきなり私をこんな処まで引っ張ってきてその位ですむ事に感謝しなさいよ!
まったく、勝手に私の分の有給申請までして、知ってて通しちゃうミサトもミサトよ。」
「‥気に入らなかった?」
「まっ、デリカシー云々はまだまだとして、アイデア位は誉めてあげるわ。」
「ホント! 良かった。」
「‥これって…。」
テーブルに目線を下げたアスカの声がとぎれる。
「気に入らなかった?」
「‥ま、食べてみてからね、感想は。」
アスカがキャビンに固定された椅子に座り、表情を変えずに料理を口に運ぶ。
一口めを飲み込んだ後。 アスカの口から一言だけ、微かに言葉が漏れた。
「………Mutti………。」
刹那、右目から一筋の涙が流れ落ちる。 アスカは慌てて顔を覆い隠し、ナプキンで口を拭くフリをした。
アスカの反応を確かめようとしていたシンジも、その微かな言葉と一粒の真珠に対処できず、
二人だけのキャビンに、気不味い沈黙が続いた。
「…ごめん、‥軽率だったかも知れない。」
「‥なんであやまんのよ!シンジが。」
「けど‥」
「いいの!シンジがあやまんなくっていいの‥。 かってに思い出したのは私なんだから…。」「…いいの……。」
「・・・・」
「さっ、食べちゃいましょ、折角のシンジの料理なんだし。」
「‥そ、そうだね!」
後のアスカは勢い良く、しかし噛み締めるように料理を食べていった、
失った物を取り戻そうとでもしているかの様に。
「ふ〜っ、美味しかった♪ ご馳走様、シンジ♪」
多少多めに、彼女の食事の量を考慮して作った料理が、瞬く間に消え去っていき後には奇麗に空になった食器と、
ご機嫌なアスカが残った。
フン フ フンフーン フン フ フンフーン フンーフンフーン フン フンフーン‥
鼻歌混じりに食器を片付け始めたシンジに彼女は呟く、
「…スクーバに連れてけなんて良く覚えてたわね。 ‥それもこんな時期に。」
「約束したからね。」
さらりと言葉を返しながら、シンジは昼間の光景を思い出していた。
青く澄んだ水の中、熱帯魚と戯れる彼女を眺め、月並ながら言葉が漏れた。
「……人魚が居るみたいだ……。」
「後は明日の昼に帰るだけ‥か。」
アスカの呟きで我に帰ったシンジは、アスカの方を向き直って告げる。
「…実はもう一つイベントがあるんだ。」
「‥?」
アスカは怪訝な顔をしつつシンジを見詰め帰す。
「ナイトスクーバなら昨日の夜やったじゃない。」
「ちょっと違うんだ♪」
「なーに企んでるのかな、シンちゃん!」
含み笑いをしながら、再び食器をキッチンに運ぼうとして背中を見せたシンジの首に、アスカの細い腕が絡んだ。
「ちょっ!アスカあぶっ・・・」
そこまで口に出たところで、シンジの視界は真っ白になった、背中にアスカの柔らかな体を感じながら。
グニャリと崩れ落ち、後ろ向きに自分に覆い被さってくるシンジを認め、慌てまくるアスカ。
「え、シ シンジ!ちょっと悪ふざけはやめ‥‥オチテル…。」
「ふう‥、ちょっと失敗したわ‥。 けど、っ重いっ‥‥もう、三年だもんね。」
シンジの体の下から這い出ながら罰が悪そうに呟くと、失神しているシンジを愛しそうに抱き締める。
「三年…か…。」
シンジの顔を見下ろしながら、呟くアスカの顔は微妙な表情をしていた。
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浅い失神から覚めゆくシンジは、その刹那遥か遠くに紅い4つの光りを見た気がした。
「‥?」
「!!ア、アスカ。」
「やっと気が付いたわね、ばかシンジ!」
シンジが驚いたのも無理はない、目の前僅か20cmにアスカの顔があったのだ。
自分を見詰める二つの青い瞳、覆い被さる柔らかな栗毛、シンジは一気に頭に血が昇るのを感じた。
後頭部に感じる、柔らかい感触はアスカの大腿部‥。
何時か感じた感触。
その時より柔らかな感触。
三年の時の経過を改めて感じるシンジ。
「ほら、何時までこうしてるつもり! 気が付いたらさっさと起きる!」
「‥あ、ごめん。 けど、酷いよアスカ。」
シンジは、体を起こしながら非難めいた声をあげる。
「文句いわない! 私に多少の非は合っても、この私が膝枕してあげたのよ。十二分にお釣りが来るわ。」
「大体あの程度で気絶するシンジが貧弱なの。」
「‥無茶苦茶言うなあ‥」
「な〜に、シンちゃん♪」
「な、何でもない。」
再び落とされては叶わないと、激しく頭を振るシンジ。
ただアスカの言葉も確かに無茶だった、頚動脈を押さえられて耐えられる者は少ない。
アスカの腕はそれ程完璧に決まっていたのだから。
「で、なにを隠してるのかな〜♪」
「な、なにが?」
「もう一回落ちたい?」 美しくも凶悪な笑みを浮かべるアスカ。
ブンブンと再び頭を横に振るシンジ、非常に反応が早い。
「さあ!白状しなさい!」
にじり寄るアスカ、冷や汗を浮かべながら後退してしまうシンジ。
「いっ、今何時かな。」
「ご・ま・か・す・な」 にっこりと笑っているが、口端が微妙に引きつっている。
「ア、アスカ折角の美貌が台無しになるよ。」
「だっ、誰の所為よ! もうっ、20時30分ジャスト!」
シンジの口から出た、滅多に聞けない言葉に顔を紅く染めながら律義に時間を宣告する。
「じゃあ、時間だ。」
シンジの言葉とほぼ同時に、床がゆらりと揺れる。
「なに?」
「迎えが来たんだ、イベントの。」
そう言いながら、立ち上がったシンジは徐にアスカの手を取り、リアデッキへエスコートする。
アスカは、普段のシンジらしからぬ行動に、さらに顔を紅くしながら茫然と着いて行く。
「何なの?」
「あれ♪」
シンジの指し示した海中に、クジラを想像させる影が在った。月明かりに照らされ、それはゆっくりと上昇して
クルーザーの横へと浮き上がる。
「…潜水艇‥?」
アスカが独り言のように言う。
「なにをするつもり?」
すっかり毒気を抜かれてしまったアスカは、静かに質問する。
「見せたい物があるんだ。 一緒に乗ってくれる?」
返事の出来ないアスカを見て、苦笑するとシンジはゆっくりとアスカを連れ、潜水艇に乗り込んだ。
想像より狭くない艇内は、計器の作動音と僅かなノイズ以外は届かぬ静寂に包まれている。
時折クルーよりスピーカー越しに潜航深度が告げられる。
一時間、アスカは黙ったままだった。
「‥強引だったかな?」
心配になったシンジが、静かに質問する。
「……なんで?」
「え‥」
「なんで、シンジが知ってたの? あの料理。」
「加持さんから聞いたんだ。」
少し困った顔で答える。
「あんのロリおやじ、人の事をべらべらと。」
シンジの笑いが引きつる、無論アスカの言葉が本心でない事は解っているが。
「やっぱり、軽率だったかな、それとも不味かった?」
「嬉しかったの、二度と食べられないと思っていたから、‥あの料理。」
「食べたら、思い出しちゃって、…だってそっくり何だもん。味」
「そっか、ごめん。アスカ」
「ほらすぐに謝る、そーゆーとこ成長しないわね、アンタは。」
「そうだね、あれから三年経ったって言うのに。」
「そうよ。 ‥でもまた作ってね。」
「いいの?」
「私が作れって言ってるのよ、いいに決まってンでしょ。」
語句は何時もの調子だが、アスカは優しく囁く。
<お客様。深度300‥予定地点に来ました。上をどうぞ。>
艇内アナウンスに上を向いたシンジとアスカに呼応する様に、上部キャノピーが透明化し照明が付けられた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥うわあ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥きれい‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
幻想的な光景だった。
遥かな暗闇を照らす照明の光の中に、静かにゆっくりと舞い降りてくる雪。
果てしなく続く深い海の底に降る雪。
「‥マリンスノー、知ってたけど見るのは初めてだわ。 こんなに奇麗なものだなんて‥。」
「約束してたから、雪を見せるって‥、本物は難しかったけど、ここなら約束が果たせるって思って。」
小さな声で、しかし強い意志を込めてシンジが告げる。
「…バカ…」
「‥だめかな、」
「バカ」
一言だけ告げ、上を向いたままのアスカはシンジの手に優しく触れ沈黙する。
ふと、シンジがやや強めにアスカの手を握りかえした。
「ちょっと、イタ‥。」
アスカがシンジの方を向き抗議しようとすると、何時に無く真剣な面持ちのシンジがいた。
「‥アスカ、来年も此処に一緒に来てくれないか。」
「い、いいわよ。」
シンジの気迫に気圧されながら返事をする。
「でっ、出来ればっ、」
シンジの顔が赤くなり、吃り始める。
「いっっ、一緒のっ名字になって!か‥ら‥。」
シンジの顔は最高に赤くなっていた。
「あんた バカァ!」
真顔に戻ったアスカの、死刑宣告にも等しい返事がシンジに叩きかえされる。
真っ赤だったシンジの顔が一瞬で真っ青に反転する。
「決まってるじゃない、当然OKよ! シンジにしては上出来。
‥ただ、もうちょっとスマートに言えないもンかしら?」
言うやいなや、シンジにしっかりと抱きつき熱いキスをする。
真っ青だったシンジの顔が再び赤く染っていく。
今日は聖誕祭が行われる日。
辺りには雪が降り続いていた、海底に舞い降りる雪が。
〜後書き〜
ふぃ〜っ、終ったφ(゚.゚)。 くりすますぷれぜんとbyふみ、vr,1.1 ちょっと修正しました、些細な部分ですけど。
初めて読んでくれた人ありがとう。 読み返しちゃった人ごめんなさい。 あそこはどうしても母国語の方が…。
辞書引いて調べた言葉なんで「ちがうぞ」ってツッコミは無しね(~_~;)。 あ、御指導は感謝して受け取ります(笑)
では(・o・)/Tschus
みゃあの感想らしきもの。