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それは真夜中の電話と共にやって来た。
「ちょっと、ミサト!
なんでファーストがここにいんのよ!」
玄関先に現れたレイの姿を見るなり、アスカは声をはりあげた。
「しょーがないでしょー、レイのアパートが火事で焼けちゃったんだからぁ」
つい先ほど、突然の電話に呼び出されたばかりのミサトは、レイを促して靴を脱いだ。
「どこにも行くところがない人を、このままおっぽり出せ、っていうの? アスカ。
5月とはいえ、まだ夜は冷えるのよ」
先に釘をさされて、アスカはぐっと言葉につまる。
「さ、レイ、上がってちょうだい。お茶でものめば、きっと気分も落ち着くわ」
言いながらミサトがシンジに笑顔でウィンクをする。
それで、あっけにとられていたシンジは、はっと我に返った。
一足先に台所に入って、お茶菓子を用意する。
飲み物を何にしようか考えて、時間も遅いので紅茶のカップを出した。
「ミルクティでいい?」
テーブルについた皆の顔を見て聞くと、レイは黙って頷き、アスカはつん、とそっぽを向いたまま
「ロイヤルでなきゃイヤよ!」
と我儘を言った。
ミサトはもうエビチュを出していたので、小鍋を出し3人分のロイヤルミルクティを淹れる。
「どうぞ」
アスカはシンジが淹れたロイヤルミルクティがお気に入りなので、カップを持つとちょっとだけ機嫌を直した。
ちゃんとアスカの分にはいつもの注文どおり、少しだけ蜂蜜が落としてある。
香りを確かめてから、一口飲んで、
「ん、おいしい」
と笑顔になった。
レイはカップを持とうとして、首を傾げた。
その手が細かく震えている。
ミサトはそれを見ると、エビチュを置いて立ち上がった。
座っているレイの後ろに立ち、背中からぎゅっとレイを抱きしめる。
そうして、震えている手両手でを包んで、軽くぽんぽん、と叩いてあげた。
「もう、大丈夫。心配いらないわ。
ちょっとびっくりしてるのね」
シンジもアスカも、そのとき初めて、レイがいつもより青い顔をしていることに気がついた。
やがて、レイの震えが止まったのを確認してから、ミサトは腕をほどいた。
「お茶が冷めちゃうわね」
ようやくミルクティを飲みはじめたレイを見て、シンジはほっと息をついた。
「なあに、そんなに火事、すごかったの?」
アスカの言葉に、ミサトは座って大きく頷いた。
「もう、すごかったわよ。
全部炎に包まれてて、あれじゃ中に居た人は、
絶対、助からないわね。
レイが無事でホントによかったわ」
「でも、持ち物とか、全部焼けちゃったんですよね」
シンジが横から言うと、アスカはう、と妙な顔をした。
「そうなのよね。
制服も着替えも、何も無いのよ。
だからアスカ、レイが着れそうな服、出してくれる?
私も探してみるけど、アスカの方がサイズ近いでしょう」
「えええー?」
やっぱり、とアスカは顔を手で覆って、ちらり、とレイを見た。
まだ青白い、いつも以上に強張った顔を見てため息をつく。
「しょうがないわね。探してあげるわ」
武士の情けよ、と妙に時代がかかったことを言って、アスカは立ち上がった。
その背中をミサトの言葉が追いかける。
「制服のスカートとか、替え持ってる?」
「クリーニング用にあるけど…リボンは1本しかないわ」
「いいわよ。それはすぐ買えるでしょ」
「取りあえずの着替えと、…新しい下着、かな。ねえ、ミサト」
「はいはい。後でいくらでも好きなの買ってあげるから」
「じゃあ、ちょっと見てくる」
アスカとミサトのやり取りを、レイは少し疲れたような表情で聞いていた。
無事だったとはいえ、寝巻や体のあちこちがススで汚れている。
シンジは風呂の用意をしようと、立ち上がった。
「ミサトさん、綾波の布団どこに敷きますか?」
「そうね、私の部屋は…ちょっとアレだし。
加持の部屋なら、すぐに用意できる?」
「あ、はい。じゃあシーツ替えてきます」
ちなみに、ここは加持がミサトと住むために探した4LDKのマンションだ。
加持は渋るミサトを口説き落として同棲にもちこんだ途端、長期出張の憂き目にあい、ここにはほとんど帰ってこれないでいた。
全てが終わって(…いろいろありましたが、この話ではみんな生き返っておりますので、あしからず)街は急速にもとの姿を取り戻し始めていた。
NERVは都合の悪いことを全て隠すため、エヴァもろとも飼い殺しの機関と化した、とはいうものの、実際には新政府の裏面を担う組織であることは否めない。
エヴァが必要とされなくなったので、3人のチルドレンは普通の中学生に戻ることになった。
もちろん、エヴァのパイロットであったことは、ずっとついて回るだろう。
それでもごく当たり前の未来を夢見ることが出来るようになった事実は、まだ多感な年齢のである3人に、少しずつ変化をもたらしていった。
シンジは以前のような自信の無さゆえの卑屈さは影をひそめた。
受け身な所は変わらないが、きちんと自分で考え、自信と責任を持って行動するようになった。
それは、相変わらず一緒に暮らしているアスカの影響もあるだろう。
すぐにうだうだ言いだすシンジを叱り飛ばすのは、日常茶飯事。
こちらも、勝ち気な物言いは変わらないが、シンジを男の子として意識し始めたせいか、少し大人しくなった。
女らしく、とはいかないものの、女であることや自分の弱さを自然に受け止められるようになった。
背伸びをやめて、地に足がついた感じである。
シンジが急速に大人びてきたのは、アスカのこういった変化のせいもあるかもしれない。
コンプレックスの裏返しで、つい強がってしまうアスカを受け止められるくらい自分に余裕が出てきた。
だから、以前のようにアスカに怒鳴られても、とまどったりいじけたりはしない。
ミサトをして、
「シンちゃん、だんだん男っぽくなってきたじゃない」
と言わしめるくらい、内面の変化に伴って顔つきも変わってきていた。
アスカの精神的な余裕は、レイに対する変化にも表れている。
遮二無二ライバル視して、罵倒するような場面はもう無い。
幾分のきまずさは残るものの、レイがそのことにまったく構わない分、かなり穏やかである。
レイ自身には、目に見えるような変化はおとずれていない。
けれど、見えないからといって、無い、と断じてしまうのは早計だろう。
変化というものは、つねに水面下から進行する。
どちらかというと、彼女はまだ、手に入った自由を理解できないでいるように見える。
誰の為でもない、自分の為に、自分で考え、生活し、生きてゆくということ。
今までとは違う。
死は見えないところに潜んでしまい、これからは平和な毎日の中で、自分で自分自身の存在を形作っていかなくてはいけない。
「さて、と」
先に風呂のお湯を出してから、シンジは加持の書斎になっている4畳半のドアを開けた。
あまり帰ってこれないせいもあって、部屋はかなり片づいていた。
掃除は欠かさないものの、少しほこりっぽいような気がしたので窓をあけて、空気を入れ替える。
加持が帰ってきても、使われたためしのないベット。
そこから、かけてあったシーツと枕カバーをはがし、新しいシーツをおろしてベットに広げた。
ミサトが以前デパートで店員に売りつけられた、ピンクのクマ柄である。
他のシーツはクリーニングに出したままだったので、これしか無い。
「まあ、女の子だから、いいよね」
そう自分に言い聞かせると、マットレスの下に端を折り込んで、寒くないように掛け布団の下にタオルケットをひいた。
「これでいいかな」
出しっぱなしになっていた雑誌を本棚にかたづけ、椅子にかけたままになってきたシャツをとり、もう一度部屋をみまわしてみる。
と、隣のアスカの部屋から、声が聞こえてきた。
「ちょっと、ファースト。これつけてみなさいよ。買ったけど私にはサイズ合わなかったの。
でも、あんたならちょうどいいくらいでしょ」
「…そうね」
「でしょ。ほら、おそろいでショーツもあげる。あ、やっぱりピッタリじゃない。
それ、可愛いから捨てられなかったんだ」
「………ありがとう」
「な、なによ。いいのよ、どうせ、私は使えないやつなんだから」
どうやら、レイを部屋に呼んで、下着を見立てているようである。
状況を想像して、一人で赤面したシンジは、あわてて洗濯物を抱えて部屋を出た。
風呂をのぞくとお湯が溜まっていたので、湯加減を確かめる。
ちょっと考えてから、洗面所の棚にしまってあった入浴剤を出した。
アスカとハーブのお店に入ったとき買った、ラベンダーの香り。
店員が疲れたときや眠るときにいいわよ、と言ってた。少しは気持ちが安らぐかもしれない。
レイを呼びにアスカの部屋の前に立つと、アスカの大きな声が聞こえた。
その勢いに、思わずノックする手が止まってしまう。
「あ! くやしーい、あんたの方がそれ、似あうじゃないの。
いいわよ、それも持っていきなさいよ」
「いいの?」
「だって、私より似あうんだから、あんたが着たほうがいいに決まってるでしょ。
このジーパンも、あんまり履かない。丈、大丈夫そう?」
「うん。まだ、新しいのね」
「そうでもないわよ。あんまり履いてないからそう見えるんでしょ」
「ずいぶんたくさん、服があるのね」
「え? そう? こんなもんでしょ」
「…そうなの?」
「なに、あんたは持ってなかったの?」
「だって、必要ない」
「バッカじゃないの。必要がある、無いじゃないでしょ、こういうのは。
女同士で出かけて、ワイワイ言いながら洋服買ったり、
可愛いもの見たりするのが楽しいんじゃない。
あんた、そういうの嫌いなの?」
「わからない。…行ったことないから」
「あー、もう! しょうがないわね、あんたは。
いいわ、今度の土曜日ミサトとみんなで出かけましょ。
少しも女の子の楽しみ知らないで、毎日つまんないと思わないの?」
「…さあ」
アスカの声のトーンが次第に高くなってきたようなので、シンジは恐る恐るドアをノックして、声をかけた。
「アスカ、綾波、お風呂湧いたよ」
「はあい。あ、そうだ。丁度良かったわ」
勢い良く部屋のドアが開いて、アスカが顔を出した。
その後ろに服に埋もれるようにして座ってるレイが見える。
どこから出てきたのか、足の踏み場もないぐらいの服が所狭しと広げられている。
これではレイが驚くのも無理はなかった。
「ねえ、シンジ。今度の土曜日、あいてるでしょ?」
「え、なんで?」
不吉な予感に、思わずあとずさるシンジ。
アスカはそんなシンジに構わず、つけつけ言い放った。
「何で、って決まってるでしょ。
ファーストの買い物に行くから、あんたもついて来なさいよ」
「だって、服とか買うんだよね?」
「そうよ、たくさん買い物するんだから。
私やファーストの細い腕で、そんなにいっぱい荷物持てるわけないでしょ」
「え、だってアスカ、いつも力いっぱい僕を殴るじゃないか。
あれだけ力があれば…」
言い終わらないうちに、鉄拳が飛んだ。
「つべこべ言わないで、ついてきなさい!
こんな可愛い女の子に囲まれて、贅沢言ってんじゃないの」
「…ふぁい」
口は災いの元、とはよく言ったものである。
そして、シンジにとって憂鬱な土曜日がやって来た。
ヒマなのをいいことに有給をぶんどって浮かれているスポンサーのミサトに、何故か気合入りまくりのアスカとその後ろを大人しくついていくレイ。シンジだけが、重たい足を引きずって4人でデパート中を練り歩いた。
どこのフロアに行っても、アスカとミサトのはしゃいだ声で、周囲の視線を集めていた。
「あ、ねえ、ミサト、見て見て! これ、かわいい!
ファースト、これいいじゃない! どお?」
「あら、そうねえ、レイに似あいそう。あててごらんなさいよ」
「…おかしくない?」
「ほら、すごく似あう! ね、シンジもそう思うでしょ?
って、ちょっと、あんた。なんでそんな遠くにいるの。
こっちに来て、見てみなさいよ」
「いいよ、僕、ここで待ってるから」
「来なさい、って言ってるでしょ!」
「…はい」
こんなやり取りが、至るところで繰り返された。
「ファーストは細いから、こーゆーキャミソールとか似あっていいわねー。
私が着ると、なんだかむちむちしてて、洒落にならないわ」
見立てながら、アスカは少し唇を尖らせた。
(…でも、ちょっと大人っぽいデザインのなら、大丈夫じゃないのかな)
例えばこんなの、とシンジは近くに吊るしてあったアンサンブルを出してみた。
きれいな深いグリーンのニットカーディガンとキャミソールのセット。
アスカの髪に映えて、きっとキレイだ。
「ねえ、アスカ。これは?」
シンジの声に振り返ったアスカは、アンサンブルを見て変な顔をした。
「その色だと、ファーストには似あわないんじゃない?」
「いや、違うよ。アスカにいいと思って」
ほら、とシンジがアスカの胸に当ててみると、アスカは真っ赤になった。
「これならそんなに…、うん、やっぱり似合う」
「あら、ホント、ちょっと大人っぽくて、いいじゃない。
シンちゃん、意外にセンスあるのねぇ」
「え、そうですか?」
アスカは鏡の前で、じっと自分とにらめっこをした。
確かにミサトやシンジのいうとおり、アスカの赤みの強い髪に映えてよく似合っていた。
「そうね、じゃあ、これ買っちゃおうかな」
シンジが見立ててくれたから、ってわけじゃないわ、似合ってるからよ、と心の中で自分に言い訳しながら、アスカはレイとレジに向かった。
「ふふふ、アスカ、うれしそうだったわねぇ」
その後ろ姿を見ながら、ミサトはシンジをつついた。
「え、何ですか、急に」
「もう、シンちゃんたらアスカに甘いんだから。
ほーんと、あつあつで、見てらんないわぁ」
にやにやしてるミサトの言葉に、シンジはかあっと赤くなった。
「何言ってるんですか、ちがいますよ!」
「照れない、照れない。仲良きことは美しきかな。
せめて、高校にいくまでは、節度あるおつきあいしてよね」
「ミサトさん!」
店の外でそんなやり取りをしていると、レイとアスカが袋を持って出てきた。
「なに二人で騒いでんの?」
「なな、なんでもないよ」
「そお?」
「さあ、次はどこに行く? 疲れたから喫茶店にでも入る?」
ミサトの言葉に、レイとアスカは顔を見合わせた。
「ファースト、疲れた?」
「…うん、少し」
朝一番から、練り歩いていたのだから(しかもハイテンションで)疲れないはずはない。
「僕も疲れたよ」
アスカとレイの手から袋を受け取ったシンジは、両手を一杯にして、そう呟いた。
普段着や靴、日用品はおおかた買い揃えて、けっこう重たい荷物になっていた。
もちろんレイだけのではない。ミサトも、アスカのも沢山あった(笑)。
そんなわけで、4人はデパートに入っている喫茶店に入った。
もうお昼近くなってきたせいか、けっこう席は埋まっている。
シンジとミサトはコーヒー、レイとアスカは紅茶を頼み、ほっとみんなで溜息をついた。
「ええと、あと、何がいるんだっけ?」
ミサトが今まで歩いた売り場を思いだすように、頬杖をついた。
レイはちょっと首を傾げたが、それより早くアスカが口を出した。
「下着がまだよ。…あと、他に欲しいものある? ファースト」
ふるふると首を振るレイ。
「なんだか前より多いみたい」
「ばっかねぇ、これだって少ないのに、もっと少なかったの?」
「だって、十分足りてたもの」
「だーかーらぁ、もう、あんたは…」
レイはごく淡い笑顔で、アスカに答えていた。
アスカはあきれつつも、なんだか楽しそうだ。
この二人、仲悪いんじゃなかったのか?
その様子を見て、シンジとミサトはチラリ、と視線を交わした。
こんなにアスカがレイの世話を焼くなんて、全く予想外の展開だ。
以前だったら間違いなく、
「ファーストのために買い物なんて、冗談じゃないわ!」
と無視を決め込んでいただろう。
もちろん、最初の夜のレイの様子も、アスカの気持ちを動かした要因の一つなのだろうが。
ふと、シンジは我に返った。
「あ、じゃあ僕、このあと本屋で待ってるよ。…荷物も沢山あるし」
この勢いで万が一、下着売り場にまで連れてかれたらたまらない。
いや、もちろん見たいのはやまやまなのだけど。
アスカはそれを聞くと
「えー?」
と唇を尖らせた。が、ミサトがそこに割って入った。
「まぁまぁ、アスカ、勘弁してあげなさいよ。
男の子が下着売り場に入るのって、勇気いるのよ。
恋人同士ならともかく…ね?」
最後のね? にシンジは何か含みがあるように感じたが、薮蛇になるといけないので、ただ首を縦に振った。
アスカはちょっと、二人を見て、ひとつため息をついた。
「そうね。よく考えたら、他の人に変態扱いでもされたら気の毒だもんね」
はこばれてきた飲み物を飲んでから、待ち合わせの時間を決めて、女3人とシンジは売り場を別れた。
「…遅い…」
約束の料理本の棚の前で、シンジは溜息をついた。
かれこれ1時間は過ぎたというのに、女性軍はまだ売り場で頑張っているらしい。
ただ、よーく考えてみれば女3人の下着を選ぶのに(試着をしなくてはいけないのだからして)たかだか1時間で足りるはずはないのだ。しかも、やる気まんまん(?)とあっては試着する枚数も半端じゃあるまい。
間違いなく、ミサトもワゴンをあさっているはずである。
(男のいる女にとって下着売り場は妄想と煩悩のパラダイスだ…yuki談)
まだまだ、読みが甘かった。女の買い物には根性と忍耐が必要なことを、ふたたび認識するシンジである。
しかして下着売り場では、いままでのパワーを上回るテンションで、アスカとミサトが燃えていた。
レイだけがその勢いにとり残されて、のんきにアスカが選ぶ下着に評価を加えている。
「ねえ、これどうかなあ、ちょっと色似合わないかな」
「…そっちの白の方が、キレイ」
「う〜ん、でも、白はけっこうあるからな〜、この辺でもうちょっと違う色のがほしいのよねぇ」
「あれは? パステルグリーンの、キレイ」
「あ、ホントだ」
「…アスカちゃん、似合う」
ちょっと綾波ランが入っているか?(…けんけんZ様、すいません。ランちゃん、可愛かったんで)
いやいや、こんな調子である。
ミサトは横でにやにやしながら
「ねえ、これイイと思わなぁい?
今度は黒のガーターで、ちょっちセクシーにせまってみるかな〜」
鼻歌交じりで、揃いのブラに手を伸ばす。
「やあね、もう。乙女の前なんだから、ちょっとは恥じらってよ!」
アスカがちょっと頬を赤らめて(どうやら想像したらしい)憤慨したが、女も30の大台を越えるころになると実に億面もない。
「なーに、羨ましいの? アスカ。
でも、あんた達はもーちょっと待たないとダメよぉ」
「ななななにいってんのよ。
第一、相手もいないんじゃ、しょうがないでしょ!」
今度こそアスカは真っ赤になった。
「そーお? 実は下着姿を見せたい相手、いるんじゃないのぉ?」
「ちちちがうったら! いないわよ!」
「ふふふ〜ん」
余裕のミサトに、焦りまくりのアスカ。
レイだけがここでも
「黒い下着、ダメなの?」
と、ボケをかましている。
「ちっがーう、ファースト、そうじゃないの!」
「…アスカちゃん、真っ赤」
おっとりとしたレイの言葉に腰砕けになったアスカは、ディスプレイの棚にうつぶせて溜息をついた。
「どうしたの?」
「…なんでもないわ。もう、あとで教えてあげるわよ」
「そうなの?」
「いいから。それより、あんたはどれにすんの?
欲しい色は?」
「…わからない」
「こんな可愛いのしたくない?」
アスカが手近な棚から、淡いブルーのブラを取ると、レイはちょっと目を輝かせた。
「かわいい」
「じゃあ、試着してごらんなさいよ。
ええと、あんたはアレがぴったりだったから…これかな。
私があげたの、アンダーゆるくなかった?」
「…アンダーって?」
「カップの下のところ。こう、後ろで止めるでしょ?」
「平気…と思う」
「そう? じゃあ、取りあえずつけてみなさいよ。
で、つけたら呼んで。見てあげるから。
試着室はあっちよ」
レイは素直に試着室に入った。
しばらくしてから、中をのぞき込んだアスカは、レイのつけ具合をチェックした。
「…あ、やっぱちょっとゆるいなあ。
カップは? 丁度? なによ、細いくせに結構あるじゃないの。
じゃあ65のD、持ってくる」
すごいぞ、アスカ! これじゃ店員さんの出番が無い(笑)。
「ねえ、アスカちゃん。
これ、他の色も、つけたい」
「だ〜っ、見ててくるから待ってなさい!」
けっこういいコンビである。
あれやこれやで、約束の場所に3人が現れたのは、約束の時間の1時間後だった。
シンジはぐったりして、文句を言う気力もない。
意気ようようとあらわれて、全くパワーの衰えてない3人の様子を見て、
(もう、僕はだめだ…ついていけない)
と思ったとか、思わないとか。
その日の夜、つくり置きのミートボールカレーが人気を博した。
レイの皿にはミートボールが少し。でも、ショウガとタマネギををたっぷり使った鳥肉で、臭みがなかったので、レイはちょっと考えてから、少しだけ口に入れてみた。特に、おいしいとは思わなかったけれど、気持ち悪くもない。
こんなのなら、食べられるかもしれない。
レイの様子を見て、シンジはほっと安堵の溜息をついた。
大きめの野菜にスパイスとヨーグルトをふんだんに使った、ちょっと辛めでおいしいカレーだ。
アスカは刻んだピクルスを、ミサトは由緒正しく(?)福神漬けをたっぷり載せて、おかわりまで平らげた。
「えぇ? まだ食べるの? アスカ」
「だってぇ、シンジのカレー、おいしいんだもん」
「そうそう、今日はたくさん歩いて疲れたしねえ」
(…嘘つけ)
頷きあうアスカとミサトに注がれたシンジのまなざしは明らかにそう語っていた。
帰ってきてからも、食事の用意をしているシンジのもとにアスカとレイ、ミサトまでもが交互に表れ
「どお? 似合ってる?」
と買ってきたばかりの服を着て誉め言葉を要求したのである。…しかも何回も。
(でも、そういえば、アスカに選んであげたあの服は、まだ見てない…よね)
「はい、アスカ。少なめで、いいんだよね」
よそってあげたお皿を前に置いて、ちらりと満足そうな笑顔をのぞき込む。
「…なに? なんかついてる?」
「い、いや。何でもないよ。…よくたべるなぁって…」
再び、鉄拳炸裂!
「お黙り! あんたのご飯がおいしいからでしょ!
私が太ったら、絶対あんたのせいよ!」
「…ご、ごへんなふぁい」
なかなか懲りないシンジ君である。
夕食の片付けを終えたシンジは、一足先に部屋に入り、ベットに突っ伏した。
片付けはレイが手伝ってくれたお陰で早く済んだ。
シンジがゆすいだ皿を拭きながら、レイはぽそりと呟いた。
「…碇君、いいわね」
「え? 何?」
「みんなといて、毎日、楽しいのね」
その少し翳りをおびた笑顔に、シンジはちょっとどきっ、とした。
「今日、そんなに楽しかった?」
「…ええ。普通の女の子は、こういうこと、するのね」
「じゃあ、また、行こうよ。
綾波が楽しかったのなら、アスカもきっと喜ぶよ」
「…そう?」
「そうだよ。せっかくだから、もっと、他の所にも行こう。
遊園地とか、映画とか。
一人でいるより、ずっと楽しいよ」
「…そうね」
少し、辛そうな顔で、口の端だけをあげる。
「いや?」
シンジが尋ねると、レイは少し口ごもって、それからうつむいた。
「だって、ずっと、ここにいられない…」
「え? あ!!」
シンジの手から洗剤まみれの皿が滑り落ちた。
「あわわわわ」
あわてて、手をばたばたさせる。
「…っとォ、あぶなかったあ」
なんとか、足の間で挟み込んで事無きを得た。が、その珍妙な格好に、レイはくすくす笑いはじめた。
「碇君…変な格好」
「ひどいなぁ…、でもお皿無事だったから、いいか」
「うふふふふ…ごめんなさい…止まらない」
体を細かく揺すりながら、レイは体を折り曲げた。何がそんなにおかしかったのか。
(綾波が声をあげて笑うなんて、滅多に無いかも)
「くすくす…だめ、…おなか痛い…くすくす…」
「ここにいると、止まらなさそうだね。もういいから、アスカ達とテレビ見ておいでよ」
「ごめんなさい…くすくす…どうしたのかしら…くすくす」
お腹をさすりながら出ていくレイを見送ると、リビングからアスカの声が聞こえてきた。
「どうしたのよ、ファースト。何一人で笑ってんの?」
「あ、アスカちゃん…くすくす…なんでかな…くすくす…止まんない…ふふふふ」
「変なの。そんなにシンジ、可笑しいこと言ったの?」
「…違う…くすくす…そうじゃなくて…うふふふふふふふ…」
「ああ、もう、しょーがないから、止まるまで笑ってなさいよ」
「…止まらない…くすくす」
「そのうち止まるってば」
「だって…くすくすくすくす」
ぼすっ、とクッションの音。
「それでも抱えてなさい!」
何気ないやり取り。
なんだか、ずっと前からあったような、やさしい空気。
シンジは少しだけ、レイが寂しそうに笑ったわけが、わかったような気がした。
こんなあたたかい会話の後で、人気のない一人だけの部屋に戻らなくてはいけないとしたら…。
倖せな空気を知ってしまった分だけ、きっともっともっと寂しくなるに違いない。
ダッテ、ズット、ココニハイラレナイ…。
利害無しに、自分を受け入れてくれる喜び。
ここにいる自分を見てもらえるうれしさ。
ごくあたりまえな、あんなことでさえ、レイにとってはずっと遠くの出来事だったのだ。
(ミサトさんに…相談してみよう)
もっと、楽しいことをレイに教えてあげたかった。
一人の部屋にいても、こうしてレイを大事に思う人がいて、レイのことを考えている。
他の人の心にレイの居場所があって、決してたった一人じゃないことを、知って欲しい。
シンジだってこの生活が永遠に続くわけじゃないと、わかっている。
でも、もう少しだけ。
せめて、自分は一人きりじゃないのだと、受け入れてくれる人が、ここにいるのだということを、
レイ自身が気づくまで、みんなで一緒に教えてあげたい。
レイのあの笑顔が、ごくあたりまえのものになるまで…。
火事から2週間が経った。
もちろんレイはまだ一緒に暮らしている。
自分からどうこう言いだすことはなかったが、アスカやミサト、シンジの言葉にさまざまな表情で答えるようになっていた。静かな水面を走るさざ波のように、きらきらと光る笑顔であるとか、ちょっと困ったように唇を噛む仕草だとか、アスカと内緒話をしているときの、わくわくと輝く瞳だとか、そういったものが普段の生活のなかに現れてきたことで、クラスの皆はもちろん、学校中のレイを見るまなざしが変わりつつあった。
以前のレイも一部マニアの間では人気があったのだか、いかんせん常人離れした無表情が他人を拒んでいた。
下駄箱はとうとうあふれる手紙で用をなさなくなり、ロッカーはもちろん、机に至るまであらゆるところに熱愛をしめす紙切れがほおりこまれた。もちろん一日置きのわりあいで校舎裏や屋上に呼び出され、付添のアスカに鉄拳を食らった不埒な男どもが列をなす有り様である。かくれファンクラブは男女教師を問わず増殖し続け、未曾有のレイフィーバーが学校を席巻していた。
「なんだかね、アンタも大変よね〜」
もちろん人気の一端にアスカの存在もあるのだが、本人には自覚がない。
かわいい女の子が二人で吊るんでいるのである。騒ぎにならなければ嘘だ。
そして、世の中には気の強い美人が大好きな人間もたくさんいるわけで、レイと同じくらいラブレターをもらいながら全部ゴミ箱にほおりこんでいるアスカにも、熱狂的といっていいシンパが存在しているのであった。
結果として、男達の嫉妬は同居しているシンジへ向けられる。
(そんなに、世の中甘くはないんだけどね)
レイとアスカがタッグを組んだ今、いよいよ女達に頭の上がらないシンジは、ひそかに溜息をついた。
波瀾の日々は、まだまだ続きそうである。
《いいわけ、もとい、後書き》
はじめてのEVA小説なので、いろいろ、ボロが出そうなところもたくさんあるかと思います。
レイちゃんの性格が違うぞ!とか、アスカが大人しすぎる(?)とか、設定が怪しすぎるとか(笑)
どうぞ、平にご容赦ください。
それでも、どうしても書いてみたいネタでした。
火事で、レイが飛び込んできたら、アスカはいったいどうするのだろう?
こっちのアスカはこだわりなくレイを受け入れてますが、
最初のアスカはシンジをとられたくない一心で大反対してました(笑)
でもそうすると、皆ハッピーに持っていくのが難しくて、
一から全部書き直してできたのがこのSSです。
怒ったアスカのバージョンもまだ書き続けてはいるんですが、
ベストのエンディングか見えてなくて、難産です。
実は、私にとって理想のエンディングはパパゲリオンです。
けっして、レイにとっては100%希望の結果ではないんでしょうけど、
好きな人と、一生ものの絆を得ることができた、という面で
すごく救われてるように、思えます。
離れて暮らしても、なにをしようとも、シンジとは他人じゃない。
シンジにアスカとユイカちゃんがいても、それとは別に、シンジのなかにレイの居場所がある。
アスカの中にも、ユイカちゃんの中にも、レイのための場所がある。
とても、私のおよぶべくもない名作ですが、
私なりに、レイにも、アスカにも、シンジにも倖せなエンディングを書いてみたくて、
今回チャレンジしてみました。
感想お待ちしております。
最後になりましたが、みゃあ様、突然作品を送り付けて申し訳ありません。
いつも楽しく「お家」見させていただいております。
こんな作品ですが、受け取っていただければ幸いです。
お忙しいこととは思いますが、くれぐれもご自愛くださいますよう。
ご静読ありがとうございました。
みゃあと偽・アスカさまとレイちゃんの感想らしきもの(出張版)
みゃあ「新しい小説作家の方がいらしてくださいましたよぉ、アスカ様ぁ〜(T-T)/」
アスカ様「・・・・・えっ!?なにっ、なにっ!?なんなのっ!?ここどこっ!?」
レイ「・・・・・・・」
みゃあ「や、やだなぁアスカ様ったらボケちゃって(^-^;」
アスカ様「アンタ・・・無謀にもこのコーナー(?)復活させたのぉっ!?」
みゃあ「い、いえ・・・単なる暫定版です(^^ゞ。最近投稿数が減ってきたので、いけるかなぁ・・・と」
アスカ様「そりゃアンタのせいでしょうが(=_=)。・・・にしても久しぶりよねぇ。『帰ってきた〜』が2月で止まってるし・・・」
みゃあ「す、スイマセン・・・(T-T)」
レイ「・・・早く進めた方がいいと思うわ」
みゃあ「そ、そうですね。さすがはレイちゃん!」
アスカ様「ふぅ〜ん・・・結構まともな話じゃないの。アタシ一人が主人公じゃないってのが気に食わないけど」
みゃあ「またまたぁ〜・・・なんでアスカ様ってこう偉そうなんでしょうか(^-^;」
アスカ様「・・・アタシは偉そう、じゃなくて偉いのよ(仰け反りっ)!!」
レイ「そう・・・良かったわね」
アスカ様「・・・なんですって(-.-")凸」
みゃあ「レイちゃんもあいかーらずだなぁ(^-^;。でもでも、このお話の中のレイちゃんは、笑顔がとっても素敵でしたぁo(^-^)o。やっぱりレイちゃんには笑ってほしいな」
レイ「(ぽっ・・・)」
アスカ様「あぁ、そう。どーせアタシは始終怒ってるわよ」
みゃあ「ま、まあまあ・・・」
アスカ様「いい、yuki?今度はアタシ『だけ』が主人公の話を書いてくるのよ。分かったわね」
みゃあ「・・・あーんなこと言ってますが、アスカ様はシンジくんといられれば幸せな方ですから(笑)。今回のお話、ノリもよくてとっても楽しかったです。レイちゃんを幸せにしてくださってありがとうございますぅ。是非また、この3人が幸せなお話を書いてくださいね♪」
レイ「・・・待ってるわ」