【真 実】
黄金色の草原。
その草原に、女の子の笑い声が聞こえて来る…
草原の中心近くで、三人の女の子が遊んでいた。
元気良く走り回る少女。
静かに花を摘んでいる少女。
花を摘んでいる少女にぺったりとくっついて離れない少女。
三人は皆、安心しきった穏やかな笑みを浮かべている。
「…………………ん」
少女はゆっくりと体を起こす。
「おはよう」
少女は突如かけられた声に驚き、そろそろと顔を声の方に向ける。
「あ…」
「ぐっすり眠れたかい?」
「おはようございます……トールさん」
にっこりと笑うブロンドの女神は、見る者を魅了するのか、トールは微かに頬
を染める。
「気分はどうだい?」
「え?」
ベルダンディは昨日の事を思い出す。得体の知れない「鬼」との戦闘、傷つき
倒れていった仲間達、そして……逝ってしまった仲間達…
「……………っ」
みるみる少女の瞳に雫が溢れ出す。その様子に慌てる事無く、トールはベルダ
ンディの寝るベッドに腰掛け、優しくブロンドの髪を撫でさする。
「っ………っく…………っ」
トールの暖かな手のひらの感触に、ベルダンディは静かに泣哭した。
「っ……っく…うぅ…」
静かに…静かに泣き崩れるベルダンディ。彼女の泣き声は、聴く者の心をも悲
しみで支配するのか、トールも鎮痛な面持ちで彼女を抱き寄せる。
「……どう…っく、して?」
トールの胸板に向かってベルダンディは呟いた。
「……ねぇ?……っ」
トールはただ、ベルダンディの背中を優しく撫でてあげる事しか出来ない。
「みんな…みん、な…良い人…っく、だった…のに……みん、な…みんなぁ…」
ベルダンディの想いが声になったのはここまでだった。あとはただ、子供のよ
うにトールの暖かな腕の中でむせび泣くだけだった。
しばらくして、ようやくベルダンディの泣き声が聞き取れないくらいに小さく
なった頃、部屋の入り口に褐色の女神が佇んでいた。
「ウルド…」
それに気づいたトールは彼女に声をかける。
「……姉…さん?」
トールの声に気づいたのか、ベルダンディも顔を上げて姉を見やる。その目は
ウサギの目のように真っ赤だった。
「………………」
モノも言わずにウルドは、つかつかとトールの側まで来る。
「…………………」
「…………………」
「…………………」
静寂。ベルダンディの部屋を包み込むそれは、姉妹とその恋人との間に流れる
それとは大幅に異なっていた。
「…トール」
「ん?」
ウルドの静かな問いに、トールも静かに応える。ベルダンディもすでに泣き止
んでいた。
「あなた……一体何者なの?」
「!?」
「…………………」
驚きの色を隠せないベルダンディとは対照的に、トールはその眼差しを褐色の
女神に優しく注いでいた。
「トール……」
「ふっ、何を言ってるんだ?俺は俺だよ…それ以外の何者でもない」
「そのあんたの事を聞いてるのよ」
「…………………」
「…………………」
「??」
一人話についていけないベルダンディは、二人の顔を交互に見比べるだけだ。
「ハァ……」
トールはそんな姉妹を溜め息交じりに見やり、意を決して話し出す……
「おまえ達には……話しておくか……」
居ずまいを正すベルダンディと、手近にある椅子に腰掛けるウルド。トールは
二人の動きが止まったのを確認して、ぽつりぽつりと語りだした。
「まず先に確認しておきたいが…ウルド、昨日ユグドラシルに不正アクセスをし
たのは君だな?」
静かに頷くウルド。
「そうか……」
「でも…私だけじゃないわよ?」
「それはわかっている、そっちは片付いた」
「??」
まだ事態を良く飲み込めていないベルダンディは、きょとんと姉と恋人を見つ
める。
「さて…何から話せばいいかな?」
「トール……あなたは何者なの?」
ウルドは一番疑問に思っていた質問をぶつける。
「俺が転生体なのは知っているよな?」
「ええ…」
ウルドは知っているのだから当然驚きもしないが、ベルダンディも驚かなかっ
た事にウルドは疑問を抱く
「ベルダンディ…あんた、……知ってたの?」
「えぇ………以前、トールさんから聞いてましたから」
「そう………」
少し複雑な気持ちのウルド。少なからず疎外感を感じてしまう。
「俺は、もともと最高神様とは同期なんだ」
「え…!?」
トールの告白にウルドは衝撃を覚える。最高神の歳は、すでに7桁を超えてい
るのだから当然といえるが。
「最高神様…本名はオーディーンと言うんだが、彼と俺は、親友であり、ライバ
ルだった」
「…………………」
「…………………」
二人はトールの独白に耳を傾ける。
「最高神とはどういう存在か知ってるかい?」
「ええ…一応ね」
「そうか…最高神はね、もともと一人の優秀な神が、ある選出機関によって選ば
れるんだ」
「そして、遥か太古、俺とオーディーンはその候補にあがった…」
衝撃の事実…まさにその表現がぴたりとくるだろう。今目の前にいる男は、最
高神になりえた存在だったのだ。
「だが、俺もオーディーンも実力は切迫していて、選びきる事が出来なかった…
俺もオーディーンも、過去に類を見ないほど希有な存在だったらしい」
「そこでその選出機関は、片方を最高神に、残った片方を最高神のサポートにま
わす事にした…転生を繰り返させる事によってね」
「最高神になるとその寿命は極端に長くなる。それこそ、悠久の寿命さ。だから、
もう片方には同階級での転生を必要としたんだ」
「待って」
ウルドが口を挟む。
「それって、歴代の最高神様達もそうだったの?その…転生体のサポートって…」
「いや」
トールはウルドの考えを否定する。
「俺がオリジナルの時代はね……神魔戦争の起こった時代なんだ」
息を呑む二人。目の前にお伽話しに参加していた者がいるのだから、当然と言
えるだろう。
「その際に…天界・魔界、双方ともに甚大な被害が出た。それの復旧には、数百
万年を要したんだ……」
「いや、今もまだ、完全には復旧しきれてないか…」
「つまり、トールはその復旧作業やら何やらの為に、転生を繰り返してるってい
うの?」
「ま、そんな所だ」
「今は、ほとんど惰性で転生してるんだけどな」
苦笑いを浮かべるトール。ウルドやベルダンディにとっては笑っていられない
事だが。
「あ、あのねぇ、惰性って…そんなモノなの?」
「少なくとも、オーディーンが最高神であるうちはそうだろうな…ま、いつお役
御免になるかはわからないけどさ」
「そう…って、ちょっと待って。それなら、どうしてユグドラシルには転生前の
事が登録されてないの?」
昨夜見た、UNKNOWNを思い出すウルド。
「ああ、あれか?あれはね、いらぬ心配をかけないようにって、オーディーンが
消してるんだ」
転生前と転生後が同階級というのはありえない。トールは例外中の例外なのだ。
「だからって…逆に怪しまれるんじゃない?」
「おまえにそうされたように…な」
ニッと笑うトール。その表情は悪戯っ子のそれだった。
−ホントにこいつは最高神様と同期なの?
至極もっともな感想を抱くウルド。
「トールさん」
珍しくベルダンディが口を開いた。
「ん?」
「選出機関って……?」
最高神を選出する機関…それほど重要な存在を、彼女らは今まで一度も聞いた
ことがない。
「……………神界だよ」
「神界……?」
「歴代の最高神様達が集まって形成されている、第四の世界さ」
「そんなモノがあったの?」
ウルドはたまらず聞き返す。
「ま、普通は縁の無い世界だからな」
トールは軽く言い流すが、自分達の知らない世界…それも、歴代の最高神達が
集まった世界…そんなモノを今まで知りもせずにいた事が、無性に恐くなるウル
ドだった。
気を取り直してウルドは別件を訪ねる。
「それと…ツインエンジェルって?」
「!?」
これにはベルダンディも反応する。聞きなれぬ言葉なのに…どこか懐かしさを
覚える言葉…
「それは……俺にもわからないんだ」
「…………………」
「おそらく、オーディーンも知らないんじゃないかな…あの頃でさえ、その名前
は聞いた事が無かったから」
トールの台詞には、重い響きがある。
−そんなモノをなんで今さら?
「ま、こんなところか…もういいかい?」
立ち上がり、二人を優しく見下ろすトール。そんな彼をウルドは止める。
「待ちなさい」
「…………………」
「アーク……アークって、何?」
「アーク……」
ベルダンディはその名をそっと呟く。それだけで悪寒が走ったような錯覚を感
じる。
もはや、隠し立てする気も無いのか、トールは躊躇無く語った。
「アーク…………悪魔達でさえ忌み嫌う、伝説の破壊神さ。神魔戦争の際、奴の
所為で闘いが500年は延びたな」
トールの言葉にウルドが過敏に反応する。
「破壊神……って、まさか!?昨日のアレは!!?」
三人の脳裏に、昨日の「鬼」が浮かび上がる。
「あぁ…あいつらは、アークの分身体だ」
「!?…それなら、アーク本体ってのは、あれよりも…」
「遥かに上だな、連中が赤子に思えてくるよ」
「会った事…あるんですか?」
ベルダンディが訊ねる。
トールはベルダンディの言葉に遠くを見るように呟く。
「ああ………あるよ…できれば、二度と会いたくないけどね」
これがトールの本心だった。
二度と会いたくない…トールにそこまで言わせるアークという存在に、姉妹は
戦慄を覚える。
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
沈黙が三人を包み込む。トールの告白は、姉妹に大きな衝撃と驚愕を与えてい
るのだ。
「さて…俺はそろそろ行くけど…いいかな?」
「待って」
再びトールを止めるウルド。
「なんだい?」
「昨日…昨日の不正アクセス、もう一人は誰?」
「…………………」
トールとウルドの視線が交錯する。
「おまえ達も…良く知っているモノだよ」
「誰?」
「…………………」
「…………………」
数瞬、トールは迷ったが、事実は告げることにした。
「…………マーラーだ」
「!!?」
「!?」
−マーラー……あいつ、こっちに来てたの?
「会わせて!!」
ウルドは思うよりも早く、そう口にしていた。今なお、いがみ合いながらも、
交流のある魔族は彼女一人だけなのだ。会って話したいことは山程ある。
「それはできない」
トールは短く言い切る。
「何故!?」
「彼女は……特別観察保護の対象者だ。旧友に会いたいと思うのはわかるが…」
「事が済むまでは駄目ってこと?」
「すまない」
そう…と呟くウルドの声に、どこかしら寂しさが混じっているように聞こえる
のは聞き違いだろうか。
「そういえば…」
珍しくベルダンディが口を開く。トールの独白以後、彼女の発した言葉は数少
ない。
「スクルドは?」
その問いにウルドは簡単に述べる。
「ああ、あの娘なら、シフさんのところに預けてきたわ…」
「姉さん…」
シフとは、ベルダンディ達が幼少の頃から何かと世話になっている老年の女神
で、姉妹にとってはまさに母親の様な存在だった。
「あの娘まで…巻き込むわけにはいかないもの」
ベルダンディは優しく微笑む。腹違いの姉とはいえ、ウルドは誰よりもベルダ
ンディとスクルドのことを案じているのだ。そんな姉の気遣いを、ベルダンディ
は嬉しく思う。
一瞬流れたほのぼのとした空気も、トールの次の台詞で一変してしまう。
「一級神非限定ウルド、並びに、三級神ベルダンディ」
形式がかった呼称に、二人はビクッと体を震わせる。
「両名にはこれより、魔界への進撃のサポートを命じる」
「な、なんですって!!?」
恋人とその姉に、死の宣告ともいえる事を告げなければならないトールの表情
は険しい。
「トールさん……」
ベルダンディは敏感にトールの心情を読み取る。ベルダンディの声に悲壮なま
での決意を感じてしまうトール。
トールは、生まれて初めて…自分の置かれた立場を呪った。
【邂 逅】
「本当?本当に連れていってくれるの?」
黒髪の幼女が、そのおおきな瞳をいっぱいに広げて姉に聞き返す。
「ええ、本当よ」
「ぜぇぇぇぇぇったいに、約束だよ?」
妹の言葉に優しく頷くベルダンディ。その様子を後ろで見ているウルドも、暖
かな眼差しを二人の妹に向けていた。
「全部終わったら、みんなでピクニックに行きましょうね」
「うん!約束だからね!」
元気いっぱいに頷く末っ子は、姉達がどこへ行くかは知らされていない。だか
らこそ「約束」など出来るのだが。
「でもなぁ…トールはまぁ良いとして、ウルドもぉ?」
冷ややかな視線を長女に向けるスクルド。
「うっさい、良いじゃないの」
苦笑いを浮かべるウルドの反応に満足したのか、しょうがないなぁと面白そう
に呟くスクルド。
その三人の後方で、トールとシフの二人が仲の良い三姉妹を眩しそうに眺めて
いる。
「いよいよ……ね」
「あぁ…」
二人の間の口数は少ない。
「つらいでしょうね……」
その問いにトールは応えない。二人の間に流れる空気は重く、その表情も険し
いモノに変わっていた。
「でも、どうやってアイツの所まで行くの?まさか跳んでいくわけではないので
しょう?」
アイツとはアークのことだろう。シフもトールやオーディーンの事は良く知っ
ているのだ。なぜなら、彼女は前世代のトールの妻だったのだから。
「魔族の援護があった。行き場所はわかっている…あとは、ウルドの空間スライ
ド法で行けるはずだ」
そう…と小さく呟くシフの思いは複雑だ。彼女も、できることならばトールの
手助けをしてあげたかった。しかし、彼女は神の資格こそ持つものの、戦力にな
りうるような「力」は持っていない。
「生きて……還って来なさいよ…あの娘達の為にも」
「ああ…そのつもりだよ」
そう言い、トールは戯れる三人の天使のもとへと向かう。
「そのピクニックなんだけどさ、もう一人加えてもいいかな?」
先程とは裏腹に明るい声のトール。ぽりぽりと頭を掻く仕草が、彼を幼く見せ
る。
「えぇぇぇぇ?誰よぉ?」
不満気混じりで訊ねるスクルド。
「トルバドールって梅の精なんだけど…」
「あいつも連れて行くの?」
と、これはウルドだ。別段、嫌という事ではないらしい。
「人数が増えると楽しいでしょうねぇ」
ベルダンディはどこまでもほのぼのとしている。
「う゛〜〜〜〜〜〜」
ウルドだけならばともかく、ベルダンディまでも乗り気なので強く反対出来な
いスクルド。ほっぺを膨らませる仕草はリスのようだ。
「しょうがないなぁ…」
「じゃ、決まりだな♪」
心底嬉しそうなトールと、渋々といった表情のスクルド。まさに明と暗である。
−あいつも…極短時間で良くやってくれたもんな…
トールは数刻前のトルバドールとの会話を思い出していた。
・
・
・
「すまん」
梅の精の第一声はこれだった。
そして、この一言がすべてを語っていた。
「そうか……」
そもそも、いるかいないかわかりもしないモノを探してこいと言うのだから、
トールも期待してはいなかった。ただ、どことなく残念という思いはあるが…
「ただ、面白い話は聞けたよ」
「面白い話?」
「そうだ」
ツインエンジェル絡みなのだろうか、トルバドールの表情がどことなく明るい
のはこのせいなのかもしれない。
「ツインエンジェルは存在するそうだ」
何を今さらそんな事を…と思うかもしれないが、これは重要且つ稀少な情報だ
った。
「なんだって!?」
これには流石のトールも驚く。
「出所は聞いてほしくないが、間違いなくツインエンジェルは存在する」
「…………………」
茫然自失といった感のトールを無視しつつ、梅の精は話を続ける。
「そもそもツインエンジェルとは、突然変異でも無ければ幻影でもなく、れっき
とした天使そのものもなんだそうだ」
「…つまり…双子の天使というのは、天使が2体、一人のマスターの中に存在す
るというのか?」
「そうだ」
「バカな!!?」
トールの荒げる声に怯む事無く、トルバドールは言を進める。
「ただし、片方は具現化していないらしい。君の思うとおり、天使の維持・発動
は、我々の思うに及ばないほどの精神力を必要とする…が、ツインエンジェルは
属性も、特性も、気性も驚くほど酷似している。だから…」
「だから2体同時に発動できるとでも言うのか!?」
「普段は眠っている状態だそうだ。ただ、なんらかの作用によって、発作的に発
動するらしい」
「信じられないな…」
「私の手に入れた情報ではそうなっている」
きっぱりと言いきるトルバドールにトールは言葉を無くす。
「…………………」
「…………………」
「だが……まぁ、肝心のツインエンジェルを探すには至らなかったわけだ、すま
ない」
「…………………」
「いや…よくこれだけの時間で頑張ってくれたよ」
労をねぎらう旧友に、梅の精はニッと笑みを浮かべる。
「で、何時にしようか?」
「??」
いきなり雰囲気が明るくなったトルバドールに、トールは困惑の表情を隠せな
い。
「だから、あの姉妹を誘ってさぁ〜」
・
・
・
その後、結局梅の精に押し切られるかたちで、トールはウルドを誘わなければ
ならなかったのだ。
−ま、ピクニックに連れて行く程度で良いだろうな…
旧友の肩を落とした姿を思い浮かべて、トールは苦笑混じりにウルドを見やる。
「なに?」
「ん、いや、なんでも無いよ」
「トール…………」
和やかな雰囲気には似つかわしくない響きを持った声が、シフの唇から漏れる。
「ん?なんだい?」
あくまで明るく切り替えすトールだったが、シフの言いたい事は痛いほどわか
っていた。
「鬼」…アーク分身体のことだ。
アーク本体に創造力は無い。生産性は皆無なのだ。しかし、それを補うべく一
騎当万の「鬼」が、全部で108体いた。
かつての神魔戦争の際、その半数近くを失っていたとしても、その存在は脅威
そのものだった。そしてその脅威が、再び天界に侵攻してくる可能性は十二分に
あるのが現状なのだ。
「それには心配及ばん」
「!?」
「!?」
「お兄さん、誰?」
聞き慣れない声に一斉に振り向く三姉妹。いつのまにかシフの隣りには、見知
らぬ若き男神がいた。
その姿は何処か神々しく、見る者を圧倒する力強さもあった。
「オーディーン………」
トールのその言葉にハッとなるウルドとベルダンディ。
若き男神…それは最高神の本来の姿だった。
「心配はいらん、此処のことは私に任せろ…トール」
その台詞に力強く頷くトール。
『って、おい、神界の方はどうした?』
「声」でオーディーンに問いただすトール。オーディーンは平然と、
『逃げてきた』
と、のたまうだけだった。
「…………………」
「…………………」
『冗談だ』
ガクッと崩れ落ちるトール。その様子に訝しげな目線を送るウルドに、心配す
るベルダンディ。
「あんた何やってんの?」
「だ、大丈夫ですか?トールさん…」
「あ、ああ…大丈夫だ…」
何とかそれだけを応えるトール。
『おまえ…相変わらずその姿になると性格変わるな』
『失礼な!………これが素だ』
「…………………」
「…………………」
「声」でのやり取りが大方想像のつくシフは一人笑いを堪えていた。
『老人達にかまってる場合ではないからな。彼らには幻影で十分だ。ただ惜しむ
らくは、そのために天界を離れられないことか…』
「そういうことか……」
一人納得するトールにウルドが問う。
「ちょっと、最高神様ってあんたより強いんでしょ?だったら…」
「それができれば苦労は無いさ」
それだけを言い残し、トールはその場を離れた。
「ちょっとぉ〜」
ウルドはわけがわからないまま、トールの後ろ姿を見送る。シフもまた、トー
ルの背中を無言で見つめる。
その後方では、
「サンドイッチの中身はなにがいいかしら?」
「アイスアイスゥ〜」
「久しぶりにケーキを焼くのもいいわねぇ」
「アイスアイスゥ〜」
「スクルド…アイスは溶けてしまうわよ?」
「大丈夫よ、ウルドに運んでもらえばいいんだから」
………とことん緊張感の無い二人である。
そんな姉妹を見つつ、老年の女神は旧友に問う。
「オーディーン……良いのね?」
「…………………」
「…………………」
オーディーンはただ、三姉妹の背中を静かに眺めるだけであった。
先日、「鬼」…アーク分身体…の侵攻によって地獄と化し、見るも無残な姿と
なっていたバルハラ広場だったが、天界の住人による懸命な復旧作業により、外
観だけならば、以前のそれとはそう変わらない景観になっていた。あくまで外観
だけだったが…
その広場の中心に位置する噴水の傍らで、若い神が滾々と湧き出る聖水を眺め
ている。その顔には憂いと、寂寥と、そして怒りが感じ取れる。
そっと聖水を手で掬い、少し口に含むがすぐに吐き出してしまう。
−血の……匂い、か。
聖水には浄化作用がある。聖水自体は非常に清らかで、決して汚れることはな
い。それでも血の匂いを感じた男神は、その感覚に顔を顰めるだけだった。
−俺の血塗られた人生も、あと僅か…か。
「トールさん……」
いつのまにか若き男神の側には美しきブロンドの女神が佇んでいた。
「…………………」
「…………………」
神々の憩いの広場は静寂に包まれ、噴水から流れる聖水の涼しげな音だけが辺
りに響いていた。
「…すまない」
「え?」
恋人のいきなりの謝罪の言葉に、ベルダンディは小首を傾げてトールの方を見
やる。
「おまえを…おまえ達姉妹までを……巻き込んでしまって………」
「トールさん…」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
トールは噴水の聖水をただじっと見つめ、静かに言葉を紡ぎだす。
「ベルダンディ、魔界へ行ったことはあるかい?」
「いいえ…」
神族と魔族は人間界においてのみ、その干渉を許されている。その為か、神族
が魔界へ行くこと、魔族が天界へ行くことは、本当に特殊な例でしかなかった。
互いに相手の世界を忌み嫌っているのかもしれない。
「…トールさんは、トールさんは行ったことがあるのですか?」
「あぁ…あるよ」
トールのこの一言には、彼の想い全てがこもっていた。怒りと絶望、そして…
彼のその想い全てに、ベルダンディは気づいてあげられているのだろうか。
「…………………」
「…………………」
再び静寂が広場を覆う。
「トール…ベルダンディ…」
その沈黙を破ったのは二人ではなく、褐色の肌と銀色に輝く髪を持つ女神だっ
た。
「揃ったか……」
トールは一言だけ呟き、くるりと二人の女神と相対する。
「…………………」
「…………………」
「…………………」
三人の間に会話は無かった。
これから死地に向かうと言っても過言ではないこの状況下で、三人は興奮する
でもなく、取り乱すわけでもなく、ただ、その「時」が来るのをじっと待ってい
た。
「…………………」
「ウルド……やってくれ」
コクンと頷くウルドに迷いはなかった。
姉の肩に手を乗せるベルダンディに怖れはなかった。
だが、幼少…いや、産まれた時から見守り続けてきた、この姉妹を巻き添えに
してしまったトールだけが、悔恨と自責の念を感じずにはいられなかった。
「空間スライド法……」
トールのイメージした先に、ウルドは静かに空間転移の法術を施行する。
たった三人の神と、一体の「アーク」と言うの名の破壊神との間で、今ここに、
第二次神魔戦争の火蓋が切って落とされたのだ…
・
・
・
・
・
・
『時は満ちた』
『とがびと達が贖罪の時…』
『かの力……』
『かの想い……』
『すべてはかのモノに還らん』
『かのモノを産み』
『かのモノを忌み』
『我らに仇なすモノよ……』
「しかし……望んだのはあなた方だ」
『…………………』
『…………………』
『光より創られ』
『光りを裏切り』
『今再び光にその刃を突き立てた罪は……重い』
「…………………」
『オーディーンよ……』
『かのモノをみたび等位転生させたことの意味…』
『わからない貴様ではあるまい』
「…………………」
『……………時は満ちた』
『贖罪の時が』
『すべてに抗えたモノに…………』
『今、粛正のいかずちを』
・
・
・
・
・
・
ToBeContinued
『次回予告』
かつて、少年は平和を望んだ。
悠久の時の流れに身を任せ、少年は、世界全てに平等の平和を望んだ。
例えそれが、自らの想いを裏切る結果であったとしても……
少年はただ、平和を渇望したのだ……
ついに対峙した三神とアーク。
その姿に、姉妹は驚愕と戦慄を憶えるのだった
そして、トールとオーディーンは語る。
かつて神魔戦争と呼ばれた忌々しき争いの全貌を…
数奇な運命に導かれ、今ふたたび両雄は激突する……
次回
【神 話】
【代 償】
「そう、奴が…究極の破壊神、アークだ………」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
後書き
……………………あぁっ!い、石を投げないで(^^ゞ
えぇと〜言い訳をさせてもらうとですね(^^;
これを書いていた頃、某E○Aをビデオで1話〜22話までを一気に、
しかも二回連続で鑑賞するという暴挙に出てたんですよ(^^;;;;;
# ホントに暴挙だ…っつうか愚行ね(;_;(自爆
おかげで、前回のウルドはミ○トさんチックだったし(笑、今回なんか、
まんまゼ○レになっちまったい(^^;;
# 前回の【疑 念】から今回の【邂 逅】までは、ほとんど2日で書き上げた
ので、もろに影響を受けているわけですわ(^^;>その2とその3
## ただ、その後【神 話】が一ヶ月以上進んでいなかったのは秘密です(ぉ
本編はいよいよクライマックスに差し掛かろうとしてます…が、どうしよう(^^;
【侵 入】を書いてつくづく思ったのですが…
僕ってアクションシーン目茶苦茶下手(TT_TT
# と言うか今回初めて書きました(^^;;
どなたかご指南して頂けませんか?(^^ゞ(ぉぃ
うぅ〜(^^;
なんか愚痴コーナーになってるな(ぉぃぉぃ
それでは、次回でまたお会いしましょう〜(^^/~~
zero
omega@alles.or.jp
(つづく)
(98/9/30update)