第一話:使徒襲来<前編>(神楽シンジサイド)
2015年某日。 雲一つ無い青空。 その太陽光が反射し、眩しいほどの煌めきを見せる海面に、ぽつんとある一つの影。 空気を震わすプロペラ音は、その影の主である偵察ヘリのモノである。 『UN』と機体に刻印されたそれは何かを追跡しているようにも見えた。 かなりの沖合であるため、深い紺色をしているこの海を人型のシルエットが通り過ぎる。 魚の群影と混じって、上空からでもはっきりと“人型”と捉えることのできる巨大なもの。 その大きさは生物としての常識的な答えを全て否定するモノかもしれない。 だからだろうか、そのヘリからの通信には次のように発信された。 「正体不明の“物体”は100海里警戒線に潜入せり」 と。
『100海里警戒線内にて、正体不明の物体を確認。 国連軍及び戦略陸自は第二種警戒態勢から第一種警戒態勢に移行。 同命令到達をもって戦略海自は領海線に沿って戦闘待機』 『了解』 無線特有の雑音を織り交ぜた通信が部屋いっぱいに広がる。 防音壁に囲まれたその部屋の中では、その無線機から流れてくる情報を複雑な表情で聞いている人物が三人。 その三人とも、戦略自衛隊の制服に身を包んでいる。 ただその紋章は、陸海空の三自衛隊のモノではなかったが。 「…とうとうこの日が来たわね、シンジ」 赤みを帯びた金髪の妙齢の女性がその無線機を見つめたまま、隣に座っている青年に話しかける。 しかしさすがに心細いのか、落ち着いている声とは裏腹に、彼女はその彼の手をしっかりと握りしめて離しそうにない。 「僕たちがここに来たからには、何とかしないと。 …あんな事にだけは…悲しい事は避けないとね、せめてこの世界は。 そうだろ?アスカ」 そう言って彼は繋がれた手を握り返す。アスカと呼ばれた女性は、「ええ」と彼の言葉に深く頷いた。 シンジとアスカ…過去に、いや未来にと言うべきか、サードインパクトを経験した二人は、セカンドインパクト後の混乱しきった世界にいた。そして戦自に身を置き今に至っている。 「…シンジ君、アスカ君。どうする?このまま静観するのかね?」 この部屋にいるもう一人が彼らに声をかける。初老の男だ。年齢の割にはかなりしっかりとした体格をしている。 叩き上げの軍人とはこうだ!と彼の雰囲気がそれを物語っていた。 「ええ。我々の部隊が世界に知られるのは拙いと言うことで、防衛庁長官から。 既に手は打っていますけどね。コウスケおじさん」 「そういうこと。ああっ早く活躍したいわ」 シンジはそう言い、アスカがそれに相づちを打って、この世界で自分達を育ててくれた彼に答える。彼のおかげで自分たちのすさみきった心がここまで安定したと言ってもいい。 そして、自分たちの過去も目的も全て分かっている大人は彼、橘コウスケただ一人である。 「それでは我々も準備をしますか」 「分かった」 「りょーかい!」 シンジの言葉に、二人はそれぞれの態度で反応し、その部屋から出ていった。 未来の悲劇を繰り返さないために…
『何ですと!?NN機雷を使う?』 電話の相手がオウム返しのように聞き返す。 そのディスプレイの下方には『戦略陸上自衛隊幕僚長』の文字。 幕僚長…防衛庁長官に次ぐ、戦略陸上自衛隊のトップを指している。 「ええ、その通りです。目標の戦力が未知数な以上、こちらの最大攻撃力をもって当たることが好ましいと思います」 『しかし、そんなモノを使わなくとも』 倒せる、とでも言いたかったのだろう。国連軍が協力している今、ある意味最強部隊であるのだから。 「それとも敵の上陸を許し、市街地でNN地雷でも使う気ですか?」 彼は、微妙に嫌みを混ぜた返答をする。 受話器を持ったまま、その幕僚長は言葉に詰まる。 「『作戦のためだけに戦自は一つの街をあっさりと犠牲にした…戦自は国民を護る気は毛頭ないのだ』と陰口を叩かれて、肩身の狭い思いをなさるのでしたら一向に構いませんが?」 彼の有無を言わさぬ迫力がそれにはあった。 『り、了解した。陸地に損害が出ないポイントに機雷を仕掛けておこう』 これ以上の口論は分が悪いと思ったのか、その相手は彼の指示をのむ。 「ありがとうございます。それと、もし機雷でも目標が撃退できない場合は、長距離射撃部隊を残して撤退して下さい」 『何故だ?目標が弱っている以上、最大攻撃を用いると言ったのは貴官のはずだが』 尤もな疑問を投げかける。 たいした行動もせず、自分達はもちろん、国連軍をも含めて白兵部隊を下げるという事に抵抗も感じていたのかもしれない。 「我々の通常兵器最強とも呼べるNN兵器で撃破できないモノに、それより著しく威力の劣る一般兵器でどうやって勝つつもりですか? それよりも、ネルフとか言う特務機関に任せるべきです。 我々の戦力が存在している内に彼らに来てもらえば、双方ともに無用な損害は減ることでしょうから」 『しかし…』 電話の相手は再度口ごもる。強行に全兵力投入を訴えるのは、そのネルフに出てきてもらいたくないからだ。 メンツの問題でもある。 彼は、そんな相手に、全てを知っているように言葉を続けた。 「もちろん、ネルフ一人勝ちの真似はさせませんよ。 彼らから後々戦闘指揮権を得るために、我々の部隊が“協力”という形で彼らにプレッシャーを与えます」 自信を持った一言。言外に、ネルフがなくとも倒すことができると言っているようなものだ。それだけの力が戦略自衛隊内に存在している事を知る者は少ない。 どうやら戦略陸自の幕僚長はそれを知っているようだ。 まぁ、そうでもなければ彼の電話を受けるはずもないが。 『了解した。全部隊に先ほどの指令を伝えておく。それでは失礼する』
「…ふう」 電話が切れる。専用回線に繋がる受話器を置いた彼は、自分の体重を椅子の背もたれに加えながら、ゆっくりと肺にあった空気を吐き出した。それと、これから起こる事を考えていく。 「ネルフが国連直属の特務機関ならば、我々はまた別の非公開特務機関と言うことか。 さて、どう出たらいいのかな」 目標は間違いなく、NN兵器では死ぬことはない。 現状ではネルフにあるエヴァを用いるしか勝てる相手ではない。 …もしくは自分達の所有する切り札を用いるか、だ。 しかし、自分たちが現段階で公になってはいけない以上、その切り札は使う事が出来ない。 結果、ネルフがエヴァを使い、目標…使徒に勝ってもらうしかない。 手段は限られているのだ。 暫しの間、静寂のみが彼のいる部屋を支配していた。
突然、無音だった空間に着信音が響き渡る。彼はかけてきた相手を確かめ、苦笑しながら回線を繋いだ。 『ねぇ、シンジ。私も使徒を倒しに行ってもいい?』 アスカはさらっと、彼にとんでもないことを言う。エヴァ無しで、使徒を倒すと言うのだから。 「ダメだよ、アスカ。国連軍が引き上げるまでは。後で出撃させてあげるからおとなしくしていなさい」 シンジの口調は完全に、駄々をこねる子どもをあやす母親のそれであった。 使徒うんぬんは、彼を驚かすほどのものではなかったのだ。 「あ、それとアスカ。今回の装備は支援攻撃に重点に置くから、そのつもりでね」 『えーっ。このアスカ様がバカシンジの支援をしろっていうの?』 怒った様な表情でシンジをにらむアスカ。ただ、その瞳は笑っている。 「うん、そうだよ。今回は、綾波や碇シンジを危険な目に遭わさないのが目的だからね」 『ま、そうよね。せっかく本人自ら“碇シンジ性格改善計画”を立てている位だものねぇ』 「それはアスカも一緒だろ?」 二人して笑い会う。 エヴァに乗った為に不幸になったとも言えるが、幸が無かった分けでもない。取り分け、シンジは友人という点に置いて、エヴァのパイロットというのは幾分プラスに働いたに違いない。それ以外に関しては何ともコメントしづらいが。 それから二言三言会話を交わす。 少なくとも、このような専用回線を使ってするような会話でなかったことをここに記しておこう。 『それじゃ、また後で。ちゃんと出撃させなさいよ』 「うん、分かってるよ。また後で」 回線は切られ、また先ほどのような静寂が辺りを支配していた。 シンジは、その後もそこを動くことなく、じっと考えに耽っていた。
目標が機雷に接触したのは、それから1時間後。
表層部分にかなりの損害を与えはしたものの…
それはいまだ健在であった…………
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【あとがきと呼ぶべきもの】 これを読んで下さった皆様、初めまして。wind-follow(ウィンド・フォロウ)と申します。 ここの管理人である、みゃあ様のお話をはじめとして、ここに置いてある数々の作品を読み進めていく内に、私自身も書きたくなり、投稿した所存です。 まだ、物書きとしては2ヶ月という初心者ではありますが、何卒広い心でお読み下さいますようよろしくお願い申し上げます。 |