『神の運びし福音よ』



第一話:使徒襲来<前編>(碇シンジサイド)

writing by WIND-FOLLOW











『緊急警報、緊急警報。本日12時30分、東海地方を中心とした関東中部全域に非常事態宣言が発令されました。住民のみなさまは指定のシェルターに移動して下さい』

 辺りにサイレンの音と共にそんなアナウンスが流れる。

 駅周辺では、事前に出されていた警戒宣言のおかげか出歩く人が少なかったのだが、皆無ではなかった。そんな彼らも、シェルターに移動するため、我先にと地下の方に避難していく。

 一人の少年を除いて。

「…電車は不通、電話も通じそうにない。目的地はまだまだ先の方。今更戦争でもないのに、ああ、どうしようか」

 その少年、碇シンジは駅前の広場で腰を落ち着けた。これからの自分の行動を再確認するためでもある。

 内心、不安でいっぱいなのだが。

「迎えは…いないよなぁ」

 封筒に入っていた写真をちらっと見る。その行動は、あまりジロジロと見るモノではないと彼が感じたからだ。

 そこには『胸の谷間に注目』などと書かれた、少年が見ても美人と思わせる女性が写っていたのだから。ご丁寧にもキスマーク入りで。

 思春期の少年には、少々刺激が強すぎるというものだ。

 写真を封筒に戻すと、シンジは雲一つないとは言わないまでも晴れ渡った空を見上げた。

(それにしても)

 と、思う。

 自分を放っておいた父親が、なぜ今頃呼び寄せるのか。

(それも、書いてあるのはこれだけだし)

 その封筒の中に入っていた手紙を広げ、空にかざす。そこに書いてあるのは、

『来い ゲンドウ』

 筆無精もいいところである。

(僕っていったいなんなんだろう。父さんの下僕か何か?)

 案外いい線を当てているシンジ。まったくうれしくは無いだろうが。

 その格好のまま、シンジは暫く考え事をしていた。辺りには人一人いないのだから、格好を気にする必要性は無い。

 不意に、紙の上に影が映る。

「おまたせ。君が碇シンジ君よね?」

 少年は内心ドキリとしながらその手紙を畳み、声のした方を向く。そこには例の写真に写っていた女性が立っていた。

「はい…そうですけど」

 しどろもどろに返事を返す。

 元々内気な少年である。

 今でこそチェロの先生宅の家族とはうち解けた会話も出来るが、最初の頃は一言話すのに全身全霊を必要としたモノだ。

 無用の緊張が彼の身体を支配していたとしても、それを責めることはできない。

「詳しいことは車の中で教えるから、早く乗っちゃって」

「ちょ、ちょと待っ…」

 その女性が、もう少し大人としての態度をとれば『美人のキャリアウーマン』と呼べたかもしれないのだが、その言動の端々に見受けられる行動から、その呼称はシンジの頭の中では一言も浮かんでこなかった。

 そんな彼女は無理矢理な格好でシンジを自分が乗ってきた青のルノーに乗せると、アクセルを思いっきり踏み込む。

 数秒のタイヤのスリップ音をその場に残して、車は無人の道路を爆走していった。

 それと同じようにドップラー効果を効かせながら、少年の悲鳴も響き渡ったという…



















第三新東京市NERV司令室

『戦自の白兵部隊、後退していきます』

 オペレーターの一人が戦況を説明している。

 そんな状態を一望できる位置に座っている人たちがいる。

『戦略自衛隊』

 陸・海・空それぞれのトップ、又はそれに次ぐ階級の人たち。その内の一人が、その様に命令を出したのだ。

 しかし、その表情は苦い。

「設置NN機雷は2つか。微妙だな」

 陸将の階級章を付けた男はそう漏らす。自分が指示した命令なのだが、元々の案は、海岸線で白兵攻撃。国連軍との共同作戦なのだから負けるはずがないのだ。否、負けてはならないのだ。

 相手が自分が知っているようなモノならば。

 しかし、知らないモノには初撃で決めると言う案も悪くない。いや、相手の攻撃力が未知数な以上、『攻撃は最大の防御』は正しいと思える。だが…

「…いくら神楽特将の指示とはいえ、逃げ腰ではないかね」

 同席している者の一人が思考の海に漂っている彼に向かって呟く。

 さすがに、現実逃避とまではいかなかったらしく、数秒の沈黙の後に、口を開く。

「…仕方あるまい。彼の迫力に押されない者などおらんよ、奴を除いては…な」

 その声を聞いた彼らは、『奴』と呼ばれた者を見る。サングラスに髭を蓄え、それは、側で爆発が起きたとしても動じないようにも思えた。

「…碇司令、目標がポイントに接触するまで、10分を切りました」

 オペレーター達とは別に、その場を指揮していた白衣の女性が、戦自が『奴』と呼ぶ彼、碇ゲンドウに報告をする。

「そうか」

 彼は眉一つ動かさずに答えた。

 もしかすると口さえも動かさなかったのではないかと思わせるその動きで。

 その様子を眺めているだけの戦自の皆様。そこに二度目のホットラインが鳴った。

『白兵部隊は撤退した様ですね。ただ、機雷はもう1・2個ほど設置できたと思いますが?』

「はい。しかし、これ以上の設置には時間が足りず…申し訳ありません」

 男は我ながら下手な芝居だと思う。

 実際は他の二自衛隊、海自・空自と国連軍との折り合いを付けるために設置数を減らしたのだ。

 …それが無ければ、5個は設置可能であったのだが。

 それを知ってか知らずか、そのディスプレイに映っている青年は、その事についてはそれ以上追求せずに終わった。

『それと、もし宜しければ現地指揮に橘(たちばな)特将と兜(かぶと)三等特佐を付けたいのですが』

「橘陸将…いえ特将が指揮をしてくださるのはとても嬉しいのですが、如何せん時間が足りないのでは?」

 橘コウスケ元陸将、現特将。セカンドインパクトによる世界規模の混乱期の日本を防衛の面で作戦・実戦共に支えた男。国籍不明の一個師団を、他の自衛隊が揃いきるまで兵力差10分の1の部隊で進行をくい止めた実績を持つ、防衛の天才。被害を最小限に押さえるには彼の手腕はありがたい。もう一人の兜ミナモ三等特佐はシュミレーションとはいえ、その橘部隊を僅か二倍の兵力で突破せしめたと言われている。

『その辺は大丈夫です。

 勝手とは存じましたが、既に現場付近に到着しているはずです』

「分かりました。手続きはこちらで進めます。

 ですが、神楽特将。そう回りくどいことをせずに『精霊』を使えば宜しいでしょうに」

 本音が漏れる。

『それは無理です、陸将。

 我々は非公開の部隊です。せめて国連軍が引き上げるまで出撃許可は下りません。

 それにネルフが指揮権譲渡を手ぐすね引いて待っているはずです。今出撃すると譲渡の際、機密が漏れる事になりますから。

 それでは』

 苦笑いの表情を浮かべてその青年は答える。そして、その画面のまま通信は途切れた。神楽特将が幕僚長を勤めるのは、第四の戦略自衛隊。それは国外はもちろん、国内でもトップの者しか知らされていない。

(我々の世代ももう終わりかな?)

 陸将が苦笑いの混じった溜息を吐くと、指令を出すべく、受話器を取った。

「私だ。実戦指揮官を変更する…心配ない、君は十分優秀だ。しかし、上には上がいるのだ。君も橘コウスケ元陸将と聞けば納得するだろう。そうだ……」

 そんな様子を下の方から見る者がいた。碇ゲンドウ司令及び冬月コウゾウ副司令。

 彼等は、そのやり取りをどう感じていたのか…

 そして、接触予定時刻になった…



















ドオオォォォン………



















 打ち上げ花火の破裂音とは明らかに違う、重い振動音。

 車の窓越しに、そんな爆発音と振動を感じた碇シンジは隣にいる女性、葛城ミサトの方を向いた。

「あの…葛城、さん。今、何か音がしませんでしたか?」

「ええ、あれは戦略自衛隊や国連軍が戦っているからよ。って、もうそんな時間なの?」

 そう言いながら彼女は時計に目をやる。貸し切り状態の今、少々…いや、かなりの脇見運転で反対車線を走ってもぶつかる危険性は少ない。

 建物にぶつかる可能性は高まるが。

「あ、ホントだわ。まいったな〜到着時間に間に合いそうにないわ」

「葛城さん!前!前ッ!!」

「だいじょぶ、だいじょぶ」

 のんびりと話すミサトと対照的に焦り声で叫ぶシンジ。シンジの状態を見る限り、あんまり大丈夫ではなさそうですが…

「それよか、シンジ君?」

「あ…はい、何でしょう、葛城さん」

 車が安定したところでミサトはシンジに話しかける。

 シンジの方は、この車が一度としてカーブを含めて時速130キロを下回って一般道を走っているせいか、その緊張に生来の内気さが飲み込まれて当初会った時の様なぎこちなさは影を潜めていた。

「その呼び方なんだけどぉ、ミサトって呼んでくんない?」

「へ?あ、はい、分かりました。…ミサトさん」

 猫なで声とは言わないまでも、人なつっこい声で話すミサト。

「んでぇ、封筒の中にIDカードが入っていたと思うけど」

「はい。入ってました。これですよね」

 そう言ってカードを取り出すシンジ。

「それじゃ、こっちを読んでおいて」

 シンジに投げ渡されたファイルには『WELCOME!Nerv』と書かれていた。

「時間無いから飛ばすわよ、シンジ君」

 既に十分飛ばしていたと思うのだが、車はさらにスピードを上げる。

「ミ、ミサトさ…」

 シンジは最後まで何か言葉を言う前に再度気を失った。

 彼が気がついたのは、カートレインに乗って暫くしてからだった。









 今回こんな役回りばかりの気もするが…









 シンジ君、ご愁傷様。





























使徒襲来<中編>に続く......






【あとがきと呼ぶべきもの】

神楽シンジサイドに引き続きこれを読んで下さった皆様、改めて初めまして。wind-follow(ウィンド・フォロウ)と申します。

この話は、「再構成」と「逆行」が一緒になった話となる予定です。

(ただ、私はそれぞれの意味を理解しきっていないために、実際は違うかも知れませんが)

『逆行』に値する<神楽シンジサイド>はシリアス調で、

『再構成』に属する<碇シンジサイド>はコメディ調にしていこうかと考えています。

(実際には毎回必ずしもそうなるとは限りませんが、少なくとも『不幸』にはしないつもりです)

それでは、<中編>で。