『神の運びし福音よ』



第一話:使徒襲来<中編>(碇シンジサイド)

writing by WIND-FOLLOW











カートレイン内。

 シンジは車がエンジンを止めているのに前に進むという事に若干の違和感を感じてしまう。

 最も、カートレイン自体に乗るのも初めてであるので、その事による興奮のせいかも知れなかったが。

 どちらにしても、このトンネルの様な場所を抜けるまでは、先ほど貰った資料を読むためには薄暗すぎる。少年はさっさと読み進める努力を諦めて、気を失う前に疑問に持った事を聞く事にした。

「そう言えば、さっき戦自や国連軍が戦っているって言いましたよね?

 どういう事なんです?」

 シンジは、この薄暗い中でも化粧を直しているミサトの方に振り返る。

「攻めてきたのよ。敵が」

 ミサトは、“敵”の内容ををはぐらかして答える。肉眼で状況を捉えられない以上、本当の事を話したところで、一笑にふせられるのは明らかだ。

「攻めてきたって、戦争ですか?」

 少年は心配そうに彼女を見つめる。

 父親からの手紙で呼ばれた時と同じくして、非常事態宣言。そして戦略自衛隊の戦い。

 そして、自分はと言えば、シェルターに非難するのではなくこの女性と、わざわざこんな別の場所まで付いて行っている。

 ご丁寧にも、“ネルフへようこそ”と書かれた資料も渡されて。

 冷静に考えていけば、自分がこの“戦争”の一傍観者では済まされない事が予想できた。

「ミサトさん、こんな時に僕を呼ぶネルフって何ですか?

 それに、父さんとどんな関係が有るんでしょう?」

「国連直属の非公開組織、特務機関ネルフ。

 私もそこに所属しているの。ま、国際公務員ってやつね。

 私があなたを迎えに行った事から分かると思うけど、あなたのお父さんもここに所属しているのよ…」

 その資料を渡した時の様な感じではなく、至って真面目に話す。

「“人類を守る立派な仕事”って事ですよね」

「なにそれ…皮肉…?」

「いえ、そうでは無いんですけど…」

 シンジの言いぐさに、若干機嫌を損ねたミサト。

 自分自身でも、完全に正義の味方と思っていない所があるのか、別段その事に関してどうこう言うつもりは無かったが。

 ちょっとした静寂が続く。

 聞こえるのはカートレインの動く音と、それに併せた振動のみ。

「…ミサトさん」

 その沈黙を破ったのは少年の方。

「…父さんは、何のために僕を呼んだんですか?

 父さんはもう、僕の事なんて忘れているのかと思っていました」

「それは、お父さんに直接会って聞いた方がいいわ。

 冷たいようだけど、私がその事に関して出しゃばって、良い事は無いと思うから」

 ミサトの方も思ったことを正直に話す。

 当事者ならいざ知らず、完全な部外者が知ったように首をつっこむ事は、事態をややこしくする効果しか生み出さない。

 かつての自分がそうだったように…

「これから父さんの所に行くんですよね」

 独り言のように話すシンジ。

「苦手なのね、お父さんの事」

「いえ、別に。面倒くさいだけです。

 …それに、今父さんをどう思っているのか自分でも分からないのに、会ったところでギクシャクするのは、目に見えていますから」

 それが、碇シンジと言う少年の偽ざる本音であったのだろう。

 葛城ミサトと言う彼女には、彼の心境を理解した気がしていた。自分にも似たような経験が有るだけに…









 不意に薄暗かった周りが光に包まれる。

 カートレインがトンネルを抜けたのだ。

 光に慣れたシンジの目には、頭上に生えるビル群と、目下に広がる地下空間が飛び込んできた。

「…すごい!これがジオフロント…!」

 思わず感想が口からこぼれ落ちる。

「そうよ。これが私たちの秘密基地、ネルフ本部。

 世界再建の要……

 …人類の砦となるところよ」

 自分が言うにはおこがましいかも知れない。

 しかし、その事実には嘘もはったりも無いはず。少なくともそう言っても悪くは無いと思いたかった。



















NERV発令室

「戦略陸自の遠距離制圧砲撃により移動速度3%減少。

 しかし、依然目標へのダメージありません」

 オペレーターが現在の状況を報告する。

 彼等を一段高いところから傍観している戦自の高官は、一様にして苦い顔をする。

「…我々の切り札であるNN兵器でも倒れず、巡航ミサイルでも出来て一瞬の足止めとは…」

「悪夢、としか言いようがないな」

「確かに。現状で白兵部隊を下げたことは正解かも知れぬな、無駄な被害が出なくて済む。

 兵器が壊れるのはまだしも、兵士は補充が出来ないからな」

「しかし、我々にこの状況を打破する手がない。口惜しいが」

「そうだな…。

 …碇君!」

 その席から、碇ゲンドウを呼ぶ。

 悠然とした動きで、彼はその声がした方向へ向き直った。

「我々の所有兵器が、目標に対し大した効果を上げていないことは素直に認めよう。

 だが碇君。

 …君ならばあれに勝てるのかね?」

 戦略陸自の幕僚長である彼は、自分の方向を向いたままのゲンドウに対しそう問い質す。

 ゲンドウの方は、おもむろにサングラスの位置を直すと、簡潔にそして不遜な態度でこう切り返してきた。

「ご心配なく。

 そのためのネルフ、です」

「…そうか。

 ならば、現時点より戦闘指揮権はネルフに譲渡する。

 ネルフの作戦を最優先とし、特に指示がない限り戦略自衛隊は現状の砲撃を“強羅防衛線”までとする。その後は後方支援にのみ徹する。

 …期待しているよ、碇君」

 そう言い終わり、彼等はその発令室を後にした。









「UN、戦自もご退散か…」

 ネルフ副司令職にある冬月が、司令職のゲンドウに問う。

「……」

 だが、彼からの反応はない。それが予想できていたのか、冬月はその結果に驚くことはない。

「碇司令。

 どうなさるおつもりです?」

 冬月に代わり、彼に質問をしたのは金に髪を染めた妙齢の女性。

 彼女の着用している白衣から、医者か科学者であろう事が想像できた。

「…初号機を起動させる」

 今までモニターを覗いていたゲンドウは、一言、そう言い放つ。

「そんな!無理です。

 パイロットがいません」

 先ほどの女性、赤木リツコはゲンドウにそう進言する。

「レイに戦闘は耐えられるまい」

 冬月は、その彼女の言葉を補足するように言う。

 だがゲンドウはそんな彼等の意見に対し、小さく不敵な笑みを漏らした後口を開いた。

「問題ない。

 たった今、予備が届いた」



















ネルフ本部内…どこか通路

「ミサトさん」

 シンジは、自分の前方を進んで目的地に案内している、のであろう女性に声を掛ける。

「…(あれ?おかしいわね?)」

 だが、自分の考えのせいでその声は聞こえなかったらしい。

「ミサトさん?」

「…(え〜と、ここを通って…)」

 再度声を掛ける…が、結果は同じ。

「ミ・サ・トさん?」

 今度は彼女の側によって、比較的大きめな音で声を掛けた。

「な〜に?(だから…)」

 今度は返事が返ってきた。

「さっきから随分歩いてますけど…

 まだ父さんの所へは着かないんですか?」

「え?」

 ミサトの今一番触れて欲しくない事柄をズバリ聞くシンジ君。

「う…五月蠅いわね。

 あなたは黙って着いてくればいいのっ」

 どうしても、その扱いが邪険になってしまうのは致し方ないところか。

(迷ったんだな)

 断言するシンジ。

 流石に言葉に出すと後が怖いと思ったのか、口には出していない。

 その分、目は半眼になってはいたが…

(おっかしいわね。

 確かこっちでいいハズなんだけどナ…)

 彼の前に立ち、自分の考えに耽っているミサトにはその視線は気づかなかったらしい。

(これがここだから…

 あそこを通って…曲がって…)

「分かったわ、シンジ君。

 こっちよ!!」

 すべて理解したように、自信ありげに胸を張る。

 今はドイツにいる弐号機の専属パイロットもかくやとも思えるその動作。

 ちょっと後ろに引いてやると、綺麗に倒れそうである。

「…残念ね。

 正解はこっち」

 そんなミサトに、冷静な対処をする女性。

「あ…」

 その女性を見て、時間が止まるミサト。

「遅かったわね。葛城一尉」

「リツコ…」

 それは、先ほどまで司令室にいた女性、赤木リツコであった。

 バツの悪そうな顔をするミサト。

「あんまり遅いから迎えに来たわ。

 人手も時間も無いんだから…グズグズしているヒマないのよ」

「ごめ〜〜〜ん。

 迷っちゃったのョ、まだ不慣れでさ」

「あなたの場合は学生時代からずっとその調子でしょ」

 冷然と話すリツコに茶目っ気をふんだんに使用して照れ隠しをするミサト。

 シンジはと言うと、そんなミサトを見て溜息一つ…

 その仕草を横目で把握していたリツコは、ミサトに確認の意味を込めて聞いた。

「その子ね。

 例のサードチルドレンって」

 ミサトは首を軽く縦に振り、リツコに視線を向けられたシンジは身体を硬直させる。

「あ…は、始めまして、碇シンジです」

 辛うじて出た、そんな感じの声音。

 ミサトに漸く馴染めてきたかという時点で、新たな人に会ったのだ。ミサトの運転の効果で息を潜めていた内気という感情が、再度身体を支配し始めた。

「あたしは技術一課E計画担当博士…

 赤木リツコ。よろしく」

 白衣のポケットに入れていた手を出し、シンジの前に持っていく。

「よ、よろしくお願いします」

 あたふたと握手をしながら声を返すシンジ。

 一通りの挨拶が済んで、リツコは彼等を案内するためエレベーターの階層ボタンを押す。

「いらっしゃい、シンジ君。…ミサトも。

 お父さんに会わせる前に、見せたいものがあるの…」

 エレベーターが到着するまでの短い間、会話をする3人。

「見せたいもの…?

 ですか」

「そう。付いて来たら分かるわ」

 リツコの返事を計ったかのように、言い終わると同時にエレベーターの扉が開いた…



















再びネルフ発令室

「使徒前進!

 強羅最終防衛線まで、距離5キロを切りました!」

「進行ベクトル4度修正。

 戦略自衛隊による制圧射撃により使徒の進行速度は当初予定より3%減のまま変化無し」

「予測目的地は、我が第三新東京市!!」

 司令室にはオペレーターによる戦闘状況が響き渡る。

「よし、使徒が強羅最終防衛線突破と同時に第一種戦闘配置」

「はい!」

 ゲンドウはその様にオペレーター達に指示を出す。

 そこへ、一本の緊急通信。

「司令、戦略空自からホットラインです。

 第三新東京市での戦闘の協力を申し出ておりますが…」

 オペレーターの一人がそう言って後ろを振り返る。その表情からは必要以上に緊張しているのが見て取れた。

「どうする?碇」

 冬月が隣にいるゲンドウにその確認を取る、いつものやり方だ。

「所詮、戦自には何もできんよ。好きなようにさせろ」

 立ち上がりながらそう命令を下す。

 そして、そのままゲイジへと続く直通のリフトへと歩みを進める。

「冬月…後を頼む」

 そう言って、リフトに乗り込むゲンドウ。彼が何を考えているのか、冬月を持ってしても分かりかねた。

「協力を許可すると戦自に伝達」

「了解」

 冬月は、先ほどのオペレーターにそう指示を出す。

(3年ぶりの息子との対面か…

 父子の会話を今すぐ求めるという事は双方にとって酷な事なのだろうな。

 …まったく、碇は…)

 しかしその心は、既に息子の所へと行った男への心配事で占領されていた。

「モニターを」

「目標探査システムは、未だ完成していませんが」

「直接画像で構わない。出したまえ」

「は。目標を映像で確認。最大倍率です」

 それこそ弾幕と言えるほどの砲撃。

 使徒も反撃を考えているのか、時々砲弾の来た方角に身体を向ける。

 だが遠距離への攻撃手段がないのか、大型質量弾への迎撃用にパイルを使用する位しか、攻撃手段は記録されていない。

 冬月は、今は使徒の情報を得る事が先決と自分を言い聞かし、先ほどまでの思いは頭の片隅へと無理矢理追いやった。

「残弾数は?」

「再装填を含め、3.8%」

「状況は?」

「迎撃システム稼働率、8.2%。

 これは、使徒が現在速度で進行した場合の数値です」

「かまわん。復旧と装填が間に合ったシステムだけでも立ち上げろ」

「了解」

 少しでも有利な状況で。

 これが、今の発令所全体から感じられる気配だった。



















ゲイジへと続く水路

 ホバークラフトに乗ったシンジ、ミサトは、リツコの運転で順調に目的地へと進んでいた。

「今、使徒の様子は?」

 ミサトはリツコにそれを聞く。シンジには何を言っているのか分からない様子だ。

「もうすぐ強羅防衛線を突破。

 後は真っ直ぐこちらへ向かってくるわ」

「初号機の方はどうなの?」

「B型装備で起動準備は出来ているわ。

 起動確率は0.000000001%だけど。09システムとはよく言ったものね」

「それって、動かない。と同じじゃないの?」

 皮肉が混じるミサトの言葉。だが、リツコの方は気にしていなさそうに答えを返した。

「失礼ね。0、ではなくってよ」

「…それで、NN機雷は使徒には効かなかったの?」

 ミサトはもう一つ自分にとって重要な話題に変える。

「ええ…出会い頭の一撃らしくて表層部分にかなりのダメージは与えたみたいだけど…

 海中で自己修復。あとは依然進行中よ。

 やはりA.T.フィールドを持っているみたいね」

「そう…」

「戦自の攻撃効果も段々と薄くなっているみたいだし。

 学習能力もちゃんとあるみたいよ。

 MAGIの分析では外部からの遠隔操作ではなく、プログラムによって動作する一種の知的巨大生命体と出たわ」

「それって」

「そう!

 エヴァといっしょ…」

「……」

 半ば無視された状況でも、二人の会話を真剣な表情で聞いていたシンジ君。

(…何がなんだか、さっぱり分かんないや)

 という考えが、二人の話の感想らしい。

 やがて、ホバークラフトが目的地へと到着し、3人とも船を降りる。

「着いたわ。ここよ」

 リツコの先導のまま、後の二人は付いていく。

「暗いから、気を付けて」

 暗闇の中に、小さな非常灯のみが辛うじて視界に入る。

“カシャン”

 リツコは慣れた感じでゲイジの明かりを灯した。

 暗闇に慣れかけた目に、強力な光が入る。

 ホワイトアウトした目が、ようやく慣れた時に、そこに飛び込んだもの…

「わっ!!」

 シンジは驚きの声をあげる。

 無理もない。目の前には鬼と見まがうような巨大な顔。

「ロボット…?」

 シンジは驚きの後に、そう言葉を呟く。

「厳密には、ロボットじゃ無いのよ。

 人の造りだした、究極の汎用人型決戦兵器!

 我々人類の最後の切り札。

 これは、その初号機よ…」

 シンジの小さな呟きを聞き取ったリツコが、シンジにそう説明する。

 自分の自信作を人に教えたい。そんな時の雰囲気と似ていたと、シンジは後に語ったという。

「…これも父さんの仕事、ですか?」

 シンジは、隣に立つミサトに聞く。

『そうだ』

 だが、それを答えたのは、ミサトでなくリツコでなく…男の声が上の方から聞こえた。

 その声にシンジは視線を上の方へ持っていく。

 そして見つけた。今一番会いたくて、そして会いたくない…

 自分の心の中で、最も位置の決まっていない碇ゲンドウという男を…





























使徒襲来<後編>に続く......






【あとがきと呼ぶべきもの】

どうも。一つの話が10Kb代と、ちまちま送らせていただいております。

エヴァの世界だけに、「使徒VSエヴァ(ネルフ)」の構図は変えないつもりですが、国連軍&戦自の皆様があまりにも無力すぎて可哀想なので、若干強くなっています。

(その辺りは神楽シンジサイドにて)

拙劣な作品ではございますが、広い心でお読み下さいますよう、お願いいたします。


それでは、神楽シンジサイドか後編にて。