第一話:使徒襲来<後編>(神楽シンジサイド)
「ごめん、カヲル君…」 謝るシンジ。その雰囲気は昔と変わっていない。 「別に構わないよ、シンジ君の面白い顔が見れたからね」 その銀髪の少年は笑みを零す。 「それより、僕を呼んだと言う事は、アレを使う気かい?」 シンジが説明する前に、カヲルが先を制した。今の段階で自分を呼ぶという事は、それしかないのだから。 「そうなんだ。レイには別の事を頼んでいるからね。 アスカ達の機体では、腕を狙撃するのは無理だろうし」 「僕がアレに乗るのは構わないけど、ネルフのMAGIにばれないかい?」 カヲルの疑問も尤もだろう。 ただでさえアスカ達の事で危険を冒している上に、さらにその可能性を高めてしまうのだから。 「もちろん現場近くではそうだろうね。 でも、ここからならどう?」 シンジは手元のパネルを操作して、第三新東京市を含む立体地図を映し出した。 そしてシンジはその地点を指し示す。 「…なるほど。ここからならあまり心配しなくても良いね。 でもエヴァに当てずに、確実に使徒の腕だけとなるとそれほど離れられないよ」 「うん。だからあの地帯にいるのは、実時間で4秒位にしてほしいんだ」 シンジからの更なる指示。 「それまでの移動時間を考えると、僕でもギリギリだね」 「うん。他のパイロットには無理な気がするからね」 「僕がシンジ君の役に立てるなら喜んでやってあげるよ。 …僕だってこの世界を同じようにしたくないからね」 「ありがとう、カヲル君」 「父さんの頼みを断れるはずも無いしね」 カヲルは茶化しながらだが、シンジの事を父親と呼んだ。 血を分けた実の親子というわけではないが、彼等を知る者達にそう言ってきた事も事実であった。 シンジもカヲルの世話をした事があるだけに、父親と呼ばれる事に対して、今はあまり違和感を感じていない。 父親という偶像を良く知っているという訳でもないが。 「またそんな事を言って…」 そう言いながら、シンジはカヲルの頭を軽く小突く。雰囲気は既に親子のじゃれ合いであった。 ここが普通の家であれば文句も無いが、軍の司令室である事を考えると似つかわしくない事この上無い。 「…所で、サキエルの様子はどうだい?」 一通りのスキンシップが済むと、カヲルは現状をシンジに聞く。 先ほどまでと違い、その表情と声は真剣そのものである。 「その事なんだけどね…ちょっとこれを見て」 そう言って、今度は画面にサキエルの立体全身像を二体映し出した。 基本的なシルエットに違いは見られないが、部分的に限れば幾つか違いが確認できる。 「右が前回戦ったときの。…左が今回のサキエル」 「成る程ね。そう自己進化したんだ」 画像の下に表れた数値を比べながらカヲルは感想を述べた。 「前は白兵部隊やミサイルなどの攻撃を受けた後での自己進化だったからね、攻守共に能力が上がっていたんだ。 でも、今回は一撃目がNN機雷だった。サキエルの進化も防御に特化されたんだろう」 そこに弾き出されていた数値は、前回のモノに比べ三割近く強固になっている。 その代わり、光線を撃つという行為が今のところ確認されていない事から、光線は使えないだろうという判断を下していた。接近攻撃に関しては前回と変わりないという事と共に。 「その事をネルフには教えたのかい?」 「いや、外観情報と弱点だけはね。それ以外の情報を教える事は出来ない」 「それもそうだろうね。下手に勘ぐられる可能性もあるし」 「きちんと発足するまでは、下手な情報は漏らさないほうがいい。 それほど時間は掛からないと思うけど」 いくらこの時のために結成したとしても、あくまで今は非公開の部隊。 数々の規制がのし掛かる。 「取り敢えず、機体の準備をしておくよ」 しばらくの間の後に、カヲルの言葉。 「無茶は駄目だよ」 「分かっているよ。 …ふふっ。碇シンジ君、君はこの僕が華麗に助けてあげるよ…」 目に見えない重圧など気にもとめていない様に感じられるほど普段通りの口調。 内容に怪しい雰囲気があれども、それを見慣れた者にとっては突っ込む事もない。 そのまま、カヲルはその部屋を後にする。
再び一人になるシンジ。 カヲルを送り出したときの微笑ましい笑顔と違い、その表情はこれまでになく険しかった。 「…やはりカヲル君も無理してるな」 つい漏れる本音。 カヲルを今まで育ててきた親である自分には、彼の心境が手に取るように分かっていた。 そして、子供を戦いの場に置かなければならない親としての苦しみも… 我知らず握りしめた手が蒼白になっている事に気付くのはかなり先の事である。
第三新東京市上空 アスカを隊長とした航空隊は、サキエルとの接触を既に終えていた。 「ホント、硬いわね…」 一応積んできた近距離AAMはもう意味を成していない。一応という事だけだったので、持ってきた量も二発分だけだが。 その撃ち出されなかったもう一つは、帰還するまでこのままなのだろう。 「“干渉弾”を使ってみるわよ。 私の合図時に、敵正面を捉えていた者は打ち込んで。そうでない者は見送って。 駆動時間は15秒に設定。発射誤差許容は2秒!」 『『『了解』』』 アスカ率いる航空隊はそのまま散開し、サキエルの正面を捉える事のできる針路を取る。 「発射!!」 全体の3分の2程の機体から、サキエルに向かって弾が飛ぶ。 今までの情報では、その正面に展開されるA.T.フィールドにより直撃する弾は皆無であった。 今回も、アスカの備え付けた観測器にくっきりと測定できるほどのATFを張っていた。流石に肉眼でその存在は確認できなかったが。 だがこの弾は、伊達に干渉弾という名が付けられた訳ではないらしい。 弾がフィールドに接触するやいなや、早速名前の如く干渉変化が起こったのだ。 近くで目を凝らして見ていれば、その表面が揺らいだのが分かったかもしれない。 さながら陽炎の如くに。 「成果は?」 先ほど参加していなかった機体に向け聞く。 『発射数15、突破数は4。直撃弾は3。 ダメージは分かりません』 「…分かったわ。これから何度か繰り返すから、そのつもりで。 それから分かってると思うけど、あんな敵に撃墜されんじゃないわよ。 今回は残念ながら、ネルフがこの敵を倒すそう。私達はその支援と言う事を忘れないで」 アスカは全機にそう伝える。 「取り敢えずは、敵の気を引く事。 上手い具合にさっきの攻撃で、注意がこっちに来ているからこの場で少しでも時間を稼いで」 『『『了解』』』 振りまわす腕や突然伸ばされるパイルをアスカ率いる航空隊は全員巧みにかわしていく。 そして効果がないと分かっている機銃を使い、使徒の気をそれに向けさせていた。 (ATF突破率が3分の1以下…か。単体使用には適さないわね… 質量弾に組み込もうと考えていたけど無理かしら) アスカは使徒の周りを飛びながら、一方でそんな事を考えていた。 「2回目、いくわよ。 設定はさっきと一緒、良いわね…」 そう皆に送っておいて、自分は使徒と対峙できるようにループを描く。隊員達は、アスカの機体の動きと連動するように自機を操っていく。 「発射!」 アスカを筆頭に、今度はほぼ全員が使徒に向かい、干渉弾を発射する事に成功した。 手を突き出した状態の使徒にそれらは吸い込まれていく。
バシィィ…!!
が次の瞬間、使徒は己の光のパイルでもって迫り来るその弾の一部をはたき落とした。 少なくとも、これにより紅球に当たるルートの弾は全て無くなってしまった事になる。 「…!」 『泣きっ面に蜂』とはよく言ったもの。 不運とは連続して起こるものなのだろう。 アスカ達が乗っているものは戦闘機であるため、急激な方向転換は無理。どうしても弧を描く軌道になってしまうのは仕方がない。 突き出される光り輝くパイル。 使徒の正面を至近距離で捉える様にしていたが為、アスカの旋回ルート上にそのパイルが急速に伸び迫った。 それこそ、『串刺し』と言えるタイミングである。 アスカの機体に一瞬電気が走った様に見えた直後、その軌跡とサキエルのパイルとが交じり合った…
見知らぬ天井<前編>に続く...... |