第1話:第1話:使徒襲来<後編>(碇シンジサイド)
『久しぶりだな』 上から見下ろすような位置にいるゲンドウ。 シンジ達の方からは逆光のためか、その表情を確認する事は難しいが、それが彼の父親である事はすぐに理解できた。 「と、父さん」 シンジは父親に向かって叫ぶ。が、それ以上の言葉が続かない。 彼の表情からは、喜びと怒りが目まぐるしく渦巻いているようにも感じられる。 『シンジ。私が今から言う事をよく聞け。 それはお前が乗るのだ。 そしてこれから来る敵、“使徒”と戦うのだ』 「な…」 ゲンドウの位置からシンジは離れているせいか、彼に現在のシンジの状況を詳しく知る手段はない。 少なくとも現状に付いていけず、唖然としているのが分かるくらいだ。 「待ってください、司令!」 そのやり取りの中に、ミサトが割り込む。 「レイでさえ、シンクロするのに7ヶ月もかかったんですよ。 今日来たばかりの彼には、とても無理です!」 ミサトの言葉に一瞬反応するシンジ。しかし、それに気づく者はいなかった。 『座っていればいい、それ以上は今は望まん』 「でもっ…」 「葛城一尉! 今は使徒撃退が最優先事項よ」 なおも食い下がろうとするミサトを止めたのはリツコであった。 半ば興奮気味にあるミサトを落ち着かすように説明していく。 「あの敵にはエヴァでしか勝てない。 そのためには僅かでもシンクロ可能な人を乗せるしかないの」 「……」 ミサトは頭の血が引いたのか、それ以上食って掛かるような事はなかった。 「さ…シンジ君。こっちへ来て」 「…なんで僕なの…どうして僕なのさ!」 シンジは上方を向いて叫ぶ。その視線の先にはゲンドウがいた。 『他の人には無理だからな。 お前以外の者では動かす事もできん』 「だからって!」 シンジの反対。 無理もない、呼ばれて来たとたん、目の前の人造人間だかに乗り込んで戦わされる目にあっているのだから。 “使徒”とか言う敵をまだ彼は見ていない。 そのため、彼の脳裏に浮かんだのは、かつて見たロボット物アニメのやられ役の怪獣であったのだが。 『総員、第一種戦闘配置…繰り返す、総員第一種戦闘配置…』 辺りに嫌な音が響き渡った。 苦痛を受けるという類ではないが、精神は確実に強張ってしまう。 『お前が乗らなければ人類全てが死滅する事になる。 人類存亡はお前の肩に掛かっているのだ』 「でもっ!」 『説明をそこの二人から受けろ。あまり時間はない』 「無理だよ!今までこんなもの聞いた事もないのに… 呼び付けておいて、いきなり戦えだなんて…無茶苦茶だ!」 シンジの叫びで、その場は静まり返る。 シンジを見ている誰もが、彼に声を掛ける事はしない…出来ないでいた。 『…そうか、わかった。 人類の存亡を掛けた戦いに、お前のような臆病者はいらん。 無駄な死が増えるだけだ…』 ゲンドウは手元のパネルを操作し、発令所に繋げる。 『冬月、レイを乗せる』 簡素な一言。 『戦闘に耐えられないのではないのかね?』 冬月はそう返す。先ほどレイは戦闘が無理だという話をしたばかりだからだ。 『分かっている。しかし、時間がない』 有無を言わさないゲンドウ。 『…何を言っても無駄だろう。分かった、今から連れて行く』 ゲンドウと冬月のやり取りは、ゲイジにいる者たちにも聞こえていた。 正確にはゲンドウが聞こえるように回線を開いていたのだ。 「初号機のシステムをレイに書き換えて」 リツコは近くにいる作業員に向かい指示を出す。 「……」 そんな状況でも、シンジは自分から行動を起こす事はない。 視線は自分の父親の方を向いてはいるが、それに視線と言えるほどの意志はない。目に光が入っている、と言った方が近いだろう。
自分たちが入ってきた方向とは別の入口が開き、医者の一団を引き連れて移動式ベッドが入ってきた。 横になっているのは、シンジと同じ年頃の少女。 意識は十分にあるみたいだが、全身の包帯などの治療跡が痛々しい。 「レ、レイ!?」 それを視界の片隅で捉えていたシンジは周りの予想外の行動に出た。 ゲンドウやリツコ、ミサトよりも先に反応したのだ。 「どうしてレイがここにいるの? それにこんな非道い怪我、いつの間に?」 話しかけられた少女を始め、上から見ていたゲンドウ、彼の側にいたリツコやミサト、少女に付いていた医師団も唖然としている。 しかし、明らかに気が動転しているシンジは、周りの状況には気が付いていない。 その行動はまるで、友達の大怪我を聞いて慌ててやって来た、そんな風にみえた。 「…あなた、誰?」 シンジの忙しない言葉に返事を返す少女。今度は逆にシンジの動きが止まる。 「え?シンジだけど、覚えて…ないの?」 「知らないわ」 無碍に否定されるシンジ。取り付く島もなしとは、まさにこの事である。 「シンジ君?なぜ彼女の事… 綾波レイを知っているの?」 漸く再起動したリツコが、シンジに向かい質問する。 レイの存在自体が機密であるため、当然の事であった。 事と次第によっては、少年自身やネルフ全体の洗い直しが必要となる。 「あ、綾波…ですか?すみません、人違いだったようです。 …本当、よく似ていたんだけどなぁ。 勝手に間違えて迷惑だったよね、本当にごめん」 最初の言葉はリツコに、真ん中が独り言で最後はベッドにいるレイという少女に向かっての言葉である。 「…問題ないわ」 レイからはそんな言葉が返ってくる。 『レイ、乗れるな?』 ゲンドウの一言。ここで「戦えるな」とは言っていない。 「はい…大丈夫です」 レイも、それに答える。「戦え」はしないが「乗る」事は出来たからだ。 「そんな身体で戦いに行くなんて無理だよ!」 「他に乗れる人がいないもの」 「え?」 自分が言った事に間違いは無い。あの怪我では戦う事はおろか、日常生活にさえ満足にはこなせないかも知れない。 だが、その弁護の後には、本人からの否定。 シンジは先ほど自分が乗るのを拒否したからだと思い当たった。 「…シンジ君。私たちはあなたを必要としているの。 それに、あなたが乗ってくれれば彼女はこんな無理をしなくて済むわ」 ミサトはシンジにそう声を掛ける。 こういう言い回しを使う事によって、シンジの逃げ道を塞いでいる事も承知の上で。 心の中では、既にシンジに向かって土下座をして謝っている。 「…分かった、僕が乗るよ」 シンジはそう言う。ミサト達に言ったのではなく、独言にそれは近い。 「よく言ってくれたわ、シンジ君。説明するから、こっちに来て頂戴」 リツコはシンジを自分の方に呼ぶ。 シンジの決断によって、レイはすぐに病室へと移されていく。 ゲンドウの姿は、シンジの所からでは既に確認できない。ただ、先ほどまでいた所にはいない事だけは、はっきりしていた。 リツコに先導されているシンジは、別の場所に行く前に一言呟く。 この言葉が、自ら決断した理由なのだろう。 「…先生に言われたんだ。『今できる事は全てやっておく事、それが生きる事だ』って」 たとえ、その意味をまだ理解していないとは言っても…
NERV発令室 「現状は?」 シンジが去ってから、ミサトは急いでここへとやって来た。 少しでも少年が生き延びる事可能性を高くすることが、自分が出来るせめてもの罪滅ぼしだと思ったためだ。 それが自己満足の部類とは分かっていたとしても。 「戦略空自の部隊が気を引いてくれていますが、使徒にダメージはありません」 視線はモニターを見たまま短髪の青年が答える。 「エヴァの方は?」 「…凄いわね。 シンジ君の方も最初以外は平然としている…」 それがリツコの返答。何かに見入っているときに発せられたような、そんな声。 「シンクロ誤差0.3%以内よ、いけるわ」 それを聞いたミサトはリツコに向かって頷く。 「エヴァンゲリオン初号機、発進準備!」
『第一第二拘束具除去』 『1番から15番までの安全装置解除』 『内部電源…』 エントリープラグの中にいるシンジは平然としていた。 ただ、彼の内面も既に落ち着いているかと言えば、全くそうではない。 LCLという呼吸の出来る水とはいえ、足下から水が溜まってくる恐怖。 エヴァとの接続時に起こった感覚。 (え〜と、え〜と、え〜と…) 驚く・慌てるという思考さえ結びつかないほど混乱しているのだ。 結局、射出口でエヴァが発射されるまでこの思考状態のまま過ぎていった。
再びNERV発令室 「碇司令、構いませんね?」 「もちろんだ。 使徒を倒さぬ限り、我々に未来は無い」 ミサトは、自分の後ろに控えるゲンドウに向かい確認を取る。 彼の口元は手で見えず、ミサトからは動いた気配を感じない。しかし、使徒に対する意志だけはしっかりと感じ取る事ができた。 「発進!!」
「くっ…!」 一気に上から押しつぶされるような力が掛かる。 周りが液体でさえこれほどの衝撃が来るのだ、生身でそれをする勇気は微塵もない。 終着地点に到達するまで僅か数秒。 だが、シンジにはそれが数分とも思えてくる。このままショック死するのではないかという考えも頭によぎった。 そして、今度は下から突き上げてくる衝撃。 (うぅ…いたたた… …あぁ、すごい!) その衝撃が和らいだ後シンジの目に入ってきたのは、第三新東京市のパノラマ風景。 使徒と呼ばれる敵もまだ市内には入ってはいない。 『いいわね、シンジ君。 あまり時間はないけれど、使徒が来るまでに少しでもエヴァに慣れて頂戴』 「は、はいっ」 『最終安全装置解除! エヴァンゲリオン初号機、リフト・オフ!』 ミサトの号令の元、エヴァの肩を拘束していたものが外された。 シンジはいきなり支えが無くなった事に、驚きの表情をみせる。 『シンジ君、がんばって』 使徒とエヴァが接触するまでの約三分間。 このたった三分が、シンジに与えられたせめてもの猶予時間となった。
見知らぬ天井<前編>に続く...... |