〜街〜
−1
「ふぅーふぅーー・・・寒い・・」
手に吹きかける息が白い。
陽が落ちて、街に明かりが燈った。
暖かな光がなくなると同時に、昼間隠れていた身を切るような風が吹いている。
少しは暖かみを増した両手を頬へと押し付ける。
あまりの寒さに朦朧としていた意識をなんとか結び付けてみた。
ああ、そういえば迷子になってたんだ。
酷く自虐的に物言いがたちのぼった。
あの時―――艦長の声を聞いた途端、テンカワさんを突き飛ばし、駆け出していた。
「ルリちゃん!!」
引き止める声に立ち止まれず、追い掛けてきた2人から半ば逃げる形。
そして気が付いた時には見知らぬ街の中・・・。
あたしを探す声も、いつからか聞こえなくなっていた。
結局、見知らぬ街で迷子。
ついさっきまで、逆に2人を探していた。
「テンカワさん?」
「うん?」
・・・違う・・
「人違いでした。すいません」
何度謝ったんだろう・・覚えてない・・
テンカワさんは、今日はどんな服を? 後ろ姿は・・・・・思い出せない・・
結局・・あっちこっち走り回って、得たものは空虚感と空腹だけ。
もう、テンカワさんの顔も思い出せない。
あの喜んでくれた笑顔も・・・いつも観ているはずの不安げな顔でさえ。
・・どうして?
自問しても答えは出ない。誰も答えてくれない。
恋を覚えたあたしの心がこんなに曖昧で脆いなんて・・
もしかしたらあの夢は、好きになってはいけない警告だったのかも。
道行く人があたしを見てる。路地の片隅で動けなくなってるあたしを。
不思議そうに・・・なぜ動こうとしないんだ?
違うんです。動けないんです。
やめよう、言っても、説明したって無駄・・・
ポゥッ
・・あっ、今、テンカワさんの顔が・・
走馬灯?
テンカワさん・・そんな悲しい顔をしないでください・・・もう一度、笑って・・。
ふふっ・・
さようならは言いません。生まれ変わったら・・・もう一度・・出会えますよね?
もしも、本当に神様なんて存在するんだったら、
お 願 い
・ ・ ・
し ま す
「ルリちゃぁーーーん!!」
テ・・ン・・カワさん・・・の声? また・・・幻? ・・・いや、幻聴?
・・・・・・それとも・・お迎えかもしれません。
あたしがこのままいなくなったら・・・みんなはどう思うでしょうか?
戦争が嫌で逃げた・・・なんて思われる・・のかな。
テンカワさんは?
・・・・・・きっと、あたしの気持ちも知らないで『仲間』・・として悲しんでくれる・・
いつまでも鈍感なテン・・最後ぐらい呼び捨てでもいいですよね?
・・・アキト・・さんの・・・・・・
「アキトのバカヤロォー!・・・!!」
ふう、すっきりした。
「ルリちゃん!?」
「はい?」
・・・・・・・・・
「探したんだよっ!」
・・・・・・
「早くナデシコにっ、みんな心配してるんだ」
・・・
「・・・?」
・・・
「ルリちゃん・・?」
・・・
「あっ・・!! ちょっ・・」
思わず、“また”逃げ出してしまった。
テンカワさんは・・追い駆けてこない。
・・・見失ってくれた?
飛び出したのは寂しい通り、誰もいない。
さっきの自分の行動があたしを複雑な気持ちにさせる。
何度振り向いても、やっぱり誰もいない通りだった・・・。
−2
手ごろな段差をみつけ、そこを身の置き場にする。
「・・・」
長い間、なにをするでもなくうずくまっていた。
相変わらず風は冷たかったが、気にはならない。
それよりも大きなことが、あたしの胸を包み込んでいたから・・。
今日は楽しかったのに・・
どこがどうなってこうなったのか・・・。
少しだけ、泣いてみた。
「うっううっ・・ぅぅ」
少しだけのつもりが止まろうとしない。
悲しみを流してくれるはずが、どんどんあたしの胸を圧迫して情けなさが込み上げてくる。
「うっ、うっ、ぅお、あぁぁあああ"あ"!」
泣かないで・・泣いちゃダメ・・
すでにあたしの体は、あたしの言うことを聞いてくれない。
楽しい思い出と情けなさが同時にあたしを襲った。
泣いてるのか笑っているのか、それ自体も分別出来ない。
これを、狂ったと呼ぶのかな。
「ふっ、う"っ・・はぁはぁ・・」
吐き気でその場に倒れ込む。
喉の奥が熱い。一度飲み込むがすぐさまは戻した。
もう嫌!
なにもかも投げ出しそうになった時、一風変わった一団が現われた。
奇声を上げながらあたしを次々と横切っていく。
テールランプの光が洪水のように吐き出され、奔流を創る。
けたたましい音が飢えた獣のようにうねりを上げ、突き進む。
暴走族!?
あたしは独特の雰囲気とパワーに圧倒され、立ち尽くしてしまう。
やがて、その中の一台があたしの前でブレーキを踏んだ。
「今は集会中、俺達は楽しくやってんだ。泣いてる女子供は消えな」
首をしゃくって角を指差す。
光の乱反射で顔は見えないけど、シルエットは髪を振り払う姿が凄く様になってる。
「おい! 聞いてるのかっ?」
「今、泣き止みました・・・見てちゃいけませんか?」
怖いはずなのに、知らないものへの興味がそれに勝ちました。
このまま、暫くは綺麗なパレードを見ていたかった。
「まあいいけどよ」
即答して、あたしの問い掛けを鼻で笑う。
無理に追い返す気はないみたい。
「ン? えらく汚れているな」
言われて自分の格好を確認してみる。
暴走族の人が言う通り、折角のドレスもボロボロ。帽子もどこかでなくしていた。
また、目頭が熱くなる。
「訳アリ・・・か?」
続いた言葉に小さく頷く。出そうなものをグッと我慢する。
「そうか・・来るか?」
差し伸べられた力強い手。
帰る場所を見失ったあたしには、魅惑的な誘いだった。
断る理由も見つからない。
ソッ―――少し抱け躊躇して、誘いの手に手を重ね合せる。
引き寄せられ、軽々とリアシートへ運ばれてしまう。
いいのか。問い掛けるような視線に大きく頷きました。
出すものはもうない。
「しっかり掴まってろよ」
言うなりエンジンが吠える。
充分暖まったのを確認して発進。
「ヒャッホー!!」
脳が、縦に・横に振られる感じ。
体が軽くなって、掴まることしか考えられない。
疾風(かぜ)があたしの背負っていたものを吹き飛ばしていく。
スピードが光を飲み込んで幻想的ななにかを創り出す。
視界が狭まり、前しか見えない。
この時、あたしは確かに光の奔流の一部になっていた。
−3
「おいっ、マスター! 風呂の用意だっ!!」
「おうっ!」
答えて腕を捲し上げたのは、小柄で人の良さそうな老人でした。
「着替えもちゃんと用意してやれよ」
「分かってるっ、てよ」
癖のある口調で答えると、店の奥へと消えていく。
ここは暴走族の溜まり場のような場所。
あたしの体調を心配して、早く切り上げてくれました。
まだ人数はあまりいないけど、少しすれば一杯になるそうです。
「コーヒー、飲むだロ?」
「あっ、はい・・・!? ケホケホッ」
手渡されたカップは、ギリギリまでコーヒーが注がれている。
こぼさないように啜ると、予想以上に熱くてむせちゃった。
「カッハッハッハ、見てろよ」
笑いながら一気に流し込む。
そして舌を出して、なんともないとあたしをからかう。
「知ってる人に似てるのに、性格は大違いですね」
知ってる人とはアカツキさん。
この人はアカツキさんを一回り若くしたって感じかな。
「似てる奴がいる? けど、俺の方が男前だロ?」
「う〜ん・・」
ちょっと考えてるフリすると、
「そんな悩むことじゃないって、絶対俺々」
自己主張してきて、なんだかカワイイ。
だけど・・・
「どうした?」
「いえ・・・」
名前も知らない人に親切にしてもらうのは、やっぱり抵抗がある。
しかも、話だってほんのちょっとしただけなのに・・簡単に信用していいの?
「ン? やっぱり家に戻るのか?」
怪訝な顔をしながらも、気を使ってくれてるみたい。
根は、きっといい人です。
「違います・・・・・・親切に・・どうもありがとうございます」
「あーあー、そんな堅苦しい礼なんていいから」
頭を下げたら、顔を見せずに手をヒラヒラと振って見せる。
お礼を言われるのは苦手かな?
そんなことを考えてると、折りも良くお風呂が沸いた合図。
「さっ、行ってきな」
「はい」
−4
チャプ・・
「どうだー、湯加減は?」
「丁度いいです」
「そうか、なにかあったら呼んでくれっ、とな」
「はい」
マスターと呼ばれた人の気配が遠ざかる。
「ふぅ」
口までお湯に浸かると、プクプクと泡を吐いてみる。
1人で入るには大きな湯船に身を任せ、体を芯から温める。
冷め切った体には少し熱いかな?
でも、寝てしまわないからこれぐらいで良かったかも。
今時、薪炊きなんてのも珍しい。
ここにはあたし1人。
監視するつもりはないみたい。
徐々に意識がはっきりしてきた。
逃げてしまったあたしに、帰る場所はもう・・・・・・ない。
明日にもナデシコは出発するだろう。
「・・・」
・・・もう関係ないか・・
いつも壊れるのにびくびくしてた罰かな。
もっとしたいことは一杯あったのに・・・。
「おい、嬢ちゃん。何があったかは知らねえが、人知れず死のうなんてことは考えるんじゃねえぞ」
突然の声。
もう少しでお風呂で溺れそうになるところでした。
「大丈夫だ。覗いたりなんかしてねえよ。酔い冷ましに風に当ろう、って寄っただけさ。・・・訳はやっぱり話す気にはならないのか? ここには俺しかいない」
もう一度、あたしの脳裏に同じ質問が繰り返される。
簡単に信用していいの?
「・・・逃げてきたんです」
振り切る為にも隠さず話すことにした。
それに、決して人を馬鹿にするようには見えなかったから。
「理由は?」
理由?
・・・艦長が仲良くするのを見たくなかったから・・少し頭を冷やそうって。
それで・・それで・・・・・
「分かりません」
一度は理由が付けれる。けど、二度目は・・
逢えて嬉しいとさえ思ったのに・・
「そうか・・・・・ところで、この街をどう思う?」
「えっ!?」
突飛というか変な質問。
あたしは返事に詰まってしまう。
「自然と共存なんて掲げて、人は減る一方。寂れた街だ。よそ者はみんな言う、『こんなとこ住む奴はろくな奴がいないだろう』ってな」
なぜか、軽く笑ってそんなことを話し出す。
「住む所なんて、関係ありません」
「ははっ、嬢ちゃんはそう言ってくれるか・・でもな、案外多いんだよなんの役に立ってるのか分からない奴がよ。仲間は街のせいにするけどな。じゃあいったいこの街は誰が造ったんだ? 誰がこうしたんだ? へっ、ここに住んでる人間さ。てめぇでやっといて気付いてねぇ!」
・・・
「おっと飛びすぎちまったな。まあ要は、なにかが嫌で逃げ出したんだロ? なら、自分のワガママだ」
自分のワガママ?
「それに変わってもらおうなんて考えちゃいけねえ。反対に影響を与えるぐらい自分を変えるのさ」
あっ!!
今、やっと分かりました。二度目の理由が。
あたしはテンカワさんに誰にでもみせるような優しさで接してほしくなかった。
つまりあたしのワガママ。
望むように成るまで、何度でも逃げるつもりだったんだ。
たぶん、きっかけを掴むために・・・。
あたしってバカですね。ほんっとバカ。
「まあ、俺が言ったら変だけどよ」
「あたし、・・・戻ります」
「・・そうか、邪魔したな」
「ありがとうございました」
本当に・・・。
「よく礼を言うんだな」
「すみません」
「ついでによく謝る」
豪快な笑い声。一気に場の雰囲気が和やかになる。
心まで迷子になっていたあたしを救ってくれました。
もう、迷ったりしません。
だって、目標が見つかったんですから。
−5
バイクのリアシートで縮こまってるあたし。
「送ってやるよ」
ナデシコまで送ってくれるそうです。
ほんと、お世話になりっぱなし。
しかも、ナデシコまでの道程。数千台のバイクの大パレード。
世間までお騒がせ、これが全部あたしのせいだから吃驚しちゃいます。
ナデシコのみんなもきっと驚くんじゃないでしょうか。
「そういや、まだ名前聞いてなかったよな!!」
狂暴な排気音に負けず劣らず大きい声。
あたしも叫びかえします。
「ホシノ、ホシノ・ルリです!!」
「ルリちゃんかぁ、よぉっし!!!」
「いっ、いくらなんでも飛ばしすぎです」
「えっ? なにか言った?」
「だぁ・かぁ・らぁ、安全運転してください!!!」
「もっと? 勇気あるねえ。ルリちゃんは」
「きゃっ!」
「それそれぇ!!!!」
「きゃーーー!!!」