機動戦艦ナデシコ(TV)ルリの休日
〜はじまりは「バカばっか」!?〜 〜ルリ休業中!!〜 〜ルリ休業中!!にぃ〜 〜街〜 〜想い〜




〜はじまりは「バカばっか」!?〜



−1

「もう! 何やってるのよっ!!」

エリナさんが声を荒げました。
何を怒っているのか、答えは簡単。
艦長が時間だというのにブリッジに就着してない、要は寝坊です。
居眠りの常習犯の艦長に寝坊なんて日常茶飯事。
だから誰も気兼ねしたりしないんですが、エリナさんだけは例外。
毎日毎日、飽きもせず説教ばかり。
聞いてるこっちは頭がおかしくなりそうです。

「だいたいあなた達がもっとしっかり・・」

ほら、今度は苛々のはけ口を私達に向けてきました。
航海の順調な時には艦長なんていなくても・・いや、むしろいないほうが静かでいいかも。
そんなに大切な仕事もあるとは思えませんし。


「あの艦長が時間守るわけねーだろ」
「そうそう♪」

不機嫌そうに髪をむしったリョーコさんに隣で相槌を打ったのはヒカルさん。
ちょうどエステバリスが故障中で、パイロット3人娘は暇を持て余してるみたいです。

「その甘さが艦長をよけいに増長させてるのよ!!」

エリナさんの話には一理あるかもしれませんが、確か最初から遅刻してたような・・・。

「甘さが艦長・・・甘さか艦長・・・花咲か艦長・・プックックッ」
「花咲か艦長? ちげーねーや、頭ん中で桜咲かして春爛漫ってか?」

エリナさんの言い分を受け流して、リョーコさんはたいして面白くないイズミさんのギャグに笑い出した。

「ちょっと聞いてるの!!」

ヒステリック女のダミ声、とでも言うんでしょうか。
黒板を引っ掻いたような・・・嫌な声です。
そんな声を聞いて、黙ってられるリョーコさんじゃありません。
こちらも声を張り上げて。

「あーうるせー。そんなに許せねえんだったらオメエが艦長しりゃいいだろ!」
「なれたらこんな苦労しないわよっ!!」
「もしそうなったら、あんたの下で働くのはゴメンだな」
「あら、真っ先に追い出してや・る・わ・よ! ああ、やってらんない!!」

やってられないのはこっちです。
コンパスや定規の飛び交うブリッジ、意地になって文房具(どこからだしたんだろう?)で空中戦やられては、仕事どころじゃない。

現在、戦闘警報発令中。エリナさん、逆に秩序を乱しているのはあなたです。


ヒカルさんが名付けたえんぴつ戦争の戦況はほぼ互角。
たいした戦力もないまま始まったので、なかなか終結しそうにありません。
それに・・

「いっけぇ〜!! 必殺ゲキガン・パンチぃ♪」

解説(?)に夢中なヒカルさんは止めさせる気もない様子ですし、イズミさんは次々と浮かんでくるギャグを書き残すのに忙しそう。
後ろではウリバタケさん主催の賭けが始まってるし・・はぁ。
だけど、ため息ばかりついていられません。
ちょっとこれは離れといたほうがいい様子。

「待ってなさい!!」
「そっちこそ、逃げるんじゃねえぞ!!」

2人同時に飛び出して行ったかと思うと、このままじゃ決着は無理だと判断したんでしょうか? それぞれ手に新たな武器を持って、わざわざブリッジに戻ってきました。
ちなみにリョーコさんは教員用の大きな三角定規セット。手裏剣みたいに投げて使用。
かたやエリナさんは・・

「イッツ、レインボー!」

掛け声と共に面白味のないブリッジに綺麗な虹、ガレージキット用のエアブラシ。
悲鳴を上げる間もなくリョーコさんが7色に染め上げられ、パントマイムにでてきそうなカラフルなペンキ人間に。

「・・・!!!」

そのペンキ人間が声にならない悲鳴を上げた。

「汚ねぇ!! 文房具じゃねえだろ!!」
「ホホホッ、絵の具が文房具ならこれも文房具!!!!」

いつから文房具だけって決まったの?
それに、エアブラシ・・しかもこんなに大きなのって、いくらなんでも反則。
ちょっとだけ、リョーコさんよりに世論は傾きました。
だけど、エリナさん気にせず勝ち誇った声で高笑い。
もう会長秘書どころか、キャラ棄ててますね。

「分かった? 私が最強、最強なのよ!!」

無茶苦茶な自分の言葉に酔いしれてる。
はっきりいって別人、キレちゃってます。当初の目的も忘れてますね。
なんだか、典型的な悪役。やられちゃえ。なんて思えてきます。


「ヒカル!! カラーボールあるだけ持ってこい!」
「は〜い、ヒカル二等兵いってまいりまぁ〜すぅ」

リョーコさんサイドが兵隊―――ヒカルさんを使ったことで、無関係な私達にも被害が及びそう。
エリナさんの眼鏡に叶う人物は、言うまでもありません。
その人の名はテン・・

「俺、起こしに行ってきます」

エリナさんが指名するよりも早く、身の危険を感じたテンカワさんはブリッジから、そそくさと逃げていきました。
いつも通り、付いて行き損ねた恋敵のアオイさんとメグミさんが同時にため息。
そんな場合じゃないと思うけど。


テンカワさんがいなくなると一気に好戦ムードは落ち着きました。
エリナさんもリョーコさんも顔を真っ赤にして反省。
ヒカルさんだけは物足りそうでしたけど・・・。
テンカワさんって凄いです。
いなくなるだけでこの戦争を終らせたんですから。
影の実力者、ってやつですね。

そうそう、非常識アニメの黄金式、場面が変わると背景は元どおりに。
そのなんとも都合のいい裏方役はゴートさん。
上司のしたことだからなにも言わないのか、それとも単に無口なだけなのか。
黙々とブリッジを清掃してます。
三角頭巾に古びたモップ。なかなか御似合いです。
ミナトさんに教えちゃお。


「ふわぁあ〜〜・・」

肘をついた私の向こうで誰かさんが大欠伸。
相手を変え、品を変え、また一層強くエリナさんがカンカン照ってます。
ゴートさん、ご愁傷様。


−2

うさぎのマーク―――艦長の居場所を知らせる発信機は、怒った顔のテンカワさんマークと一緒に現在北上中。
あと5秒でブリッジです。

5、4、3、2、1・・プシュッ!

「おはようございまぁ〜す!」

元気いっぱいの挨拶が、部屋いっぱいに響いた。
隣では起こしにいったテンカワさんが呆れてる。
能天気なところは変わりなく。
うさぎさん、・・・じゃなくて艦長の御出ましです。

「ユリカさん!! 30分も遅刻ですよっ!」
「はぁ〜い」

テンカワさんに起こしてもらう。そんな贅沢のあてつけに、嫌みったらしい忠告にさえ笑って手を振る始末。
まったく・・呆れてものも言えません。
もっとも、1人だけ先程から怒鳴り散らしている人もいたりしますが、それを予想して、耳栓まで用意した艦長には、まったくの無効果。
まあ、例え聞こえたとしても気にするような人じゃないですけど・・・ね。


「はぁ、もういいわ。でも明日からきっちりしてもらうから」

さすがに相転移エンジンのように、とはいかないもの。
エリナさんの説教パワーにも限界があるみたいです。
最後に念を押し、さっさとブリッジから出ていきました。同席するのも嫌みたい。
それを見て、艦長は勝利のヴィサイン。
今日も朝から得意満面です。

そんな艦長が、ニコニコ顔で私の顔を覗き込んできた。

「ル〜リちゃん。なにも異常ないよね?」

異常ですか?
ないよねって訊くところがうかがわしいですが、素知らぬ顔で思兼に確認、っと。

素早くコンソールに向き直って思兼とコンタクト。
そういえば朝の挨拶がまだでした。

《思兼、オハヨウ》
《オハヨウゴザイマス。ルリ》

お決まりの返し文句とは別に、思兼が表示した信号機には青信号。
異常無しです。
報告しようと顔を上げると、艦長の鼻先で異常発見。

「目が真っ赤」
「へ?」

間抜けな声で艦長が聞き返してくる。
でも、ホントに艦長の目はもの凄く赤くて、そう、うさぎみたいに・・

「いくらうさぎ年だからって、それはやり過ぎというものです。艦長」

ワァァ―――周りで喚声が上がりました。
私は思ったとおりを言っただけ、そんなに驚かなくていいのに。
だけど、私への注目は長くは続かない。

「ねえねえ、そんなことより・・」

テンカワさんが、裾にすがり付いた艦長を無視したのを皮切りに、いつのまにか話題の外へ外へと追いやられていく艦長。
どんな用事かは知りませんが、何か理由があって話し掛けてきたのは艦長のほうですから、面白いはずがありません。
隅っこでふつふつお経のような声を出して、怒りのパワーを充電中。
と、急にマイクを手に取りました。

「私の話を聞きなさぁーーい!!!」

あまりの音量にマイクが悲鳴を上げ、その場の視線は、隅の一角に集中する。
そこには明らかに怒ってるようにみえる艦長の姿。
額には青筋が立ち、目は煌々と赤い光をたたえている・・・。
一番側でアオイさんが採って食われそうな表情。
それを笑ったりなんて出来るはずありません。
下手に声を掛ければ呪われる、なんて思える不気味な光景です。

・・・

・・・ ・・・

・・・ ・・・ ・・・


「ねえアキト、私の話聞いてくれる?」

ピリピリした静かな時間に終止符を打ったのは、他でもない艦長でした。
その問いかけに、首を大きく縦に振るテンカワさん。
蕾が花開くように、一瞬にして笑顔。
ニッコリと笑って、

「アキト、だぁ〜いスキ」

艦長がアキトさんの首めがけて大ジャンプ。
アキトさん、よろけながらもしっかりと受けとめました。

いいな―――これが私とアキトさんだったら・・・って、なに想像してるんだろ、私。
バカバカバカ。


私の頭から変な虫を追い出したところで、周りを見渡すと、一部を除いては呆れかえってるようです。
はいはい、って感じで。
まあ、その光景は置いといて、ちょっと変だと思いませんか?
艦長もなにか言いたげですし、ここは艦長に訳を説明を・・あんたは出てこなくていいから。
後ろ姿が寂しそうな説明おばさん。
今度はこっちからお経が聞こえるかも、くわばらくわばら。
さて・・・

「私っていっつもルリちゃんにバカって言われるでしょう。艦長である私がそんなこと言われたら、他のみんなに示しが付かない。だから、バカって言われないように気を付けることにしたのっ!」

始まったばかり、話はまだまだ序盤だというのに、ほとんどの人はもういいってそっぽを向いて、それぞれの持ち場に戻っちゃいました。
私的なことだけに、聞くだけ無駄。
私だって、他に仕事があったら聞いたりしないんですが、生憎、暇。
それに、私の言葉が原因のようですから。

バカ

艦長だけじゃなくて全員に対して言ってるんですけどね。
私の口癖を艦長が気にしていたとは意外です。


「昨日徹夜して調べたら、バカって鹿を馬って言ったのが始まりなんだって、ということで、今日は動物園に行って、馬と鹿の違いを徹底的に調べちゃいましょう!!!」

なるほど。
昨日遅くまで調べ物をしていたから艦長は、寝不足であんなお化けになっちゃった訳ですね。
怪人ペケペケうさぎ・・なんちゃって。
ともかく、動物園に行こうという提案は、

「・・・ぉぉおおおーー!!!!」

周りの“バカばっか”の騒ぎようからすると、大賛成のよう。
どこからか、動物園について熱く語る人まで出てきて、ブリッジがまるで遠足を控えた子供たちの自慢大会に。

動物園って、子供の行く所じゃないんですか?
あぁ〜あ。

「バカばっか」

そんなことを心うちで皮肉りながら、私は私服に着替えてお気に入りのリュックを背中に行く気は満々。
電卓片手にプロスさんが考え直すように泣き崩れてますが、知ったこっちゃありません。
なんとなく分かるんです。

もう誰にもこの流れを止められない・・・

いざ、動物園へ・・・・・ルン♪


−3

動物園への入り口前。ひどく不釣り合いな一団が大きな円を作ってます。
そのちょうど真ん中にいるのはなぜか私。

だから嫌だったのに・・・

心の中で後悔。
もうどうにもなりません。
以前、ミナトさんが私の着る服について文句を言われたことがあったんです。
地味だとか数が少ないだの、好きなように言われ、私は気にもせず、ただ頷いていりだけ。
けど、

「ルリちゃんにだって似合う服の一つぐらい・・」

私を気遣ってか、テンカワさんがミナトさんの意見に横槍を差したら、ちょっと驚いた顔で「じゃあ探しましょう」って。
私が嫌がったから、その時は「そんなに嫌なら着るな」ってミナトさんが折れてくれたんですが・・・

「折角だからさ。ねっ?」

・・・卑怯です。
あんな顔で頼まれたら断りにくくなっちゃいます。
もごもごまごついてる間に・・・

「ルリちゃん、よく似合ってるよ」

テンカワさんが嬉しそうに声を掛けてきますが、私はちっとも嬉しくありません。
おかげで男性クルーにも女性クルーにもヤンヤヤンヤと騒ぎ立てられ、小さくなりたいのになることも出来ません。


「そういえばこれってアキトくんが考えたのよねぇ」
「じゃあこれがテンカワさんの好み!?」
「へぇー、熱血アニメが好きな割には少女趣味だな」
「え”っ?」

テンカワさんに当然の疑問。
慌てて否定してますが、防戦一方。明らかに不利です。
でも、テンカワさんのせいでこうなったんですから、ちょっといい気味。
「熱血アニメおたく、実は少女趣味!?」明日の艦内新聞のトップはこれで決まりですね。


「ところでさぁ、ホントのとこ、どうなの?」

ツンと突っぱねてると、不意にミナトさんが尋ねてきた。

「なにがですか?」
「服よ、ふ・く」

麦藁帽子と赤いサンダルに、テンカワさん好みのアニメに出てきそうなドレスのぽっちゃりした質感。
動きにくいこともないし・・

「悪くはないです」

テンカワさんを責める声がピタリと止んだ。
プロスさんが商売人の目で値踏みするように眺めてきます。

「あの・・?」
「ルリさん、女優を目指しませんか? あなたなら・・きっと! 今まで存在しえなかった素晴らしい女優になれますよ」

女優と聞いてみんなの見る目が変わる。

「じゃあ、そのうちにトップアイドル!? きゃー!!今のうちにサイン貰っておこうかな」
「アイドルものは儲かるからな。ウフフッ、フフフフフッ。俺の出番かも」
「その際は是非私にマネージャーを」
「それよりどうかな? ナデシコのマスコット・・なんて?」
「いいねえ」
「イメージアップはいいとして、下心が見え見えよ!!」
「いいじゃないですか、可愛いものはカワイイ。誰が見ても今のルリちゃんは・・」
「そんなこと分かってるわよ!!」
「ルリちゃぁ〜ん、あたし達、お友達だよねぇ?」
「あ”ーー!!」
「握手握手ぅ」

サインをねだられたり一方的に友達になられたりと、さあ大変。
と、どこか他人事に思っちゃうのは私の悪い癖?

早くも私の取り合いで入り口はパニック。
言っときますが女優なんてなるつもりはありませんから、勝手に盛り上がってくれても困っちゃいます。
どうして? それは・・・いいでしょっ、別に。

「女優なんて、しませんよ」

「−−−でさー」
「−−−だよねー」
「−−−そうそう」

聞いちゃいませんが、時間だけはどんどん過ぎていきました。
やがて、開園の時間が訪れる。
ジリリリリ・・ベルの音と共に動物園の中へのゲートが開く。
こう入り口で屯ってると邪魔、と思った矢先。
あっー・・という間に、ナデシコクルーの一団は消えてしまった。
案外、私のことなんて、どうでもいいみたい。
嬉しいような、ちょっともったいない気もしたりして。
う〜ん。

ところで、ポツンと1人置いてけぼりを食らった私。
他にすることはありませんから入場しようとしたところで、回れ右。

「私、子供料金です」

私にしっかりと握られたチケットには、くっきりと「大人」。
お金お金と騒ぐのなら、プロスさん、しっかりしてください。
私はまだ「小人」です。


−4

私は動物園にくるのは初めて。
ホウメイさんの話によると、檻の中で何も出来ない可哀相な動物達を眺めて楽しむ悪趣味な観光スポット、のはずだったんですが、どうやら違ったようです。
まず、この動物園には『檻』という物が存在しません。
あるのは動物園と外を区切る薄くて透明な壁ぐらい。
広い草原や森があって、動物と人が楽しくふれあえる楽園。
これなら「あんまり好きになれないね」って言ってたホウメイさんも気に入ってもらえそう。
なんだか、どこか懐かしい・・とにかくホッとする。

ホッと安心したところで、私の悩みです。
この頃、私、変なんです。
対して理由もないのに、気が付けば目でテンカワさんを追っている・・もちろんわざとじゃありません。
今のところ、仕事には支障は出てない。
けど、このままでは出ないとは言い切れません。
だから、意識してやめようと・・・。
そしたら、今度、原因は何なのか、なにがいけないのか、どうしてこうなるのか、頭がグルグル回り始める。
まるで麻薬の中毒症状のように、テンカワさんのことが頭から離れようとしない。
考えるとセンチメンタルっていうか、しんみり切なくなるんです。
そして、気が付いたら自分だけの世界。
己を見失っていく毎日に、私自身に答えを出す力がないなら相手に聞いてしまえ、打算的な考えが、私なりの打開策でした。

そして肝心のテンカワさんは、艦長以下女性クルーに囲まれる日々。
とてもじゃないけど、私には割って入ることなんて出来ません。
きっかけが掴めない。
そして、今も・・・。
どさくさに紛れて艦長と2人、くっついて入っていくところを見ました。
艦長と一緒ならすぐに見つけられる、そう思ってたんですけど・・

居ない。

見渡す限り山、川、谷。
こうなると広大な楽園が恨めしくも思えてきます。
いくらなんでも広すぎる。
テンカワさんのことは、早々と諦めることにしました。

で、こういうつまらない時は思兼と暇潰しをするんですが、今日は通信手段であるコミュニケが役に立ちません。

「抜け駆けはなしですよ!!」

テンカワさんの取り合いになるのは必至ですから、メグミさんの提案も悪くはなかったんですが・・・。
腕にあるのは非常用・受信のみのコミュニケ、なんだか貧相です。
これだと誰がなにをしているのかさっぱり分かりません。
先に雲隠れした方が勝ちなんです。
いとも簡単に、艦長にしてやられました。

−折角だからさ・・・
声を掛けてくれた時、少しでも期待した私が・・バカでした。

暇な一日になりそう。

「ふぅ」

最近めっきり増えてしまったため息を一つ。
天を仰ぐ。緑の照り返しが強く、太陽がさんさんと輝いていた。
気持ちのいいはずの暖かさが、湿っぽくて、うっとうしい。
まるで、わざわざ私を不機嫌にさせてるみたい。
・・・キッと睨み付ける。
でも、眩しすぎて輪郭も色もはっきり判別できない。
それが余計に私をイライラさせる。

思えばテンカワさんは私達の太陽なのかもしれない。
降り注ぐ光、遮るものがなければ全てに優しいぬくもりを与えてくれる。
すべての活力の源。
ただ、眩しすぎて、私はテンカワさんのことをよく知らない・・・・・。
知ろうとすればするほど、出会いたくない場面にぶつかってしまう。
大人の事情・・・、女の武器・・・、よく分かりません。
やっぱり私は、まだ、・・・・・。

立ち止まって考え事をしていた私は、焦点がないことに気が付きました。
太陽は先程の位置よりずいぶん上、光が一段と強くなってる。

にらめっこは私の勝ちですね。

スゥ〜、心の奥底から泡のように言葉が生まれ出た。
とってもつまらないのに元気が沸いてくる。
クスッ・・・不思議な気分。
こんなこと、今更悩んだってしょうがない。

・・・うん、決めた!

『ルリ休業』今からあたしは私じゃありません。
優等生には息抜きが必要です。

思いっきり風を切って小高い丘を駆け上がる。
太陽が「ガンバレ」って苦笑い。
後ろから押してくれてるような・・そんな、そんな気がします。




〜ルリ休業中!!〜



−1

疲れた・・・・・。

ちょっと走っただけなのに、もの凄く、疲れました。

誰のせい?

艦長のせいだ。
メグミさんのせいだ。
テンカワさんのせいだ。
こんなところにいるから・・・・・留守番すればよかった。

はぁ〜・・しんどいせいか、愚痴っぽくなってます。
下にある芝生がチクチク、肌を刺して痛い。
心なしか、ため息にも元気がありません。
元気があるといえば・・

グゥ〜

腹の減り具合を知らせる音だけ。
誰かに聞かれたら恥ずかしい音ですが、そんなこと気にしてられません。
ちょっと早いですがランチタイムにしましょう。

今日のお弁当は特別製、テンカワさんが健康を考えて作ってくれた。
なんだか、やけに嬉しい。

お弁当を開けると、やたら賑やかなおかず。
タコさんウィンナーにレタスの花畑。ご飯にはチャーハン。
デザートは・・・変なの。
なんだか食べるのが勿体ない。
食べる前に拝んどきましょう。

罰が当りませんように・・

ふざけて手を合わしていると、小さな犬が一匹寄ってきた。
おこぼれでも、と期待してやってきたのでしょうが、これはあなたのじゃなくてあたしのです。

「シッシッ」

どうやら、追い払っても無駄な模様、戻ってきます。
仕方なく、隠しながらコソコソと、しかも横目で注意しながら・・・。
何やってるんでしょう、あたし?
折角の楽しいランチタイムのはずだったのに・・

ダメだってば・・。
どうやって追い払うか頭を悩ましていると、首にぶら下げてある「チーズ」と彫られたレリーフが目に付きました。
この犬の名前でしょうか?

「チーズ?」

反応はありません。
どうやら視線の先・・お弁当のおかずの方が気になるみたい。
あたしの周り、というよりはお弁当を始点に行ったりきたり、そわそわしてる。
期待したって何も出てきませんよ。
ダメなものはダメです。

自身にもそう言い聞かせて、食べる。食べる。

「あ”っ!」

周りで、はしゃがれたので玉子焼きを落としてしまいました。
すかさず拾って食べる。
・・・素早い。
それから、お座りにオネダリポーズ、まだ貰えるつもりです。

「もう上げませんよ」

別に好きで上げた訳じゃないんですけどね。
このバカ犬が勝手に・・・。

返ってきた返事は見事に『ワン』。
本当に分かってるんでしょうか?

「ほしい?」
「ワン!」
「上げない」
「ワン!!」

一緒です。さらに大きく吠えるだけ。
まあ、無理に取ろうとはしないので、リクエスト通りに「上げない」で済ましちゃおっと。
一口、又一口と、食べるたびにチーズの首がうな垂れていく。
箸の先をずっと凝視してなにかを待ち受けてますが、そのなにかを掴んだ箸は毎回決まってあたしの口の中へ。

パクパク、モグモグ・・おいし♪


ふと、お弁当のおかずが寂しくなったら、なんでもないことを思い付いた。
すぐさま実行です。

「お手」

一度言っただけなのに、何度もあたしの右手に乗っけてきます。
でも、視線は常にお弁当。

「オカワリ」
「伏せ」

以外とお利口さんです。
次々と出す注文に間違いなくやってくれます。
あっ、別に上げるつもりになったとか、そういう訳じゃありません。
単に、お遊びです。
だって、もう最後の一口(後で訊くと、羊羹だそうです)をあたしが頬張ると、お辞儀をしてさも残念。
最後まで貰えると信じていたんでしょう。
ちょっとイジワル、かな?


−2

お弁当目当てだと思ってたんですが、あたしの後を追い掛けてきます。
まだ諦めてない? それとも遊んで欲しいだけ?
どっちにしろ、あたし1人の散歩道、道連れが出来ました。

道連れといえばもう1人。
さっきからあたしを尾けてる人がいます。
といっても、「尾けてる」というにはあまりにもお粗末。
隠れてるつもりなんでしょうが、足やら手やらが木々からはみ出してます。
まっ、殺気とかは感じられないので、刺客とかそういう分けじゃなさそうです。


「ワンワン」

おっと、チーズが早く行こうって呼んでる。
あたしが近づくと、せわしく走り回って喜んでるみたい。
置いてけぼりをくらっても、付かず離れず一定の距離を置いて付いて来る。
こうしてみると、案外カワイイかも。

お腹と共に気分も満腹です。
気分よく距離を置いて、撫でてあげようかと振り返った矢先。

ガブリ!

油断しました。
テンカワさんに選んでもらった靴が・・・。
うぅ・・前言撤回、人のサンダルにいきなり噛み付く犬がカワイイはずありません。

「クゥン・・」

怒った顔に、チーズは首を傾げてる。
人の気も知らないで・・・。

紐が風切り音を上げる。
入り口で貰った登山者用の命綱が、こんなとこで役に立つとは思ってもいませんでした。
当ったら結構・・いや、そんなもんじゃないかもしれませんが、噛み癖を治すにはこれぐらいしないと。
お灸を据えるってのも大切。

「お仕置きです」

チーズの前に仁王立ち。
先生のようで、ちょっとだけ偉くなった気分です。

「ウ"ゥゥゥ・・」

ヒュッ、鼻先で跳ね上がった紐に臆することもなく、前進してきます。
なかなか・・なんて感心してる場合じゃないですね。
手を抜いたら噛み付かれちゃいそう。

えいっ!

「キャウン!!」

当たっちゃった・・・。
チーズが逃げていきます
・・・・・・・・・
冗談だった、なんていい訳はしません。
けど、けど・・・。
これもいい訳ですね。

「・・・・・・・・・」
罪と罰。罪に罰はつきものです。
今のわたしのそれは、言いようのない寂しさでしょうか?
妙な罪悪感が胸に一杯です。

仕方なく、とぼとぼと1人歩きはじめる。
チーズが逃げて行った方角とは逆向きに・・・。


「よしよしぃ、ルリルリに苛められたのぉ?」

そう遠くない場所で声がした。
振り向くとチーズの尻尾が揺れてる。

「ミナトさん・・・」
「ふ〜ん・・機械と心を通じあわせるか弱い少女は、動物嫌いの女王様。かぁ」

チーズのお腹をさすりながら、平然と痛いところを突いてきます。
だけど、チーズに傷を負わしちゃったことは消しようもない事実。
こんなことで許されるとは思いませんが、

「チーズ、ゴメ・・」
「仲直りの方法、教えたげよっか?」
「えっ?」

ミナトさんの声に顔を上げると、普段にない厳しい口調。

「ルリルリが本当に心から謝る、ならね」

その表情には少しだけ侮蔑が含まれてるようでした。
ホントにつまらないことをしたみたいです。わたし。
でも、仲直りしたい、謝りたいという気持ちに嘘はありません。

「なんですか? 教えてください」

ジィ―――心を見透かすような視線。
ややあって、ミナトさんがつぐんでいた口を開きました。

「噛んでもらうのよ、あんたが。そしたら傷み分け」

なぜか嬉しそうにそう言ったミナトさんは、あたしの返事も待たず、チーズに「イケッ」の合図。
待ってましたとばかりに、もの凄いスピードで突進してくるチーズ。
牙を剥き出しにしたものが迫りくる感覚・・・怖い。
背筋に冷たいものを感じる。
でも、逃げちゃダメ。

逃げちゃダメです。

逃げちゃダメなんです・・・。

・・・・・・ダメ。

逃げたい衝動を必死に押し殺して、審判の刻を待ちます。
やがて・・・

「ヴァウワァ!!」

?!!!


−3

遊びつかれて休憩中。
落ち込んださっきと打って変わって、なんだかとっても気分がいい。
素直に噛まれようと決心した矢先。ホントに噛む気はなかったみたいで、はぁはぁぜぇぜぇ、鬼ごっこになっちゃいました。
安心したとはちょっと違いますが、追い掛け回されるのは楽しかった。

大き目の水筒を両手で一気に飲み干して、チーズにも御裾分け。
チーズは一度すくっただけ、グテっとしてる。
小さなチーズの体が丸くなって、さらに小さく見えます。
そんなチーズを手繰り寄せて、ミナトさんは広々とした芝生に寝転びました。
隣に座ってあたしも一息。
吠えられるかと思いましたが、首だけ膝の上・・・撫でてくれってことでしょうか?
申し訳の意味を込めて、出来る限り居心地がいいようにおでこの毛を丁寧に掻き分ける。

「フゥ〜ワ・・」

目を細めて、ホント、気持ち良さそう。
そして、お返しってわけじゃないと思いますが、舐め返してきます。
どうやら、許してくれたみたいです。
さっきは、ゴメンね。


ペロペロペロ・・・とにかくよく舐める犬です。手、顔、靴、何でも舐めます。
でも、嫌がったりはしません。
くすぐったくて・・・なんて言っていいのか分かりませんが、ともかく気持ちが良いんです。
しばらくして、舐めるのを止めたかと思うと、仰向けになってお腹を撫でてくれとオネダリ。
甘えん坊さんですね。


丈の高い草原で3人・・・いや2人と1匹かな。
並んで空を見上げると、

ヒューヒュルルルゥー

澄み切った青に点が一つ、鳥です。
蒼い奇麗な羽をはばたかせながらあたし達目掛けて急降下。
目の前まできてまた上昇。
1回、2回旋回して・・・!?・・なんでしょうか?
手に小さな木の実が飛び込んできた。
挨拶代わりに木の実を持ってきてくれたようです。
お礼に、あたしは持ってきた飴をポイッ。

ナイスキャッチ!

「クルルッ、ヒュー、ヒュー」

旋回のパターンが変わりました。
喜んでくれたってことなのかな?
なんだか嬉しくなっちゃいます。

その後も、あたしへ度々木の実を運んでくれる親切な鳥さん。
お返しの飴は、もうなくなっちゃいました。
運んでくれた木の実も、もう食べられません。
その余った木の実を目当てに他の動物達が寄ってきました。
一時間もすると周りには数十匹の動物で一杯。
さらに森の奥からいろんな音色が、フルート・トランペット・バイオリン? 小太鼓までいます。
動物達の音楽隊ってところですね。
近くまでくると虫達まで歌い出して、まるで小さなコンサート。
空では歌に合せて鳥が舞い、地上では小動物達が跳ね回る。
和やかだけどなんだか騒がしい。
ナデシコのみんなを思いだします。
これが自然の全てって訳じゃないけど、ほんの一部でも垣間見た気分。
時間に追われることなく生活していた、人間がまだ動物だった頃。
こんな光景がいたるところで見られたのでしょう。
意外と似た者同士かも。

そういえば・・・思い出したようにチーズに目をやると、だらしなく舌をたらして寝むってます。
こんな時にって感じですが、さっきまで走り回ってたんですからしょうがない。
つられてあたしも横になりました。
茂みに深く沈みこんで目をつぶる。
疲れがドッと押し寄せてきます。
音楽隊には悪いけど、周りの騒ぎは遠く、実感のないものになっちゃいました。
きっと、ちょっとの間は起こされても起きないでしょう。

ドックンドックン、近くにいる動物達のリズムの違う心臓の鼓動。
閉じた瞳から微かに差し込む、柔らかな太陽の光。
遊び疲れたあたし。鼻歌を口ずさむミナトさん。と、すべて眠気を誘う子守り歌。

スゥー・・スゥー・・

意識は夢の中、もう、寝ちゃいました。


−4

湧いて出たように隣に誰か座った、そんな感じがした。
しかも、あの人のことのように気になってしょうがない。

少しだけ・・・

誘惑に負けて、目を開いた。

「起こしちゃったかな? ルリちゃん、ゴメンね」
「えっ・・」

どうして? 声に出そうなのをやっと我慢しました。
そこには、まるであたしが起きてしまうのが分かっていたような、テンカワさんの悪戯っぽい笑顔。

「止めとこうかと思ったんだけどさ、その・・ちょっと近くで見たいかな。なんて」
「そんなっ・・」

近くで見たい―――これって、・・・。
あのっ、そんなこと・・言われたら恥ずかしいです、あたし。
自分でもおかしなぐらい動揺してるのが分かる。
真っ赤になってる。胸が詰まりそう。

「あのっ」

あ・・・れ?
目を逸らした隙に、テンカワさんは動物達の遊び相手になっていた。
でも、・・お似合いです。
戦争して、ピリピリしてるテンカワさんじゃない。
なんだか、いつも遠くに居るテンカワさんがずっと近くにいる・・・。
実際の距離だとかそんなんじゃなくて・・・。
コックもいいですけど、こういうテンカワさんも・・。

「跳ねちゃってるよ」
「ほえ?」

いつのまにか向き直っていたテンカワさんの声。
なんのことか分からず、大口開けてしまった。
そしたらもう一度、指差さして。

「髪の毛」
「髪?」

なぜか側にあった鏡を覗き込んだら、髪の毛の丈が2倍ぐらいに。
慌ててブラシで押さえつけてたら・・

「もしかしてルリちゃんってさ、俺の前だけ良い子してない?」

なんて言うんです。

「そんな事ありません!」

否定して怒った顔を見せても、テンカワさんは笑顔のまま。
それを見てると怒るのがバカらしくなっちゃいました。

「もうっ」
「冗談、ジョーダン」

誰もが許しちゃうような涼しげな笑み。
あたしを拗ねさせません。

「テンカワさん」
「うん? なに?」

あたしを見ずに声だけが返ってくる大きな背中。
今なら訊けそうな気がする・・・。

「あの、あたしのこと・・好・・」

訊くんなら、こっちのほうが先ですね。

「嫌いですか?」
「えっ・・・?」

あっ。

「いいですっ! ・・・別に・・」
訊いときながら、答えを待つのが怖くなった。
嫌いってはっきり言われそうで・・。
だから目を閉じてしまった。言葉もゴニョゴニョとしかならない。
途端に場面が、世界が崩壊していく。
すぐ側に感じられた気配がなくなり、替わりに使い慣れた座席の感触・・・。
再び目を開けた場所はナデシコのブリッジ。
その中央で、揉め事が起こっていました。

「離しなさいよっ!」
「そっちこそっ!!」

艦長とメグミさんがテンカワさんを引っ張り合って、綱引き状態。
近くを取り囲む野次馬の声が聞こえる。

「いい加減、観念したらどうだい?」
「そうそう、この際どっちかに決めちゃいなさいよ」
「ユリカちゃんかメグミちゃん・・」

その続きはもう聞こえない。聞きたくない!
どうして2人だけなんですか?
2人しかテンカワさんを好きになっちゃいけないんですか?
あたしはその中に入れないんですか?
どうして、どうして、どうして・・・。

「・・ルリ・・」

いやっ! こんなの信じない!

「・・ルリル・」

絶対、絶対違うんだっ!

「・・ルリルリ」

違う、違う、違うんだもんっ・・!!

「ルリルリ!!」

ゴン―――頭を殴られたような衝撃。
はっとして、通常の思考が戻ってくる。
あたしの名前?

「しっかり!!」

しっかり? ミナトさんの声?
だけど、この暗闇は・・・!?
あたし、目をつぶってるの?

「ルリルリってば!!」

揺すられる。押される。はたかれる。
外部からの衝撃で、ようやく目が開いた。

「ミナトさん、痛いですよ」
「ルリルリぃ!!!」

薄めを開いて、やっとそれだけ言った。
ミナトさんがまたあたしの名を呼んでる。
ここは・・動物園?
思考半分。まだ状況がはっきり把握できない。

「なんでミナトさんに叩かれてたんですか? あたし」
「えらくうなされてたから・・・」

うなされていた・・・つまりさっきのは夢?
テンカワさんにからかわれたのも、取り合いになってどちらか選ぶってのも・・。

「なぁに? いい夢だったのかなぁ?」
「えっ・・」
「ニヤけてる」

そうでしょうか?
あたしとしては、至極自然だと思うけど。
でも、そうかもしれません。
あれは夢だった―――そう思いたい気持ちはたくさんあります。

現実と空想の狭間。夢。
要因的には望んだものか、それとも外部からの・・・。
あれじゃあたしがテンカワさんが好きだっていってるようなものですし・・・。
あんなに動揺して傷つくのもおかしいし・・・。
ラブコメ、もとい少女漫画はごめんです。
だって・・

ピッ

なにか鳴りましたね。
機械音? ・・・いや、コミュニケの受信か。
半開きの眠たい目を擦って、小さな画面を覗き込む。
そこにはテンカワさんとイネスさんが映っていた。
!?
さっきの今だけあって、眠気が一気に吹き飛んでしまう。
音声がないので話の内容は分からない。
だけど、2人共真剣な顔付き。真面目な話をしてるみたい。

ズキリ

胸の奥が痛みを訴えた。
いつものざわめきが確かな痛みへと変わっていく。

そして、艦長との会話が脳裏をよぎった。

−ルリちゃんは、好きな人いる?
−いいえ
−そっかー。じゃあ、分からないね

あの時は確かにいなかった。
好きな人どころか気になる存在さえも・・・。
男の人の話ばかりする。そう思ってました。
あたしとはどこか違う。とも・・・。
今は・・・・・あれ? どうしてこんなこと考えるんだろう。

テンカワさんとイネスさん、2人を見てると嫉妬に似た感情が湧きあがっていた。
それがあたしの持ったことのない感情に対してなのか、テンカワさんに対してなのか・・。
もしかして・・はっきりとしない不安な気持ち。キュッと締め付けられるような心臓。

苦しい・・息が詰まりそう。

テンカワさんがイネスさんと別れ、1人歩きはじめた。
どこにいるか、大体検討は付く。
テンカワさんに会って、直接、この気持ちを確かめたい。
なぜかそんな気持ちがはっきりと浮き出ていた。

急いでリュックに手を掛ける。

スカッ彡

リュックを探す手は空しく空を切った。
振り返ると、ミナトさんが拗ねた目付きを向けてる。
右手にはあたしのリュック。

「返してください」

飛び掛かった手が擦り抜けた。

「アキトくんとこ行くの?」
「あたしがどこに行こうと、関係ありません」

ドキッとしながらも平静を装う。
だって、まだなんとも言えません。隠したりするつもりはないけど・・

「あっそ。チーズぅ」

リュックがミナトさんの手を離れました。

・・まさか・・

そのまさか、ミナトさんからリュックを貰い受けたチーズは一目散にダッシュ。
あの中にはいろいろ大切な物が・・・追い駆けないと。

近づくと決まって逃げ出す。
そして、あたしをからかう様に一定の間隔を置いて立ち止まる。
試しに石を投げつけてもチーズは警戒してさらに遠くに。まったくの逆効果。
どうやったら返してもらえるのでしょう?
頭を捻ってみてもなにも思い浮かびません。

「ワンワン!!」

遠くからチーズが嬉しそうに吠え立てます。
あっちは遊んでるつもりみたい。
結局、鬼ごっこに付き合うしかないんですね。


「待って!」

悪戯ワンちゃんを追い掛けるあたしの体に力がみなぎっている。
チーズを追い掛ける足も軽やか。
さっき充分走ったはずなのに・・・あたし、こんなに元気だったんですか?
たぶん、テンカワさんのお弁当のおかげです。

「ハッ、ハッ、ハッ」

チーズが立ち止まって息を切らしてます。

「チーズ・・・?」

声を掛けた途端を耳をピンと立てて逃げ出す。
どうやら先にバテタのはチーズの方。
逃げるスピードもかなり遅く感じる。舌での体温調節も間に合わない様子。

「エイッ!」

ほんの少しだけ早く、チーズの体を捕らえた。
後ろから抱え上げられて驚いたチーズの顔に、

「あはっ」

思わず吹き出しちゃいました。

悪戯をしたチーズからリュックを取りかえしてもらって・・・悪い子にはお仕置きです。
なぁーんてね♪
もうバカなことはしません。

フカフカ枕のチーズを抱えたまま仰向けに。ずいぶん時間が経ってたんですね。
太陽が首に悪いぐらい低い位置にある。山に掛かったオレンジ色の太陽。

「もう・・・夕方・・」

ボソッと呟いた拍子、側の茂みから黒い影が飛び出してきました。
物凄いスピードであたし達を飛び越えていく。
舞い散る葉っぱ、その隙間から微かに見てとれたのは暴れ馬とそれを必死に押さえようとしてる人の姿。

不意に人影が馬と離れた。
軽々とそれを弾き飛ばした馬はそのまま何処かへ消えていく。

ドウッ!!!

地面が揺れるような鈍い感触が辺り一面に響いた。
落下した物体には見覚えが・・・。

「アキトくん!!」

追い掛けてきたミナトさんが悲鳴を上げた横で、あたしはただ呆然としていた。




〜ルリ休業中!!にぃ〜



−1

緩やかな斜面で横たわっているテンカワさん。
悪い夢でも見ているのか、時々うなされてあたしを心配させますが、もう大丈夫。
大事にはならなかったようです。

医学なんてからっきしのあたしは、頭だけが空回り、声を掛けることしか・・。
そんな時、遠い場所から思兼が助けてくれた。
動物園に設置してある監視カメラをジャックして、ずっと見守ってくれた。
こっちからはなにも言えない。
そんな状況なのに必要としたデータを違いなく送ってくる。
半泣き状態でしっちゃかめっちゃか、なにをしていいのか分からないあたしをなだめて、励ましてくれた。

結果的に、一時的な呼吸困難と打ち身。
大騒ぎするほどのことじゃなかったんですが、怪我の経験が少ないあたしには一大事に思えたんです。

《慌てん坊》
《ルリの泣き虫》

次々とウィンドウが開き、あたしを囲んでいきます。
まさに言いたい放題。

《おっちょこちょい》
《せっかち》

「・・・・・・・・・」

監視カメラ発見・・・ケリィ!!

もう! 思兼のバカ。
・・・でも、
・・アリガトウ。


−2

今は眠っているだけ。安定した寝息が、さっき起こったことを忘れさせてくれる。
助けを呼びに行って、ミナトさんがいない今。
チョコンと座ったあたしの居場所―――近すぎず遠からず、テンカワさんをよく見渡せる位置。

「うぅ・・ん」

寝返りを打ったテンカワさんの手が触れた。

あっ・・・・・!!

驚きに忘れていた胸の高ぶりを覚える。
眠っている相手に顔を向けられないほど、気持ちだけが先走る。
側に居たい・・いや、触れていたい。

不思議な気分だった。
望んでいるのに、すぐに出来ることなのに、はばかられる。
考えただけで疲れるこの感じはやっぱり・・恋・・なの?

「うぅ〜ん」

テンカワさんの口から寝息以外の音が出た。
反射的に見てしまった唇に、信じられないほど意識を集中させてしまう。

キス

・・・あたしなんかじゃ迷惑でしょうか?

自分の唇をなぞってみた。
テンカワさんに比べればだいぶ小さい。
重ねれば総て包み込んでくれそう。いや、きっと受け止めてくれる。
もしかしたら、答えが出るかもしれない。
興味がない訳じゃない。
でも、その後は?

・・・変。
自分じゃないみたい。1人で舞い上がってる。
恋をなんてしない。強がってるあたしがいる。
それは嘘。

あたしをこんなに狂わせる感情。
これがなんなのか、あたしは知ってる。
いや、知らなければならない。
でも・・・
あたしに人として満足に恋愛が出来るの?
試験管の中で産まれ、遺伝子操作までされたあたしに・・


「ふわぁ〜・・」

気持ちが定まらないまま、あの人は目を覚ましてしまった。
様になってない寝ぼけた顔であたしを見つめる。

まだ、言えない・・

気の効いた言葉が見つからず、唇をかみ締めた。
悔しい。どうして・・

「うっ! うわー!!」

えっ?!

「怪物!!」

突然、それだけを言い残してテンカワさんは林の中へ。
なにかしたんでしょうか、あたし?
そりゃ木の葉などが頭に乗ってたりはしますが、怪物はないでしょう。
助けてあげたあたしに驚いて逃げ出した。というにはちょっとヒドイ反応です。
あたしの赤面ものの思考は、一気にしらけちゃいました。

数百メートル離れた樹の影でテンカワさんは隠れていた。
ガタガタ震えて、

「頼む! こっちにこないでくれっ」

だって。
なにと勘違いしてに脅えてるのかは知りませんが、ホント、頼りないです。

「来るなよぉ、頼むからさぁ〜」

はいはい、っと。
ふぅ・・・・・もっと驚かてあげましょうか?
あっ、いつもならこんなこと、考えたこともありません。ホントです。
でも、ここにきてあたしの本来のあるべき姿―――楽しく遊んで・・笑って・・泣いて、悪戯して怒られる。
今では忘れられがちな子供の心。
木々に囲まれて、押さえ付けられるものがなくなったら、そうした眠っていた・・・えっと・・・普段なら思い付かない・・・悪知恵・・みたいな・・・・・・なんでしょう?
今だけ・・少女です。それも悪戯好きの・・・♪


「WOH!」

テンカワさんに近寄り、動物的な奇声を上げると、テンカワさんが木の棒を振りかざした。

「くっ来るなら、こっ、こい!化け物め!! ったったっ、退治してやる!」

怪物の次は化け物、ですか。
せめて、

「はじめまして、森の妖精です」

ぐらいに呼んでほしいものです。

「森の妖精?」

聞き返した声に無視して、近づいていく。

「あっ、・・」

途端に弱気になって後ろずさるテンカワさん。

もう一歩。及び腰。
もう一歩。後ずさり。
もう一歩。足が震えてる。 もう一歩。もう一歩。もう一歩。
もう一歩。もう一歩。もう一歩。

ついに木の棒を放棄しました。
あたしよりよほど大きいテンカワさんの体が、カワイイ小猫のように縮んで震えています。
首は垂れ下がり手は頭の上、もはや戦闘意欲はありません。
やっと出た言葉は、

「そんなのいるはずがないっ!」

もういいかな?

悪戯っ子のあたしに自問します。
脳裏で笑いを堪えて頷く子供が・・いる。

「はい。その通りです」

覆い被さった木の枝の隙間から顔を突き出して、テンカワさんを安心させてあげます。

「・・・ ・・・ ・・・はぁ〜・・」

笑いと怒りを半分で割ったような顔付き。
髪の毛まで生気を抜かれたように、座り込んじゃいました。
そして、そのまま動こうとしません。
隣をキープしたあたしの存在も、目では見えているのに、意識してないみたい。

「吃驚した」「ヒドイ」何でもいいんです。とにかく、折角ここで2人きりになれた。
テンカワさんと言葉を交わしたい。

艦長はあんなに話掛けてる。
気持ちもくどいぐらいに伝えてる。
・・・あたしにだって少しくらい・・知る権利・・・あったって・・いい・・じゃないですか。

「ルリちゃん」

テンカワさんの声。あたしの名前を呼んでる。

「はい!」

勢いよく振り返った先にテンカワさんが―――あの人が調子が狂うなって、苦笑いしてる。

「もしも、・・・だけどさ・・さっきルリちゃん笑ってなかった?」

笑ってた?

「ホラ、俺がため息付いて座り込んでさ。その後」

えっと・・

記憶の糸を手繰り寄せて、少しずつ頭にあの時を描いてみる。

テンカワさんが座り込んで・・・隣に・・いや、その前のことだから・・・
もう1人の自分が笑いを噛み殺していた・・あの時?
じゃあ・・

「笑っていたかも・・いえ、きっと笑ってました」

答えた瞬間、激しい衝撃が駆け抜ける。
宙に浮いたと感じた時には、すでに引き寄せられていました。

「笑えたんだ。ルリちゃんは・・・・・やったー!!」

テンカワさんの腕が背中にあって、テンカワさんの胸に顔をうずめる格好。
・・・これって、抱きしめられてるってことですよね。

“笑った”という事実がそんなに嬉しかった?
チーズを捕まえた時も・・・吹き出したとは違うの?
そもそも、笑ったことぐらいあるような・・・
ううん。そんなの関係ない。

信じられない出来事に、浮かんでくるのは考えなくてもいいことばかり。
でも、今分かること。テンカワさんに抱きしめられている。
それがとっても嬉しいあたし。
目的もなく垂れ下がっていた両手に、自然と力が入ります。

「ルっ、ルリちゃん?」

困ったような驚いたような上ずった声。あたし、知りません。聞こえません。

いつまでも・・・・・ずっといっしょに・・・。

聞こえない振りをして、テンカワさんを感じながら願う。
そして、

「夢じゃありませんように・・」

あたしのワガママな呟きを聞き逃さず、テンカワさんは大きく頷いた。

「うん! 夢なんかじゃ・・夢なわけないさ」

表情が緩むのが自分でも分かる。
瞳を中心に朱に染まっていく。
なぜか涙が潤んだ。
潤みを誤魔化すためにさらに強く、強く押し付ける。

あったかぁぃ・・・・・

心臓の鼓動、ピッチは違ってもあたしと同じ、当たり前すぎることなのに、正直安心しました。
テンカワさんが優しく髪を撫でてくれる。
吐き出す息がくすぐったい。
一つ一つの動きがあたしを満たしていく。

テンカワさんテンカワさんテンカワさん・・

いつの間にか抱いてくれている人の名を延々と繰り返していました。
今まで満たされることのなかったあたしの欲求。処理できないほどに溢れてる。

テンカワさんテンカワさん・・

「アキトー、何してるの? ルリちゃん・・・?」





〜街〜



−1

「ふぅーふぅーー・・・寒い・・」

手に吹きかける息が白い。
陽が落ちて、街に明かりが燈った。
暖かな光がなくなると同時に、昼間隠れていた身を切るような風が吹いている。
少しは暖かみを増した両手を頬へと押し付ける。
あまりの寒さに朦朧としていた意識をなんとか結び付けてみた。

ああ、そういえば迷子になってたんだ。

酷く自虐的に物言いがたちのぼった。
あの時―――艦長の声を聞いた途端、テンカワさんを突き飛ばし、駆け出していた。

「ルリちゃん!!」

引き止める声に立ち止まれず、追い掛けてきた2人から半ば逃げる形。
そして気が付いた時には見知らぬ街の中・・・。
あたしを探す声も、いつからか聞こえなくなっていた。
結局、見知らぬ街で迷子。
ついさっきまで、逆に2人を探していた。

「テンカワさん?」
「うん?」

・・・違う・・

「人違いでした。すいません」

何度謝ったんだろう・・覚えてない・・
テンカワさんは、今日はどんな服を? 後ろ姿は・・・・・思い出せない・・

結局・・あっちこっち走り回って、得たものは空虚感と空腹だけ。
もう、テンカワさんの顔も思い出せない。
あの喜んでくれた笑顔も・・・いつも観ているはずの不安げな顔でさえ。

・・どうして?

自問しても答えは出ない。誰も答えてくれない。
恋を覚えたあたしの心がこんなに曖昧で脆いなんて・・
もしかしたらあの夢は、好きになってはいけない警告だったのかも。

道行く人があたしを見てる。路地の片隅で動けなくなってるあたしを。
不思議そうに・・・なぜ動こうとしないんだ?
違うんです。動けないんです。

やめよう、言っても、説明したって無駄・・・
















                           ポゥッ






・・あっ、今、テンカワさんの顔が・・
走馬灯?
テンカワさん・・そんな悲しい顔をしないでください・・・もう一度、笑って・・。


ふふっ・・


さようならは言いません。生まれ変わったら・・・もう一度・・出会えますよね?
もしも、本当に神様なんて存在するんだったら、


お 願 い ・ ・ ・ し ま す







































「ルリちゃぁーーーん!!」

テ・・ン・・カワさん・・・の声? また・・・幻? ・・・いや、幻聴?
・・・・・・それとも・・お迎えかもしれません。

あたしがこのままいなくなったら・・・みんなはどう思うでしょうか?
戦争が嫌で逃げた・・・なんて思われる・・のかな。
テンカワさんは?

・・・・・・きっと、あたしの気持ちも知らないで『仲間』・・として悲しんでくれる・・
いつまでも鈍感なテン・・最後ぐらい呼び捨てでもいいですよね?
・・・アキト・・さんの・・・・・・

「アキトのバカヤロォー!・・・!!」

ふう、すっきりした。

「ルリちゃん!?」
「はい?」



・・・・・・・・・




「探したんだよっ!」




・・・・・・










「早くナデシコにっ、みんな心配してるんだ」



・・・





「・・・?」

・・・

「ルリちゃん・・?」

・・・

「あっ・・!! ちょっ・・」

思わず、“また”逃げ出してしまった。
テンカワさんは・・追い駆けてこない。
・・・見失ってくれた?


飛び出したのは寂しい通り、誰もいない。
さっきの自分の行動があたしを複雑な気持ちにさせる。
何度振り向いても、やっぱり誰もいない通りだった・・・。


−2

手ごろな段差をみつけ、そこを身の置き場にする。

「・・・」

長い間、なにをするでもなくうずくまっていた。
相変わらず風は冷たかったが、気にはならない。
それよりも大きなことが、あたしの胸を包み込んでいたから・・。

今日は楽しかったのに・・
どこがどうなってこうなったのか・・・。
少しだけ、泣いてみた。

「うっううっ・・ぅぅ」

少しだけのつもりが止まろうとしない。
悲しみを流してくれるはずが、どんどんあたしの胸を圧迫して情けなさが込み上げてくる。

「うっ、うっ、ぅお、あぁぁあああ"あ"!」

泣かないで・・泣いちゃダメ・・
すでにあたしの体は、あたしの言うことを聞いてくれない。
楽しい思い出と情けなさが同時にあたしを襲った。
泣いてるのか笑っているのか、それ自体も分別出来ない。
これを、狂ったと呼ぶのかな。

「ふっ、う"っ・・はぁはぁ・・」

吐き気でその場に倒れ込む。
喉の奥が熱い。一度飲み込むがすぐさまは戻した。

もう嫌!

なにもかも投げ出しそうになった時、一風変わった一団が現われた。
奇声を上げながらあたしを次々と横切っていく。
テールランプの光が洪水のように吐き出され、奔流を創る。
けたたましい音が飢えた獣のようにうねりを上げ、突き進む。

暴走族!?

あたしは独特の雰囲気とパワーに圧倒され、立ち尽くしてしまう。
やがて、その中の一台があたしの前でブレーキを踏んだ。

「今は集会中、俺達は楽しくやってんだ。泣いてる女子供は消えな」

首をしゃくって角を指差す。
光の乱反射で顔は見えないけど、シルエットは髪を振り払う姿が凄く様になってる。

「おい! 聞いてるのかっ?」
「今、泣き止みました・・・見てちゃいけませんか?」

怖いはずなのに、知らないものへの興味がそれに勝ちました。
このまま、暫くは綺麗なパレードを見ていたかった。

「まあいいけどよ」

即答して、あたしの問い掛けを鼻で笑う。
無理に追い返す気はないみたい。

「ン? えらく汚れているな」

言われて自分の格好を確認してみる。
暴走族の人が言う通り、折角のドレスもボロボロ。帽子もどこかでなくしていた。
また、目頭が熱くなる。

「訳アリ・・・か?」

続いた言葉に小さく頷く。出そうなものをグッと我慢する。

「そうか・・来るか?」

差し伸べられた力強い手。
帰る場所を見失ったあたしには、魅惑的な誘いだった。
断る理由も見つからない。
ソッ―――少し抱け躊躇して、誘いの手に手を重ね合せる。
引き寄せられ、軽々とリアシートへ運ばれてしまう。
いいのか。問い掛けるような視線に大きく頷きました。
出すものはもうない。

「しっかり掴まってろよ」

言うなりエンジンが吠える。
充分暖まったのを確認して発進。

「ヒャッホー!!」

脳が、縦に・横に振られる感じ。
体が軽くなって、掴まることしか考えられない。
疾風(かぜ)があたしの背負っていたものを吹き飛ばしていく。
スピードが光を飲み込んで幻想的ななにかを創り出す。
視界が狭まり、前しか見えない。
この時、あたしは確かに光の奔流の一部になっていた。


−3

「おいっ、マスター! 風呂の用意だっ!!」
「おうっ!」

答えて腕を捲し上げたのは、小柄で人の良さそうな老人でした。

「着替えもちゃんと用意してやれよ」
「分かってるっ、てよ」

癖のある口調で答えると、店の奥へと消えていく。

ここは暴走族の溜まり場のような場所。
あたしの体調を心配して、早く切り上げてくれました。
まだ人数はあまりいないけど、少しすれば一杯になるそうです。

「コーヒー、飲むだロ?」
「あっ、はい・・・!? ケホケホッ」

手渡されたカップは、ギリギリまでコーヒーが注がれている。
こぼさないように啜ると、予想以上に熱くてむせちゃった。

「カッハッハッハ、見てろよ」

笑いながら一気に流し込む。
そして舌を出して、なんともないとあたしをからかう。

「知ってる人に似てるのに、性格は大違いですね」

知ってる人とはアカツキさん。
この人はアカツキさんを一回り若くしたって感じかな。

「似てる奴がいる? けど、俺の方が男前だロ?」
「う〜ん・・」

ちょっと考えてるフリすると、

「そんな悩むことじゃないって、絶対俺々」

自己主張してきて、なんだかカワイイ。
だけど・・・

「どうした?」
「いえ・・・」

名前も知らない人に親切にしてもらうのは、やっぱり抵抗がある。
しかも、話だってほんのちょっとしただけなのに・・簡単に信用していいの?

「ン? やっぱり家に戻るのか?」

怪訝な顔をしながらも、気を使ってくれてるみたい。
根は、きっといい人です。

「違います・・・・・・親切に・・どうもありがとうございます」
「あーあー、そんな堅苦しい礼なんていいから」

頭を下げたら、顔を見せずに手をヒラヒラと振って見せる。
お礼を言われるのは苦手かな?
そんなことを考えてると、折りも良くお風呂が沸いた合図。

「さっ、行ってきな」
「はい」


−4

チャプ・・

「どうだー、湯加減は?」
「丁度いいです」
「そうか、なにかあったら呼んでくれっ、とな」
「はい」

マスターと呼ばれた人の気配が遠ざかる。

「ふぅ」

口までお湯に浸かると、プクプクと泡を吐いてみる。
1人で入るには大きな湯船に身を任せ、体を芯から温める。
冷め切った体には少し熱いかな?
でも、寝てしまわないからこれぐらいで良かったかも。
今時、薪炊きなんてのも珍しい。

ここにはあたし1人。
監視するつもりはないみたい。
徐々に意識がはっきりしてきた。
逃げてしまったあたしに、帰る場所はもう・・・・・・ない。
明日にもナデシコは出発するだろう。

「・・・」

・・・もう関係ないか・・
いつも壊れるのにびくびくしてた罰かな。
もっとしたいことは一杯あったのに・・・。

「おい、嬢ちゃん。何があったかは知らねえが、人知れず死のうなんてことは考えるんじゃねえぞ」

突然の声。
もう少しでお風呂で溺れそうになるところでした。

「大丈夫だ。覗いたりなんかしてねえよ。酔い冷ましに風に当ろう、って寄っただけさ。・・・訳はやっぱり話す気にはならないのか? ここには俺しかいない」

もう一度、あたしの脳裏に同じ質問が繰り返される。
簡単に信用していいの?

「・・・逃げてきたんです」

振り切る為にも隠さず話すことにした。
それに、決して人を馬鹿にするようには見えなかったから。

「理由は?」

理由?
・・・艦長が仲良くするのを見たくなかったから・・少し頭を冷やそうって。
それで・・それで・・・・・

「分かりません」

一度は理由が付けれる。けど、二度目は・・
逢えて嬉しいとさえ思ったのに・・

「そうか・・・・・ところで、この街をどう思う?」
「えっ!?」

突飛というか変な質問。
あたしは返事に詰まってしまう。

「自然と共存なんて掲げて、人は減る一方。寂れた街だ。よそ者はみんな言う、『こんなとこ住む奴はろくな奴がいないだろう』ってな」

なぜか、軽く笑ってそんなことを話し出す。

「住む所なんて、関係ありません」
「ははっ、嬢ちゃんはそう言ってくれるか・・でもな、案外多いんだよなんの役に立ってるのか分からない奴がよ。仲間は街のせいにするけどな。じゃあいったいこの街は誰が造ったんだ? 誰がこうしたんだ? へっ、ここに住んでる人間さ。てめぇでやっといて気付いてねぇ!」

・・・

「おっと飛びすぎちまったな。まあ要は、なにかが嫌で逃げ出したんだロ? なら、自分のワガママだ」

自分のワガママ?

「それに変わってもらおうなんて考えちゃいけねえ。反対に影響を与えるぐらい自分を変えるのさ」

あっ!!
今、やっと分かりました。二度目の理由が。
あたしはテンカワさんに誰にでもみせるような優しさで接してほしくなかった。
つまりあたしのワガママ。
望むように成るまで、何度でも逃げるつもりだったんだ。
たぶん、きっかけを掴むために・・・。

あたしってバカですね。ほんっとバカ。

「まあ、俺が言ったら変だけどよ」
「あたし、・・・戻ります」
「・・そうか、邪魔したな」
「ありがとうございました」

本当に・・・。

「よく礼を言うんだな」
「すみません」
「ついでによく謝る」

豪快な笑い声。一気に場の雰囲気が和やかになる。
心まで迷子になっていたあたしを救ってくれました。
もう、迷ったりしません。
だって、目標が見つかったんですから。


−5

バイクのリアシートで縮こまってるあたし。

「送ってやるよ」

ナデシコまで送ってくれるそうです。
ほんと、お世話になりっぱなし。
しかも、ナデシコまでの道程。数千台のバイクの大パレード。
世間までお騒がせ、これが全部あたしのせいだから吃驚しちゃいます。
ナデシコのみんなもきっと驚くんじゃないでしょうか。


「そういや、まだ名前聞いてなかったよな!!」

狂暴な排気音に負けず劣らず大きい声。
あたしも叫びかえします。

「ホシノ、ホシノ・ルリです!!」
「ルリちゃんかぁ、よぉっし!!!」
「いっ、いくらなんでも飛ばしすぎです」
「えっ? なにか言った?」
「だぁ・かぁ・らぁ、安全運転してください!!!」
「もっと? 勇気あるねえ。ルリちゃんは」
「きゃっ!」
「それそれぇ!!!!」
「きゃーーー!!!」




〜想い〜



「ふーん、お風呂でのぼせた後、すぐにバイクで激走ねぇ・・患者としては最悪だわ」

イネスさんがカルテを片手にため息吐いた。
それもそのはず、あんなに無茶やったあたしのカルテなんですから。
さらにイネスさんの悩みの種はテンカワさん。

「ああ、別に気にしなくていいよ、今はしっかり休んだほうがいい」

って言うけれど、松葉杖では気にするなという方が無理です。
話では2度目に無理して転んじゃったみたい。
あの時艦長もその場にいたようで(あたしには見えていませんでしたが)、テンカワさんの怪我を優先して帰ったそうです。
おかげでメインクルーが2人も欠けて、大幅な戦力ダウン。
全部あたしのせいなんです。

まっ、気にするなということなので、ありがたい話です。

「ナデシコは?」
「今も戦ってるよ・・早く終んないのかなぁー。・・戦争。そしたら・・」
「そしたら?」

聞き返したら、急に真面目な顔になって、

「仕事がなくなって困るよなぁ」

真剣に悩んじゃってます。
呆れたらいいのか、頷いたらいいのか迷ってしまうシュチエーション。
だけど、戦争が終って平和だって思える日が来たら・・


「ルリちゃーーん! 助けてぇーー、思兼がいうこと聞いてくれないのぉー」

元気なコミュニケウィンドウが開きました。
区切りごとに大きくなってあたしより大きいぐらいです。

「ユリカ! おまっ、今日はルリちゃんなしでやってみせるって言ってただろうがっ!!」
「だってぇー、無理なんだもん!」
「じゃあ、俺がエステで出るから、ルリちゃんに仕事させんなよっ!!」
「アキトはダメぇーー!!! アキトは怪我してるんだよ!! アキトが死んじゃったら・・あたし・・」

あたしに構わず艦長は泣き出した。
なんだか拍子抜けするほど、変わってません。
テンカワさんのこととなるとまるで別人。

「・・・バカ」

「えっ!? ・・・・・・ともかくっ! ルリちゃんは休ませるんだ、分かったな!!」
「え”ぇーーー・・」
「もういい!!」

艦長を頭ごなしに怒鳴りつけ、強制的に通信を切ったテンカワさん。
一気に喋りすぎて息が切れてます。

「大変ですね」
「まあね。ルリちゃんは気にしちゃダメだよ」
「はい」

素直に返事して見送りました。
それからコソッと思兼を機動。
リョーコさん達が頑張ってるみたいですが、グラビィティーブラストを使えないと厳しい戦況ですね。
パターンが分かっていても数が多過ぎます。

「ル〜リ〜ちゃん!!」

あっ、テンカワさんにウィンドウを閉じられました。
確か出ていったのを確認したはずだけど・・・。

「コラ! ダメじゃないか」

出ていったフリ、ですか。
お見通しですね。テンカワさんには。

「ルリちゃんは休んでるんだ。・・・ホントに気にしちゃダメだからねっ!」
「はい」
「よしっ! いつものルリちゃんだ。さっきもバカって言ってたし・・・その方がルリちゃんらしいし・・・というか、そうじゃないとルリちゃんじゃないし・・俺はそういうルリちゃんが・・・好きだな・・・・・・・・・じゃっ! 行ってくるっ!! ホントーに、ユリカのことなんて気にしなくてもいいからねっ!!」
「・・・・・・・・・はい」
「絶対だよっ!」
「はい」

くどいぐらい繰り返すテンカワさん。

−俺はそういうルリちゃんが・・・好きだな・・・

妙な期待はしません。
あたしの答えは、『いつでも大好きです』。
いつか答えを貰いたい気持ちは変わりないけど。
テンカワさんの隣に立てるぐらいになったら・・
それまでにあたし、変わらなきゃ。
今はこれだけです。

「いってらっしゃい」
「うん、頑張るよルリちゃんの分もさ」

そう言って杖を持ち上げて見せるアキトさんの背中。
信じて待ってます。
彼が無事戻ってくることを・・・



そして、・・・長かった一日が終る・・
明日はどんな夢を見せてくれるのかな


FIN−







ATOGAKI

なんじゃこりゃーー!!(^^#)と怒られる方が居るかもしれません。
ルリちゃんがここまですると・・・って。
なんせ目的があやふやだからね。(休業の意味もたいしてなかったような・・)(^▽^;)
僕の実力不足は、想像もとい創造してください。

SSとしてはこれだけ長いと疲れちゃうかな?
そんなことを含めて、感想・指摘・誤字訂正等、気が付いたら気軽にメールください。
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でぇわ〜〜\(^0^)/