クロードとセリーヌは見つめ合う。
二人を見ているのは、空に浮かぶ月の光だけだった。
ざざぁん・・・
潮騒の音も、彼らの耳には届くまい。
波の音が無い今、穏やかな沈黙のみが、場を包む。
セリーヌはすうっと、クロードに寄り添う。クロードは少し戸惑いを見せるが、拒否するようなことはない。
たおやかな笑みを浮かべ、セリーヌはクロードの腕に、自分の手を絡ませる・・・。
「ねえ、クロード・・・」
ぎゅっと、抱きつかれた腕に力が込められるのを、クロードは感じていた。
「全てが終わったら・・・もう一度、この海を見に来ませんこと?」
彼女の特徴的な「お嬢様言葉」も、もう慣れてしまった。それほど、この旅は長かったのかも知れない。
その間に築かれた想いも、今では・・・
明日は、最後の決戦の日。
この二人だけではないだろう。それぞれの想いを胸にした「希望」達は、
月の光の下で各々の想いを語り合っているはずだった。
セリーヌの唇が、また、言葉を紡いだ。
「そう・・・今度は二人だけでね・・・・・・」
そしてセリーヌは、クロードの肩に自分の頭を押し付けるようにして、彼にしなだれかかった。
きっとクロードはわたくしの想いを受け入れてくれる・・・そんな想いが、セリーヌにはあったのだろう。
「・・・です・・・」
クロードが、何事かをつぶやいた。
「え?」
セリーヌは問い返す。
クロードは、言った。
「嫌です」
その言葉の意味を理解するのに、セリーヌは数秒を要した。
「・・・そんな、どうして・・・クロード・・・」
クロードは、わたくしを受け入れてくれないというの?
「わたくしでは・・・駄目なのですか?」
悲しみが突如、そして怒涛のように心を埋めていく。
余りに予想外のことに、セリーヌの瞳にはあっという間に熱いものが込み上げてきていた。
どうして・・・? どうしてっ!
突然突き放されたセリーヌ。
離れたくない、離されたくない・・・いつしか彼女はクロードに縋りつくような姿勢になっていた。
「どうして?」
その言葉が口を衝いて出る直前だった。
クロードは、いつもの優しい笑顔でセリーヌに囁いた。
「一度だけだなんて・・・嫌です」
「・・・・・・!」
それって・・・どういうことですの?
セリーヌの潤んだ瞳が、クロードにそう語り掛けていた。
「セリーヌさんとなら、僕は・・・何度も、海を見たい・・・」
何と陳腐なセリフなんだろう。クロードは思った。
笑われるかも知れない。でも、セリーヌさんは勇気を出して僕に告白してくれた。
ならば、僕も勇気を出さなければ・・・。
セリーヌは23歳。クロードより4つも年上の「大人の女性」だ。
こんなセリフは笑われても当然だろう。そう思っても不思議ではない。
だが・・・セリーヌは決して、彼を笑ったりはしなかった。
潤んだ瞳を輝かせ、頬を真っ赤に染め・・・恥ずかしげに俯いたのだ。
そんな反応は、逆にクロードを戸惑わせた。
(とてもじゃないけど・・・年上の女だなんて思えないな・・・)
初恋を告白した少女のような・・・そんな表情だった。
可愛い。とても可愛らしい。
クロードは、もしかしたら拒否されるかも、などという有り得ない可能性にも
思考を巡らせながらも、おずおずと腕を伸ばし・・・セリーヌの背に回した。
セリーヌはその温かさに、思わず身体を小さく震わせてしまう。
セリーヌは、真っ赤に染まった顔をクロードの胸に埋めた。
ああ、クロード・・・ありがとう・・・わたくしは、あなたが・・・。
お互いの体温を身体に感じ、奇妙なほどの安心感を覚えながら、二人は抱き合っていた。
クロードとセリーヌは見つめ合う。
二人を見ているのは、空に浮かぶ月の光だけだった。
ざざぁん・・・
潮騒の音も、彼らの耳には届くまい・・・・・・
(つづく)
(update 99/04/30)