スターオーシャン

■ラクア海岸の月光■

その8

作・グレイア(ユーロ)さま


 

>「ここまでなら…初めてじゃないんです……」

意外な事実が、クロードの口から聞かれた。

 

セリーヌは驚かされていた。

初めてじゃ、ない……?

戸惑いが顔にも示されていた。

「あら……そうですの? クロード、なかなかやりますわね…?」

だが、それをすぐに隠せるのがセリーヌだった。

クロードは童貞には違いなかった。だが、女を裸にするまでは行ったことがあるという。

これはどういうことなのだろう。あれこれと想像が浮かぶ。

「セリーヌさん、その……」

「聞いてあげますわよ……そのくらいなら、ね」

セリーヌの優しい笑みがこぼれた。

クロードの迷いを一蹴する微笑だった。

愛するセリーヌの前で、昔の女のことなど話すべきではないと思っていた。

「いいんですか?」

「ええ、構いませんわよ。今のクロードが、わたくしを愛してくれさえすればね……」

クロードは気まずそうにしていたが、その口を開くのだった。

「……旅を初めて少しのうちに、僕は、僕は…レナが好きになったんです…」

 

そう。旅を始めてすぐの頃。クロードは青い髪の美少女・レナに強烈に惹かれていた。

優しく、裏表のない性格。そして当初、クロードを「伝説の光の勇者様」と

思いこんでしまうという夢見がちなところも、クロードには好ましく思えた。

二人は急速に接近していた。

セリーヌが仲間になったのも、旅の相当初期である。確かにその頃から、二人の間には

介入し難い雰囲気があった。特にクロードの熱の入れようは、普通ではなかったような気がする。

今にして思えばの話にしか過ぎないのだが……クロードの言うことには思い当たることがたくさんあった。

だが……二人の仲は、突如として断絶したのだという。

クロードはレナのことが好きだった。そしてレナも、そんなクロードを少なからず思っていたのだ。

自然と、二人は恋人というに足る関係にまでなろうとしていた。

だが……レナはクロードを少なからず思ってはいたが、その気持ちはクロードほどには

盛り上がってはいなかったのだ――何故なら、レナは別の人を追いかけていたから。

皮肉なことに…そのレナの思い人は、今、クロードたちの旅に同行していた。

レナのたっての願いもあって。

 

「僕は焦りましたよ……レナだって、僕のことを好きだと言ってくれた…」

「……」

セリーヌは黙って聞いていた。

「レナと話す機会も減りました……それが凄く辛かったから、

一度、レナと二人だけになって…そこで、レナを抱き締めました…。

彼女は、抵抗しなかったんです。それが嬉しかった。

今日みたいに、月がきれいな夜でした。僕はそこで、レナと…レナと

初体験が出来ると確信したんです…。レナも、覚悟してるみたいでした。

少し緊張しているみたいでしたけど、衣服を脱がせていくことにも、レナは

抵抗しなかったんです」

クロードは、そこで悔しそうに顔を歪めた。

「僕も服を脱いで、レナの下着も脱がせて……そうしたら、レナは泣き出したんです…」

セリーヌは、クロードの胸に顔を埋めたまま、じっとその話を聞いていた。

「何て言ったと思いますか…? こんなに悔しいことは初めてだった。

レナは…『クロードよりディアスの方が好きだから、やめて』って言ったんですよ……!」

クロードの腕が強張る。海岸の砂を思い切り握り締めていたのだ。

ディアス――それは、レナの願いで加勢した、レナの幼馴染みの天才剣士だった。

そして――そう、レナの思い人でもあった。

「凄く悔しかったんです…。僕は、旅してる時は、表面上は、他のみんなに迷惑を

かけちゃいけないと思って、自分を殺して、我慢してました。でも、悔しさだけが溜まっていく

一方でしたよ。こんなこと、誰にも知られるわけにはいかなかったし…。

あの二人が話してるのを見るだけで、心がズキズキ痛むんです。

カッコ悪いし、早く忘れなきゃと思ってるのに、吹っ切らなければいけないのに、

悔しさと嫉妬だけが募って行って……凄く辛かったんです…」

そこでクロードは、言葉を切った。

一瞬の沈黙の後、また彼は喋り出した。

「セリーヌさん、気づいてましたか? あの時以来、僕とレナは、皆の前でしか

話をしてないんです。二人だけで話すことなんか、一回たりともないんですよ。

当然、皆の前での話しなんか、事務的なことばかりです。旅の予定とか、

必要な道具の買い出しのこととか…。表面上の付き合いしかなくなってしまったんです。

生きるか死ぬかの戦いをしているというのにですよ…」

クロードはそこで、やっと言葉を切った。

「はは……カッコ悪いですよね。こんなこと、セリーヌさんに言うなんて…」

セリーヌがそれを聞いて、おもむろに顔を上げた。

「ねえ、クロード……今でも、レナのことが…」

セリーヌが聞く。

「いえ……もう吹っ切ったつもりです。心の深層ではどうか、まだ分かりませんけどね…」

クロードが自嘲気味に笑いを浮かべた。

「嘘おっしゃい」

きっぱりと、セリーヌがそれを否定する。

「こんなに心が血塗れなのに、そんな強がりを言ってはいけませんわ……」

セリーヌが優しく語りかけ、微笑む。

全てを包み込む、セリーヌの深い愛。

まだクロードはレナの影を引きずっている。女としては、その影の中で

「好きだ」「愛している」と言われても、懐疑的になってしまうところだろう。

だが、セリーヌは違った。

セリーヌはその影を断ち切ってあげたいと思っていた。

それは必ず、クロードを救うことになる。

レナの影を断ち切ってしまえば、クロードを縛るものは何もない。

晴れてクロードは、自分の所に飛び込んでくることができる。

今は完全にクロードがセリーヌを見ることはないかもしれない。

だが障害のない二人の前では、クロードがセリーヌを愛するようになるのも

時間の問題だろう。

セリーヌには、どんな男も振り向くだけの魅力がある。

容姿も、性格も――そして性戯も。

 

「素敵な恋をしたのですね……」

セリーヌが笑う。微笑む。

「今度はわたくしともっと素敵な恋をしましょう……忘れられないくらい、熱くしてあげますわ……」

セリーヌは優しかった。まだレナを心に残しているクロードをも、そのまま愛するというのだ。

慈愛の深い美女だった。

「クロード……今からレナがしてくれなかったことを、わたくしがしてあげますわ……」

セリーヌはもう一度、クロードと唇を重ねた…。

 

月の光は、クロードを見つめるセリーヌの視線のように優しい……。

 

TO BE CONTINUED……

 

 

 

 


(update 99/08/01)