X指定小説大賞参加作(オリジナル)

■ライク ア シングル(12)■

作・大場愁一郎さま

 

 

 

「んん…」

 暗闇から抜け出るようにして眠りから覚め、薄目を開ける。どうやら朝が来たらしい。

…どぉしたんだろ、すっごい胸がドキドキしてる…。息もあがってて…なんかボーッとしてるなぁ…。熱っぽい、のかな…?

 そうだ、なんか…あれ、なんだっけな?今の今まで、もうとんでもない夢見てたような気がするんだけど…。

 えっと…えっと…。

 あれ?わー、なんか悔しいな、なんだっけ…?

…あぁダメだ、きれいさっぱり忘れちまった。起き抜けにもかかわらず、つい今しがたまで見てた夢を忘れちまうっての、よくあるだろ?痴呆の予兆じゃないって信じたいけど…あーくそぉ、本気で忘れた。なんだったかなー…マジでシャレになんない夢だったと思うんだけどなぁ…。

 でもホント、ドキドキしっぱなしだ。身体中なんか汗だくでべとべとになってる…。えっと…これは現実なのかな?まだ夢から抜け出せてないんじゃないだろうな?夢うつつ状態は夢うつつ状態で気持ちいいもんだけど…うんん…寝返り打って、枕に頬摺り…。

 ふむむ…ぽぉっとしてないで、ちょっと意識を確認してみるか…。夢の中でも自分は自分なんだけどさぁ…。

 えっと、まず名前。オレの名前は…大場愁一郎。二十五歳。

 県立の普通科高校で二年生の担任を受け持ってる。担当教科は英語。

 家族構成は親父とおふくろ、ねーちゃんの四人家族…だったんだけど、今は違う。

 どう違うんだって?じゃあ視界確認も兼ねて、家族紹介しようか?

 ほら…オレの枕元にパソコンラックがあるだろ?その上にアイマックがこぢんまり、と置かれてるよな?そそ、最新タイプのストロベリーカラーのやつ。それは一緒に住んでる里中の愛機だ。

 とかいって、今ではみんなしてインターネットに夢中になってんだけど?さすがにオレ達も二十五なんて歳だから取り合ってケンカなんてこたぁないけどね。もちろん里中が仕事の延長戦を持ち帰ったときは最優先だ。まぁ、里中の所有物なワケだから誰も文句言う筋合いなんてないんだけどさ。

…里中?里中ねぇ…。なんかひっかかるもんがあるな。

 で、あっち…ここは見ての通りでリビングなんだけど、その一番奥。部屋の隅に重そうな白いギターがあるだろ?ギブソンのレスポール・カスタムだけど、あれもまた一緒に住んでる涼子のヤツだ。

 涼子のやつ、年季が入ってるみたいでけっこう上手いんだよね。なんでも大学じゃ陸上の傍らでバンドやってたらしくって、それも相当のめり込んでたらしい。

 たまーにみんなで飲んだときにもさ、興が乗ったらアンプ通さないでコードで弾いたりしてくれる。歌の方は…まぁ、涼子はギター専門ってことで、ね。

…ふむ、涼子…?さっきの里中といい、なーんかひっかかるけど違和感があるな。夢に関係してそうなんだけど…。

 こっちにはこっちで…あ、オレの足元…ってゆうか布団のところにデスクがあるじゃん?シンプルな、ね。そこの上に山積みされてる文庫本…

 なんだよ、また増えてないか?寝ぼけ眼でもはっきりわかるくらい増えてるぞ?すぐキャパいっぱいになって売りに行くんだけど…倉敷ったらペース早すぎるからなぁ、みんなが読む前にどんどん持ってくし…

 え?あそっか、あの山のような文庫本は倉敷の読書趣味の顕れってやつだ。仕事帰りに古書街に寄ってさ、興味あるヤツを手当たり次第に買ってくるんだよね。

 みんなも読んでくださいね!って言ってくれるのは嬉しいんだけど、読んでる間にどんどん溜まっていって、気が付いたらいつのまにか売られてる、というのがいつものパターンだ。

 確かに部屋が狭くなるし、倉敷の所有物なんだから売りさばくのは自由なんだけど…オレ達にしてみればものすごいハイスピード循環なわけだから、ホントに読みたい本はキープかけておかないと後でガッカリ、ということになる。

 あ、倉敷か…?って、倉敷ともなんか違うような気がするなぁ。なんだっけなー、もうさっきの夢の内容、すぐそこまで来てると思うんだけどなぁ…?

 まぁいいか。で、倉敷のデスクの横にいっちょまえなオーディオセットがあって…そのまた横にあるCDラック。二、三百枚は余裕で収容可能なんだけど、ほとんどギッチギチで余裕ないだろ?

 あれの半分以上は我ら共同体の音楽担当にして…一応オレの彼女ということになっているみさきの私物であって…

 みさきっ!?

 そうだ、みさきがなんかすっごい関係してたぞ!?オレがさっきまで見てた夢には少なからずみさきが関わってた!!

 でも…あーだめだ!思い出せないっ。なんだったかなー、もうそこまで来てるのにっ!ええい、もうっ!

 とりあえずパジャマだけでも着替えるかなぁ、なんか汗でびちょびちょのままだから寒くなってきた…。

 よいしょ、と上体を起こす。ガリガリ頭をかいてリビングを見渡して…なんだよ駒沢のヤツしょおがねぇな、買ったばかりのドリキャス散らかしたままで…あれじゃあ踏んづけて壊して下さいって言ってるようなもんじゃないか…

 駒沢…?

 こまざわ…!?

 ちあきっ…!!

「思い出したぁ…!!」

 わ、わっ!思わず声出しちゃってるけど…そうだ、オレ夢の中で…

ごくんっ…。

 駒沢と…セックスしてたんだ。ラブホテルに行って、考えられないくらいメチャクチャなセックスを…。

 何度も何度も、まるでバカになったみたいにキスしたり…

 一緒に風呂に入ってフェラチオさせたり…

 ボルヴィック飲んだりして、色んな体位を試して…

 しまいにはパイズリ、シックスナイン、そして…中出し…っ。

 おいおいおい…どうなっちまってんだ、オレ?そんなに駒沢と…したいってのか?

 そうだ、みさきっ!みさきのことも思い出した!

 オレ、夢の中ではみさきと結婚までしてた…。で…オレと駒沢、みさきに嘘ついて不倫…になるんだよな?そんな関係になってたんだ。ふられた駒沢を慰めるのに、一夜だけってことで…思いつくこと全部試して、で…感じるままに、好きって告白しちゃったり…

 うわ…わ、わっ?ちょ、おいおい…?

…ごめん、変なことバラしちゃうけど、朝立ちが…なんて言えばいいのかな、本気立ち?になっちまったよ…。それに、ビクンて動いた弾みに気付いたんだけど…

 ごめん、ちょっと待ってくれよ…うわー、カッコわりぃ、夢精してませんよぉに…!

…ほ、よかった。夢精までしてなかった。でもトランクスの前、すっかりベトベトでヌルヌルだ。洗濯当番…確かオレだったよな?よかったぁ…自分のだけこっそり洗っとこ。こんなの、みんなの下着と一緒に洗うわけにいかないもんな。

 え?さっきから一緒に住んでるとか、みんなとかってのは何だって?うーん…どこから説明すればいいのかな…。

 なに?高校時代は知ってる?みさきとかについても知ってるって?そっか…じゃあ高校卒業してから、でいいかな?

「んん…愁一郎くん?」

「あ、みさき…おはよ。」

「おはよっ…愁一郎くんが一番なんて、珍しいね?」

「あはは、ちょっと目が開いちゃってさ…。」

 おっと、オレの隣で寝てたみさきが目を覚まして呼びかけてきた。まだカーテンも開けてないし、みんなも寝てるのがわかったからか慌てて声を潜めたりしてる。

 朝の挨拶は交わすけど、目が覚めた理由までは説明しない。適当にごまかすと、みさきはまだ眠いみたいだな、薄目でウトウトしてる。

 えっと、結局オレとみさきは…高校生活の終わり辺りから付き合い始めたんだ。まぁ特別仲が激変したってことはないんだけど、もっと気軽に二人連れになれたり、個人的に互いの家へ遊びに行ったり…なんてゆうかな、胸を張って彼氏がいる、彼女がいる、と言える関係にはなったんだ。まぁ、同じ大学に進んでからは…その、もう少し親密な仲にはなったけど?

 そんなオレ達の生活に重大な転機が訪れたのは、オレが教員採用試験を無事合格し、みさきがフィットネスクラブのインストラクターになってから…つまりは学生生活を終えて社会人になってからだ。

 オレ達は互いの両親公認で同棲生活に突入してたんだよね。適当なアパート借りてさ。

 で…けっこう早いうちだったな。みさきが連絡取り合ってミニ同窓会みたいなものを催したんだよ。そん時に参加した連中ってのが…みさきが特別親しくしてた同性の友達、里中雅美、桐山涼子、倉敷由香、駒沢智秋ってわけ。

 オレは実際その娘達とも親しくしてたし、格別の思い入れもあったから混ぜて欲しいな、なんて思ったんだけど…やっぱり女の子は女の子どうしで和気あいあいやったほうが盛り上がるだろうと思って、誘われても辞退しようって決めてたんだよね。

 だけどみさきがどうしても!って言うから嬉し半分、戸惑い半分で参加して…そしたらあの連中、メチャクチャ驚いてたな。スペシャルゲスト!とか、同棲してんだよ、とか紹介するたびに嬉しそうに拍手したり、悔しそうにみさきをボコしたりさっ。

 その時にはもうみんなも大学や高校卒業して、マジメに働いてた。

 里中は建築デザイナー…かいつまんで言うとオシャレな家を設計する仕事をやってる。その系統の専門学校に進んで建築士の資格も取ってたりと相変わらずの才女だ。

 迫力あるバストなんかも相変わらずだったし、背中まである髪も美しいまんまで…清楚なかわいらしさは年齢に比例してますます印象強くなってた。

 涼子は大学を出てからは警備保障会社に勤務してたりする。それも受付嬢なんかじゃなくて、本気のガードマンだ。いつのまに身につけたものか、柔道が実質初段、空手に至っては三段程度の腕前があるらしい。

 くせっ毛の髪は短めにまとめたままだったけど、薄茶色くブリーチかけてたのにはビックリした。ピアスも二つ三つと付けてたりしたけど、開けっぴろげな親しみやすさは少しも損なわれてなくって嬉しかったな。

 倉敷は大学の医学部を卒業後、公立の総合病院に勤務医としてお勤めしてる。まだまだ新米だけど、立派な内科のお医者さんってわけだ。

 倉敷も相変わらずちっちゃくてお淑やかだったけど、ファッションにはある程度気を使うようになっててかわいらしさが際だってたな。お化粧も上手になってて…こういっちゃなんだけど、さすがの倉敷も年頃の女性なんだよな、なんて感じたりした。

 駒沢は…高校卒業と同時に地元の市役所に就職が決まってたからとりたてて意外さはなかったけど、六、七年ぶりに会ったその時もヘアバンドで前髪持ち上げててデコオンナやってたし、ゲームのみならず色んな情報を仕入れてて話題の発生源になってたりと相変わらずだったなぁ。

 こいつの場合は昔っからミーハーなところがあったからファッションセンスにはさらに磨きがかかってて、それに負けないくらい話術も巧みになっててさ、オレもその時は一番おしゃべりしてたんじゃないかな?

 えっと…どこまで話してたんだっけ?あ、そっか。重大な転機ってヤツだな。

 で、それからオレ達のアパートで二次会ってことになったんだよ。みんなそこそこに酒が回っててさ、けっこうハイになってたんじゃないかな。

 誰が言い出しっぺだったかはもう覚えてないけど…いや、四人して屈託したように言ったんだったかな?いわく、みさきばかり大場くんを独り占めしてずるい!と。

 あいつらみーんな酔っぱらっててさ、さっきの通りで口火を切ったのは誰だったか覚えてないけど、誘爆するように四人とも告白しちゃったんだよな…その、惚気るわけじゃないけど、オレの事が好きだって…。

 もちろんめいめい年頃なワケだから、オレじゃない誰かと付き合ってた、ってヤツもいた。まぁ、誰とは言わないけど男ができなかったってヤツもいたけどな…。

 でまぁ…オレもみさきと付き合ってたわけだから?これはマズイって言ったんだよ。なのに…確かこれは駒沢だったな、だったらみんなで共同生活しようよ!なんて言い出して。その意見に涼子はともかく、里中や倉敷まで賛同しちゃってさ…。

 みんなで金を出し合うってことになれば、確かに生活環境は良くなるし賑やかで楽しくもなるだろう。でもオレとみさきの関係は進展が遅れるであろう事は目に見えてた。

 それでもみさきは自分達の関係に自信を持ってるのか、オレを信用してるのか…戸惑うオレにも余裕の表情で誘いかけ、結局郊外のマンションでの六人共同生活が始まったってわけだ。みんなの両親もオレを信じてるのか、ただの甲斐性なしと見なしてるのか…娘のボディーガードをよろしく、とか言って励ましてくれたりもしたっけ。

 ところでこの共同生活の中ではいくつかのルールが決められてるんだよね。

 家賃や光熱費、水道代に電話代は六人で折半ってことになってるし、炊事、洗濯、掃除なども当番表を決めて順番にやることになってる。

 その当番表なんだけどさぁ…誰が決めたのかは知んないけど…その、これは自慢でもなんでもないんだぞ?この状況を説明するためにあえて打ち明けるんだかんな?

 えっと…なんか知んないけど、オレと一緒に寝れる順番…なんてのも決められたんだよな。え?そうそう、ひとつのベッドに二人で寝る、その順番。

 ある日オレが仕事から帰ってきたら、今夜からこうなるんで、とか言って一方的に決められてたんだ。オレ達の住んでるマンションは2L+DKなんだけど、ちゃ〜んと一部屋がオレ専用ってことであてがわれててね。

 え?ハーレム状態だなって?そんなわけないだろ、一緒に寝れるからって、毎晩毎晩相手できるわけでもないよっ!なんか雰囲気的には…あいつら、オレの身体が目当てで決めたみたいだけどね。狭い室内を有効利用するため、とかなんとか言ってたけど…。

 どういう相談でこうなったのかはわかんないけど、月曜日がみさき、火曜日が倉敷、水曜日が里中、木曜日が涼子、金曜日が駒沢…というようなローテーションになってる。

 夕べのように土曜日は布団をリビングに運び込んでみんなで寝る、ってことになってるんだ。日曜日は全員休日なので、土曜の夜はちょっとした修学旅行気分だ。

 で、日曜の晩にようやくオレのプライベートな夜が与えられる。運が良いのか悪いのか、この日曜の晩だけが唯一の休息の晩になることだってあるんだよな…。平日は全員相手して、土曜は夜明かしで休む間がない、なんてこともあったりして…って、自慢なんかじゃないんだかんなっ!!一週間どころか一ヶ月なにもない、なんてこともあるんだからっ!こっちがしたくてもあっちがその気じゃなかったり、女の子の日だったりするんだから返って精神的には不衛生だよっ!

「…ちろぉくん、ね、愁一郎くんってば…。」

「え、あ…どした、みさき?」

 うむむ、変な夢のせいで意識確認が現状確認にまで発展してた…。みさきに呼ばれてるのも気付かなかったぞ?相変わらず横になったままでウトウトしてるみたいだけど…みさき、どしたんだろ?ずっと呼んでたのかな?

「…チャキちゃん、いないね?」

「え…あれ?あ、そういえばいないな。オレの横にいたはずなのに…」

「あ!見てぇ、愁一郎くん!ユッカったらいつのまに…」

「…ありゃりゃ、いつ割り込んできたんだろ?」

 確かにみさきの言うとおり、リビングに並べられた六つの布団から駒沢の姿が見えなくなってる。確か夕べはオレの右側で寝てたはずなのに…?

 それにあらためて見てみると、オレの左隣は確かみさきだったんだけど、みさきの向こうにいたはずの倉敷がオレ達の間に小さな身体を割り込ませてる。倉敷のことだから夜中に起きてそのまま間違えて入ってきたんだと思うけど…ちゃあんとオレの方を向いてすぅすぅ寝息を立ててるのなんか、意外としたたかだなぁって思っちゃう。

 みさきの向こう、オレの左側一番端では里中が寝相良く仰向けに眠ってる。手入れに余念のない黒髪は小さなリボンで束ね、前に持ってきたまま少しも寝乱れていない。

 余裕たっぷりのバストの上で、なだらかに隆起した布団が寝息にあわせて上下してたりするんだけど…うーん、思わず悪戯したくなりそうだ。

 もっとも、そんな悪戯なんかしなくても里中ってけっこう…っと、これは言うと里中に怒られちまうな。ごめん、今のナシ!忘れること!いいね!?

 逆にオレの右側では、駒沢がいたはずの空間を挟んで涼子が…こいつぁまたすごいな、足は掛け布団からはみ出てるし、おまけに枕にうつぶせてよだれまで垂らしてたりする。百年の恋も冷めるようなあられもない寝姿だけど、無邪気にくうくう眠ってる姿は涼子によく似合ってて、どうにも憎めない。ホントに気持ちよさそうに寝てるよなぁ…。

 あんまり見てられなくってティッシュで拭ってやると、うんん…とか言いながら色気も素っ気もないTブラ姿を仰向ける。寝返りを打ってなお目を覚まさない涼子は髪も短く、胸も発育が芳しくなく…見た目では里中と対称的だ。

 まぁ誰に軍配を上げるというわけでもないけど?それぞれに魅力的な部分があるワケだし、涼子は特に…って、えーい!なんでこの口は余計なことまでしゃべりたがるかなぁ!?

ぶるるっ…。

…っと、汗ばんだパジャマそのままだったから冷えちゃったみたい。寝直すにしても、ここはひとまず用を足してからにしよう。時間はまだ午前六時に少し前。いましばらく朝寝してても問題ないだろう。朝食当番は里中だったはずだから安心して寝てられる。寝付けないようなら早めに起きて里中を手伝うってのもいい。

「みさき、もう少し寝てようぜ?オレもトイレ行ってから寝直すよ…」

「うん…ふぁああ…じゃ、おやすみぃ…」

とか言って再び目を閉じるみさき。自分達の間に割り込んできてた倉敷を追い出すでもなく、寒くしないように抱き込んで布団をかけ直したりするところがメチャクチャ微笑ましい。みさきのこんなところが大好きなんだよなぁ…。おっと、これは惚気になっちまうな。

 とにかくトイレトイレっ…と。ドアを開けてフローリングの冷たい床を歩くだけでもひしひしと尿意が押し寄せてくる。夕べはけっこう冷えたもんな…。

 あ、もしかして駒沢もトイレなのかも…って思った矢先、水を流してる音が聞こえてきた。やっぱそうだったんだな。ほら、トイレの照明も薄暗い廊下にほのかな光を運んできてるし。

ガチャ…。

「あ…」

「よ…おはよ。」

 トイレへ辿り着くのと同時に済ませたばかりの駒沢が出てくる。前髪が下りてはいるけどオデコが広いことに変わりはない。今朝も変わらぬデコオンナだ。

 一瞬夢に見た痴態を思いだして動揺しちゃうけど…平静を装わないと何を突っ込まれるかわからんからな。普通に、普通に…

 でもなんだよ、その気まずそうな顔は。べっ、別にお前が用を足してるのを聞いてたわけじゃないんだぞっ?誤解すんなよなっ…!?

「お、おはよ…」

「ん…?どぉしたんだよ?熱でもあんのか?」

 駒沢、お前なんかほっぺた赤くないか?起き抜けってこともあるんだろうけど、なんとなくぼんやりもしてるし。

 思わず右手で前髪をどけ、こつん、とオデコどうしを合わせる。オレが熱を計るときの当たり前の挙動だ。別に他意があるわけでも揶揄でもなんでもない。

「ひっ…!!やっ、やあっ!!」

「いてっ!」

「あっ…ごめん…」

 いてっ、てのは言葉の弾みだけど…びっくりするじゃんか、ちょっとオデコ当てただけなのに突き飛ばすことないだろ…って、怒ってるのかと思ったらそうでもなく…どうにも気恥ずかしそうに真っ赤な顔して謝ったりしてるし…。なんか今朝の駒沢、情緒不安定だな。もしかして生理…かな?

「なんかあったのかよ?」

「な、なんにもしてないよっ!!朝からそんなこと…するわけないじゃないっ…!!」

…ってリビングに行っちゃうけど、おいおい、何逆ギレしてんだよ?それにオレ、何をしてたか、なんて聞いてないだろ?おかしなヤツだな…そんなにトイレの前でかち合ったのが不満なのかね、あのデコオンナは…。こんなこと前にもあったじゃんか…。

 おっと、こんなこと考えてる間にもタンクからの警告はどんどん強くなってきてる。慌てて個室に滑り込んで、ドアをロックして、と。やばいやばい。

 うっひゃあ、ベットベトのヌッルヌル…。夢だったけど駒沢、現実みたいに気持ちよかったもんなぁ。身体ってホントに正直だ。というか、素直だ。

 そういえばおとついの金曜日…つまりこないだ駒沢が部屋に来た夜は寒いからってベッドの中でぴったり寄り添って、ずうっとプレステ2の話してたんだった。結局そのままなんにもしなかったから、案外溜まっちゃってたのかもしんない。駒沢とは…いつ以来かな、とにかく長い間してないし…って、愁一郎!自分にはみさきがいるだろっ!!

 ま、まぁとにかく…

…ん…ふぅ…

 はぁ…すっきりした。これで一安心。落ち着いてもう少し朝寝ができる。

 でも…今気付いたけど、なんかこのトイレ湿っぽいな?いや、湿っぽいってゆうよりも蒸し暑いって感じ…?換気扇は…うん、動いてるよな。

 それに…なんていうんだ?女くさいっていうか…まぁ駒沢が消臭スプレー忘れてたのもあるんだろうけど…。でも待てよ、なんか違うな。これ、用を足してたって匂いじゃないぞ…?

…この雫、なんだ?

 しまう時にうつむいて気付いたけど…スリッパ履きの足元、フローリングに…なんかびちゃっと雫が滴ってるんだけど…?トイレットペーパーで一応拭き取っとくか。オレがこぼした、とか疑われたらかなわんからなぁ…。

ヌルッ…

 ヌルッ!?ちょ、これなんだよ…?なんか白っぽい粘液って…

 おいおい…これって、まさか…。

 駒沢の不審な態度といい、汗くさいような女くさいような蒸し暑さといい、このぬめる雫といい…

 まさかとは思うけど…やっぱ駒沢、トイレでオナニーしてた…?

 待てよ、オレの顔見てあんなに動揺するってことは…まさか、オレと駒沢…隣どうしに寝てて、夢をリンクさせちゃったとか!?なんかそんな現象があるっての、こないだなんかの特番でやってたよなぁ…。

 そういえばオレ、寝返りうって…駒沢と向き合ってた覚えがある。寝息、顔にかかってたから…もしかしたら深層意識が一体化してたのかも。

 だとしたら…オレが駒沢に見せちゃったのかな?

 それとも…駒沢がオレに見せてた?夢でみたように、人恋しがってた?

 どんな夢を見てたんだって聞くわけにもいかないしなぁ…。そもそもオレの思い込みかもしれないし、そもそも夢の内容だって教えてくれるはずもないし…。

 あーもうっ!なんで二十五になってまでこんな夢見て悩まなきゃいかんのだっ!!

 みさき、ごめん…とか思うと駒沢に悪いし、だけどそうなると里中や涼子や倉敷との夢もみないといけないってことで…

 なんか考える方向が違う気がするな。オレってやっぱり優柔不断なのかな?節操無いかなぁ?でも五人が五人とも魅力的だし、大好きだし…あいつらだってオレのこと、ひたむきに慕ってくれてるし…。

…こうなったらみさきみたいに、割り切っちゃおうかな。

 恋愛感情はしばらくお預けにしておいて、この共同生活を楽しむべきなのかもしんない。

 そうそう、そうしよう!いつまでもこんなトイレでウジウジ悩んでても仕方ない!割り切る!割り切ることにするぞ!わ、り、き、るっ…よぉし、割り切った!

 さ、もう少し朝寝しようっと!

 こんな休日の朝寝みたいに、心地よい贅沢な日々を過ごすのも悪くはないよね…?

 へへへ、寝直してまた…おもしろい夢が見れるといいなっ!

 

 

 

おわり。

 

 

 

 (update 99/04/01)