列島王権の通い路 −壱岐・対馬論−

A 王権の通い路
  ・壱岐、対馬は列島王権の興亡史の爪痕跡を最も鮮明に残す→「列島王権の通い路」
  ・列島王権の三遷  出雲王朝→九州王朝・倭国→近畿王朝・大和朝廷(8世紀〜)
  ・半島の陸橋、壱岐・対馬は対馬海流との十字路―この海路と陸路に運ばれ列島王権は渡来
  ・日本古代史は東アジア民族移動史の一齣で、その基本矛盾は長江文明の洗礼を受けた
   南船系王権と半島経由の北馬系王権の南船北馬の興亡である
  ・列島王権は海彼の王権―畿内大和で皇統は生まれたか?
         a 金印国家・委奴国は「呉の太伯の後」
         b 邪馬臺国の俾弥呼は半島の卑弥国から
         c 出雲国のスサノオは新羅から
         d 天孫降臨した瓊瓊杵尊(ニニギ)は大陸の北馬系扶余族の秦(辰)王朝の流れ
         e 崇神は任那から、天智は百済から、それでは神武はいかなる素性か
B 富士山と伊勢遷宮騒動、富士さん、富士山と伊勢神宮
C 記紀神話の舞台と姫島の乙女
D 『竹取物語』は「竹斯(筑紫)盗りの物語」
F 国生み神話と出雲王朝史の復元
G 南船系倭国の誕生
H ニギハヤヒの天神降臨と神武東征
I  倭(やまと)は果たして畿内大和か
J  神武の素性
K 記紀の造作と壱岐・対馬の事件
L 白村江の戦い(倭国対唐・新羅)と天智皇統
M 倭国から日本国