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バリフライトツァー2005年7月

Issue 2006.02.17

2005.07 Prologue   7月12日  13日  14日  15日  16日  17日  18日  19日  20日  21日  22日 23日 その後 

7月12日(火)

昨夜、遅番で少し疲れが残っていたが、慌ただしく準備をして13時半に車で自宅を出た。首都高速から東関東自動車道を経て成田に向かった。いつも車を預けている駐車場は、成田インターを左に曲がってすぐの所にある。14時半には到着した。今回は、12日間になるので料金は高いだろうなあと覚悟していた。ところが何と5000円でお釣りが来た。それもハイシーズンに入るので500円の特別料金が加算されてだと言う。聞くと、7日間以上、3ケ月迄は、料金は同じだそうだ。驚きのサービスだ。

成田空港までは、シャトルバスで約20分、相変わらず警備が厳しく、警備員がバスに乗り込んで乗客のパスポートの確認をしてからゲートを通る。空港は、夏休み前だと言うのに、混雑していた。JALのカウンターは、端の方にある。受託手荷物の検査を受けてカウンターブースに入った。パラザックは、大きくてその場所にあった検査機に入らなかった。別な場所の大きな検査機に持って行って検査してくれた。

カウンターで手続きをして受託手荷物を載せたら38キロあり、重量超過で超過料金がかかると言われた。20キロまでが許容重量で、5キロまではサービス出来るそうだ。しかし、このままだと4万円以上の超過料金がかかると言われショックだった。係員の女性は、親切にも、紙袋を差し出し「重い物をこの中に入れて手荷物として持ち込んで下さい」と言ってくれた。重そうな物を取り出した。再度、保安検査を受けて重量を測定した。結果、超過料金は、1万円減って31900円となった。計画無しで良く考えもせずに出発した報いかなと反省して料金を支払った。海外旅行を甘く考えていた罰があたった。次回は、持ち物をもう少し厳選しよう。

JL729便のB-747-400機は、到着遅れの為、16時20分の出発時間になってもボーデイングしなかった。ロビーには、大勢の乗客がおとなしく待っていた。サーファーのような日本人の若者があちこちにいた。半数以上が外国人だ。私の隣に立っていた日本人の若者にインドネシア人のおばさんが英語でしきりに声をかけていたが、若者は、無視していた。耳をすまして聞くと、携帯電話の電池が無いので充電したい、と言っていた。私は、無言で首を横に振ったら、おばさんは、やっと諦めたようだ。

16時40分にボーディングが始まった。たった独りのバリ行き開始だ。飛行機は、17時に動き出して、17時09分に離陸した。私は、後ろの方の座席で、希望した通路側座席だ。係員は「隣は空いていますのでゆっくり出来ると思います」と笑顔で言っていたのを思い出す。空いた座席の隣は、年配のご婦人の二人連れ、旅慣れているようで、機内の快適グッズを色々持ち込んでいた。

疲れが出てウトウトした。しかし、シートベルトサインが消えて、目を開けると客室乗務員がおしぼりを持って来たので、そのまま起きて、ビデオを観た。各座席に個人用の液晶モニターが付いている。ビデオは、オンデマンドではなく、流しっぱなしだ。いくつかのプログラムの中から観たいのを選ぶ。面白そうな映画を選んだら丁度始まったばかりだった。眠気も覚めて2時間映画を観てしまった。

夕食は、和食をチョイスした。まあまあの味と量だ。ビールとワインを戴いた。夕食後、少し眠った。

バリ・デンパサール空港への着陸は、現地時間の22時27分、スポット到着は、22時31分だった。日本との時差は、1時間なので、日本時間では23時31分だ。重い手荷物を持ち、到着ロビーに向かう。一番最初の手続きは、VISAの発給だ。カウンターの銀行員に25米ドルを支払うと領収書をくれる。それを持ってビザの承認カウンターに行くとパスポートに30日間有効のビザ証明を貼付してくれる。

次は、入国手続きだ。私は、入国手続きのカウンターを通り過ぎてしまい、日本人の旅客に声をかけられて慌てて戻った。「ソーリー」と言うと係官は、笑顔で「オーケー」と言い、すぐに承認してくれた。バゲジクレームエリアには、ベルトの周りに大勢の旅客が待っていた。私の荷物は、デカバックに包んだパラザックとキャリーバッグなので遠くからでもすぐ分かった。カートに乗せようとしたら、ポーターらしき人が寄って来て勝手に荷物に触れようとするので「ノー」と大きな声で言った。ぷーたさんから「法外な料金を要求するポーターがいる」と聞いていたからだ。自分で運べるので断った。

税関検査の前に行くと私の荷物を一瞥して「タバコは?」と日本語で聞いた。私は「ノースモーキング」と言うと「オーケー」と笑顔で通してくれた。

出口には、大勢の出迎えがいた。ぷーたさんとは、メールでしか付き合いがないから顔を知らない。でも、多分、声をかけてくれるだろうと思い、キョロキョロしていたら、ぷーたさんから声がかかった。日本人がひとり一緒にいた。福岡のフライヤーのアベさんだ。

車で20分、どこをどのように走っているのか分からないまま、サヌールのホテルに到着した。私の部屋は、庭の少し奥に入った所にあるコテージだ。ひとつのコテージに二つの客室がある。15畳くらいの部屋にダブルベッドがあり、テレビは無い。隣の部屋に冷蔵庫が置いてあり、洗面台、トイレ、バスがある。こちらは、12畳くらいか。たったひとりで10日間過ごす部屋だ。アベさんも2泊する。アベさんから「寝酒にどうぞ」とビールを戴いた。「翌日は、10時半に出発しましょう」と言われ、部屋で休んだ。長いようで短かったバリへの初日が終わった。

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