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for安全メーリングリストHuman Factors講義用  1998.01.22issue 2002.10.22 Rev 

このページの内容を安全フライトの目的以外の用途に流用する事を禁じます。
内容の一部は、
「ヒューマンファクターガイドブック」より引用させて戴きました。このWEBの内容を引用したい方は、私までお知らせ下さい。

このページは、PGHGメーリングリストに私が発言した事がきっかけとなって、さいのさん主催の「安全メーリングリスト」に寄稿した物を載せています。以前、私は、会社で、若い整備士を対象にHuman Factors Basic Courseを講話した事があります。その時の事を思い出しながら書いています。本来業務は、整備士ですので、専門では、ありませんが、事態の重大性に、私の知識が少しでも安全フライトの助けになればと思い、提供致します。1998.01.23  GXB (1998年1月20日から28日迄safety MLにアップしたものです)

以下の図面は、本文を読む中で出て来ます。

PMC
SHELL model

Human factorsと言う聞き慣れない言葉は、日本語に訳すと「人的要因によるミスを研究する学問」を差します。(「航空技術」誌より)
人間のミスによって引き起こされる様々な不具合です。人が関わって行動が行われる場合には、あらゆる機会にミス・エラーは付き物です。空を飛ぶ飛行機を取り扱う航空会社の場合は、致命的な結末につながります。パラ・ハングのフライヤーの皆様も空を飛んでいるのですから、単純なミスでも、命に関わる事になります。「人間は、エラーをする動物である」とあるがままの状態でとらえて謙虚に考えようではありませんか?

Human factors(1)
安全メーリングリストの皆様、こんにちわ。私の紹介は、既に、さいのさんから当メーリングリストでされていますので、省略致します。さいのさんからヒューマンファクターについての話を依頼され、喜んでお引き受け致しました。PGHGメーリングリストの会員の方は、既にご存じと思いますが、ヒューマンファクターとは、ここ5年程の間に発達した学問です。今迄は、大学とか研究所の中でのみ論じられて、生産の現場では、話題になる事は少なかったのです。何故、生産の現場で論じられる様になったかと言うと、人間の行動が及ぼす要素が次第に重大だと判って来たからです。

基本は、「人間尊重」の思想です。人間を単に労働力としか見ない思想のもとでは、労働者は、消耗品でしかありません。「企業は人也」と言った経営者がいましたが、正にそのとおりです。ヨーロッパの産業革命で、人間疎外が発生しましたが、現代の高度に発達した資本主義社会のもとでもそれと似た様な現象が起きていないでしょうか? 工場は機械化されて、事務は、OA化されています。人間が手を出さなくても機械が全てをしてくれます。人の価値が機械にとって変わられています。熟練工と言われる人を必要としない社会が形成されつつあります。

飛行機の世界でも同様です。パイロットは、コンピューターでコントロールされた飛行機を操縦していますし、整備もコンピューターの指示どおりに整備しています。一見、間違いが起きようもない構造です。全てが、機械で構成されています。メインのコンピューターは3台装備しています。常に故障の時のバックアップを取っています。

では、何故、航空界でヒューマンファクターが脚光を浴びているのでしょうか?
飛行機を操縦するのは、やはり人間なのです。10年ほど前にアメリカの航空機メーカーの役員がこの様な事を言っていました。「未来の飛行機は、全てコンピューターで制御される。その飛行機の乗務員は、人間ひとりと犬一匹である。犬は、人間が何か操作しようとした時に噛みついて止めさせる役割であり、人間が乗る理由は、乗客に不安を与えない為であり、更に、犬に餌を与える為である」と。まあ、極端な例ですが、現在飛んでいる飛行機も事前に設定をすれば、地上の設備によりますが、自動で離陸して自動で着陸する能力を持っています。航空管制に制限が無ければ、99%それが可能です。

しかし、全世界で毎日の様に人に起因するトラブルは発生しています。どんなに機械の性能が良くなっても最後の砦は人間なのです。その人間がミスをすれば、飛行機は、墜落するのです。Human Factorsの必要性は、約5年程前に「10年後に現在の割合で航空機事故が発生すると仮定して、飛行時間の拡大を加味すると1週間に1機の全損事故が発生する」と計算されたのがきっかけです。これを防ぐには、人間の行動を見直して人的要因によるミスを防止する事が必要であるとまとめられています。

PGHGメーリングリストで例を上げましたが、飛行機のEngineは、到着して30分以内にEngine Oilの量を点検して減っていたら入れる必要があります。Oil serviceはこの様に日常いつも行われている作業であり、簡単な作業です。しかし、簡単と重要でないとは、同じではありません。もし、Oil serviceの後に、Oil capを取り付けるのを忘れたらどうでしょうか? 飛行機が離陸する時の最大出力を出す時に、Oilは外部に流出してしまいます。当然、そのEngineは In flight shut downとなり、飛行機は、Air turn backとなってしまいます。Engineが2発しかない双発機の場合は、操縦が不可能となり、墜落の危険だってあります。
Oil capを取り付け忘れるなんて不思議だと思いませんか? でも、事実、全世界で何回も発生していたのです。人間は、ミスをする動物なのです。ミスしてもFatalな結果にならないように、現在は、Oil capが無くても外部にOilが流出しない様な構造のOil tankに改修されています。Secondary poppet valveが取り付けられていてOil tankにpressureがかかるとcloseする構造になっています。

Oil capを忘れた人に、その日の行動を思い出して貰うと、何故忘れたかが判ります。当日、雨が降っていてOil serviceをしていたが、Oilが足りなくなって取りに行こうとしましたが、Tankに雨が入るといけないと思い、外のアクセスパネルを閉めたのです。Oilを取りに行ったらリーダーから別の仕事を命じられたのです。命じられてすぐにその仕事に取りかかった為に、Oilの事をすっかり失念してしまったのです。原因は、はっきりしました。でも、その様な事は、日常生活でも度々発生している筈です。何故、人間は、その様にミスをするのでしょうか? 
何故?と言う所からこの話は、始まります。

私の話を聞く前に、皆さんに考えて戴きたいのは、「ミスしない人間はひとりもいない」と言う事です。人間は、その構造上、ミスする様に出来ているのです。是非、謙虚な気持ちで私の話を聞いて下さい。

尚、質問は、いつでも、当メーリングリストに出して下さい。理解を深めながら進めて行きたいと思います。

Human factors(2)

さて、私の話は、心理学的な要素もありますが、これは、私にとって専門分野ではありません。当メーリングリストの会員の方には、大学で研究されている人もいるかも知れません。もし、いましたら補足をお願い致します。

人間の行動の理解の為に、最初に理解しなければならないのは、脳の働きです。脳は、人の心そのものです。ハートと言うと胸を思い浮かべますが、ハートは心臓であり、心ではありません。人間の脳は、偉大なコンピューターです。正にコンピューターは、人間の脳に近づけるべく研究されて来たのです。高度に発達したコンピューターでも、脳そのものを作る事は不可能です。脳の働きは、ひとつの回路です。

Psycho motor cycle(PMC)
精神活動の回路とでも訳すのでしょうか。これからPMCと略します。人間の脳に情報として入るのは、知覚からの情報と記憶です。知覚、即ち、五感です。視覚、聴覚、臭覚、触覚、味覚です。これらの知覚は、センサーから脳に入ります。センサーは目、耳、鼻、手や身体、舌ですネ。センサーを通り、脳の「短期貯蔵庫」にインプットされます。短期貯蔵庫は、長くても数秒の単位です。目の残像とかがそれです。次に、知覚比較エリアに情報は行きます。ここで、記憶と比較されます。記憶とは、過去の経験です。初めての情報か、過去に知っている情報かが比較されます

この様な経験はありませんか? 顔は知っているが、名前を思い出せない、佐藤さん? いや違う、加藤さん? やはり違う。何故、違うと分かるのでしょうか? これは、脳の奥深い所に違う名前を記憶しているからではないでしょうか? でも、それが開かれない為に思い出せないのです。

記憶には、作業記憶と長期記憶の2種類があります。作業記憶と言うのは、電話をかける時に電話番号を、030-498-3456と言うふうに、区切って覚えてかける時の様に作業中だけ覚えている記憶です。電話をかけ終わったら忘れてしまいます。しかし、作業記憶を繰り返していると次第にそれを覚えます。これが長期記憶となります。知覚から入った情報と比較されるのは、長期記憶の方です。知覚情報と長期記憶の情報が一緒になって、意志決定・反応選択エリアに行きます。ここで、行動するかどうかの決定がされます。何もしないと言うのも意志決定の一つです。

と、ここまで書いて来て、図面の必要性を感じました。皆さんも、ここまで読んでピンと来ない人が多いのではないでしょうか? 申し訳ありません。OHPを使用しての講義しかしていない為に難しいです。メーリングリストに画像を添付するのは、余り感心しない事と私は認識しています。そこで、私のホームページに図面を2枚だけアップします。必要な方は、ホームページの下記URLからダウンロードして下さい。出来るだけ軽くします。(と言う事で、このホームページをアップした訳なんです)

http://www5.big.or.jp/~ookubo/humanfactors.htm

PMCの図面を見て下さい。脳の回路を表しています。

Human factors(3)
PMCの図面を見て下さい。意志決定・反応選択の次に来るのが、行動の実行です。何もしないのも意志決定と言いました。行動の実行は、何もしないと言う実行もあると理解して下さい。行動をする為に、脳は、筋肉に指令を出します。腕の筋肉、足の筋肉、目や耳もそうです。そして、指令の通りに動いたかどうかのフィードバックが知覚にされます。
ここまでの脳の働きは、だいたい理解は出来ると思います。図面の上の方に「注意・意識源」と言うエリアがあります。これは、脳の中でも最も崇高というべきエリアです。能力の差と言うのは、殆どここのエリアの優劣にかかっていると言っても言い過ぎではありません。人によってこの能力には差があります。育った環境やその日の体調によっても異なります。正にフエーズ3の状態は、この「注意・意識源」のエリアにかかっています。
「注意・意識源」は、「知覚エリア」「意志決定・反応選択」「作業記憶」「行動の実行」エリアに影響を及ぼしています。

PMCの図面は、外因と内因に分けて記載されています。内因には、「能力」「性格」「心理・態度」「身体」が影響を与えています。
初めて出てきた「外因」には、2枚目の図面にもあるとおり、SHELLです。SHELLとは、ガソリンスタンドではなく、Acronymです。即ち、5つの文字の頭文字です。
S: Software, H:Hardware, E: Environment,L: Liveware, L:Liveware です。
ソフトウエア、ハードウエア、環境、他の人、そして、自分です。人は、Humanですが、Hardwareと区別する為に、Hawkinsは、Livewareと言う単語を作ったそうです。

ミスに関わる内因と外因は、様々な形で影響を与えています。友杉君の事故は、スプレッダーバーにカラビナをかけてしまい、破損して落下したのですが、北野さんのメールにあるとおり、構造の改善も必要でしょう。これは、ハードウエアの分野です。航空界では、最初にこの分野についての改修が行われます。しかし、それだけで解決はされません。何故なら、フックアウトする事例があるからです。そもそも基本的なABCの筈ですが、一体何故、ベテランがミスするのでしょうか?
通常の精神状態なら決してミスする事はない筈です。岩屋山でのベテランのフックアウトは、風が悪くて、長いこと待たされていました。そして、パラのフライヤーが立ち上げに失敗して更に待ち時間が増えました。ハングフライヤーはかなりイライラしていたのではないかと推察されます。彼は、順番を待たずに、一段下がった別な所に移動しました。イライラして焦りがあり、気持ちは、別な方向へ行っていたと思います。別なテイクオフエリアからひとりでテイクオフして、フックアウトの為に落下しました。テイクオフ直後だった為に、命には別状は無かったものの瀕死の重傷を負いました。
原因は、内因の「性格」「心理・態度」に大きく関わっていると思われます。しかし、外因のSHEL(ここでは、自分以外の4つ)が影響している事も事実です。PMCの中で何故、回路が正常に回らなくなるのでしょうか?
考えられる事は、「注意・意識源」が何かの理由で弱まると言う事です。どう言う理由ででしょうか?

皆さんが車を運転している時に、カーラジオをつけて運転している人も多いと思います。しかし、いつもラジオの内容をしっかりと聞いているでしょうか? 多分、殆ど聞いていないと思います。好きな音楽とか、気になるニュースが流れた時に、ふと、聴取すると言う形ではないでしょうか? でも、耳には入っていたのです。そうでなければ、そのニュースだけ聴取する事は出来ないからです。刺激と知覚の間のパイプはその時の状況により、フレキシブルに太さが変化する物と言うふうに考えられます。しかし、人間には限界があり、ひとつのパイプが太くなると他のパイプは細くなってしまいます。運転に集中している時は、カーラジオの内容を聞くパイプは細くなっていて殆ど聞こえないのです。一方、カーラジオの方に集中していると赤信号を見落としてしまう事もあり得ます。最近、問題になっている運転中の携帯電話の使用は、話に夢中になっていると運転の方がおろそかになってしまう危険が指摘されています。携帯電話の方のパイプが太くなると当然、他の行動や視覚のパイプが細くなってしまうのです。これも個人差があります。ある人は、「俺は絶対に運転中に携帯電話を使っても事故 なんか起こさないサ」と豪語します。その様な能力の人もいます。でも、それは、例外です。殆どの人は、八方に意識を長時間集中する事は不可能です。意識を集中する事について、少しお話します。

Human factors(4)
柳田邦夫氏の著書の中で述べられているフェーズ3と言うのは、人間の意識レベルを5つの段階に分けています。フェーズは、Phaseです。
フェーズ0:意識のモードは、「意識なし、失神状態」注意力は、「ゼロ」生理的状態は、「睡眠、脳発作」信頼性は、「ゼロ」脳波のパターンは「δ波」です。
フェーズ1:意識のモードは「意識ボケ、弱い意識」注意力は、「不活性、薄い」、生理的状態「疲労、単調、居眠り」、信頼性は、「低い」脳波のパターンは、「θ波」です。
フェーズ2:意識モードは「正常、リラックス」、注意力は「受身的」、生理的状態は「定常作業、休息」、信頼性は「高い」、脳波のパターンは、「α波」です。
フェーズ3:意識のモードは「正常、明晰」、注意力は「積極的」、生理的状態は「積極的活動」、信頼性は「最も高い」、脳波のパターンは「β波」です。
フェーズ4:意識モードは「過緊張、興奮状態」、注意力は「一点集中」、生理的状態は「感情興奮、パニック」、信頼性は、「低い」、脳波パターンは「β波」です。

ここで脳波のパターンのうち、「α波」は、座禅を組んでいる時などに良く出る脳波です。安静の状態です。最も冷静な状態と言えます。「β波」は、興奮状態で出ます。正常な活動をしている人は、この二つの脳波が交互に出ています。積極的な活動を起こそうとする時には、「β波」が多く出ます。しかし、「β波」が強くなり過ぎるとフェーズ4状態に陥ります。
フライトに適している状態は、勿論、フェーズ3です。これは、精神論ではありません。脳の機能が最も発揮出来る状態に自分で持って行く事が必要と言う事です。蛇足ですが、フェーズ1の状態には、飲酒状態も上げられます。飲酒して車を運転する事は、危険だと言う事がはっきり言えます。勿論、フライト前には、決してやってはいけない事です。

意識レベルがフェーズ3にある場合は、所定のルーティンワーク(Routine work)はミスなく出来る筈です。フェーズ3の状態は、どれ位の時間持続可能なものでしょうか? 人によりますが、2時間程度と言われています。短い人では、30分でフェーズ2に落ちます。1時間フライトすると意識が集中出来ずに、周囲の警戒がおろそかになる人が出て来ます。その様な人は、速やかにランディングするべきです。上手な人は、フライト中でも、リラックスする方法を知っています。

1995年7月31日に私は、千葉県の磯根崎で、6時間20分のリッジソアリングをしました。朝、8時37分にテイクオフして6時間20分飛び続けました。この時は、フライト中に唄を歌ったり、小さい頃の事を思い出したりしていました。実にリラックスして飛んでいました。降りた理由は、尿意を我慢出来なかったからです。私は、このフライトの間中、ずっと意識レベルがフェーズ2から3の間にあったと思います。しかし、ランディング後に磯根崎の新記録だと言われてフェーズ4になってしまったのではないかと思います。でも、それも本の数分の事です。フェーズ3の状態に持って行くとか、維持するとかは、習慣や訓練で向上は可能です。我慢強い人とすぐにへこたれる人の違いと同様です。

ミスが発生するのは、PMCの中で知覚(感知)、知覚(認知)、判断、行動、記憶、注意意識源の各エリアのどこかでエラーが起こる事によります。センサー部分でのエラーは致命的です。五感のエラーはその先がありませんので、是正のしようがありません。しかし、ここで長期記憶が、「変だな」と感知して拒絶するともう一度確認する行動に出る時があります。「予感がした」と言う時がその様な時です。

間違い易い構造の物を作らない、使わないと言うのもひとつの対策でしょう。誰がやっても、必ず、そのとおりになるいわゆるフールプルーフ(Fool proof)は良い例です。昔、カメラの操作は、難しい物でした。35年前に私が初めて手にした35mmのレンズシャッターカメラは、露出も距離も手動で調整する物でした。露出は、フィルムの説明書に付いていた取説の露出表で合わせ、距離は、目測で合わせます。ブレない様に肘を身体にぴったりと付けて息を止めてそうっとシャッターを押します。モノクロのフィルムでしたが、上手に撮れた時は、家族や友人から拍手喝采でした。今の時代はどうでしょうか? 写真を上手に撮ると言うのは、画像の品質ではなくて、対象の中身の問題となっているのではないでしょうか? 誰にでも簡単に撮れるカメラは、今の世の常識です。「猿にも分かるパソコン入門」と言う本があり、私も買いましたが、まんまとだまされたと言う感じです。しかし、今のカメラは「猿にも撮れる」のです。ハードの対策により、ミスを起こし難くする事は、最も対策として効果がある物です。

「五感がエラーをしない様なSHELを作る」事が対策の結論と言えると思います。

Human factors(5)
「五感がエラーをしない様なSHELを作る」事について考えて見ましょう。SHELLとは、Human factors(3)で述べましたが、私達を取り巻くあらゆる事、物、人、方法です。2枚目の図面を見て下さい。HawkinsのSHELL Modelです。五感とは、知覚に情報を送る機能、センサーでしたネ。目、耳、鼻、舌、触覚の手、身体等です。「五感がエラーしない」と言うのは、「間違えた情報を脳に送らない」為にどうしたら良いかを考えれば答が出ます。「暗いと見えにくい。それなら明るくすれば良い。」「寒いと手の感覚が鈍る、それなら暖かい状態を作る」「騒音の為に聞こえない、それなら無線機を使ってイヤフォンとイヤマッフをしたらどうだろう」と言う具合に、対策は出て来ます。これをSHELLの全てについて、実施します。具体的に、Software,Hardware,Environment,自分以外の人Liveware,そして自分であるLivewareについてです。

友杉君の事故の場合の対策としては、Hardwareの面では、どうしたら良いでしょうか? カラビナを固定する部分に蛍光テープを付けて目立つ様にするとか、スプレッダーバーの構造をカラビナが掛けられない様に改造するとか出来るのでしょうか? 
Softwareは方法・手段ですから、メーリングリストでも話題になっていたPreflight check listの作成と使用が最も効果があるかも知れません。「いつも同じ順序でセットアップする習慣」と言うのもSoftwareに入ると思います。
Environment(環境)については、私達のスポーツは、屋外でするものですから、容易には、変えられません。あるとすれば、環境の良くない時には、フライトしない事も対策でしょう。
問題は、自分以外の人LivewareがPMCに与える影響です。

人間関係と言う言葉で代表される様に、「人間は社会的動物」であり、ひとりでは、生きられません。周囲の人の助けを借りて生きています。しかし、時には、他人の影響により、PMCの回転が狂わされる事があります。私は、昔、自動車教習所で運転を習った時に、教官から怒鳴られながら習った経験があります。当時、高校生だった私は「怒鳴られる様な事はしていない」と思いながらも免許証欲しさに我慢しました。私はあまり気にしていなかったのですが、一緒に習っていた女の方は、「怒鳴られると萎縮して余計にうまく出来ないのよネ」と嘆いていました。パラやハングのスクールでメガフォンで怒鳴って講習しているスクールはありませんか? 下手だから、出来ないから習っているのです。それなのに怒鳴られたら、萎縮して実力が発揮出来ず、余計にミスをしてしまいます。

会社の中でも、部下を怒鳴りちらしている上司がいます。目的の達成の為に怒鳴る方が効果があるのでしょうか? 決してその様な事はありません。遠回りとなる方が多いのではないかと思います。部下の意欲を損なわせたり反感が出て、かえって効率が落ちる事の方が多く、デメリットです。

他人との関わりは、大切な家族や恋人も含まれます。出がけに奥さんと口論したり、子供が病気だったりするとPMCの中でその事が占める割合が大きくなって、今、処理しなければならない事が効率的に処理出来なくなります。センサーからのパイプの太さが変化する事を前に言いましたが、同じ事です。

さて、最後のLivewareは自分です。世の中、誰でも自分中心です。HawkinsのSHELL Modelでも、中心のLは自分です。中心にいる自分との関わりです。そして、自分の中の脳、即ち、PMCが如何にうまく回転してくれるかが、重要なのです。さて、SHELL Modelの各ブロックは、各辺が波形をしています。これは、他のブロックとぴったり合う様に作られています。これが、かみ合わない時には、問題があるのだとHawkinsは考えています。次は、ベテランのミスについて考えて見たいと思います。

Human factors(6)
ベテランのミスについての考察ですが、本題に入る前にベテランの意味ですが、英語でveteranは、コンサイス英英辞典では、a person who has long experience in somethingとあります。また、an ex-service manともあります。前者は、ご存じのとおり「ある事について経験が長い人」です。後者は、そのものズバリ「退役軍人」を言います。日本語でベテランと言った場合は、「熟練した人」の意味で使われる事が多いので、ここでは、その様にします。経験が長いだけでは、熟練とは、必ずしも一致しませんが…。

ベテランのミスの前に、先ず、初心者のミスについて考えて見ましょう。初心者は、当然ミスを起こし易いですが、起こすミスもランダムです。つまり、あちこちで間違いを犯します。慣れていないのですから当然の事です。「誰にでも最初は、失敗はつきもの」と課長・島耕作は、部下を慰めます。この失敗を埋めてくれる物は、教育・訓練と学習と経験です。実際に自分で経験しなくても本で読んだり、人に教わったりする事も疑似体験となり、有効です。繰り返し、実行する事によって長期記憶に入れる事が出来ます。長期記憶、即ち、覚えるのです。正しい行動が長期記憶に入ると間違えた情報が入った時に、拒絶して、是正の行動の指令が出せます。長期記憶に入っていない事については、何が正しいのかわかりませんから、間違えて行動してしまうのです。初心者への訓練で、大切な事は、「正しい方法を繰り返し教える」事です。応用力を付けさせようとして、省略した方法を教えてはいけません。基本を忠実に教える事で、イメージが出来ます。教育・訓練である程度のレベルに到達すると初歩的なミスが減少します。

初心者、ベテランに関係無く、同じ様なミスが発生する場合、Manual(規定)に問題がある場合があります。この場合には、Manualを改訂する必要があります。この場合のミスは同じ傾向にあるので、ミスの状況を調査する事によって、すぐに分かります。使用している機体に問題がある場合にも同様です。この場合は、いち早く、欠陥をメーカーに知らせて改修を依頼すべきです。Manualのミスによる場合は、それが、権威ある場合には、なかなか修正されない場合があります。時代が変わり、技術が向上しても、昔ながらの方法で行う様に指示されている事があります。人間工学を無視して「昔からこの方法でやっていて間違いが無かった」と信じている人がいる場合は、改訂するのもかなり困難です。その場合には、発生した現象を具体的にデータを取り、分析するべきです。方法を変えるのは、人間が本来保守的な性質を持っているので抵抗がありますが、科学的な分析により明らかにして解決します。

さて、本題のベテランのミスですが、今回の友杉君もハングのベテランで、しかも慎重な人と伺っています。一体どうして、ベテランがこの様に単純な、しかも、致命的なミスを犯したのでしょうか? 
ライフルの名人が的を撃つ時を思い浮かべて下さい。撃つ弾の殆どが的の中心に当たりますが、たまに、大きく外れる事があります。これと似ています。ベテランのミスは、Sporadical errorとも言うべく、ひとつだけポツンと外れます。これは、予期出来ません。ポカミスと言う表現がぴったり来ます。正に、人間が機械と違う事によるミスなのです。心の空間が出来た時に悪魔がしのび寄ったとしか言いようが無いのかも知れません。今迄、勉強して来て、皆様には、分かったと思います。PMCの中の「崇高」と言うべきもの「注意・意識源」の活性化が必要なのです。そして、再度、前に戻りますが、意識レベルの「フェーズ3」です。

何故、心の中に穴が空いた様になるのでしょうか? 心理的要因として次の事が考えられます。
1. 近道反応――――面倒、横着 (楽な方向へ行きがちになる)
2. 省略行為――――手を抜く、軽く見る(慣れから来る安易さ)
3. 憶測判断――――過去の経験による先入観、情報が不正確(今迄こうだったから今日もそうだと言う思い)
4. 不確認――――他に関心を引かれる、思い違い(心配事や不安、または、別な事に心が占領されている)

私達は、機械ではないので、いつも同じに行動すると言う訳にはいきません。フライトする時に、「このフライトの為に誠心誠意こめてフライトしよう」と思ってフライトしていますか? 昨日のフライトの延長線で安易にフライトしている事が多いのではないでしょうか? 「ここのエリアは慣れているから」とたかをくくってテイクオフした事はありませんか? フライトの条件は、似ていても全く同じと言う事はありません。1回1回のフライトに心を込めてやって行きたいものです。
飛ぶ時は、いわば、「真剣勝負」と思い、自分の実力を100%発揮して飛ぶ事が大切です。

Human factors(7)
命の大切さについて、先ず思い起こして下さい。弘法大師の空海は、「この世に人として生を受ける事は、大海の中に落ちた1本の針を探す事と同じ位、得難い」と言ったそうです。私は、このHuman factorsの講座の最初に「人間尊重の思想」と言いました。人間尊重、即ち、人の命の尊さを知る事が、根本にあります。対策の中で、「3時間以上の睡眠を取っている事」と言うのも、大切な事だと思います。睡眠については、皆様、ご存じの様に、レム睡眠とノンレム睡眠とあります。必要なのは、ノンレム睡眠です。レムとは、何でしょうか? REMは、Rapid eye movingのAcronymです。これは、浅い睡眠では、脳が起きていて、目が素早く動いている事を表しています。熟睡状態ではありません。ノンレム睡眠は、Non REMですから、目は動かない睡眠です。脳も眠っていて熟睡出来ます。ノンレム睡眠は、短時間でも疲れが取れるそうです。レム睡眠は、長時間眠っても疲れが取れません。ノンレム睡眠は、3時間で十分と言う説がありますが、普通の人は、連続して3時間のノンレム睡眠は不可能なのだそうです。1時間のレム睡眠と1時間のノンレム睡眠が交互に行われる為に、5時間から6時間の睡眠時間が必要との事です。起床の前がレム睡眠の場合は、睡眠中に見た夢を覚えていて、その時に「夢を見た」と意識するのです。人間は、眠ると必ず夢を見ますが、起床前にノンレム睡眠だった時は、覚えていません。
もうひとつの対策の、「薬物や酒を飲んでいない事」とありますが、この事は意外と軽視されがちです。風邪薬を飲んでのフライトは慎むべきです。夏の暑い日に缶ビールをあおってフライトするなんてもってのほかと言いたいのですが、どうも一般的には少数意見と見られるかも知れません。大阪でも、年末に飲酒運転の一斉取り締まりをしたら、3桁の数のドライバーが検挙されたと報道されていました。居酒屋から出て来た人が車を運転して帰って行く姿を私は、何度も目撃しています。自分では、酔っていないと思っていてもアルコールは、身体や神経を麻痺させています。万一、人を傷つけたり撥ねたりしたらどうするのでしょうか? 責任は取れません。奪った命は帰らないのです。責任(Responsibility)は、そう簡単に取れません。だから、責任を取る様な事はしない事です。酒を飲んでいなくても、事故は起こる危険はあります。だから、保険に加入する事が必要なのです。さて、前置きが長くなってしまいました。

今日は、エラーが発生した時の対策について考えて見ます。足尾のハングのグループは、友杉君の事故をきっかけに何らかの対策の必要性を感じて、今、行動を起こしつつあります。スプレッダーバーにカラビナを掛けない様にする、と言う対策は、事故直後の今は、とても効果があります。誰でもが素直に聞くと思います。時間が経ち、事故の事が遠い彼方の事になった時に、同じ事を言って、果たして効果があるのでしょうか? 事故が形骸化する事は、よくあります。事故直後の今、口にする事は恐縮ですが、「喉元過ぎれば暑さ忘れる」とよく言われます。真面目な今回の話合いで出る対策について、次の点を頭に入れて確認して下さい。対策に必要な物は、次の事です。
1. エラートレラント(Error tolerant)になっているか?――――エラーが発生した時に、その影響を最小限に抑えられる様になっているか?
2. エラーレジスタント(Error resistant)になっているか?――――エラーが発生しにくくなっているか?

エラートレラントと言うのは、仮にエラーしても、致命的な状態に陥らない様に、何らかの歯止めがある事です。当事者がミスしても第三者が二重確認した後で無ければ、フライトさせないシステムを作ってあれば、事故を未然に防ぐ事が可能です。
エラーレジスタントとは、ぼんやりしていてもミスが発生し難い環境を作る事です。飛行機のレバーやコントロールハンドルは、一目で分かる様に、形を工夫してあります。ランデイングギア (Landing gear) のレバーは、先端にタイヤの形をした物を付けてあります。フラップレバーには、フラップの翼形の物が付いています。様々な警告灯 (Warning light) は、パイロットが視認し易い様に、目に付く所に装備されています。

SHELLについて、対策をすると同時に、PMCの回転についても、検討して下さい。注意・意識源の活性化を図る事、そして、現状の環境で行くと何が起こるのかを予測する事が出来る様になって欲しいのです。皆さんが道を横断する時に、左右の確認をして車が来ないか見ると思います。幼い子供は、急に飛び出して車に撥ねられる事があります。皆さんは、急に飛び出すと危険だと言う事を知っているから、確認しているのです。危険だと言う事を予知しているのです。「危険予知」と言う事を知らずのうちにしている筈です。「この気流の中で飛んでいて大丈夫だろうか?」周りの雲の状態、風の状態、周囲の機体の状態を見て、判断して危険を予知している筈です。間違いの無い予知をする事は、かなりのスキル (skill) を要するかも知れません。しかし、常に危険予知をしていると、その様な目で見る習慣がつきます。これは、安全に対するスキルの向上を意味します。
私達がフライヤーである限り、墜落の危険はつきまといます。飛ぶ事を止めた時、私達は、フライヤーではなくなります。安全なフライヤーとして活動する為にも、Human factorsの事を思い出して下さい。私が皆様に伝えたい事のエッセンスは分かって戴けたと思います。でも、本当に大切で必要な事は、理解した事を実践する事です。何が何でも決めた事は、やり通すと言う強い意志と決心です。そして、その全てを省略しないと言う事です。

これで、Human factors basic courseを終わらせて戴きます。この1週間、長文を読んで戴いた皆様に感謝致します。また、この様な機会を作って戴いたさいのさんに感謝致します。

今後とも、当safety MLのメンバーとして、お付き合いさせて戴きたく思います。
皆様の率直なご意見、ご感想をお待ちしています。  

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