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事件簿1
それは西暦2000年元旦未明、練馬区のOLが感電死したことから始まった。のんびりとした正月休暇が開けて玉平通商に出勤した社員たちは顧客からの問い合わせの電話応対に追われていた。
主婦(武蔵野市)「もしもし、今年になってからスイッチを入れてもうんともすんとも言わなくなったんですけど」
OL(江東区)「電池変えたんですけど、動かないんですぅ」
フリーター(相模原市)「新しいの買うお金ないんだから、直してよ」
玉平通商「はい、畏まりました、これは西暦2000年の不具合と思われますので、埋め込みICチップの換え部品を持って無料交換に伺います。お手数ですが電池カバーに書いてある品番を教えてください。はい、HN29118SBですか、えーと、はい、スーパー熊ちゃん超電動こけしでございますね、すぐ伺います」
事件簿2
西暦2000年が開けてまだ日も昇らぬうちに急患の知らせが入った。松代医院に待機していた松代院長はすぐさま患者宅に往診した。
安江(孫娘)「年が開けた途端に動かなくなったんです。これってY2Kのせいじゃないでしょうか」
健二(婿)「大晦日までは少し動いてたんですよ。それが突然」
正一(息子)「昨日までは私の言うことに頷いて笑ってたんですよ」
松代院長「お爺様は心臓のペースメーカーなどの器具を使っていましたか」
健二(婿)「いいえ、そういうものはなにも」
診察を終えた松代院長は姿勢を正して厳粛に伝えた。
松代院長「お爺様は老衰でお亡くなりになったようです。Y2Kとは関係ありません」
安江(孫娘)「で、でも、いきなりですよ」
松代院長「関係ありませんってば」
事件簿3
金田小助と金田零子夫婦は、紅白歌合戦の始まる頃から二級酒トリスで祝杯をあげていい気分になっていた。一杯の年越し蕎麦に安酒で新年を迎えるのは今年限りにしたいねと、また今年も同じ誓いを立てていた。西暦2000年のカウントダウンがゼロになった途端、部屋が真っ暗になった。テレビも消えて静寂が訪れた。小助の顔から血の気が失せた。
小助「こ、こ、これは―――Y2Kが現実になったんだ」
零子「何よそれ、テレビでやってたやつのこと」
小助「そ、そうだよ、えらいこった、暴動が起こるぞ、物が盗まれるぞ」」
零子「うちに物なんてあるもんか、どっちかってえと盗るほうじゃない」
小助「そうか、馬鹿、何言ってんだ、警察に電話だ、あれ、電話も通じないぞ、えらいこった」
零子「どうしよう、あんた」
小助「とりあえず水だ、水くれ」
零子「あれれ、水道も出ないわ、ああ、ガスまで」
小助「こりゃおおごとだ、おい、食料買占めだ、コンビニにひとっ走りするぞ」
ろくに入ってない財布を引っつかんだ金田夫婦はあわててアパートのドアを開けて真っ暗な夜道に飛び出した。
零子「あら、隣も向かいも電気ついてるわよ」
小助「ん、変だな、街灯も付いてる、何だか気味が悪いな、ちょっと様子見よう」
部屋に戻りしな、ポストをまさぐると数通の葉書が出てきた。街灯の薄明かりに照らしてみると東京電力と東京ガスと水道局とNTTからの通知だった。
『料金未払いの為1月からの供給を止めさせて頂きます』
ポカンと口を開けたまま目を上げると『今年こそ出てってくれ』と書いた張り紙を持った大家さんが寝巻き姿で立っていた。
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