こんばんは、ボブです。
兄ぃや三木原さんのレスには、ただただ感服するばかりです。
最近、僕は仕事が毎日のようにあり、テレビや新聞を見る時間もなく、
あの事件に関しても、インターネットでちょこっとみたにすぎず。
何も言える立場にありませんが。
……うちの母親は、僕の借金のせいで、今でも鬱病で苦しんでます。
……ええ、僕が悪いんです。地道に返しているつもりではあるんですが。
なかなか減らない物で。
そんな母親は、普段は極力平静を装っていますが、
やっぱり、ひょんなことから切れてしまう。
けど、それでも、極限の理性で何とかその場は耐えようと踏みとどまる。
……それでも、小出し、小出しにして何とか解消する。
文章変で申し訳ないですが。
何がいいたいのかというと。
いっぱい苦しいことに耐えながら、それでも切れずに、賢明に治療している
方は、大勢いるってこと。
そういったたがをすべてはずしてしまったら、それは動物と何ら変わらないと思う。
何でも良いから死刑になりたかったというのなら、自分の家の前の住人でも殺せばよいのです。
それを、わざわざ小学校迄足を運ぶというのは、ある種クレバーな状態ではなかったのでしょうか?
本能でそこまでたどり着いたのだと、言えなくもないのでしょうが。
容疑者の方に対して、憎悪も、被害者の方に対して、同情の念も、『他人』の僕は抱いてはいけないのかも知れませんが。
けど。
感情に走ってしまうのが人間ではないのでしょうかね?
僕は、やっぱり知った瞬間、許せないと思いましたよ。
やった本人もそう。退院させた病院もそう。本人の親もそう。
こういう状態に追いやった環境もそう。
……なんだか、やりきれないじゃ、ありませんか。
僕は、かっこよく、『冷静に』なんて言えませんよ。
……うちの母親は、即答で、『死刑にしちゃえよ』といってました。
これが、普通の人間の感情だと思いたいです。
子供を持っている親としての。
ただ、同時にこういう事件になれきってしまい、クレバーに物事を見ている自分が
同時にいたりもするのです。
何いっているのか、よくわからなくなってきましたが。
感情論代表として、書いてみました。
失礼いたしました。
では。
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