発掘トピックス保管庫インデックスへ
神明上遺跡・日野市No.16遺跡
神明上遺跡・日野市No.16遺跡 平成18年2月

神明上遺跡の特徴
 神明上遺跡は日野台地とその縁辺の97万平方メートルに及ぶ広大な遺跡です。調査は1960年代から行われ、奈良・平安時代、古墳時代の遺構・遺物がたくさん見つかっています。 今年度の調査地点は、台地斜面にあたる部分であり、以前から横穴墓の存在が知られている場所です。また、調査区内では一部緩斜面のところもあり、いろいろな時代の遺構・遺物の検出が期待されます。
日野市No.16遺跡の特徴
 日野市No.16遺跡は浅川北側の低地部に立地します。東側に約90万m2と広域にわたり広がる南広間地遺跡、西側には台地上に広がる神明上遺跡があり、本遺跡はその中間にあたります。両遺跡とも縄文時代から中近世にまたがる複合遺跡として周知されており、関連する遺構・遺物の出土が期待されます。

縄文時代の住居跡
縄文時代の住居跡
2・3号横穴墓
2・3号横穴墓

トピックス
 調査は、日野台地から低地に向かう南向きの斜面と低地部の3地点で行われていましたが、写真右の、横穴墓が発見された地点と、低地部の調査は終了しました。
 この地点では、横穴墓を4基検出しました。そのうちの1基は、ほとんど残っておらず、以前調査されていたものの名残と考えています。他の3基は、玄室内が石敷きで、当時埋葬した人の骨も残されていました。そのうちの1号横穴墓は、下水管の工事で中央が壊れていましたが人骨1体が完全な形で残されており、そのほかに頭蓋骨2人分が隅の方に寄せられた形で見られます。これは、最後の人を埋葬する時に、前に埋葬した遺体を片付けたものと考えられます。
 なお頭の北側に盤状杯と呼ばれる底の平らな皿が3枚伏せてならべてあり、副葬品とみられます。
 隣り合って出土した2・3号横穴墓は、2号横穴墓には3体、3号横穴墓には2体の人骨が埋葬されていましたが、2号は頭を西に、3号は北に、という違いがありました。
 これらの横穴墓には副葬品は見られませんでしたが、2号横穴墓の入り口手前の廊下には長頸壺が、胴部を割られた形で出土しています。 人骨はていねいに記録をとって取り上げてあります。これから鑑定を依頼し、男女別・年齢など詳しいことを調べてもらう予定です。
 現在調査を続けている斜面地の調査区では、横穴墓の調査を終了し平安時代の住居跡・縄文時代の土坑・集石・炉穴・住居跡などの調査を行っています。傾斜の急な斜面地にもかかわらず、住居跡が多数発見されています。
 なかでも縄文時代の住居跡は早期・前期・後期といろいろな時期のものがあり、縄文時代前期の諸磯式土器を出土する住居跡が多く見られます。過去調査された日野台地周辺の遺跡でも、斜面地から発見された例があり、台地の上からは発見されていません。当時の人はわざわざ斜面地を選んで住んでいたのでしょうか。
 この地点の調査も2月末には終了し、3月からは上記の横穴墓の下の斜面地の調査に入ります。

平成18年2月現在