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トピックス 3月末より発掘調査を開始し、7月中旬まで表土剥ぎと遺構確認をし、江戸時代を中心にした遺構が検出されました。
江戸時代の遺構は、建物跡2棟、溝13条、道路跡1、土坑7基、柱穴多数が見つかりました。このうち、溝は調査区域全体にかかるように検出され、建物跡や土坑は、主に西側に集中しています。
溝は、上幅が1.5〜3m、深さが約1〜2mと広く深いものと、上幅1m未満、深さが約0.5m程度に分かれ、利用時期や埋没時期に時間差が見られます。
建物跡は、柱の基礎の痕跡で、2軒×7軒と2軒×5軒?(一部調査区外)の南北の軸線が異なる2棟が見つかっています。
中には、底面全体と壁の一部が被熱を受け、炭化物の薄い層がある大形の深い土坑(写真下段左:溝の右にある調査中の土坑)も見つかりました。
遺物は、縄文時代の中期と後期の土器片と、江戸時代では陶磁器類があり、肥前や鍋島の磁器、瀬戸・美濃の陶器などがあり、碗や皿、鉢や徳利、瓦(本瓦)、灯明具、土器などと銭貨や煙管の雁首などが遺構の内外から多数出土しています。
このほかに、明治時代に建設された温室の基礎も発見されました。この建物は東西に長く、南北に3棟の張出す「E」字形を呈しています。今回は、その東端の温室基礎の一部が検出されました。基礎部分は、布掘りをした中に土と砂利を敷き水平にし、上に砂質凝灰岩(房州石)の切石をおき、レンガを積んでいる状態です。レンガの積み方は「イギリス積み」と言われるものでした。
平成21年7月現在
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