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新宿区内藤町遺跡


新宿区内藤町遺跡 平成22年2月
新宿区内藤町遺跡 平成21年12月
新宿区内藤町遺跡 平成21年10月
新宿区内藤町遺跡 平成21年8月
新宿区内藤町遺跡 平成21年7月
新宿区内藤町遺跡 平成21年6月
 内藤町遺跡は、新宿区No.56遺跡として登録されています
 遺跡の範囲は、御苑とその周辺で、江戸時代には高遠藩内藤家四谷屋敷(下屋敷、一時中屋敷)と内藤新宿の宿駅に関連した施設や玉川上水などがあった場所です。
 内藤家の屋敷の面積は、最大で約六万六千坪といわれる広大な敷地を持っていました。
 過去にも調査が行われ、江戸時代の遺構と遺物を中心に、縄文時代の遺構や遺物も検出されています。
 今回の調査は、新宿御苑内の北東にありました大温室の建替え工事に伴う建物の建設範囲を対象で、約4,500平方メートルを発掘調査しています。
A区遺構検出状態(北から)
A区遺構検出状態(北から)
F区谷検出状態(西から)
F区谷検出状態(西から)
井戸半裁状態(深さ約4m)
井戸半裁状態(深さ約4m)
土取り穴内出土一分金
土取り穴内出土一分金

トピックス
 3月末より発掘調査を開始し、10月上旬までに全ての調査を終了しました。
 調査の結果、遺構では、縄文時代は陥し穴土坑が2基検出され、江戸時代の遺構は、建物跡2棟、溝14条、井戸2基、道路跡2、炭焼き窯1基、地下室1基、土取り穴4基、土坑24基、焼土2基、柱穴81本などと埋没谷と谷を下る九十九折の道路跡が見つかりました。建物跡では、柱の礎石を抜き取った痕跡が残るものがあり、8間×2間と1間×4間(西側調査区域外へ延びるか?)の規模のものがありました。地下室は階段の入口施設があり、地山を削り残していました。土坑も規模の異なるゴミ穴や植栽痕などが見られました。
 F区の埋没谷は、調査区域の南側縁に見つかりました。表土からの深さが約4mのところで湧水があり、調査は底まで確認できずに終了しました。谷の埋め土からの出土遺物から、最後の埋め立ては、明治時代に入ってからと考えられます。
 遺物は、縄文時代の中期と後期の土器片、江戸時代では、18・19世紀代を中心に、16世紀まで下る陶磁器類などがありました。肥前や鍋島の磁器、瀬戸・美濃の陶器などがあり、碗や皿、蓋、鉢、香炉、徳利が見られます。遺物の中では瓦が多く、特に本瓦が多くあり、桟瓦は少ないです。また、家紋を付けた軒丸瓦も数種類がみられました。そのほかにも、灯明具(とうみょうぐ)、かわらけ、泥面子などの土製品、銭貨、煙管(きせる)の雁首(がんくび)、釘、鎹(かすがい)などが遺構の内から多数出土しています。銭貨では、寛永通宝が多いのですが、元禄一分金が土取り穴の中から1枚出土しました。埋め戻しに気をとられた慌てものが落としたのでしょうか?
 このほかに、明治時代に建設された温室の基礎の一部が発見されました。砂質凝灰岩(房州石)の切石を土台に、レンガを積んだ状態です。レンガの積み方は「イギリス積み」と言われるものでした。現地保存が決まり、その下にある近世の遺構も併せて新しい温室施設に、一部が展示されることになりました。
 現在、調査が終わり、報告書作成の整理作業をしています。記録類(調査で記録した遺構図面・写真類)の整理や遺物の水洗い、遺物の出土地点の記録(注記)・接合などをしています。

平成21年10月現在