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日野市山王上遺跡(発掘)


日野市山王上遺跡(発掘) 平成22年4月
日野市山王上遺跡(発掘) 平成22年3月
日野市山王上遺跡(発掘) 平成22年2月
日野市山王上遺跡(発掘) 平成22年1月
日野市山王上遺跡(発掘) 平成21年12

日野市山王上遺跡(発掘) 平成21年11月
日野市山王上遺跡(発掘) 平成21年10月
日野市山王上遺跡(発掘) 平成21年9月
日野市山王上遺跡(発掘) 平成21年8月
日野市山王上遺跡(発掘) 平成21年7月
日野市山王上遺跡(発掘) 平成21年6月
日野市山王上遺跡(発掘) 平成21年5月
日野市山王上遺跡(発掘) 平成21年4月
日野市山王上遺跡(発掘) 平成21年3月
日野市山王上遺跡(整理) 平成20年12月
日野市山王上遺跡 
 山王上遺跡は、JR豊田駅北東、日野市多摩平二丁目にあります。
 1956年に建設された多摩平団地(敷地面積約20ha)は、1997年から建替え事業が開始されました。2005年から当センターが発掘調査を行なっています。
 多摩平団地の中央部は、1922年に宮内省帝室林野管理局日野苗園が設けられ、1948年には中央農村教化研究所(後の農村伝道神学校)へと変遷します。
 現在多摩平に残る豊かな緑は、地下に眠る文化財と共にこの土地が経てきた歴史的な遺産と言えます。
49号住居跡全景
49号住居跡全景

中央部は団地排水管によって破損しています。西側(写真上部)の張り出し部分には 羽口片が集中していました。

金床として用いられた大形礫
金床として用いられた大形礫

住居中央よりやや南寄りの床面から、上面に敲打痕跡のある大形礫が見つかりました。

トピックス
 O街区の中央部から検出された「49号住居跡」を紹介いたします。
 「49号住居跡」は、3m四方のやや小形を呈します。覆土には多量の鉄滓が含まれており、通常の住居跡とは違ってカマドはなく、代わりに「羽口」(ふいごの先端につけた円筒状の土製品)の破片などが密集する張り出し部がありました。床も明確な「貼り床」はなく、中央部には大形の礫が置かれていました。大形礫の上面には、顕著な敲打痕跡があり、鉄錆状の付着物が認められました。鍛冶や金属加工を行なう作業台として用いられたものでしょうか。
 こうした数々のことから「49号住居跡」は、製鉄を行なった小規模な「工房跡」(村鍛冶)だったと思われます。
 

平成22年2月現在