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著者略歴
昭和四年(1929年)山形県鶴岡市生まれ
昭和二十一年(1946年)鶴岡中学(現・鶴岡  南高等学校)卒業
山形大学文理学部哲学科卒
県立山添高等学校、鶴岡南高等学校通信制、 庄内農業高等学校、鶴岡家政高等学校に勤務
平成二年(1990年)3月定年退職

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飲んだくれてふる里 書評コーナー

「飲んだくれてふる里」を読んで

長瀬水都さん(長崎県)


 この本の作者は元高校教師で、自らの飲んだくれの歴史を書き留めたものである。今ブームとなっている自分史とはいささか趣が異なり、エッセイ集と片付けてしまうのも勿体ないような気もする。「飲ん兵衛逸話」と表現した方が私的には好みである。

 作者のふる里山形県の鶴岡というローカルな地方での話であるが、読み始めてみて、町かどの雰囲気や変遷、環境など少しも違和感を感じられなかった事が不思議であった。何故だろうかと考えてみたのだが、はたと気がついたのはこれこそが日本全国地方都市が持っていた「ふる里」そのものであったからに他ならない、という事である。戦後十年に満たない年に生まれた私にはまだまだ共感できるイメージを目蓋の裏に映し出す事ができた。

 今はすっかり遠ざかってしまった飲み屋街であるが、若い頃は私も良く飲み歩いたものだ。ただ所謂歓楽街ではなく、場末のスナックや田舎の一杯飲み屋などを好んでいた私には、作者の描く発展初期の屋台や飲み屋の描く雰囲気を、決して同じとは言えないものの、共有していたと思える場面が多く、懐かしさを覚える。この「雰囲気」は鶴岡という一地域に限られたものではないだろう。むしろこんな町は当時の日本にはどこにでも存在していたのではないだろうか。

 私は釣りが好きで、覚えている限り小学校に入る前、五歳の時には一人で釣りをしていた。砂礫の浜に膝上くらいの深さまで下駄履きで立ち込んで、ゴンズイ玉を踏み、足の裏を毒バリで刺された記憶がはっきりと残っている。従ってキャリアは40年を上回る。それゆえ荘内地方の釣道の辺りは何とも楽しむ事ができた。出来れば作者自身の実釣経験が記されてあればなお良かったのではないかと感じられたのだが。あまり釣りの方は嗜まれなかったのか?

 本書の内容は楽しく興味深いもので、地方を表に出さなくても十分に通用すると思われるのだが、作者の前職に関係するのだろうか非常に文体が固く、独りよがりの文節も多々見られた。読書を嗜みジャンルも広い読者ならば感じる事もないだろうと思えるのだが、新書程度しか読まない読者、特に若い読者には読み辛さを感じるのではなかろうか。途中で投げ出してしまいそうな感もある。

 思うに、書きたい事が多過ぎてあれもこれもと詰めていくうちに、結果としてこの内容になってしまった、のではないかと思われる。もう少し推敲を重ね、構成を考えれば、ぐっと引き締まり読みやすい本になっていたのではないかと、少々残念である。

 多分この本の対象読者は40代以降であると見当付けられるのだが、今の内容では限られたスペースの中、文字が小さくなってしまったのも無理からぬ事だろう。しかし、これは中高年相手では不利であると思う。小さい文字は読む事のストレスが大きい。そこまでの配慮を考えて構成されていたならば、もっと良かったのではないだろうか。


ふる里鶴岡を懐かしく思い出しました。

佐藤政文さん(東京都)


 私はこの「飲んだくれてふる里」に描かれている山形県鶴岡市の出身である。ちょうど著者が飲んだくれていたという、昭和三十年代から四十年代は小学生であった。
 内川端のやきとり屋や小さな飲み屋、スナックの立ち並ぶ、昼間は薄暗い路地の奥など、誰に言われたわけでもなかったが、子供は足を踏み入れてはならない場所という気がしていた。その、当時子供の私が見ることのできなかった飲み屋ややきとり屋台の中は、こんな風だったんだ、ということがわかり、興味深く読むことができた。
 鶴岡の風物や郷土料理のことなども一般の観光用のパンフレットなどとは違う、地元の人間ならではの視点から描かれていて、特に昔の鶴岡を知る者には面白く、懐かしい気持ちになった。
 私は、鶴岡を離れて久しく、今は年に一度帰るか帰らないかというくらいだが、鶴岡も年々様変わりし、この本に描かれているやきとり屋台や薄暗い飲屋街はもうほとんど残っていない。大人になったら行ってやろうと楽しみにしていたのに、残念なことである。そういう意味では、この本は鶴岡の昭和を語る貴重な資料とも言えるのかもしれない。


鶴岡という場所に行ってみたい

曠野すぐりさん(東京都)

 

 読み終わってまず思ったのは、鶴岡という場所に行ってみたいな、ということでした。今では本に書かれている飲み屋はもちろんないでしょうが、それでもなんとなく残っている街の雰囲気を味わってみたいなと思ったのです。
 私は、今までに数回山形県に行ったことがありますが、しかしそのほとんどは仕事の用件でとんぼ帰りでした。じっくりと街を味わったのは、数年前に友人数人と、上山競馬に行ったとき、ただ一回だけです。
 そのときはまず米沢で一泊し街を散策したのですが、土曜の夜で混みあっていて、チェーン店に入ってしまったので、街の印象は特にありませんでした。泊まった駅前のビジネスホテルから繁華街まで遠かったですし。しかし次の日、上山競馬を楽しんだ後山形まで出て、夜行列車の出発時間まで数時間ほど夜の街で過ごしたのですが、そのときの印象が非常に良く、いまだに鮮明に残っているのです。路地の裏にある小さな飲み屋を二軒寄ったのですが、そのどちらもいい雰囲気の飲み屋で、旅行者の気分を大いに満足させてくれたのでした。
 そのときの印象が強く残っているので、特に本に思いが入り込んだのかもしれません(もっとも山形駅と庄内地方では、感じが違うでしょうが…)。当時自分が味わった感じと合わせて、本のなかの飲み屋の場面でも、なんとなく頭に思い描いてしまうのです。でもそれも、文章の小気味よさがあればこそで、うまく内容に入り込めるようにしてくれていると、大いに感じました。
 本が好きで、普通に書店で並べられている本では物足りなくなってしまい、絶版になったものや書店では手に入りにくい本を探しているうちにこの本を知りました。手に入れてよかったと思っています。またしばらくしたら、何気なく手にとって再読しているような気がします。

 

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