森川宿追分

もりかわじゅく おいわけ

ここは日光御成道(岩槻街道)との分かれ道(追分)で、 中仙道最初の一里塚があった。 18世紀中頃まで榎が植えられていたが、度重なる災害と道路拡張によって、 昔の面影をとどめるものはない。
ここにある高崎屋は江戸時代から続く酒屋で、 両替商も兼ね「現金安売り」で繁昌した。
左に曲がるのが中山道で、酒屋前に一里塚跡の標識が立っている。
参考:文京区教育委員会

(1997.5.25)


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