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今月の駄目


1999年10月号 「究極の」恋愛ゲームツール ──「恋愛シミュレーションツクール」

99/10/26掲載(99/10/07初筆)

 3ヶ月ぶりの名誉ある「今月の駄目」に取り上げられたのは、10月1日に発売された「恋愛シミュレーションツクール」(以下「恋ツク」)であるが、少なくとも私はこれが「駄目」であるとは全く思っていないことをあらかじめ断っておく。ここに取り上げるのはただ各論とは違って実際に触れること無く書くためである。

 現実問題として、「恋ツク」が恋愛ゲームを作るツールとして優れているかというと確かに疑問だ。そもそもこの手のツールが出るのが2年ぐらい遅過ぎるのであって、今更「ときメモ」ライクな育成型を作りたいと思う人などいないだろうし、アドベンチャータイプならシステム的に複雑な部分というのはほとんどないのだから、Directorでも(もっとも市販のDirectorなエロゲーにはアレなものが多いが…)DNMLでも極端な話DynamicHTMLでも書けてしまうのであって何もツクールを借りて有償配布ができないものを作る意味も見出せない訳である。もちろん「恋ツク」には彼らが言う「豊富な」コンポーネントがあるとはいえ、実際思ったようなのを作ろうとするとパーツのパターンが少な過ぎ、しかもセンスもまるでなし。絵も大して可愛くない(好きな人には好き?パッケージの絵は結構可愛いとも思うが)となればいいところなしと言うしかない(※1)。

 にも関わらずこれが「面白い」(もちろん「興味深い」という意味で)というのは恋愛ゲームを自分で作ろうというあるいは作ろうという気を少しでも起こさせてくれる敷居を大きく下げるツールとしてである。

 多くの恋愛ゲーマーにとって、ツールの出来はどうであれ恋愛ゲームのヒロインの設定を一つ一つ決めて行くのは恐らくとても楽しい作業だろう。私たちが「恋愛」という関係性を構築しようとする時、互いに内的世界に形成された「恋愛」をぶつけ、時に傷つけ合い、すり合わせて行こうとする。(※2)またそれは同時に内なる「女性像」(あるいは「男性像」)についても行われる。しかし現状の恋愛ゲームの場合、プログラムされた物語の中で規定された行動しか取れないヒロインたちは、プレーヤとの関係においての主体的な変化を上手く表現できないので、勢いプレーヤにとって自分の内なる「恋愛」や「女性像」によりフィットされたものを選ぶことになりがちである。もちろんある部分では作者の内なる「恋愛」とのすり合わせや、新しい「恋愛」の発見があるのかもしれないが、あくまで主導権はユーザであるプレーヤに握られているのであり、むしろヒロインというもう一人の自分との内なる「恋愛」=自己愛を楽しむものであるという桐野氏の考え方が馴染みやすいと言うべきだろう。(※3)そうなると、そのヒロインを初めから自分で作ってしまう「恋ツク」は、わざわざ出来合いの恋愛ゲームやヒロインから探す手間なく、内なる女性像を寸分の違いもなく投影するまさに「究極の」恋愛ゲームツールと言えるのではないか。

 しかし、恐いのはここからである。自分にとっての理想的なヒロインが出来たとしよう。これは問題ない。だが次に、彼女を物語の中に配置しようとして、ハタと困ってしまう。彼女に語らせるべき言葉がまるで見つからないのだ。お約束的な萌えイベントはもちろん、感動的なシナリオを書くことはむしろさほど難しいことではない。だがそれを引き立てるはずの豊かな日常描写は、考えれば考える程浮かばなくなってしまう。「パッケージ化」(パッケージ化については別に執筆予定)が進行していればいる程、設定上のヒロインにはハマれるが、潤沢な「何気ない日常」や「異性との会話」が欠如したところからは密度のある日常は溢れ出てこないのだ。もちろん物語に十分親しんでいなければそれが文字になることはないだろうが、いずれにしても多くのものを蓄積している必要があるのは確かだ。かくして「恋ツク」で(本人にとって)魅力的なヒロインを構築した彼は、自分が「恋愛」だと思い込んでいたものが実はいかにスカスカなものであるのかということに気づき、愕然とすることになる。もちろん、それをも驚異的な萌えパワーで押し切れてしまうならば「幸せ」なのだが…。

 日頃市販の恋愛ゲームにずいぶん毒づいているが、次々と消費されるために生まれて来るヒロインを捻り出していくシナリオライタさんは凄いというのが正直な気持ちであり、その困難さを味わえるだけでも「恋ツク」は面白い。もっとも全然凄くない同レベルの空っぽの「恋愛」なるものやヒロインもそこら中に溢れてるからこそ毒づかずにはいられないのだけれども。
「恋愛シミュレーションツクール」
発売元:ASCII
機種:Win9x

















※1、個人的にはイベントCGもモンタージュ的にパーツを合わせて作成できたら良かったかも。絵からシナリオを引き出すパズル的な楽しさがあるというか。






※2、もちろん、現象としてはただ「好き」という気持ちからくる至ってシンプルなものなのだが、それが「恋愛」であるためにはその概念が内に形成されている必要があるはずだ。







※3、[美少女解体]
ユングの「アニマ」というタームを用いて説明されている。定義的には元型は集合的無意識だったのでは?(ユングをちゃんと読んでる訳ではないので私がよく知らないだけだけど)というのはあるが面白い解釈だと思った。美少女解体は桐野氏による美少女系評論サイト。恋ZEROや黄昏の次の世代の恋G系文章サイトとして注目したい。