第7講 第4世代恋愛ゲームを志向するセンチという試みは成功したか?

98/03/18開講

1、恋愛ゲームが「ゲーム」でなくなる瞬間

恋愛ゲームがゲームのジャンルの中でも極めて特殊なものであることはすでに書いて来た通りですが、「センチメンタル・グラフティ」(1998)はそれが最も端的な形として現れたゲームだと言えることができるでしょう。

それはすなわち「ゲームであってゲームでないゲーム」ということに他なりません。恋愛ゲームはもともとキャラクタ志向性が高いものですが、センチほど純粋にキャラクタだけでヒットしたゲームは前にも(そしておそらくは後ろにも)ないでしょう。

そこには今までの「ゲーム」という括り方では捉えることのできないものがはっきりと存在しています。センチというゲームではなく、また既存のゲームにようにまずゲームがありきで「ヒットしたらグッズ展開」という形をとらず、センチという企画、センチという世界観の中でのゲームの位置付け方は全く新しい試みだったと言うことができます。すなわち、すでに多く指摘されているように、ゲーム本編は(センチという)恋愛ゲームの世界を構成する1つのアトムに過ぎないということ、ぶっちゃけた話、グッズの1つに過ぎないという捉え方です。

「恋愛シーナリー」という勝手な言葉を以前から持ち出していますが、これはキャラクタの魅力を楽しみ、それを自分の中で消化して物語を構築することを楽しむ、という遊び方も「恋愛ゲーム」というゲームにはあるのだという主張であって、初期のプロモーション戦略の巧さといい、センチは紛れもなく「恋愛シーナリー」としてその意味で新しい世代の恋愛ゲームであったと言うことができるのではないでしょうか。

2、迷走するセンチメンタル・グラフティ

窪田氏は「恋愛ゲームで大ヒットする最後のチャンスだ」と言ったとか言わなかったとか聞きますが、その認識は正しいと言えます。暴言のようですが、ときめきやエ−ベルージュ、NOeLの頃の第2世代初期の恋愛ゲームは「それしかなかったからみんなが同じものを遊んだ」と言ってしまっていいのですよ。(笑)その後内容的に同程度のものはいくらでも出ています。ただ数が多いから分散した。恋愛ゲームの数と種類が増え、プロトタイプから多くの派生が生まれ、多様化した時代においてはもはや皆が同じ1つの恋愛ゲームを共有することはできませんし、またその必要もないのです。

いつも繰り返すもう1つの言葉に「タイミング」ということがありますが、センチはその点実にタイミングが良かった。ちょうどときめきメモリアルという大作がすっかり求心力を失い、皆の間にぽっかりと空いた心の穴が存在していたのです。(笑)皆がその隙間を埋めるものを求め、そこにセンチが登場した。「大作恋愛ゲーム」を作る最後のチャンスはこうした状況の下で生まれたのです。もし似たものを作ったとしても、もう2度と大ヒットすることはないでしょう。

しかしセンチはその同じ「タイミング」を逃す結果となってしまう。ゲームの寿命が短くなり、恋愛ゲームもまたその例外ではなくなった今、恋愛ゲームの寿命は長くて6ヶ月だということはいつも言っていることです。センチの場合はごく特殊にゲーム本編をまだ出していない、という強みがあったために更に引き延ばせたかもしれませんが、それでも引き延ばし過ぎはユーザに「飽き」以外の何ももたらしません。ゲームの発売延期とそれを誤魔化すためのグッズ・イベントの乱発。センチの世界を広げる程度を越えたユーザの求めないメーカーの論理による勝手な拡張(同じ事はときめきでも言っていますよね(笑))。たとえメーカーにそんな意図がなくとも、ユーザがそう感じてしまっては負けなのです。ゲームを出すことによりセンチという世界を完結するタイミングの誤り。それに加えて杜撰なゲームの作りが決定的なだめを押す。「ゲームを最後に出す」という戦略がここでは過剰な期待(というよりも「こうであるはずだ」という思い込み)を招くことで逆効果となってしまいます。恋愛ゲーム最後の大作は破綻の一途を辿らざるを得ませんでした。

それでもなおセンチを「失敗作」と呼ぶことはできないのは。

3、終わりと、始まりと

そうなのです、後でどんなに文句を言ったところで何も始まる訳ではないのです。それにハマることにより癒されること(あるいはお金をつぎ込む対象を見つけること)こそが恋愛ゲームの全てであると言うことがもし的外れで無いとすれば、センチはその意味で十分に成功した企画だったと言えるのではないでしょうか?

「恨みっこなしにしてくれないかな…。惚れた君が悪いのさ…。」

つまりはそういうことなのです。(笑)
(え、分かんない?ゲームをやりなさい。(笑))

ゲームだけを取り出して議論することはセンチを含む恋愛ゲームにおいてはナンセンスだということです。確かに問題は色々あったかもしれません。もし私がプロデューサーだったら1から作り直しを命じるかもしれません、いや、多分確実に。(笑)(最後のチャンスであっただけに)勿体ないのではないかと言われれば勿体ないと言わざるを得ません。しかし確かなのは、センチという斬新な試みの、果たした成果とそして残した課題は、恋愛ゲームという大きな系譜の中で決して無駄なものだったとは言えないことだと思うのです。


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