Research
ストーリの4レイヤモデル
恋愛ゲームNextage 第10回
0.概要
恋愛系ゲームのストーリは一般的に「バックグラウンド」「プロット」「イベント」「テキスト」の4レイヤスタック構造を取っている。「萌え」と「感動」に関する研究が進む中で、これからのストーリ創造は、各レイヤのストーリビルディングブロックを組み合わせることで生み出されるようになっていくと考えられる。
2002/10/13初版
1.「シナリオ」と「テキスト」
最近、恋愛系ゲームレビューの中でも、「シナリオ」と「テキスト」との区別がされている例を見かけるようになってきている。作品としても、コンセプトや雰囲気は悪くないのだが、テキストが著しく退屈なため、「惜しい作品」になってしまっている「Wind」や、その逆にシナリオは平凡だが、テキストが上手いために萌えゲーとして高い水準に達している「結い橋」など、シナリオとテキストの出来が必ずしも一致していないものは枚挙に暇がない(枚挙に暇がないという意味では、シナリオもテキストも酷い作品の方が多いかもしれないが)。
いわゆるイベント1つとっても、「朝ヒロインが主人公を起こしにくる(あるいは逆に主人公がヒロインを起こす)」といったモチーフは余りにも使いまわされているが、作品によってその効き目はまるで違う。一体この違いを生み出しているものは何なのかと考えると、それを支えるバックボーンがしっかりしているかどうかといったことや、あるいは純粋にシナリオライタ(いや、ここではもはや「テキストライタ」と言うのが正しいだろう)の筆力に依っていることに気づく。
こうしてみると、単にストーリといっても、世界観からストーリの枠組み、キャラクタ、そして個々のイベント、それをユーザの目に見える形にしたテキストというように、上流から下流へといくつかの層があることが分かる。私は、これをストーリの4レイヤスタックモデルとしてここに提唱したい。
2.ストーリの4レイヤスタックモデル
さて、このストーリのレイヤスタックを示したのが図1である。各層を下から順番に見ていこう。上流-下流ということでは、スタック構造なのでもちろん第1層であるバックグラウンドがもっとも上流であって、第4層のテキストが下流ということになり、「上下」が図とは逆になっていることに注意されたい。
図1 ストーリの4レイヤスタックモデル
i)第1層: バックグラウンド層
作品の世界観、それが「バックグラウンド」層である。「世界観」というと本来は「ワールドビュー(worldview)」なのだが、ビデオゲームのコンテクストでは一般的に作品の舞台や時代背景やあるいは雰囲気といったものを指し示す(誰が言い出したのか分からないが、作家の(元々の意味での)世界観を作品として表現した箱庭がビデオゲームの世界であると考えると、よく出来た言葉と言える)ため、「バックグラウンド」と呼ぶのが適切と考えた。
先に述べたように、ここには通常ストーリの舞台や時代とともに作品のコンセプトが含まれる。例えば同じ「学園モノ」であっても、現代日本に近い世界と、西欧中世、ファンタジー世界とでは全く雰囲気の異なる作品になるし、同じ日本であっても近未来でサイバーパンク的な要素が入ったり、何故か日本人がロマンを感じるらしい大正時代だったりすればこれまた変わってくる。
また、優れて仕組まれたゲームシステムもシナリオそのものと言える。今でも引き合いに出される(最近ゲームシステムがシナリオと言えるだけの考えられた作品が余り出ていないことがあるのだろうが)「YU-NO」の前半や「Prismaticallization」はその好例だ(「Ever17」も多分そうなのだろうがプレイしていないので不明)。一方「AIR」のように、自身を対象化してしまうような(アレは「お前らいい加減エロゲーやめようぜ」と言っているようなもので、酷くヘンな気分にさせられた)メタ性を持った作品もある。これらのゲームシステムやメタシナリオは世界観よりも更に下のレイヤとして仮に第0層と位置付けることも考えられるが、こういった要素を持つ作品はそれほどないため、第1層の中に含めることにした。
ii)第2層: プロット層
最下層の世界観の上に繰り広げられるシナリオの骨格部分であるのがプロット層である。例えば「転生モノ」というようにシナリオのフレームワークを規定する。また、このレイヤにはキャラクタコンセプトが含まれる。これはキャラクタが作品の評価に極めて重要な部分を占める恋愛系ゲームの特徴とも言える。ここではシナリオが先か、キャラクタが先か、ということで作家によって、あるいは作品のコンセプトによって2タイプの作り方が見られる。
(a)シナリオ優位型
共通シナリオが優位なタイプである。どのキャラクタを選んでも共通したシナリオが語られるため、同じシナリオでもキャラクタによって視点が変わるといった工夫があればまだ救われるが、基本的に繰り返しプレイには厳しい。一方で、主人公の物語をメインテーマに置く場合や、先の「AIR」ではキャラクタが飾りに過ぎないとずいぶん非難されたが、物語こそが一番伝えたいというコンセプトの場合、どちらかというといわゆる「感動系」に適している。
(b)キャラクタ優位型
共通シナリオがほとんどないか、全くのオマケであり、各キャラクタごとのシナリオがメインのタイプである。キャラクタの魅力を前面に押し出す現在の恋愛系ゲームではこちらが主流であり、「萌え系」に適するのはもちろん、「Kanon」で見られるように「感動系」でも十分に使えるスキームだ。今木氏の忸怩たるループの2002年10月6日前後に詳しいが、「センチメンタルグラフティ」に始まる、「選んだヒロインによって(主人公)自身の過去が決定する」という当時はずいぶん理不尽に感じられた手法は、今となっては素晴らしい「発見」であったと言えよう。
iii)第3層: イベント層
第2層のキャラクタコンセプトやシナリオコンセプトをインプリメントするのがこのイベント層である。例えば「弁当を作ってくる」というイベントは、「家庭的」というキャラクタコンセプトを実装したものだ。ここでは多くの場合「どこかで見たことのある」ような既製品のイベントが繰り返し繰り返し使われている。たまにオリジナルなイベントが入ることもあるが、それもすぐに「どこかで見たことのある」ものとしてライブラリ化されていく。
前節の「シナリオ」と「テキスト」がどこで切れているかということでは、第1層から第3層までを「シナリオ」、第4層を「テキスト」と言うのが基本的には適切だろう。場合によっては第1層から第2層が「シナリオ」、第3層から第4層を「テキスト」ということもできるかもしれない。
iv)第4層: テキスト層
直接的には第3層のイベントを記述し、全体として第1層から第3層を読み手に見える形に表現しているのがテキスト層である。演出もテキスト層に含まれる。同じコンセプトを、同じイベントを天と地の違いに変えてしまうのがここであり、上流で規定された枠組みに沿って記述する点で下流であるとはいうものの、重要性は極めて高い。先ほどテキストライタ、という言い方をしたが、文章力にまだまだ改善の余地が大きいと思われる恋愛系ゲームの世界では、さしあたりこの層の強化が至上命題であると考える。ストーリの要素ではないが、ここで求められているのはスキルとセンスである。
(a)スキル
文章の技術であり、多く読み、多く書くといった努力によって改善可能。近年刹那的な「萌えテキスト」を書ける人はだいぶ増えてきているように感じられるが、それを超えたシナリオスキームをきちんとテキスト化できるように文章力の向上を期待したい。
(b)センス
原則として改善不可能。言葉の魔術師と言うのか、稀に何でもない言葉を組み合わせて読み手の心を捉えてしまう書き手がいる。名作が生まれるとすれば、スキルとセンスを兼ね備えたテキストライタによってしかないだろうが、そこまで求めるのは酷かもしれない。
以上4つのストーリレイヤを見てきた。ここでは、中里氏の日記の2002年9月23日にあるように上流のシナリオライタと下流のテキストライタの分業の可能性が大いにあることは明らかだろう。どちらにも優れている作家がもちろんベストなのは言うまでもないが、そうではない場合は、適材適所でシナリオを組み立てるのが上手い人がシナリオライタ、テキストを書くのが上手い人がテキストライタとして参加すれば、作品全体のクオリティの向上が期待できる。
3.ストーリビルディングブロックとオリジナリティ
イベント層のところで繰り返し使われる、と言っているが、すでに成熟期にあると言っていい恋愛系ゲームでは、実際には最上層であり抽象化できないテキストレイヤを除いては、「感動系」にしろ「萌え系」にしろほとんどの場合が「どこかで見たことのある」モチーフの組み合わせになっていることに気づく。第1層の「大正」、第2層の「転生」、第3層の「弁当」といった具合である。この繰り返し使われる物語要素を「ストーリビルディングブロック」と呼ぶとすると、1つの恋愛系ゲームは、複数のストーリビルディングブロックを階層的に組み立てたものにテキストでラッピングされて作られているのだと言える。
1つ問題がある。すなわち、そうなると、作品性やオリジナリティというのは一体どこから生まれて来るのだろうか、という問題である。どちらかと言うとテキストライタの方は心配ない。卓越した文章力やセンスはそれだけで十分に市場価値があるものであり、独特の言い回しなどもあって作家性の危機には晒されにくい。ではシナリオライタのオリジナリティは? いずれにしても、誰も見たことのない、奇抜な「バックグラウンド」「プロット」「イベント」を生み出しつづけられる人はそうそういるとも考えられない。とすれば、これは組み合わせの妙を作り出す力、と定義できるだろう。誰も思ってもいなかったストーリビルディングブロックを組み合わせることによって今までにない効果を引き出すことがシナリオライタには求められている。
ところで、物語の中に物語要素が立体的に組み立てられているという発想はもちろんオリジナルでも何でもない。すでにインターネット上には物語要素事典という完成度の高いサイトが存在している。ただ恋愛系ゲームという必ずしも一般性の高いとは言えない分野では、物足りない面があることも否定できない(例えば、何故「妹」や「幼なじみ」がないんだ? 断固として納得できない! とか。いや、あくまで例えば)。
そこで、恋ZEROでは、(もしかしたら最後の仕事として、)このストーリビルディングブロックをデータベース化していくことを考えている。すでに構築されている属性データベースと合わせれば、シナリオライタの負荷軽減にもなるだろうし(いいのかどうかは別として)、今度こそストーリの自動構成が現実味を帯びてくるはずである。
もちろん、真に期待するのが、こういった分析モデルを優に越えていって欲しいということであるのは言うまでもない。言うなれば、これはシナリオライタへの挑戦状である。