新町見通し灯籠

しんまち みとおしどうろう

神流川両岸にあり、英泉の「本庄宿神流川渡場」の図にも描かれ評判だった見通し灯籠の新町側。
俳人一茶が文化七(1810)年五月十一日に新町高瀬屋に宿泊したが、 夜更けに突然起こされ、専福寺の者に「川渡りの助けのための灯籠を立てるため」と寄付を強要され、 懐のさびしいところを十二文寄付したという。その後、
「手枕や 小言いうても 来る螢」などの句を書いている。

現在地にあるのは復元したもので、元は国道向かいの交番あたりにあったが、 売却移築され高崎市大八木の諏訪神社の参道入口を示す常夜灯となっている。

大八木諏訪神社参道入口にある元の見通し灯籠。 火袋内には電球が入って明かりがともるようになっている。

(98.8.2)


バーチャル中山道に戻る