倉賀野河岸跡

くらがの かし あと

永禄4(1561)年に倉賀野宿の住人十名が舟により運搬営業をはじめ、舟問屋を開設した。 慶安(1648-52)年中頃になって舟利用の運搬が盛んになり、全盛期には76の業者があった。 米麦、煙草、織物、木材などの産物を目的地に運び、 帰り舟で干魚、油、茶、塩、砂糖などの荷を運んだ。
明治17(1884)年高崎−上野間の鉄道の開通に伴い、 これまで輸送の大動脈だった舟運は役割を終え、河岸は急速にさびれた。

現在、跡は何も残っていないが河岸段丘からは烏川の流れや南上州の山並みが見渡せる。

(1997.5.5)


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