倉賀野宿高札場
くらがのしゅく こうさつば
現在の須賀医院敷地が問屋場の跡。その前に高札場が復元されている。
(97.4.13)
定書の複製がいくつか掲げられている。
「定
一 人たるもの五倫之道を正しくすへき事
一 鰥寡孤独廃疾之者を憫れむへき事
一 人を殺し家を焼財を盗等之悪業あるましき事
慶応四年三月
太政官」
「定
きりしたん宗門ハ累年御禁制たり
自然不審成者有之ハ申出へし
御ほうひとして
はてれんの訴人 銀五百枚
いるまんの訴人 銀三百枚
立かへり者の訴人 同断
同宿併宗門の訴人 銀百枚
右之通下さるへし、たとひ同宿宗門
之内たりといふ共申出る品により
銀五百枚下さるへし、かくし置他所より
あらハるるに於てハ其所之名主併五人組迄
一類共に罪科におこなハるへき者也
正徳元年五月
奉行
右之通被仰出候畢領内之輩
可相守もの也
越前」
(97.4.13)
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