すらっぷつてぃっくす 第壱話
---------------------------------------------------
エヴァ小説 すらっぷすてぃっくす
第壱話 がんばれ、シンジくん!
最終更新日:1997年4月1日
---------------------------------------------------

清清しい朝の光が窓から差し込んでいた。
しかし、いつも通り僕は布団にくるまって惰眠を貧っていた。
理由は・・・いつも規則正しく僕を起こしにやってきてくれる人物がいるからだ。
ガラッ。
ほら来た。僕は部屋の引戸が開けられる音を、半分夢の中のような気持ちで聞いていた。
その人物は、いつもと同じように僕のベッドの側にまっすぐやってきて、いつもと同じように僕の体を揺さぶる。
「朝よ・・・起きて、碇君。」
「う〜ん・・・もうちょっと、あと5分・・・」
僕も、いつもと同じように応える。既に日課のようなものだけど、実際眠いものは眠いのだ。
だけど、今日は違った。
いつもならここで、「じゃ、寝てたら。」という言葉と共に部屋を出ていき、きっちり5分後に再び起こしに来て、それで僕も渋々目を覚ます。という流れなのだが、今日の彼女はいきなり掛け布団の端をつかむと、それをひっぺがしたのだ。
「な、なにするんだよ、綾波!」
「今朝はおじさまがいるの。おばさまが久しぶりにみんなそろったから、一緒に朝食をとりましょうって・・・」
「父さんが・・・」
そう言って、なぜか綾波は顔を赤らめ僕に背を向けた。
「寝ぼけて、その格好で来ないでね。」
「え・・・?」
なにかおかしいところがあるんだろうか?パジャマはちゃんと着てるし、髪だってそんなに寝ぐせが激しいわけじゃない。
綾波の言葉の意味が分からず、考え込む際に視線が下半身に移った。その時僕の寝ぼけ眼は、自分の股間の異常な膨らみを認識したのだった。
「こっ・・・これは、・・・あ、綾波、違うんだ。その、あの、・・・お、男はみんな、朝は、その・・・」
しかし、綾波はそんな僕の弁解も聞かずに、早足で部屋を出ていってしまった。

綾波レイ。僕と同じ14歳の中学2年性。僕のいとこ・・・らしい。
まだ小さいときに両親を亡くし、それから僕の家に引き取られたということだけど、僕にはそんな記憶は全然ない。気付いたときから一緒にいるって感じだった。確かに顔だちだけ見ればなんとなく母さんに似ていなくもないが、彼女を特長付けている色の薄い髪と赤い瞳はどうにも説明がつかない。僕の親戚には------故人も含めて------外国人はいなかったと思うし・・・。
だけど、そのことを問いただす勇気は僕にはなかった。とりたてて問題があるわけでもないし、むしろこの関係を壊したくはなかった。なにしろ、彼女はかわいいのだ。異常に無口なところが珠に傷だけど、そんなところが神秘的でいいってのも世の中にはいる。

そんな事を思いながら、僕はベッドを起きだしてダイニングに向かう。
ダイニングの扉を開けると、味噌汁のいい香りが僕の食欲を刺激した。
「あら、おはようシンジ。今日は早いのね。」
母さんが振り向きながら言った。
既に食卓には綾波と父さんが席に着いていた。

碇ゲンドウ。僕の父さん。アニメ制作会社「ネルフ」に勤めている。
数本のアニメ作品の監督を務めたことがあり、その仕事が評価されて現在事実上社長と肩を並べるほどの地位に就いているそうだ。
色付きのサングラスを常用し、背が高く顎髭をたくわえたその風貌は、なるほど只物ではない、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。息子の僕がいうのだから間違いない。
僕も父さんは、はっきり言って苦手だ。父さんに限らず、押しの強い人間といった方がいいだろうか。自分でもわかってるんだけど、どうしてもその人のペースに流されてしまう。

その父さんが読んでいた新聞から顔を上げ、僕に話し掛けてきた。
「どうしたシンジ。朝から浮かない顔をして。レイとなにかあったのか?」
まだ頬の少し赤らんでいるレイを横目で見ながら尋ねる。その口許が微かにつり上がっていた。意地悪い父さんのことだ。あらかた事情を察しているに違いない。
「べ、別に綾波とはなんでもないよ!」
「やれやれ。中学に上がるまではレイと呼んでいたのに・・・」
「い、いいじゃないか、そんなの・・・」
中学生になってから、僕は周りの目を気にして、いつしかレイのことを綾波と呼ぶようになっていた。綾波もそれを知ってか知らずか、僕のことをシンジ君から碇君と呼び方を変えた。
そんなこととっくに分かってるはずなのに、全く僕をからかっているとしか思えない。
「もう、シンジもお父さんも朝からけんかしないの!」
「むう・・・」
「わかってるよ・・・」
母さんが口を鋏んだ。さすがの父さんもだんまりを決め込む。

碇ユイ。僕の母さん。
客観的に見ても、歳の割に若く見えるし、美人だし、性格も申し分ないと思う。ただひとつ分からないことは、どうして母さんはあんな父さんと結婚する気になったのだろうということだ。

「みんなで一緒に朝御飯なんて、ほんとうに久しぶりね。」
我家の朝食にしては珍しく和風の献立が並んだ食卓につきながら母さんが言った。
「おじさま、最近忙しいんですか?」
珍しく綾波が話を切り出した。
「ああ、今制作している新作『白き月、赤き日』の進行状況が芳しくなくてな。スポンサーがけちをつけてきて、突貫作業で数話ほど絵コンテを切り直してたのだ。とりあえず動画があがるまで私は暇だからな。久しぶりに家に帰ることができた。」
しかし父さんの顔に浮かんだ笑みは、どこか空々しかった。家に帰れた喜びより、作品を直さなければならなかった憤りの方が大きいのだろう。
それから父さんの愚痴が始まった。こうなるともうお手上げである。
「新番組は最初にインパクトを与えて、コアなファンの心をつかみ取ることが命なのだ!その為にはヒロインが悶え苦しむカット167はフォーカス・イン、パン・アップなんて安物ドラマのようなごまかしをするべきじゃない!」
「もっと特効を使って画面にリアリティーを出すべきなのだ。その為の金を出し渋りおって・・・」
専門用語が飛び交い、僕にはなんのことだかさっぱりわからない。でも席を立とうものなら、なにを言われることか・・・
僕にできることは、はやく父さんの愚痴のネタが尽きること、または母さんが止めてくれることを祈るだけだった。
だけど、後者への期待は裏切られた。
父さんがテーブルの上に絵コンテのコピーを並べだしたのだ。
「見てみろ、ユイ。こんな描写では子供騙しにもならん。」
「まあ、これはひどいわね。こんな進行状況じゃ、アフレコも線撮りやむなしかしら。役者の皆さんも大変ね。」
母さんまで一緒になって論議に熱中している。
忘れてた。母さんは昔人気声優で、父さんの初監督作品でヒロインの声をあてたのが出会いのきっかけだったらしい。アニメに関する知識は、下手したら父さんを上回るかも知れない。
僕と綾波は既に朝食を食べ終わっていたが、あいかわらず席を立つタイミングを計りかねていた。
その時、テレビからの音楽が耳に入った。
NHKの朝の連続テレビ小説のテーマ。すなわち、8時15分になったということだ。2015年になっても、この番組はしぶとく生き残っている。
「大変。シンジ、レイちゃん、急がないと遅刻するわよ!」
誰のせいでそうなったんだよ。と言いたい衝動に駆られたが、そんな時間も惜しい。
可能なかぎり急いで顔を洗い、着替えて、転がるように玄関を飛び出した。
ちなみに綾波は朝食前に着替えをすませており、歯は食前に磨く主義だ。僕は御飯の味が変になるので歯磨きは食後にするのだが、いくら遅刻しそうになろうともこればっかりは譲れないのだ。


第3新東京市立第一中学校ヘ続く道を、綾波と並んで走り抜ける。
今日も横の車道は大渋滞。芦ノ湖畔に建設されたこの街も、来年には遷都されて正式に日本の首都になることが決まっている。僕たちの学校も、毎日のように転校生がやってきていた。
「そういえば綾波、今日僕らのクラスにやってくる転校生ってどんな子かな?」
「・・・知らない・・・」
良く考えてみれば、僕も知らないのに綾波が知るわけがないのだ。それでも聞かずにはおれなかったのは、どうやら女の子らしいという情報が数日前から囁かれていたからだ。情報の出所は同じ2―Aのクラスメート、相田ケンスケ。彼の持ってくる情報の信憑性は絶大なのだ。
「そうかー。でもどんな子かな〜。かわいい子だといいな〜。」
綾波には、その時の僕の顔はさぞしまりなく見えたに違いない。綾波は走りながら器用に僕の右頬をつねったのだった。
「いたっ、いたいって、悪かったよ綾波!」
つねるのは止めてくれたが、まだ赤い瞳が僕を睨み付けている。
謝るのに夢中で、すっかり前方に不注意になっていた。
見通しの悪い交差点に差しかかったとき、突然横から人が飛び出してきたのだ。
「わあーーーっ!?」
「きゃあーーーーっ!?」
コイーン。
ものすごい音がして、僕の周りには星が旋回していた。
ジンジン痛む頭を押さえながら、なんとか前を見る。
まず目に入ったのは、綾波ほどではないが白く細い脚。そしてこの辺では見かけない制服のスカート。さらに、そのスカートの奥に見える白く小さな布・・・
それが何であるかが記憶と結びつく寸前、その布は別の布で覆い隠され、細い脚がつかつかと近づいてきた。
そして。
「急に飛び出してくるんじゃないわよ!痛かったじゃないの、このバカ!!」
バチーン!
さっきに勝るとも劣らない音と共に、平手打ちが僕の左頬を打ち抜いた。
「い・・・いきなりなにするんだよ!」
「見物料よ、安いもんでしょ。」
そこで、初めて相手の顔が見えた。
赤みがかった栗色の長い髪。活動的な青い瞳。何もかもが綾波とは正反対だった。ただ1つ、とびきりの美少女であるということを除いて。
ただ、そのことを喜ぶ余裕は僕にはなかった。それはそうだろう。出会い頭にいきなり平手打ちをかまされれば。
「そ・・・そっちだっていきなり飛び出してきたんじゃないか!」
「碇君に何するの!」
僕と綾波の声が重なった。しかし、その言葉を投げ掛けるべき相手は。
「いっけな〜い、遅刻しちゃう!この惣流・アスカ・ラングレーともあろう者が転校初日から遅刻なんて、あたしの沽券にかかわるわ!!」
既に全速力で駆けだしており、その姿は既に小さくなりかけていた。
しばし茫然とする僕と綾波。そこに、予鈴の音が風に乗って聞こえてきた。
「急ぎましょ、碇君。」
「そ、そうだね。こうしちゃいられない!」
僕たちは我に返ると、再び校門へ続く道を駆けだしたのだった。


なんとか、始業のチャイムが鳴り終わる前に教室に辿り着くことができた。
「なんやセンセ?ほっぺ両方とも真っ赤にして。」
みんな制服なのに、1人だけなぜか1年中ジャージで通している鈴原トウジが大阪弁で近づいてきた。
「じつは今朝・・・」
僕は家を出てからの出来事をかいつまんで話した。いつの間にか、側には眼鏡がトレードマークの相田ケンスケが寄ってきている。
「・・・で、センセはその女のパンツを見たっちゅうわけか?」
「その・・・ちらっとだけ。」
「か〜っ!全くなんちゅー羨ましいやっちゃ。綾波と同居してるだけじゃあきたらず、他の女のパンツまで!」
「そ・・・そんなの関係ないだろ!だいたいそのせいでビンタを食らう羽目になったんだから・・・」
「自業自得さ。シンジ、お前には確実に女難の相があるぜ。」
ケンスケが冷やかす。その言葉に、一瞬綾波の瞳が僕の方を向いたが、僕たちがそれに気付くことはなかった。
その代わりに、学級委員長の洞木ヒカリさんが歩み寄ってきた。
「3人とも静かにしなさいよ!先生は来てなくても、もうホームルームの時間なのよ!」
そばかすとおさげが印象的な彼女。黙っていればそれなりにかわいいのではあるが、真面目すぎる性格が災いして男子生徒の受けはいいとはいえない。
「ほら、鈴原も!だいいち鈴原は週番でしょ!」
「なんや、いいんちょ。ちっとは綾波みたく、おとなしゅうできんのかい。」
トウジは洞木さんに聞こえないように小声で呟いたつもりだったのだろうが、洞木さんの耳にはしっかり届いていたようだ。
だけど、その怒りの矛先は、なぜか僕に向けられた。
「ちょっと碇君!碇君が変な話しだすから悪いのよ!」
「ご、ごめん・・・」
言って僕は思った。なぜ僕が謝らなければならないのだろう。そういえば、トウジが綾波を引き合いに出すといつもこうだな・・・。ひょっとして、洞木さんはトウジのことが・・・まさかな。あの真面目な委員長が、がさつなトウジのことなんか・・・。
そんな事を考えていると、突然教室のドアが開いた。そこから、教師には似つかわしくない、不精髭に長髪という身なりの男性が入ってくる。
加持リョウジ先生。僕たちのクラス2―Aの担任で独身、30歳。
飾らない性格とそれなりのルックスの良さで、女子生徒からはかなりの支持を得ている。そのせいで多くの男子生徒からは敵視されているが、困った事なんかにはいつもの調子からは想像もつかないほど親身になって相談にのってくれるいい先生であることを、僕は知っている。
「起立、気を付け、おはようございます。」
委員長の号令に合わせて挨拶する。
「よお、みんなおはよう。さっそくだが、噂の転校生の紹介だ。男子諸君、期待しろよ!」
軽い言葉と同時に、沸き上がる男子生徒一同の歓声。
「みんな静かにしなさいよ!ホームルーム中でしょ!!」
委員長の注意も、もはや効果はない。
「よしよし・・・それじゃあ、入ってくれ。」
固唾を飲んで見守る男子一同。ドアが開く音がし、転校生が入ってきた。静まり返った教室に、チョークと黒板が触れ合う音が響く。
なぜ音だけなのか。それは僕の前に座るケンスケが立ち上がって、僕の視界を塞いでいたからだ。
「邪魔だよ、見えないじゃないかケンスケ!」
「おお〜っ、これはすごい!紛れもなく美少女!これでまた多儲け間違いなしだーっ!!」
デジタルカメラを回し続けるケンスケ。そのケンスケをなんとか押し退けて視界が開けたのと、転校生が僕たちの方に振り返ったのは同時だった。
「惣流・アスカ・ラングレーです!よろしく!!」
「あああああーーーーーっ!!!!!」
「ん?・・・あああーーーーっ!あの時のパンツのぞき魔!!!」
「べっ・・・別にのぞきたくてのぞいたんじゃないよ!!」
「ど〜だか!あの時だって、わざとぶつかったんじゃないの〜?」
「・・・碇君はそんなことしないわ。それにあなたの方から先にぶつかってきたんじゃない。」
「なにあんた?かばったりしちゃって。・・・はは〜ん、そうか。2人ともできちゃってるってわけね〜。」
「ちっ、違うよ!ぼ、僕と綾波とは、その、いとこ同士なんだよ!!」
「シンジ〜!!お前っちゅう奴は、お前っちゅう奴は!!!」
「鈴原!あんた、なに考えてんのよ!!」
「う〜ん、怒った顔もまたかわいい!これは高く売れるぞ〜!!」
教室中大騒ぎだ。加持先生はというと、にやにやしながらこの状況を見守るばかり。委員長さえも騒ぎに加わってしまった今、誰もこれを止めようとするものはいなかった。


結局、ホームルーム終了のチャイムと共に、自らの使命を思い出した委員長が騒ぎを沈めた。
それから後は、とりあえず平穏に時間は過ぎていったのだった。
そして放課後。
「ちょっとつきあってくれない、パンツのぞき魔!」
「そんな言い方はやめてよ!」
転校生が声をかけてきたが、その態度は高飛車そのものだ。
「じゃあ、なんて呼んだらいいのよ。」
「ぼ、僕にはちゃんと碇シンジって名前があるんだ!」
「ふ〜ん・・・同じ名字でもえらい違いね。・・・それじゃあ、あんたはバカシンジで決まりね!」
「な、なんでそうなるんだよ!」
「うるさいわね、バカだからバカシンジよ!それとも、パンツのぞき魔の方がいい?」
「・・・碇君はバカでも、パンツのぞき魔でもないわ。」
「また出たわね、なんなのよ、あんた。」
「・・・わたしは綾波レイ。碇君のいとこよ。」
「ふ〜ん・・・まあいいわ。じゃあ、レイ。あんたもバカシンジと一緒に、あたしにこれからつきあいなさい!」
「どうして?」
「いいからっ、来るのよっ!!」
「そんな、強引じゃないか、惣流さん!」
「アスカでいいわよ。このあたしが呼び捨てでいいって言ってるんだから、感謝しなさいよ!!」
僕がもっとも苦手とする押しの強いタイプの人間に、僕が言い返すことができるわけがない。まして綾波にいたっては一言も発しない。結局、僕たちはアスカにむりやり連れ出されたのだった。


「いったい、どこまでいくんだよ。」
地下鉄の駅を出てから、かれこれ30分近くは歩かされている。
「男のくせにうるさいわね、もう少しで着くわよ!」
「だからどこへだよ。行き先くらい教えてくれたっていいじゃないか。」
僕たちは第3新東京市の都心近くにまで来ていた。家や学校は郊外の丘陵地にあるので、休日でもなければ滅多にこんなとこまでは来ない。
「あんたたちは黙ってあたしについてこればいいのよ!」
人を連れ出しておいて、この言い草はないだろう。さすがの僕も頭にきた。
全身の勇気を振り絞って、文句を言ってやろうと思ったその時。
「着いたわ!ここよ!!」
アスカはある建物の前で歓声を上げた。
外観は正四角錐、表面は鈍い銀色の光を湛えている。新興都市のために比較的斬新なデザインの建築も多いこの街の中にあってさえ、その建物は一際異彩を放っていた。
そしてそのピラミッドの頂上近くには、一度見たら忘れられないような強烈な印象を与えるロゴマークが描かれている。曰く、「NERV」------ネルフと。
「さあ、入るわよ!」
アスカが勢いよく建物の中に入ろうとする。
「ちょ・・・ちょっと待ってよ!」
僕はあわててアスカを引き止める。
「なによ。」
「えと、その・・・か、勝手に入るのは、まずいんじゃないかな・・・」
「いいのよ!あたしは用があるんだから!!」
僕の制止を振り切って、アスカはずんずんと中に進んでいった。
やがて、誰もいない通路の奥に扉が現われた。ここから先はIDカードがなければ入れない。僕と綾波は、ネルフの重役である父さんの関係者ということで一応カードを持ってはいるが、使ったことはほとんどない。
「これ以上は無理だよ。ね、早く戻ろうよ。」
しかし、アスカは鞄の中から信じられないことに赤いネルフのロゴが入ったIDカードを取り出すと、それを扉の横のスリットに通したのだ。
ピン。
電子音がして扉が開く。偶然か、それとも予知していたのか、扉の向こうにはなんと父さんが立っていた。
僕がその事に驚いていると、アスカが突然大声を上げた。
「こんにちは、碇監督!!」
「よく来たな、アスカ君。」
「ほら、バカシンジにレイ!この人が「頂上をねらえ!」や「名古屋の栄のナディアパーク」、そしてあの大ヒット作「新世紀歓談」の監督を務めた有名な碇監督よ!!あたしのおかげで会えたんだから感謝しなさいよ!!」
アスカの得意げな顔は、しかしその直後発せられた僕たちの言葉にもろくも崩れさった。
「と・・・父さん・・・」
「おじさま・・・」
「アスカ君、紹介しておこう。シンジにレイ。私の息子と姪だ。」
「・・・・・・えぇーーーっ!?」
硬直するアスカ。それに気付いているのかいないのか、父さんが話し掛けてきた。
「だが珍しいな。お前たちがこんなところまで来るとは。」
「それは・・・アスカにむりやり・・・」
そこで硬直の解けたアスカが僕の口を塞いだ。
「シ・・・シンジ君がお父さんの仕事場に案内してくれるというもので、お言葉に甘えて・・・」
なにいってんだよ!そう言おうとしたところで、僕にしか聞こえない小声でアスカが耳元に囁いた。
「・・・ほんとのこと喋ったら、殺すわよ。」
目がマジだ。喉元まで上がってきた言葉を、永遠の闇へと呑み込む。
「そうか。シンジもやるようになったものだ。」
「べっ、別にそんなんじゃないよ!!」
冷やかしの笑いを浮かべる父さんに言い返す。でも僕の言葉に嘘はない。
「アスカ君、これからがんばってくれたまえ。」
「はい!!」
「?・・・なんで父さんがアスカの事を知ってるの?」
「アスカ君には私の今度の新作『白き月、赤き日』で主人公に猛アタックをかけるヒロインの声をあててもらう事になっている。」
「ええっ!?」
「そしてこれは極秘事項だったのだが、もう話しても構わまい。主人公の少年はシンジ、主人公に密かな想いを寄せるもう1人のヒロインをレイに演じてもらう。」
「「「えええぇぇぇーーーーーーーーー!?!?!?」」」
僕と綾波、そしてアスカの叫びがネルフの通路に響き渡った。

一応普通の中学生として過ごしてきた僕の日々も、この日が最後であった。僕たちがこれからどうなるのか、それは誰も知らな・・・いや、父さんだけは知っているのかもしれない・・・

第弐話に続く

すらっぷすてぃっくす タイトルページに戻る

感想・文句などは
herewego@big.or.jp
まで。

新世紀エヴァンゲリオンは、(C)ガイナックスの作品です。