すらっぷつてぃっくす 第弐話
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エヴァ小説 すらっぷすてぃっくす
第弐話 がんばれ、ミサトさん!
最終更新日:1997年4月16日
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「あ〜あ。もうやってらんないわよね〜、リツコ。」
「何が?」
目の前の友人は、わたしの方にちらとも顔を向けようともせずに応えた。
あいかわらず、指先は目にも止らぬ速さでキーボードを打ち続けている。
わたしは気の抜けかけたビールを1口すすり、唇を湿らせてから更に言い募った。
「何が?じゃないでしょ。絵コンテは切り直し、動画はおろか原画すらあがらない、おまけにメインキャラの声優すら決まってないなんて、これじゃ放送期日に間に合わないわよ!」
染め上げた金髪を揺らして、リツコが振り向いた。
「あなた1人がじたばたしても始まらないわ。それから昼間からビール飲むの、おやめなさい。」
「ビールでも飲まなきゃやってらんないわよ!」
そりゃまあリツコの言うことはもっともだけど、人間は感情の動物よ。
わたしは残り少なくなったビールを一気に呷りると、辺りを見回した。
直後、触らぬ神に崇りなし、とばかりに一斉に下を向くネルフスタッフ。
そう、ここはアニメ制作会社「ネルフ」、その2階にあるアニメ制作部。
ピラミッド状の建物の基底部近くにあるからかなりの面積がある・・・はずなんだけど、机と資料と作品、それにスタッフの持ち込んだ様々な私物のせいで、とてもそうは見えないわね。
わたしは葛城ミサト。一応ネルフの次回作『白き月、赤き日』の副監督って大層な役目を務めてんだけど、これがワンマンな監督と制作現場の調整役って感じで、も〜大変なのよ。つくづく中間管理職の悲哀ってやつを思い知らされるわ。
「まったく、あなたまでそんなことじゃ先が思いやられるわね。」
「うっさい!!」
的確にわたしの痛いところを突いてくるこの女は、大学時代からの腐れ縁の赤木リツコ。
本来は3階のゲーム開発部に所属してるんだけど、その天才的なコンピュータオペレーションの手腕を買われて、アニメのコンピュータ・グラフィック制作も請け負ってもらってる。ネルフ作品の売りの1つである「緻密なCG」は、彼女の功績と言っても差し支えないわね。
ほんとだったら博士号でも取って大発見の1つや2つはできるんじゃないかって才能をもってるのに、なんでこんなアニメ会社に勤める気になったのかしら?
まあ、わたしも人のことは言えないし、あれこれ詮索するのはいい趣味じゃないわね。わたしはそんな疑問をおくびにも出さずに、少し離れた制作現場の方に向かう。
「どう、日向くん。進行状況は?」
「あ、葛城さん。それがどうにもこうにも。」
短く刈り上げた髪に眼鏡の一見好青年に見える日向マコトが、肩をすくめ頭を横に振った。
彼は作画スタッフの中心的存在。若いながら確かな腕の持ち主で、今回は何話か作画監督も任されてるんだけど・・・制作状況がこの調子じゃ災難よね。
「ほんと、マジでスケジュールきついっすよ。」
日向くんの後ろの席に座っている長髪でやや垂れ目の青葉シゲルが、ギターを抱えたまま肩越しに振り向いて言う。
日向くんの同級生で、音楽が好きな彼は自ら進んで音響監督や作曲という役に名乗り出たんだけど・・・声優すら決まってない今、一番気が気でないのは、もしかしたら彼かもね。
「葛城さん、碇監督どこへ行ったか知りませんか?」
「あ、マヤちゃん。監督ならさっきふらっとどこかへ出ていったけど・・・それよりも、演出の方はどう?」
「はい。がんばってはいるんですけど・・・監督の注文に加え、なおかつ万人受けするように見せ方を考えるのって、意外と大変なんですよ。」
沈痛な面持ちで語る伊吹マヤ。抜群のセンスの良さを評価されて、演出を任せられている。
ショートカットで、いかにも清楚なお嬢様って感じ。それがなんの因果でこんな会社に来たのやら・・・人事じゃないけど同情するわ。
「それで、いったい監督になんの用?」
「一応監督が昨日絵コンテを切り直したところの演出の直しが上がったので、チェックしてもらおうと思ったんですけど・・・いないんですか。困ったなあ・・・」
「まあったく、あの監督は・・・どこほっつき歩いてんのかしら。このクソ忙しいときに・・・」
と、それが合図だったかのように入り口の扉が開き、そこからサングラスに顎髭の碇監督が現われた。やっば、今の聞かれてなかったわよね・・・?
あら?監督の後ろに子供が3人。なにかしら?あの監督に限って社会見学の引率なんかやるわきゃないし・・・
「諸君、聞いてくれ。」
碇監督の低い声が広い室内に響く。その前には、おとなしそうな男の子が1人、勝ち気そうな赤い髪の女の子が1人、そしてうす青い髪のなんだか神秘的な雰囲気の女の子が1人、計3人の少年少女が並んでいた。
スタッフのみんなは、興味深々って感じで監督と3人の子供に注目している。
「メインキャラを当てる声優が到着した。よろしく頼む。」
唖然とするスタッフ一同。真っ先にその沈黙を破ったのは青葉くん。
「ちょっと待ってくださいよ。こんな子供を声優に、しかも主役に使うってんですか!?」
まあ、青葉くんにしたら当然よね。アフレコ現場で演技指導とかに苦労するのは目に見えてるし。
そしたら、まったく思わぬところから同調意見が出たのよね。
「そうだよ、父さん!僕みたいな中学生にテレビアニメの声優なんて、できるわけないよ!!」
えっ、あの子が監督の息子さんなの!?信じらんないわね。見た目は似ても似つかないし。
この口調からすると、本人もたった今そのことを知ったらしいわね。それにしても、自分の息子にすらあらかじめ話をしてないとは・・・どんな家庭生活してんのかしら。
でも、驚いてる場合じゃないわね。副監督のわたしとしては、みんなを代表して監督に意見しなくちゃ。
「・・・監督。失礼ですけど、やはりその子たちを主役キャラに登用するには、少し荷が重いのではないのでしょうか?」
「フ、問題ない。」
「しかし、労働基準法にはひっかかりませんか?」
「それならウゴウゴくんとルーガちゃんはどうなる。それにあの名作『超時空要塞マクロス』の主人公、一条輝役だった長谷有洋氏は当時17歳、現役の高校生で、アフレコスタジオに制服で通っていたというのは、今も語り草だ。」
監督はサングラスの奥の目に涙を浮かべて語っている。だめだわこりゃ。完全に自分の世界に入っちゃってるわね。それでもここで挫けるわけにはいかないわ。
「でも、社長はなんていうか・・・」
「問題ない。既に話はつけてある。さあ、各自仕事につけ!我々には時間がないのだ。」
あの堅物の社長が許可したんじゃね〜・・・もうわたしにはどうにもなんないわ。あとは野となれ山となれ。
とにかく、今はわたしたちのできることを精一杯やるしかないわね。
と、そのときは思ってたんだけど、実はその何日か前に監督と社長の密談がネルフの最上階、冬月社長の執務室で行なわれていたのよね。もちろん、わたしたちはそのことを知る由もなかったんだけど。


「本気か、碇?お前の息子や姪、中学生3人を『白き月、赤き日』の主役に抜擢するというのは。」
「ああ。話はまだしていないが、考えを変えるつもりはない。」
「大丈夫なのか?この作品には、ネルフの社運がかかっている。この作品で赤字を作ったら、もうアニメ部門を廃止せざるを得ないんだぞ。」
「問題ない。冬月、考えてみろ。わざわざオーディションをして本職の声優を選ぶ手間もないし、高額なギャラを払う必要もない。声優が中学生となればそれだけで話題となるし、加えてコアなファンを獲得できる。人気が出ればCDや写真集を出版して儲けることもできる。いや、彼等なら確実に人気が出る。声もビジュアルも問題ない。それに・・・」
「それに?」
「それに彼等はエヴァの血を引いているのだからな・・・」
「それはそうだが・・・だが、確かに一石二鳥どころか五鳥六鳥にもなるな・・・いいだろう、碇。お前がそこまで言うのなら、もう私は止めはせん。」
「感謝する、冬月。」


「みんないいわね!この子たちの声優デビューがいきなり線撮りなんてことにならないように、しっかり気合い入れて仕事するのよ!」
いろいろ不満はあるけど、この子たちがこれから直面する困難を考えたらそんなこと言ってらんないわ。出来るかぎり急いで画を仕上げなくちゃ。
わたしはみんなを叱咤してまわった。
「いいわね、日向くん。なんとしてもアフレコまでに間に合わせるのよ。」
「任せてください、葛城さん!この日向マコト、あなたのためならこの命に変えても仕上げてみせます!!」
タハハ・・・好意を持ってくれるのはありがたいんだけどね・・・
苦笑いをこらえつつ、青葉くんの方を向く。意外にも、彼の表情は明るかった。
「あら、余裕あるじゃない。」
「立場上文句を言いましたけど、内心ほっとしてたんですよ。ベテランの声優さん相手じゃ、俺なんかがあんまり強いこと言えないですからね。さて、こっちは作曲の続きといきますか。」
ギターを爪弾き始めた彼からマヤちゃんに目を移した瞬間、わたしは思わず自分の目を疑った。
あのマヤちゃんが、監督の側にいる子供たちを見つめながら、今にも奇声を上げかねないと思えるほどにやけていたのだ。
「ど、どうしたの、マヤちゃん!?」
「葛城さん・・・わたし、創作意欲が沸いてきました!1人の男の子を取り合う2人の女の子・・・ふふ、久しぶりに同人作家の頃の血が騒ぐわ!!絶対にすごい演出をやってみせます!!」
「そ・・・そお。でもあんまり、自分の趣味に走らないでね。」
目を輝かせ、胸の前に拳までつくってとうとうと決意を語るマヤに、わたしは引き攣った顔に冷汗を浮かべながら応えた。
彼女・・・ヤヲイだったのね・・・人は見かけによらぬもの、とはよく言ったものだわ。 ど〜りでこんな会社を選ぶわけよね。
鼻歌混じりのスキップで自分のデスクに向かうマヤちゃんを尻目に、わたしは監督の方へ向かった。
「監督、この子が息子さんですか。」
「そうだ。息子のシンジだ。こっちは私が預かっている姪の綾波レイ、そして私の遠い親戚の娘である惣流・アスカ・ラングレーだ。よろしく頼む。」
「はい、監督。さてと・・・わたしは葛城ミサト。呼ぶときはミサト、でいいわよ。よろしくねん。」
「え、あ、その・・・こ、こちらこそよろしくお願いします、えと、あの・・・ミサトさん。」
「・・・命令ならそうするわ。」
「あたしが来たからにはもう大丈夫よ!大舟に乗ったつもりでいてちょうだい!!」
見事なまでに個性的な子供たちね〜。シンジくんはこの厚顔無恥な監督の息子とは思えないほどウブみたいだし、レイは・・・神秘的というより変わった子ね。まあアスカがこの中じゃ一番まともかもしんないけど、こーゆータカビーな女の子は一筋縄じゃいかないわね。
「あの、父さん・・・アスカが遠い親戚だって、本当なの?」
「聞いた通りだ。」
「あたしの中にバカシンジと同じ血が少しでも流れてるってのは気に入らないけど、そのおかげでこうしてネルフの作品で声優デビューできるんだから、世の中わかんないわよね〜。」
「そんな言い方はやめてよ!」
「・・・碇君を悪く言うのはやめて。」
あらら、ありがちな展開。
でもこれはおもしろいわね。ほほえましくて結構。これから先が楽しみだわ〜。
「では葛城君。私はこの子らを連れて今日は帰ることにする。」
「連れてって・・・アスカを送ってくの?父さん。」
「何を言っているシンジ。アスカ君は役作りも兼ねて、今日から我が家に住み込んでもらうことになっている。」
「「ええーっ!?」」
「・・・・・・」
シンジくんとアスカはユニゾンで大声を上げ、レイは無言だった。微かに不満そうな視線は送ってたけど。
「いくら碇監督の指示でも、バカシンジなんかとひとつ屋根の下になんか寝られないわよ!」
「何の為にドイツから転校させたと思っている?ネルフにはアフレコ終了までホテル代を払うだけの余裕はないのだ。」
トホホ・・・ホントのことだけど、まったく情けないったらありゃしない。
「そんな〜・・・」
「待っておじさま。もう家には予備の部屋がありません。」
「問題ない、レイ。アスカ君にはシンジの部屋を使ってもらう。」
「ちょ、ちょっと待ってよ、父さん。それじゃ僕はどこの部屋を使うんだよ。」
「物置があっただろう。あそこを整理して使え。」
「ひどいよ!アスカに使ってもらえばいいじゃないか!」
「なんですって!このあたしに物置で寝ろとでも言うつもり!?」
「その通りだ、シンジ。女の子とはデリケートなものなのだ。それとも、レイの部屋で一緒に寝ることにするか?」
「碇君と一緒・・・わたしは・・・構わないわ・・・」
「な・・・なに言ってんだよ、父さんも綾波も!わかったよ、僕が物置を使えばいいんだろ!!」
意地悪そうに口の端を吊り上げてにやけている監督と顔を真っ赤に染めたレイに、これまた真っ赤なシンジくんがしどろもどろになりながら弁明した。
「では、我々は帰るとするか。」
「監督、待ってください。この危機的な進行状況に監督がいなくては・・・」
「問題ない。そろそろ彼がやってくるはずだ。私がいない間は彼の指示を仰げ。」
「彼・・・?」
わたしの疑問の言葉と同時に、電子ロック式の扉が開いた。
そこに現われた人影に、わたしは愕然とした。
「よう、葛城。久しぶりだな。」
「か・・・加持くん!?」
「加持先生!?」
わたしとシンジくんのすっとんきょうな声に、スタッフが一斉に反応する。
そして、さざ波が広がっていくように、あちこちでひそひそ話が展開されていった。
「加持って・・・まさか・・・」
「ああ、間違いない。あの・・・」
「あの伝説のアニメーター、加持リョウジ!!」
「手掛けた作品は数知れず。日本最高のアニメーターとまで言われた男だ!数年前忽然とアニメ業界から姿を消したというが・・・」
「その男が、今ここに・・・」
そう。加持リョウジ。わたしの昔のパートナーであり、恋人だった男。でも・・・
「な・・・なんであんたがここにいるのよ!?」
「ご挨拶だな、葛城。数年ぶりに会ったんだ。もうちょっと気をきかした言葉はないのかい?」
「よ、余計なお世話よ!」
もー最悪。よりにもよってこんな奴と再開する羽目になるとは・・・
「加持君、お久しぶり。」
「リッちゃんか。こりゃまた随分きれいになったもんだ。」
「お世辞は通じないわよ。その誰にでも声をかける軽い性格、直さないと本命ができたとき怖いわよ。」
「肝に命じておくよ。これでまた、3人でつるめそうだな。」
「悪夢よ・・・そう、これは悪夢だわ・・・」
現実逃避しているわたしの耳に、シンジくんの声が届いてきた。
「あの・・・いいんですか、先生?たしか公務員は副職をやっちゃいけなかったんじゃ・・・」
「まあ固いことは言いっこなしだ。君たちだってアフレコのために学校を休まなくてはいけなくなるかもしれないんだからな。その時はうまく取り成すよ。」
「そ、そうですか・・・」
「では碇監督、あとは俺が。」
「任せる。」
そう言って監督とシンジくんたちは帰宅していった。あとには、興奮にざわついているネルフのスタッフと加持だけが残された。
頭の中は淫らな妄想によってすっかり占領されてしまっているマヤちゃん。
わたしと親しげな加持に、めらめらと嫉妬の炎を燃やす日向くん。
人の迷惑省みず、大音響でギターを掻き鳴らす青葉くん。
何もなかったかのようにマイペースなリツコ。
さっそく女子スタッフに声をかける加持。
未だショックから立ち直れず、頭を抱え込んだままのわたし。
そして何を考えているのかまったくわからない碇監督。
こんなスタッフでこの会社、ホントに大丈夫なのかしら・・・?


あとがき

どうも、ひあうぃー剛です。すらっぷすてぃっくす第弐話「がんばれ、ミサトさん!」をお届けします。
本当に長い間お待たせしました。さすがに論文と同時進行という器用な真似はできなかったもので・・・「エヴァンゲリオンな小説へのリンク」からリンクを張ってもらった途端にヒット数が激増(当社比)したので、半分脅迫観念に駆られたように論文終了と同時に書き上げた次第です。
さて、今回(といってもまだ2回目だけど)はネルフ内での話です。大問題ですね。特にオペレーター3人組がえらいことになっちゃってます。マヤマニアからは狙撃されかねないです。まあ、マヤの新しい一面ということで許してね。(^^;)
あと、ちょっと後半ばらけてしまってます。チルドレンの絡め方が難しかったですね。アスカの出番が少ないし・・・レイは比較的かわいく書けたと思うのですが・・・
それでは、いつになるかわかりませんが第参話お楽しみに。次の主役は誰にしよう・・・?

第参話に続く

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