第七話Dパート

作・ヒロポンさま

 


 

よくよく考えれば当事者ではないのだが、複雑な人間関係に絡め取れているミユキにとって、この状況は人ごとではない。よしんば自分に火の粉が降りかかるわけではないにしても、事情を知っていることからくる居心地の悪さは、馬鹿にならないストレスを彼女に与えていた。

 

「ペンギンと一緒に住んでるなんて、すごいですね」

 

ツートンカラーの飛べない鳥と住むことの、奈辺をさしてすごいと評しているのやら。マンションのドアの向こうから姿を現したペンペンと担任教師の組み合わせにびびっていた霧島マナが、沈黙を嫌うように口を開いた。

その横でミユキは中腰になり、紅茶に入れるためのスティックシュガーを全員に配っている。

彼女の横にマナが座り。正面にレイ、シンジ、アスカと並んでいた。ちなみに、アスカは、ポニーテールをほどいてしまっている。

レイとマナは必要なしと目で合図。アスカはにっこり笑って一つだけ受け取ると、隣のシンジに「はい」と妙に優しい声で手渡した。

 

・・・・目が笑ってない。

 

ミユキは、自分の分を確保すると、「はははっ」と取り繕うように笑ってから、腰を下ろす。

 

・・・逃げ出したい。

 

しかし、碇レイ宅のダイニングテーブルは六人掛け。家主である碇レイが、その一脚を占めて優雅に紅茶をいただいている以上、客であるミユキはこの場を離れられない。

肩越しにちらりと背後を見る。彼女の親友は、久しぶりにあったペンペンに誘われて、この場を離れてリビングでなにやら話し込んでいる。相手はペンギンなんだけど。

 

・・・・・・なにやってんのあの娘は・・・

 

再び視線を戻すと、おだやかな表情を見事に形作ったアスカと目が合ってしまった。一応、不機嫌さを取り繕うくらいの社会性は備わっているらしい。

ミユキは、気を取り直すと、ティーカップを手に取って一口。

それからさらに、二口、三口、四口・・・・・・・

 

・・・・ほかになにしろってのよ。

 

もっともである。

 

 

加持ミユキが人の和に重きを置く全員野球の信奉者なら、惣流アスカはスタンドプレーの女王様だった。

だからして、自分が思うままに振る舞えない状況は彼女の好むところではない。それでも一応大人の端くれ、外に出れば、気を使ってたみたりすることはできるし、それなりにも振る舞える。

しかし、この場所は彼女にとっての外ではなかった。

14年と言う年月が、疎ましいライバルをもっとも信頼の出来るパートナーに変えていた。碇シンジとは違う意味で、綾波レイは彼女の良き理解者だった。彼女との関係は、アスカにとっての聖域の一つ。

その聖域に、事情を知らない異物が紛れ込んでいるように感じられたことが、アスカの不機嫌の第一要因だった。二人で、チョコを作り終えた後の奇妙な連帯感が心地よかっただけに、目の前のなにも知らない笑顔がことさら疎ましく感じられる。

そんな気持ちに、焼き餅が混ざり込むと、何とも絶妙な不快感だ。

 

ふぅ

心中でため息をつく。考えてみれば目の前の少女は、自分の娘と同い年。

 

・・・・ってまてよ。そっかアタシも今14歳なんだっけ。

 

冗談ウン十%の感慨を弄ぶと、この不快感さえ愛しく思えてくるから不思議だ。

テーブルの下で隣のシンジに脚をぶつけると、彼も困ったような笑顔を彼女に向けた。

 

 

「・・・・そうなんですよぉ。惣流先生って女の子に凄く人気があるんです・・・綺麗だし、格好いいし・・・・ほら、なんていうか姿勢なんかも違うんですよね・・・」

 

ぎこちないやり取りから始まった急増メンバーによるお茶会は、「学校は楽しい?」というレイのオーソドックスな質問により、もっとも無難な話題へと流れていた。

心なしかアスカの機嫌も直ったように見える。

 

よしよし

 

ミユキは、ほっと胸をなで下ろした。

 

 

シンジやユイカの普段の様子。アスカ以外の教師連の愚にもつかないうわさ話。ミユキとマナがしゃべり、レイが頷く。シンジが相づちを打ち、アスカに控えめな同意を求める。

そのうちレイが、紅茶のお代わりを入れにキッチンに立った。

 

会話が止まる。

 

レイとアスカに挟まれていたシンジが、よっと背筋を伸ばし、無意識にかどうかリビングにかけられた時計にちらりと目をやった。

戻ってきたレイが、みんなのカップにお代わりを注ぐ。頬に当たる水色の髪。無防備なその横顔にマナが言葉をかけた。

 

「さっきから気になってたんですけど・・・・もしかして、私たちが来るまで、チョコ作ってました?」

 

ポットを胸元に抱いて、深紅の瞳をぱちくりさせるレイ。

 

「ええ、作ってたわ。どうして?」

「えへへへ、入ってきた時、ちょっとだけど、チョコの匂いがしてたから」

 

小さな鼻をヒクヒクさせるジェスチャーと共に、自慢げにマナが種を明かした。

深紅の瞳が僅かに動き、頬の丸みが少しだけ増す。

 

あっ、今笑ってるんだ。

 

そんな発見が、少女の胸に子供じみた満足感を呼び起こす。レイの笑顔にはそんな力がある。

大胆かつ恐れ多い指摘に顔を引きつらせているミユキの横で、マナは女の子らしい単純で綺麗な笑顔を返した。

 

「明日はバレンタインですもんねぇ。手作りって事は、本命ですか?」

 

・・・踏んでる踏んでる地雷踏んでるよ。

 

ミユキは、気が気ではない。

 

「本命?」

「好きな人にあげるものかってことよ」

 

ぶっきらぼうにアスカが説明してやる。レイと二人でチョコを作っていたことが、間接的にシンジに知られてしまったことは、面白くはない。しかし、彼女が最初に感じた不快感は、持続していなかった。

相手と言葉を交わすと消えてしまうものもあるのだ。

 

「そうなの・・・本命・・・・。・・・そうね、本命だわ。私のも、アスカのも」

 

ンゴッキュッ・・・・ゲホッ・・・・ゴホゴホッ

 

気遣わしげな目線を隠すようにカップを口に当てていたシンジが、思わずせき込んだ。

アスカは、何とも言えぬ表情でレイを見つめた後、何がおかしいのか一人ニヤリと笑う。

 

「大丈夫碇君?」

 

シンジは、覗き込むマナに

 

「うん、大丈夫。ちょっと気管に入っちゃって・・」

 

と片手で口元を隠して答えた。

すかさずレイがティッシュを渡す。

 

「ありがと・・」

 

そう答える横から、アスカもハンカチを持ち出して顔の横を拭いてやる。

 

「ほら、ちゃんと拭きなさい・・・・・・」

 

あまりにも収まりきったその光景に、ミユキは肝を冷やしたが、それは知っていればこその話。マナは特に気にした風もない。

 

「でも、知らなかったな。・・・・惣流先生って彼氏いたんですか。当然と言えば当然か・・・・こんなに素敵な女(ヒト)に・・・」

 

好奇心旺盛な友人の台詞に、ミユキは意味もなく天井を見つめた。

 

ああっ、天井だわ。

 

シンジは、黙ってレイが注ぎ直した紅茶を飲んでいる。

 

「早とちりしないの。ユイカの父親のよ」

 

横に座る人の黒髪をちらりと見てからアスカが言う。

その視線を感じて、シンジもちらりと栗色の髪に目を向ける。時間差のある視線のやり取りに気付いたのは、レイだけだ。

マナはといえば、アスカの言葉に、はっとしたように押し黙り、俯いてしまっていた。

自分が立ち入ってはいけない部分に踏み込んでいたことにようやく気がついたのだ。アスカが赴任してきて以来、ユイカの父親については、学校でも色々と噂や憶測が飛んだものだが、どれもが幸福とは言えない結末を伴ったものだった。彼女は勝手に、亡くなったのだと理解していた。

 

「あっ・・・・・・・・・えっと、ごめんなさい」

 

おびえるような謝辞に、アスカは「別に良いわよ」と笑って首を振った。

一年前ならいざ知らず今は幸せの真っ直中。別に気にする風もない。

 

「それより、霧島さんは、誰かあげる人がいるのかしら?」

 

ちょっとした逆襲に、マナは面白いほどわかりやすい反応を見せた。

 

「えっ!・・・・えっと、私は・・その・・・」

 

頬を赤く染めて、シンジの方をちらりと見やる。

にっこり笑うアスカと困ったようなシンジの顔。

ミユキは、カップに残っていた紅茶を一息に飲み干すと、マナが何か言い出さないうちにと、さりげなく席を立った。

この場にいることに耐えられなくなったのだ。

一人で気を使って空回りしていることには、当人も気付いていたのだが、だからといってマナに同調して、アスカの尻尾を踏むのも怖い。知っていると何かと不便なものである。黙って座っているという選択肢は、なぜだか最初から存在しなかった。

 

「・・・んっ?どうかしたのミユキ?」

 

気付いたアスカが問う。

 

「いや、ちよっとユイカの所に行こうかと・・・」

「あっ、そ」

 

紺碧の瞳に浮かぶ落ち着いた色に、怒ってないんだとほっとしつつ、ミユキは疲れた足取りでリビングへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

暮れゆく夕日。照明がついていないリビングはうす暗い。

そんな中、ベランダに面した一隅だけに、いびつな三角形の茜が落ちていた。

南向きの窓から斜めに差し込むその光に染められながら、惣流ユイカはスースーと寝息をたてていた。

 

「やけに静かだと思ったらこの娘は・・・・・私が意味もなく気を揉んでこんなに疲れてるっていうのに・・・・」

 

ゆっくり上下する胸元には、困り顔のペンペンが窮屈そうに抱かれている。

 

「う〜ん・・パパ」

 

幸せそうな寝言に、ミユキの頬がひくっと動く。

 

・・・なんだか、ファザコンが悪化してるように見えるのは・・・もしかして、私のせいだったりして・・・

 

おかまちゃんと銭湯の話をぼんやりと脳裏に浮かべながら、親友の肩に手をかけた。

 

「ほら、ユイカ起きな」

「・・・・う〜ん」

「ほらほら、起きなさい」

「ぅ・ん・・はれ?・・・あたし寝てたんだ」

 

眠り姫は、元々眠りが浅かったのか、案外あっさりと目を覚ました。

 

「今何時?」

「6時ちょっと過ぎくらい。そろそろお開きになるんじゃない」

「・・・そっか」

 

目元をこするユイカの姿は、平和そのものだ。ミユキの胸に、もやもやとしたものが湧いてくる。

 

「ストレスって・・」

「なに?」

 

胸に抱いていたペンペンを解放してやりながら気のない返事を返すユイカに、ずいっとよっていくミユキ。

 

「ストレスって怖いわよね・・・我慢していると身体壊しちゃったり・・・精神的疲労が重なって思いもかけない行動をとっちゃったり・・・」

「・・・何の話?」

「いや、だからねストレスがたまると人はわけの分からない衝動におそわれることがあるって事」

「はっ?」

 

未だ眠そうな顔ににやりと笑いかけると、ミユキは手元をワキワキさせはじめた。

 

「胸」

「へっ?」

「おねいさんに胸揉ませなさい」

「はぁ?おねいさんって誰の事・・・って・・・ちょっちょっとミユキ!・・やめてってばぁ」

「へへへへっ、おとなしくしな。・・おおっ!ユイカ結構大きくなってるじゃん」

「駄目だってば!・・・なんなのよぉ。・・・ぁっ・ちょっ・・・もう、やめなってば、バカミユキ!」

「やぁよ。・・・こうやってほら・・・こう・・ほれほれ」

「キャッハハハハハハ、くすぐったいってばぁ!」

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・なにやってんのあの子たち?」

 

そろそろ暇しようとリビングをのぞきに来たマナの横で、あきれ顔のアスカが呟く。

薄暗い室内にキッチンから漏れる人工の明かり。

じゃれ合う二人の声が、けたたましく響き渡る。

 

「さあ?」

 

霧島マナはとりあえず、首を傾げて見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、どうしてあの子が、ここに来ることになったわけ?」

 

箸でトマトを掴みながら、何でもない風にアスカが言った。あの子というのは、当然の事ながら、霧島マナだ。

リビングに掛かった時計は、午後の七時を回っている。マナとミユキが辞した後、シンジ達はレイの部屋にそのまま残って、夕食を摂ることにしたのだ。

 

「なんとなぁく、ほら・・・話の流れで・・・・」

 

今夜のメインである、あんかけ豆腐を箸で切りながらシンジが答える。

 

「ふ〜ん・・・・まあ、いいけどね。こういう事も必要だろうし」

「必要って?」

 

ユイカが聞く。

 

「ほら、いくらアタシたちの関係が秘密って言っても、秘密秘密って警戒して、周りの人間とまったく付き合わないわけにも行かないでしょ」

「なるほど」

 

意外と大人なアスカの物言いに、シンジはほっと胸をなで下ろした。

正直、彼は困っていたのだ。

 

・・・どうして僕のことを

 

霧島マナの想いには、流石の彼も気付いていた。

まったく心当たりはないのだが、どうやら彼女は、自分に好意を持ってくれているようなのだ。

 

・・・・・・どうしよう。

 

と考えたところで、どうしようもない。

彼は、ただ、知らない振りをしているだけ。だけど、それが一番いいのだと、シンジは思っている。

守らなければならない秘密もある。可愛くも嫉妬深い恋人もいる。

しかし、彼を困惑させている最大の要因は別にあった。

ちょうど今、レイが座っている席から、自分のことをじっと見つめていた赤毛の少女の姿を、ぼんやりと脳裏に浮かべる。

明るくして、おしゃべりで、積極的な少女。

この世界に再び帰ってきてから、家族以外の他人にここまで踏み込まれたのは、これが初めてだったのだ。

 

 

「それはそうと・・・・ママ達チョコレート作ってたんだって?」

 

ユイカの言葉に、ぼんやりしていたシンジの顔が上がる。伺うように隣に視線を送ると、アスカは僅かに頬を染めて、彼のことを見ていた。

 

「そうよ。あたしの手作り。・・・・・・いつの間にかレイとの合作みたいになっちゃったけど」

「ふ〜ん」

 

てっきり手作りは自分だけだと思っていたユイカが、面白く無そうに相づちを打った。

わかりやすい娘の反応に、アスカがくすくすと笑う。

シンジはなんだかわからないと言う表情で、二人の顔を見比べている。

 

「明日がバレンタンなんだね。さっきまで全然気がつかなかったよ」

 

いたってまじめな様子の彼を、母娘が「信じられない」という顔で見返した。

実際、ここ二三日、女性陣の様子がいつもと違っていた訳を、シンジは最前のお茶会まで知らなかったのだ。

 

「あんたねぇ、テレビとかでさんざんやってるじゃない。気付きなさいよ」

「う〜ん・・・2月14日とバレンタインっていうのが、どうも結びついてなくて・・そろそろなんだなぁ、とは思ってたんだけどね」

「・・・・鈍いのね、ほんと」

「なんだよ」

 

言われつけている事なのだが、ユイカの前で言われると、彼もちょっとは腹が立つ。娘の前では良い格好をしたいらしい。

アスカは意に介さず、睨むシンジの皿から、わざとらしくおかずを奪って、にっこりと笑った。大人げの無いじゃれつき方は、許して欲しいという意思表示。こう言うときに、思い切って甘えてしまうのは、彼女の成長なのだろうか。

シンジも、アスカの皿から同じものを取り返すと、しょうがないなと苦笑する。それがまあ、二人の休戦の合図だった。

 

 

「ところでぇ・・・・・アタシとしては、せっかく手作りしたんだから、チョコ、学校で渡したいのよ」

 

戦利品であるおかずを食べ終えてから、アスカが再び口を開いた。

 

「ええっ!駄目だよ。そんなことしたら・・・」

 

律儀なリアクションを返すユイカをまあまあといなして、アスカは言葉を続ける。

 

「別に学校で直接渡したいってわけじゃないのよ。・・・私、明日も早出なのよね。だから、早出のついでにシンジの下駄箱にチョコを入れておこうかなぁなんてね」

「・・・なるほど」

 

箸を口元にあてたユイカが、残念そうに納得した。

 

「なんだか初々しい渡し方でしょ?」

 

不満そうな娘を後目に、アスカは屈託無く笑って、シンジの顔をのぞき見た。

無邪気な妻の顔に、シンジの頬が赤く染まる。彼らしい反応に、たまらなくなったのか、アスカは、その頬に「チュッ」とキスをした。見境無いというか何というか・・・・。

 

「アスカ・・・可愛いわ」

 

案の定、いちゃつく二人の横顔に、レイのつぶやきが当たった

我に返ったシンジは、慌てて居住まいを正すと、脂下がった顔を引き締めた。その横で、アスカは不機嫌そうに髪を掻き上げる。さすがに、ばつが悪いのかもしれない。

一人我関せずのユイカは、私はなにも見なかったと言わんばかりの自然な動作で、ワカメと溶き卵のスープを飲みながら、気遣わしげなシンジの視線を跳ね返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

住宅街の一角にある、ごく平凡な二階建ての一軒家。

霧島家の一人娘は、今日もベットに突っ伏していた。

 

ふぅぅぅ

 

大きく息をつく。

無造作に投げ出された手足。彼女らしい快活さは影を潜め、どこか憂愁の気配漂ううつろな表情。

初めての恋に戸惑う少女の図と思いきや・・・

 

「・・・・ああっ喰った喰った」

 

単に食べ過ぎて苦しかっただけだったりする。

夕食は、彼女の好物である牡蠣フライであった。

しばらく、くちくなったお腹を抱えて、天井を見つめるマナ。学校帰りの甘味屋では、ミユキほどではないにしてもそれなりに食べ、レイの部屋でも緊張でのどが渇いたのか紅茶をたんまりと頂いたはずなのに、そのお腹は真っ平ら。いったいどこに入っているのか・・・。

多少楽になったところで、むっくりと起きあがる。

表情は、さっきよりもさらに硬くなっていた。

マナは、窓際においた机に向かうと、そのサイドに立てかけていた鞄から、帰り際駅前でこっそりと買ってきたチョコを取り出した。

真理を探究する碩学のような真剣な表情で、じっとチョコを見つめる。

今日は、あまりにもあからさまに振る舞ってしまった。

シンジは多分、自分の気持ちに気付いている。もしかしたら、マンションにまで押し掛けたことを迷惑に思っているかもしれない。姉であるレイや担任のアスカに、変な娘だと思われたかもしれない。ユイカやミユキは、自分のことを道化とバカにしているかもしれない。自分が気付かないうちに、ポロッと決定的なことを言ってしまっているかもしれない。

 

かもしれないかもしれないかもしれない。

 

いよいよ、明日、告白するとなると嫌なイメージばかりが浮かんでくる。

だからと言って、なにもせずに通り過ぎて、こんな想いを引きずって暮らすのも嫌だった。

恋や愛なんて言葉は、世の中にありふれている。だから、マナも自分の気持ちをすぐに理解することが出来た。

そう、まるで自分のものではないみたいにあっさりと。

そんな風に、自分で自分に押しつけたような想いに決着を付けるには、バレンタインは、絶好の口実だと彼女は思っていた。

一人っ子で、人前では明るく騒いでみせるマナには、そんな冷めた一面もある。

マナは、カバンから、これまた今日買ってきたばかりのメッセージカードを取り出すと、ペンを取ってさらさらとなにやら書き込みはじめた。

書くことはあらかじめ決めてあったらしい。よどみのない筆運び。

 

「「今日の放課後、屋上に来てください」」

 

書きながら、不躾すぎないかな、と考える。それでも、とりあえずチョコの入った箱を巻いているリボンの間にカードをはさみこんだ。

作業を終えて、マナは、はぁと大きく息を付くと、再びベットに寝ころんだ。

そして、しばらく天井とにらめっこしてから起きあがり、リボンにはさんだカードを手に取ると、細かく破ってゴミ箱に捨てた。

紙のちぎれる音が、やけに大きく部屋に響いた。

マナは、しばらく立ちすくんでから、新しいカードを出して、また同じ事を書き、また破り捨てた。

そんな作業を、彼女は寝るまでの間に3.5回繰り返した。

 

 

 

 

つづく

  


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