エヴァンゲリオンCaress~性交のち??(クエスチョン)~

第01話 少年の性事情

1-3「口唇愛撫・F」


 僕は、アスカの口に、射精した。

 欲望の赴くままに…というほどでもない。
 何をされているのか深く考えたり、いやらしいことを思い浮かべたりする間もなく、あっという間に絶頂へと導かれてしまった。
 びゅるびゅうと、壊れた蛇口のように、幾度も精液を噴き上げて…。



 腰の奥の奥に、性器の芯に残る、掻きむしりたいような甘く痺れる疼き。
 長い長い、快楽の余韻を経て我に返った時、飛び込んできたのは、自分の欲望の残滓に顔中をまみれさせた、いたいけな少女の姿。
 小さく開いた口元から垂れるのは、口内で最初にぶちまけた自分の体液だ。彼女の荒い呼吸に合わせ、滴り落ちる粘液が、ツ…と糸を引きながら、アスカの室内着のシャツに新たな染みを広げていく。

 ザァッ…と頭の芯に冷水を浴びせられたように、思考が切り替わる。
 シンジは、慌てて枕元のティッシュ箱から、すごい速さで数枚を抜き取った。

「ごっごめん! ごめんね、アスカ。シャツ、シミになっちゃうから早く脱いで…」

 彼女をベッドに座らせると、その口元を、顔をかいがいしく拭い始める。
 なぜか、されるがままになっているアスカは、シンジが慌ただしくシャツのボタンに指をかけても、何の抵抗も示さなかった。

 とんでもないことをしてしまった…。

 そのことばかりが脳内を支配するシンジは、アスカの様子に気づかない。さらには、今まさに、自分がもっととんでもないことをしていることを見落としていた。
 気がついた頃には、ボタンは全て外れ、その下に眠っていた彼女の下着と、透き通るような肢体が、すべて目の前に晒される。


 あ……。


 白い。

 それが、強烈に印象に残っている。

 アスカに踏み込まれて電気も点けないままだった室内は、すでに薄暗い。
 その中に、ぼうっと浮かび上がる少女の裸身。
 首筋から鎖骨のライン、スポーツタイプのブラに包まれた二つの膨らみ、細いウエスト、柔らかな曲線を描くおなかと、その中心線に描かれた臍。

 時間の経過とともに存在感を増していく月明かりを背に、一枚の絵画か彫刻のような圧倒的な美しさが、そこにあった。

 自分の置かれた状況も忘れて、シンジはその光景に見惚れた。

 綺麗だ…



 …しかし、それも一瞬のこと。
 体の前面があらわになった次の刹那、溢れんばかりの少女の匂いが、シンジを包んだ。

 どきり、と大きく鼓動を打つ。

 通学路で、あるいは教室で、廊下で。時に向かい合った時、時にすれ違った時に香る、女子の匂い。およそ性とは無縁の、どちらかといえば淡く、切ないその薫りが、世の青少年の胸をどれほど騒がせるものであるか。
 それは、彼を賢者たらしめていた時間を、一瞬にして、甘美な性の誘惑に満ちた猥雑な思考の海に逆行させた。

 我に返った時、目の前に広がっていたのは、先ほどとは全く違った印象の、匂い立つような生身の肌。うっすらと汗ばみ、薄紅色に染まった裸。
 シャツの前を左右に押し拡げ、その半裸を暴いている自分に気づき、シンジは一瞬にして顔を沸騰させた。

 硬直したまま、眼球だけをおそるおそる上に向けると、青い瞳と目が合った。
 熱を帯びた、焦点のぼやけた視線。誘(いざな)われるようにその瞳の中を覗き込むと、耳まで真っ赤にした間抜け面の男が映っている。
 その奥に潜む、蕩けるような、情欲の色。

「………」

 それに捕らわれた瞬間、“怖れ”ではない全く別の感情に支配されたシンジは、呼吸困難のような症状に見舞われた。

「あ……あす、か」

 うまく言葉が出てこない。

 どき、どき!どき!!
 早鐘をうつ鼓動。

「………なによ」

 返事をするのが億劫だ、と暗に示すような、吐息混じりの声。
 ぶっきらぼうだが、いつものように険はなく、艶がある。…そう感じるのは、自分が彼女の熱情に魅入られてしまったからなのか。
 あるいは勘違いかもしれないが、何かをねだるようなアスカの視線が、シンジの臆病な心を捉えて離さない。

「…さ…触っても、い、い…?」

 それは、彼のなけなしの勇気が導き出した結論だった。

 ………。

 しばし、見詰め合ってしまう二人。

 焦れたように、ちろ、とアスカの視線がわずかに外れる。しかし、そこに拒絶の色はなかった。
 知らず、ごくり、と喉が鳴る。

「…じゃ、あ…触るよ?」

「何度も確認するなっ」

 ぺしん、とアスカの手が、デリカシーのない少年の頭を叩いた。
 その衝撃が、彼のもう一歩踏み込めなかった行動を後押しする。

 シンジの手が、下着越しにアスカの胸に触れた。

 初めサラリと、スポーツブラの生地の手触り。次に、体温と発汗でわずかに湿り気を帯びた、しっとりとした感触。そして最後に、圧倒的な存在感を誇る柔らかさ。
 それは、純情な少年の想像を遥かに超えていた。少し力を入れただけで、埋もれる指先。

 んっ…と、微かにアスカの身体が震えた。
 シンジは慌てて指を離す。

 細心の注意を払って触れたつもりだったのに、こんなにも女性の体は繊細なのだと、少年はあらためて、より注意深く、慎重に手の動きを再開する。
 掌にのせるように少し掬い上げただけで、ふにゅ…と複雑にその形を変えた。
 それは、今まで経験したことのない、気持ちのいい手触り。
 シンジはしばらく、さまざまな角度から撫で回して、その感触を楽しんだ。
 目に見えて、息が荒くなっていく。胸を触るという行為だけで、これほどまでに性的興奮が高められるものだとは、彼自身も思わなかった。

「ンッ…ゃ……は」

 撫で回すシンジの掌が、その双丘のそれぞれの中心に、固いしこりがあるのを感じ取った。
 これ…アスカの…?
 乳首、という単語を思い浮かべることが、なぜか無性に恥ずかしい。
 これって…立って…る?

 その想像は、シンジの性的昂ぶりの中心を直撃した。
 アスカも興奮している。自分の手が、彼女を気持ちよくしているという考えは、えも言われぬ興奮を呼び起こす。
 すると彼の手は、より熱心に、より貪欲に動き出した。
 少年の掌が、柔らかくそのしこりの上を撫でる度に、アスカの華奢な身体がビクビクと震える。抑えた、しかし我慢得しきれずに漏れる喘ぎが耳朶を打つ。

 見たい…!

 その衝動が抑えられなくなっていく。
 すでに、普段の二人の関係性は崩壊している。彼女に対して、してはならない行為の一線は、とっくの昔に飛び越えていた。
 しかし、彼女は自分の行為を押し留めもしないし、手を振り払うこともしない。

 アスカの肌は、薄手の布地越しにも、じっとりと汗ばんでいるのがわかるほど熱く火照り、まるで掌に吸い付いてくるような感触を残す。その度に、少女はもどかしげに身じろぎするのだが、その手から逃れようとはしていない。

 この時ばかりは、さすがの少年も「見るよ…?」とは確認しなかった。
 「ダメ」と言われたら、素直に従える自信がなかったからだ。

 さんざんアスカの胸の感触を堪能してから、シンジは震える指を彼女の胸を覆う布地にかけた。

 思春期の少年にとって、“女子の胸”というものは特別な存在だ。
 見たい。しかし想像することはあっても、見ることはできない。そのせめぎ合い。
 異性というものを意識した時、「非日常」を最も端的に示す存在が、それではなかろうか。
 ご多分に漏れず、シンジもそうだった。

 だから、ぎこちなくめくり上げたスポーツブラの下から、アスカの形の良い乳房と、その先端で存在を誇示する薄桃色の突起が、ぷる…っと揺れながら姿を現した時、釘付けとなってしまったのも、無理からぬことだったろう。
 だから、アスカが一瞬、ぎゅっと目をつぶったのにも気づかなかった。


*


 なんで、そんなに優しくするの…?

 彼の手が自分の胸に触れた時、もっと強い刺激を予想していた。荒っぽく掴まれるんじゃないかな…痛くないかな、と。
 しかし、シンジの手は鳥の羽のように軽く、かすめるように彼女の肌の上を滑っていった。撫でるというより、指を置いて、ゆっくりと線を引くような愛撫。

「んっ…」

 ゾクゾクと、何かが背筋を這い下りていく。
 彼の指先は、より繊細になり、背中を這うもどかしい衝動が積み重なっていく。それはアスカの火照った中心に、少しずつジリジリと薪をくべた。

 もっと荒々しく、思う儘に揉みしだきたいんじゃないの?
 我慢してる…?

 いつまでたっても、彼の手は乱暴さの欠片も見せない。
 それは、シンジの怯懦ゆえ…というより、彼が相手に求めるものの裏返し──他者に優しくされたい、という願望から来るものだったかもしれない。
 が、アスカも、さすがにそこまでは考えが至らない。ただ、彼の動きはあまりにもじれったい。すでに自分の中心は出来上がっており、よりダイレクトな快感を欲しているのにだ。

「ンッ……ゃ…は」

 そんな時、彼の掌が、両方の胸の頂きをかすめた。例によって、羽毛のような触れ方。
 しかしそれだけで、アスカは口からはしたない声が漏れるのを我慢できなかった。
 先端に電流が走ったような衝撃。自分でする時にも感じたことがない、腰から下が蕩けるような快感。

 これ…っ、だめ…ぇ…!

 ビクッ、ビクッと、意図せず身体が震える。
 もう一度してほしい…もっとしてほしい! という強烈な欲求。

 しかし少年は変わらず優しく──今のアスカにとっては無慈悲なほど、執拗に、繰り返し、掌でかすめるだけの刺激しか与えてくれない。
 その歯がゆさが、おあずけを食わされるような感覚が、皮肉にも少女の快楽中枢を際限なく蕩けさせていった。

 そうして、アスカの感覚では、イヤというほどねちっこく、ブラの上から乳首を弄ばれて、息も絶え絶えの状態にされた頃、ようやく彼の指が離れた。

 あ──

 その意図を知って、思わずアスカは目を強く閉じる。

 …シンジのやつ、胸を見る気だ。

 日々寝食をともにするシンジとはいえ…いや、だからこそかもしれないが、見られるのは恥ずかしい。しかも、直接見なくてもわかるが、乳首がはしたなく立っているのがわかる。なぜか、先程目にしたシンジの男性器が重なって、アスカはさらに赤面した。

 ブラがゆっくりとめくられ、火照った肌が外気に触れる感触。…見られている。

 おそるおそる目を開けると、食い入るように自分のむき出しの乳房を見つめるシンジの顔があった。…目が血走っている気がする。

「なんか…目が怖いんですけど」

 呼吸も、明らかに荒ぶっている。アノ時に漏れ聞こえてきた音に近い。

「っと…あんた、息荒すぎじゃない…?」

 自分の胸の何が彼をそうさせたのか。わずかに恐怖を覚えた時…、
 シンジがそっと、その頂に吸い付いた。
 乳首を唇に収め、吸い、舌が伸びて舐(ねぶ)る。
 敏感な部分越しに、彼の緊張が震えとともに伝わってくる。しかし、アスカはそれどころではなかった。

「っ…!」

 さっきとは違う、蕩けるどころか、腰から下がなくなるような感覚。がくがくと崩れ落ちるように、まったく力が入らない。

「やめ、っ…待っ…!」

 遮ろうとした言葉が、自分の喘ぎ声にかき消された。
 先程までのじれったさは何だったのかと思うほど、シンジの口が積極的に乳房を含み、乳頭を舐め回す。充血してとがった先端が、彼の舌の動きによって形を変えられていくのがわかる。自分の恥ずかしい部分を、少年の思うようにされている。

 はずかしい…。でもそれ以上に──

 切ない……切ない…!
 絶頂感とはまた別種の、感情がのぼり詰めるような感覚。
 自分は、こんなにも胸が弱かったのかと気付かされる。そして、その行為が自分の中の脆弱な部分を直接に刺激することも。

 このままされていたら、ダメになる…。

 具体的に何がどうなるのかは、アスカにもわからなかったが、とにかくそう直感した。
 それは気の遠くなるような時間に感じたが、実際にはほんの短い間だったらしい。
 アスカは荒い息をつきながらも、なんとかシンジの頭を弱々しく押し返すことに成功した。

「ご、ごめん…つい」

 我に返った少年も、調子に乗ってやりすぎたことを悔いるような表情で、顔を覗き込んでくる。
 しかし、アスカは表情を隠すようにうつむいたまま、震える声を出した。正直、もう色々と限界だった。

「むねは…もう、いいから…ぁ」

 我慢しているつもりが、抑えきれない欲情が声に艶を帯びさせる。
 早くどうにかしてほしい…。
 体の中心の疼きが、もう耐え難いほどになっていた。
 …だが、それを自分の口から言うのは恥ずかしい。

「あの…アスカ?」

 そんな彼女の心の機微を全く心得ず、機嫌を損ねたのではないかと、狼狽えて顔色を窺う少年。
 こいつには、はっきり言わないと、いつまで経っても伝わらないのではないか。
 みっともない。だけどもう、背に腹は代えられない。

「私の…その…む、“Muschi”…を…」

 消え入りそうな声で、必死に顔を俯けるアスカ。

「…ムシ?」

 少女はいたって真面目に、自らのはしたなさを悔いているのだが、ドイツ語の分からないシンジには意味が理解できない。思わず、聞き取れた発音をオウム返ししてしまう。
 それは、スラングでモロに女性器を表す言葉であり、無遠慮に「りぴーとあふたーみー」されたアスカは、自分で言ったよりもさらに顔を真っ赤にした。

「バカッ! ~~~~~っ
 …だ、だから、“Pussy”を、ね…」

 母国語以外で、それを表す言葉を探してみたのだが、その行為自体が恥ずかしくてたまらない。いざ、自分の「ソコ」をどうしてほしいか表現しようとすると、どう伝えたらいいものか…。だんだんと声が尻すぼみになっていく。
 それなのに。ああそれなのに、目の前の鈍感男ときたら、頭どころか顔中を“クエスチョンマーク”にして「ぼく、わかりません」と、アホみたいな顔で薄ぼんやりしているのだ。

「ぷっし……え?」

 この脳みそお子様にもわかる単語は…と、それは一生懸命、大真面目に、真摯に考えをめぐらせていたアスカの涙ぐましい努力は、何かがぷっつんと切れる音とともに、跡形もなく消え失せた。

「~~~~~だからっ!
 私のおま○こにキスしてって言ってんのよ!」

 羞恥と怒りと焦燥でキレた彼女は、とうとう日本語で、もってまわった言い回しを最短距離でブチ抜き、どストレートの豪速球をど真ん中に投げ込んだのだった。





 シンジの意識が飛んだ。
 え……なんて?

 それは決して、可憐な少女の口から紡がれていい言葉ではない。
 だって、男の自分でさえ、それを口するのは憚られる単語なのだから。
 稚気に溢れた同級生たちが、冗談交じりに猥談の中で使っているのを、聞こえないふりをして、内心赤面してしまうほどだ。

 それを、まさか、あのアスカが?
 しかも、そこをどうしてほしいって…?

 ぐるぐると、頭が回りだした。
 正直、今のやり取りを思い出すだけで、今夜から眠れなくなるのは確実だった。

 ふと、視線を下げる。
 カーペットに投げ出された、長く奇麗な脚。

『惣流さんって、足長いよね~』
『っていうか、あの腰の高さ!』
『顔ちっちゃ! …何頭身なのよ、あれって一体…』
『色も白くてさぁ…』

 うらやましい…という、羨望と嫉妬の混じった他クラスの女子たちがうわさする声を、なぜだか思い出していた。
 こうして、手の届く距離で目の前にして、それが全て本当であることを思い知る。

 白い…。

 性とは無縁のはずの、まだ稚(いとけな)い下肢が、妙に背徳感に満ちたなまめかしさを漂わせている。それが、火照りのためか薄っすらと色づいて、その付け根を覆うショートパンツの間に消えていた。
 離れているのに、なぜか熱気と湿気が感じられる、そのデルタ地帯。
 少年にとって完全なる未知の領域に、体ごと意識が吸い寄せられる──。

 そして彼は、アスカの一番デリケートな場所に顔を埋め、何のためらいもなくキスをした。


*


 あれ、とアスカは思った。

 正直、母国語ほど日本語のスラングに馴染みのない彼女は、自分が吐き捨てたその「四文字言葉」に、さほど恥じらいを覚えない。先程、自分が死にそうな思いで口にした単語に、シンジがまるでピンときていなかったのと似ている。
 だが少年の方はというと、先程から能面のように表情をなくして、ピクリとも動かなくなってしまった。

 どうしたのかしら…と、刹那、先程までの異常な興奮状態から醒めそうになったのだが。
 ほんの、まばたきする一瞬だった。
 シンジの黒髪が、スッと沈んだかと思うと、もうすでに自分の股の間に潜り込んでいた。

 えっ…と思う間もなく、熱くて柔らかい感触が、待ち望んでいた場所に押し付けられる。
 瞬間、再び体に火をつけられた。
 ぞくぞくとした感触が、今度は腰から背中を這いのぼり、一気に頭の天辺まで突き抜ける。シンジは、まるでその部分を崇めるように、強く押し付けてはゆっくりと離す口づけを繰り返した。ショートパンツの上からでも、お構いなしだ。

 全ての段取りをすっ飛ばされ、アスカは焦りに顔を赤らめた。
 そこはもうずいぶん前から、内側から湿り気を帯びており、すぐ下のインナーは自分の溢れさせた愛液でびしょ濡れだった。
 そうされることは望んでいたが、少年の思いもかけない大胆さに、自分のはしたない“おもらし”を知られてしまうのが恥ずかしくて、思わず両足を閉じようとした。すると、彼の頭を太ももで挟み込む形になり、余計に羞恥心を刺激される。

「ま、まって…いま、脱ぐから…」

 慌てて腰を引こうとした時、それを阻むようにシンジの両腕が腰に回され、同時に彼が大きく息を吸い込む音が聞こえた。

「や…やだ…」

 その瞬間、自分がまだ風呂に入る前だったことを、はっきりと思い出す。
 訓練後、ネルフの更衣室でシャワーは浴びた。しかし、どうせ後で入浴するからと、デリケートな部分をちゃんとケアしていない…。
 シンジの深い呼吸音が、アスカの顔にカッと血を上らせた。

 だめっ…においなんか嗅いじゃ、ぃやぁ…っ。

 ぎゅっと目をつむると、目元に涙が滲んだ。
 先程までの願望とは正反対に、少年の頭を自分のそこから遠ざけようと、彼の黒髪に両手を潜らせて、押し返す。その頭が、わずかに後退した。
 しかし、そのわずかな隙間から漏れ聞こえたのは、彼が自分を呼ぶ声。「アスカ…」と、ささやくように呟いては、そこへキスを繰り返す。目を閉じたまま、まるで愛しいものにそうするかのように…。
 それを目にした瞬間、アスカが感じたのは、えも言われぬ感情──それは多幸感だった。

 なんで…。





 自分の鼓動で、何も聞こえなかった。

 アスカのそこは、じっとりと潤って、熱を帯びていた。
 厚い布地越しにも感じられる、彼女が感じている証──。

 そう考えると、矢も盾もたまらず、何度も唇を押し付けた。彼女の体温が直に感じられる。

 少年にとっては、同世代の女の子の胸を意識するだけでもいっぱいいっぱいで、さらに下腹部ともなると、完全に想像の外だ。どうなっているんだろう…と思い巡らすことはあっても、女の子にとってそれがどういう部分であるのか、どんな形をしているのか、具体的に思い描くことは不可能だった。
 それが今、目の前にある。二枚の布越しとはいえ、そこに口をつけている。
 その事実が、彼を激しく勃起させていた。張り詰めすぎて、痛いくらいだ。

 胸がつまるような感覚に、思わず大きく息を吸い込む。“アスカの匂い”に包まれた。
 切なくも、頭の奥がジンジンと痺れるような感じ…。
 何かにしがみつきたくなる衝動のままに、彼女の腰に両腕を回し、その柔らかな肢体を引き寄せる。それに驚いたのか、アスカの熱い太ももが両側から頬に密着した。

『──キスしてって言ってんのよ!』

 シンジは息苦しさも構わず、彼女の要求通り、ショートパンツ越しにアスカの秘所を何度も啄(ついば)んだ。
 そうしたい、という渇望が止まらない。
 いつしかそれは、唇から舌による愛撫に変わっていった。

 厚い布地越しではあるが、確かにその先にアスカ自身を感じる。そこにたどり着きたくて、幾度も幾度も舌でなぞる。
 気がつくと、少年はアスカの名を呼んでいた。





 バカ…。それじゃ、舌が痛いでしょうに。

 デニム地ほどではないが、それなりにゴワゴワした生地のしつらえだ。
 それをあんなに何度も舐めていたら、そのうち血が出てしまうのではないか。
 しかし少年は一心に、母猫が子猫の毛づくろいをするかのように、厚い布地ごしに、私の女の子の部分を慰めている。

 なんでよ…。

 シンジはもっと乱暴に剥ぎ取るものだと思った。…そう想像していた。
 いや、彼がというより…男は、が正しいかもしれない。
 ひとたび発情したら、抑えなど利くわけもない。情動のままに振る舞うのも無理からぬこと。まして、彼はスマートな大人の男性でもなんでもない。覚えたての性欲に従うだけ。…事実、毎夜にわたる自慰行為は、その証拠じゃないか。

 でも、シンジはそうしていない。先程、胸を触った時もそうだった。
 …臆病だから?
 他者からの拒絶を極度に恐れるこいつの性格は、出会ってすぐに気づいていた。
 私が恐いから…?

 だが、時折のぞく、生真面目と言ってもいい彼のひたむきな表情を見ていると、胸の奥にきゅっ、と甘い疼きが生じるのを感じる。彼女は認めていなかったが、それは淡い期待だ。
 彼が求めているのは肉欲だけでなく、私という自分。…一途に求められていると思えるのは、単なる錯覚か、それとも決して叶えられることのない願望か。

 ──!

 一瞬、ノイズとともに脳裏を過ったのは、こちらに伸ばされる誰かの手。視界を覆うように、筋張った五本の指が大写しになる。あれはきっと…。
 くしゃりと、アスカの顔が歪む。




 自然と下がる視線の先に、舌の動きに没頭しているシンジのマヌケ顔が見えた。

 …くす。

「…ほら、待って。いま脱ぐ、から。
 このままじゃ、ヤスリがけしたみたいにベロが擦り減っちゃうわよ」

 無意識に、慈しみの感情が視線に乗っているのに、少女は気づかない。
 少年は、その時になってやっと視線を上げると、たった今、自分の醜態に気づいたように、可憐に頬を赤らめて、下を向いた。そして、おずおずと隙間を開けるように後じさる。

 …かわいい。

 あるまじき考えが脳裏に浮かびかけて、アスカは平静を装ったまま、内心首を打ち振った。男に向かって、なんちゅー心象を抱いているんだ。
 ムズムズする口元を引き結んで、腰を浮かせて自らショートパンツに手をかける。

 うわぁ…。

 股の間を離れ、両脚へと滑る布地とアンダーの間で、自らが溢れさせたものが、はっきりと糸を引いている。咄嗟にそれを見せまいと、素早く両足から抜き、ベッドの片隅に放り投げた。
 そして、恥ずかしさをごまかすように、一気にアンダーに手をかける。

 や、やだ…ぁ。

 しかし、下穿きを脱ごうと脱ぐまいと、すでにそこはどうしようもない状態になっていた。
 ショートパンツとは比べ物にならない薄い布地は、前面からおしりの方に至るまでぐちょぐちょに濡れそぼり、その下にある女性自身の形がはっきりわかるほど、透けてしまっている。
 脱いでしまうべきか。しかし、これ以上の惨状となっているのは疑いない自分の秘密の部分を、シンジの目の前に晒しだすことを逡巡していると、不意に彼の手が伸びた。

「じゃあ、するね…」

 場違いに真剣な顔をした少年は、使命感にでも駆られたように、アスカの太ももを押し開くと、その付け根をあらわにした。

「っちょ…」

 意外なほど大胆な行動を止める間もなく、シンジが“私”にむしゃぶりついた。
 ずくずくに濡れた下着の上から!

「っや、っ…あ!」

 食べられた。
 そうとしか言えない感触だった。
 ソコ全体を頬張られ、布地ごと蜜を啜られる。
 半ば開いた秘唇を下着越しに指でなぞられ、唇と舌で、その周辺からそのものまでを舐(ねぶ)られる。

 それは、ここしばらく彼女を悩ませ続け、満たされず、密かに待ち望み続けていたものだった。

「あっ……~~~~っ
 …………………っは……!」

 一瞬で絶頂する。
 自分の指では絶対に到達できなかったところに、放り投げられた。
 痙攣と、刹那の浮遊感。
 しかし、ゆるやかに落下した先には、さらなる快楽が待っていた。

 少年の荒削りな口の動きは、女性器の形がどうなっているのかも心得ぬまま、偶然にも最もデリケートな部分と禁忌の部分を同時に捉えて、なぶり上げた。刺激が強すぎるため、積極的に触れたことのないクリトリスと、もちろんそんなところを弄ったこともない外尿道口を、だ。

「んくっ…ぁぅっぅぅ…」

 考えたこともない刺激を与えられて驚いたのか、尿道口周辺の括約筋が緩んで、ビシュッ…と一筋の潮を吹き出す。
 思わず、シンジの頭を両手でつかんだ。
 彼の口元が、愛液以外の体液にまみれるが、気づいた様子もなく、さらに口唇愛撫を続ける。

 丁寧な愛撫。
 丁寧すぎる。執拗とも言っていい。

 彼が極度の性的興奮状態にあることは、その股間の状態を見れば明らかだったが、アスカにそれを確認する余裕はなかった。

 先程から、数え切れないほどイカされている。
 これがエクスタシーだとすれば、今までそうだと思っていたものは何だったのか。

 シンジにイカされている。
 その事実こそが、彼女をいつにない高みへと押し上げ続ける。

 望んでいた。
 確かに望んでいた。
 でも、それが果たされるとは信じていなかった。
 こんなにも求められることを想像していなかった。

 これは彼の欲求だ。
 彼の望んでいるもの。
 シンジが欲しているもの…!

 求められている、ということが、こんなにも自分を満たす。
 一時の快楽のためだったとしても、からだのつながりだけだったとしても、その事実には変わりがなかった。


*


 途中からシンジを動かしていたのは、衝動そのもの。
 もちろん、一つは彼自身の欲求を満たさんがための性衝動。
 そしてもう一つは、アスカ。彼女の求めるものを、彼女が欲することをしてあげたい、という無私の心だった。

 情けないことでもあるが、正直、これまで生きてきた中で、こんなにも誰かに何かをしてあげたい、と思ったことがない。
 相手に何かをするということは、彼にとって常に期待の裏返しであり、そして期待とは必ず裏切られるものであった。それで傷つけられるのなら、初めから何もしなければいい。

 ならば、なぜ──

 アスカの求めに応えたいと思うのだろう。

 そもそもなぜ、アスカは自分に、こんなふうに体を開いてくれるのだろう。彼女にとって、たぶんそれは屈辱的なことに違いない。それなのに……。

 彼女に自慰行為のことを責められた時、感じたのは絶望だった。

 また拒絶される。排斥される。

 脳裏を過ぎるのは、繋いだ手をにべもなく解(ほど)かれるイメージ。
 いつか見た、置き去りの光景。
 シンジはぐしゃりと、シャツの胸を無意識に握りしめる。

 身勝手な性欲のはけ口に、確かに彼女を利用していた。しかも、アスカという一人の女の子に「特別」を抱いていたわけではない。好きだから、肉欲の対象に見ていたわけではないのだ。
 だから、自分は救いようがない。嫌われる覚悟もなしに、彼女の風呂を、不浄をネタにする。好きでもないのに、オーガズムの瞬間にアスカの名を口にする。幻想の彼女に快感の残滓をなすりつけることに、昏い劣情を覚える。…少年の自慰には、常に深刻な自己嫌悪がついて回った。

 だとしても、シンジにはアスカの拒絶が怖かった。
 同居人という、図らずも一番身近にいる彼女に、切り捨てられることが。

 そうすると、今のこの気持ちは罪滅ぼし──あるいはその罪悪感から逃れたい言い訳なのかもしれない。赦されたいがゆえの卑屈な詫び言。

 だけど…。

 どうしてか今、シンジはアスカへの献身に充足感を得ていた。
 彼女の両脚が自分の頭を締めつけるたびに、彼女の震える指が自分の髪をかき回すたびに、アスカを絶頂に導いていることを察知する。
 彼女が望むものを与えられている、という事実にシンジは確かに喜びを覚えていた。
 むろんそれは、彼自身の性的な昂ぶりにも大いに寄与した。
 少年の勃起は、まったく手を触れていないのに、今にも弾けてしまいそうなほど張り詰めている。肉欲と不可分なだけ、もっと原始的な歓び。

 アスカ……アスカ…!

 気がつくと、シンジは繰り返し少女の名を繰り返していた。
 そうするだけで、精神的絶頂とでも呼べるような幸福感をおぼえる。
 心の中だけで繰り返しているのか、口に出してしまっているのかも、すでに判然としない。

 限界を感じて、シンジは、もはや自分の唾液かアスカの愛液かの判別もつかないほどふやけた布地をゆっくりとずらし、めくりあげると、露出した少女自身と向き合った。
 肉色のそれは、彼女の痙攣にあわせて細かく震え、亀裂の中心から、次々に蜜を生み出している。
 シンジにとっては、もちろん初めて目にする女性器そのものだったが、驚きや興奮は不思議と感じなかった。まるで、愛しいものを見るように目を細め、ゆっくりと、精いっぱいの親愛の情を込めて、そこに口づける。

 あっ…と、度重なる絶頂にぐったりとしていたアスカが、断末魔の悲鳴を上げた。

 自分のものとは違い、薄い金色に輝く柔らかい恥毛の丘に鼻をうずめて、シンジは肉の中心をついばみ、優しくすすりあげた。
 優しすぎるくらい、優しく。何度も、何度も…。
 なぞるたび、彼の舌は少女の生み出した熱い体液にまみれていく。
 粘膜同士の交歓は、繰り返されるほどに、互いに溶け合ってしまうのではないかと錯覚をさせた。

「いっ…く…あっ、あ、あ、…イクっ! だめ、イクわ、イクから…!
 もぅ……っっ」

 イッて、アスカ…。イッてほしい。僕の舌でイッて!

 自慰行為では、決して味わったことのない、強烈な衝動と渇求。
 アスカを満たすことによって、それ以上に満たされる自分の中の何かがある。

 シンジ、いくっ…! というアスカのくぐもった声を聞いたと同時に、少年も堪えていたものを解き放ち、思うさま射精していた。
 全身を震わせて、アスカの甘い体液を、喉を鳴らして飲み込みながら。

(つづく)
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