「長崎唐通事」について

レポーター:山下博幸


1.何故「唐通詞」ではなく「長崎唐通事」なのか
  オランダ語の通訳は「オランダ通詞」なのに、何故「唐通詞」といわないのか。

中国語の通訳ならば「唐通詞」と表記すればいいのに、
「長崎唐通事」と表記するのは、中国語の通訳は薩摩藩や琉球国にも存在しており、
それと区別するために「通事」と表記し、単なる通訳業務のみを担当していたわけ
ではないので「
長崎唐通事」と呼んでいた。

2.唐通事の概要

性格 長崎奉行配下の地役人  
成立 慶長9年(1604) 山西省出身と伝える憑六(〜1624)(平野氏の祖)
変遷 寛永17年(1640) 大通事(おおつうじ)4人(翌年5人に改定)・小通事(こつうじ)2人
  承応2年(1653) 稽古通事(定数なし)
  万治元年(1658) 大通事4人・小通事4人
  寛文6年(1666) 内通事小頭7人(稽古通事・小通事への途をひらく)
  寛文12年(1672) 大通事4人・小通事5人・…固定化(訳司9家)本通事という
    * 別紙1「唐通事役職一覧表」参照
職掌 唐人関係の通訳業務、来航唐船の管理、商売に関する諸帳簿・諸報告書の作成、
取引業務における裁量権の行使、唐人・唐館の秩序維持、唐船風説の聴取・報告、
信牌の発給(正徳以後)
  年番大通事・年番小通事各1人が実務の中心、宝暦元年(1751)から唐通事会所
世襲 (役株・家筋) 「訳司九家」→家筋「約70家」(慶応元年73人)
  本通事系(狭義の唐通事、大小通事)  約40家
  唐年行司系(唐年行司・同見習)    約10家
  内通事系(内通事・内通事小頭・同見習、唐船請人<内通事小頭見習末席>)約20家
家筋 (役株)と大小通事の人数
* 別紙2「唐通事の家筋と大小通事の人数」参照

3.林 公エンを祖とする林(官梅)氏家系
(1) 林(官梅)氏家系  *別紙3「林公エンを祖とする林(官梅)氏家系」参照
       (注:「エン」は「王」偏に「炎」)

(2) 官梅氏略系図   *別紙4「官梅氏略系図」参照

4.林 道栄の略年譜
* 別紙5「林道栄略年譜」参照

5.唐船貿易と蘭船貿易
* 別紙6「唐船貿易関係年表」参照  
*別紙7「唐船貿易と蘭船貿易の比較」参照

6.唐人屋敷  
* 別紙8「唐人屋敷」参照

7.その他 
   「唐通事会所」、「東海の墓」、*別紙9『「唐通事会所」、「東海の墓」』参照

8.長崎古地図 
*別紙10「長崎古地図」参照

《参考資料》

資 料 名

著 者 等

発表・発行日

「中国文化と長崎」

長崎大学教育学部社会科教育学ゼミナール
小西ひかり・末石亜希子
http://www.edu.nagasaki-u.ac.jp/private.fukuda/soturon97/kikari/meinstart.htm

 

「長崎唐通事−大通事林道栄とその周辺」

林 陸朗(吉川弘文館)

2000年6月

「唐通事家系論攷」

宮田 安(長崎文献社」

1979年12月

「長崎唐通事と林道栄」

林 陸朗
「言語文化接触に関する研究」における発表
於 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 

2000年12月26日

 

 

 

 

戻る