敗れざる室井
定年間近で警察を追われるように退職した室井慎次。
青島俊作と交わした、上も下もない捜査員が信じた開かれた警察組織を実現するという、夢。
道半ばにも達しないままの挫折は、彼の胸に抜けない棘のままとなる。
そして、故郷の秋田でありながら縁もゆかりもない、山奥の村で犯罪被害者や犯罪者の家族である子供を預かって生活をしていた。
作品の前篇たる「敗れざる者」では、まさに敗将として去った室井慎次のその後と、その実思いは敗れきっていなかったことを明示していきます。
そして、周辺で起こる事件。劇場版の2作品で描かれた事件は、死霊のように室井を捉える。
緩急の高低差があったドラマや劇場版1作目・2作目が好きな「踊る」ファンには物足りなく思えたかもしれない。
自分にとっては、スピンオフも好きなのでこれも「踊る」だな、とすぐに胸に落ちた。
それよりも、警察官時代よりも感情をあらわにして思い悩み生きている室井の姿が新鮮に映った。
日向真奈美のミーム
「敗れざる者」でキーになるのは、日向真奈美の娘・日向杏。
前篇の彼女は、とにかく室井の周囲を引っ掻きまわす。そして怪しい笑顔と視線に、日向真奈美を思わせ、誰もが狂わされているような印象だ。
小泉今日子女史の演じた日向真奈美の演技を落とし込んで昇華させたような福本莉子女史の演技に、ゾクリとしながらも思っていたことがる。
おそらくこれらは意図的なものではなく、鑑賞者を含めて日向真奈美を知る人々にミスリードさせる、
「踊る」特有のしかけだろうということ。
前篇のラストシーン、室井の家の車庫が燃え落ちる。状況証拠から杏が火をつけたのは間違いない。
だがそれもきっと室井への恨みなどの思いから意図的につけたのではなく、結果的にそうなってしまったのだろうと予想していた。
そして、室井の家で見つかる埋められた他殺体。それは、かつてのレインボーブリッジ封鎖(できなかった)事件の首謀者の一人。結果的にその犯人は別の首謀者の一人が、日向真奈美に心酔し操られる形で引き起こした事件だった。
日向真奈美のミームは、室井の周囲を侵食する。
燃えるコートの意図
前篇、車庫が燃え落ちるシーンで象徴的だったのは、室井の記号でもある黒いチェスターコートが燃えるカット。事件の謎と日向杏の読み切れない思いを孕んだ、後篇へのつなぎだった。
楽観的に考えて、これは後篇に向けての破壊と再生の象徴だと、前篇鑑賞後のこの時は理解した。
驚かされたのは、リハーサルから撮影で実際に柳葉敏郎氏が着用した本物の室井コートを燃やしていたということ。
パンフレットで後日知ったが、かなりの衝撃だった。
生き続ける魂
後篇。映画公開前からタイトルが引っかかっていた。「生き続ける者」とは。
もちろん、室井のことなのだろうが、文字通り死した後も生き続けるのか。それとも様々な困難を乗り越えて、酸いも甘いも抱え、信念を折られて生き続けるのか。
出来る限りネタバレをもらわず辿り着きたいと思っていた時に、先行上映の話題が。
ネコ@オクサマを拝み倒し、仕事を定時で爆速終了し、先行上映初日の最終上映に滑り込んで鑑賞。
周囲とのよそ者であるが故の軋轢。杏の揺らぐ思い。ままならぬ、犯罪者家族の生き方。果たせない約束。捉えて離さない事件。変わらない警察組織。出所しても変わらない犯罪者たち。かつてのキャリアの仲間。
終わりへと進む中で、少しずつ解決されていく。
事前の本広監督や亀山プロデューサーのインタビューと、柳葉氏の思い。そして、「生き続ける者」というタイトル。
おそらく、室井は…。と思いながらも認めがたいまま物語上では事件は解決し、室井が病を抱えながら子供たちとの日々を過ごしていく。
一度は親元に帰った凛久が戻り、父親・明楽が襲来。
暴れる明楽を制圧した後に訪れた、室井慎次の最期。
それでも室井の思いは、室井の周囲にいた人たちの心に伝搬し、やがて「生き続ける者」の意味は、
直球の意味なのだと確信した。
モッズコートの男は、サービスシーンなのか?
エンドロールは、松山千春氏の歌声に載せて流れた。
歌詞はまさに室井の思いを表現したようなもの。そして、変わりゆく室井の周囲にいた人々のその後が映像として映し出される。
最後の最後に、青島俊作が登場したのには、続編への期待とそれまでの衝撃で、情緒がおかしくなりかけましたけどね。
それでも、室井さんは死んでいないと思います。
ご覧になった方の賛否はあるものの、前述のように本広監督や亀山プロデューサー、脚本の君塚氏の思いからもう室井さんは物語の上では死んでいるのだろう。
だが、待ってほしい。
それでも室井さんは死んでいないと思える証拠がいくつかある。
- 室井さんの周囲の人が訪れているが、誰も仏前では手を合わせていない。
- エンドロールで子供たちが室井さんの愛車・ダットラを楽しそうに洗車している。
- ダットラの荷台に乗る子供たちのカットで、運転席にしか人物がいない。
- 室井さんの家を訪れた青島は、正装ではなくいつものスーツだった。
- 踊る大捜査線の物語の構造として、死んだと思わせて生きているのは常套手段!
ということで、これだけ方々で室井の死を強調しているのは、続編で実は生きているというための伏線だと信じています。ということで、もし本当に制作陣が室井を死んだことにするのならば、以下のようなシーンがあったと勝手に考えて、死んでいないことにします。
二次創作SS「室井慎次 生き続ける者のその後」
青島俊作が室井慎次の家を訪れるのは、これで二度目になる。
一度目は、本部からの呼び出しで室井に会うことなく戻る羽目になった。
だが、今日は非番。呼び出しはよほどでなければないだろう。
先途来た時にも思ったが、周辺はとても静かだ。まさに人里離れた山奥の子屋、と形容するにふさわしい。
池のほとりに立つ、「室井慎次の家」。
おそらくは一緒に暮らしているという子供たちが製作しただろう、大きな表札が見える。
普段車両の出入りもないため、静寂が自然の音を際立たせている。
階段を上り、玄関へ。
「ごめんくださーい」
息を整えて、通る声で叫ぶ。
奥から、老齢の女性がしっかりした足取りで現れた。
「あら。どなたかしら?」
「あ、私、青島俊作と申します。こちらの家主である、室井慎次さんの元部下なんですが…」
この老齢の不思議な雰囲気の女性と室井がどのような関係か図りかねたので、伺うように言葉を濁した。
「ああ、あの人の部下なの! 東京からいらしたのかしら?」
「ええ、そうなんです。-あの、室井さんは?」
その言葉に女性の顔が曇り、一瞬天井を見上げた。
まさか。室井さんは-。
「あの人は、いないのよ。あんなにいい人なのにねぇ」
自分が躊躇している間に、室井さんは。
「人を勝手に殺さんでくれますか」
背後から、聴き馴染みのある声が聞こえた。振り返ると、そこに室井慎次が荷物を抱えてたたずんでいた。
「やだぁ、もう帰ってきたの。おかえりなさい」
これは、自分は担がれたのか。女性は悪びれることなく、再び笑みをたたえて青島の顔を見た。
「店に戻らなくていいんですか」
荷物を下ろしながら、室井が尋ねる。
「もうそんな時間かしら。そろそろ杏ちゃんとの交代の時間ね。じゃ、ごゆっくり」
軽やかな足取りで自分と室井の脇を抜け、さっさと出て行ってしまった。
「久しぶりだな、青島」
「お久しぶりです、室井さん」
スーツやまして制服でもない室井を見るのは、はじめてかもしれない。室井に促され、青島は家に上がった。
居間で室井のいれたお茶をもらい、互いに腰を下ろしている。
ややあって、室井が口を開いた。
「青島、俺は君に謝らなければならんことがある」
「約束のことですか」
室井が目を見張ってから、ゆっくり頷いた。
「いきなり辞めてしまわれたんで、そりゃ心配はしましたよ。でも俺、本店に入って室井さんがどれだけ俺たちの約束のために動いてくれていて、どれだけ難しいことをしていたのか実感しました」
青島の表情は柔らかい。
「それにね、前に和久さんの娘さんに聞いたんですけどね」
「和久、さんの?」
「和久さんが亡くなる少し前に、刑事としてやり残したことはないのかって聞いたら、何もないって。大事なものは、後輩二人に引き継いできた、もしあいつらでやり遂げられなくてもきっと後に続く若いやつらに引き継いでいくから何も心配してないって笑ったそうなんです」
厳しく、時に優しく、まるで師匠のようにそこにいた和久平八郎。
「俺たちの約束は、新城さんや沖田さん、それにたくさんの仲間に引き継がれてます。今、本店では室井モデルが話題になってますよ。今、沖田さんの指示で秋田県警で研修させてもらってます」
室井モデル。
おそらく新城が警察庁に提出する建白書にも、そう記したのだろう。自分の名前がついているのは、思いのほか面はゆい。
「元湾岸署の仲間とか、室井さんのこと慕ってる支店の刑事とか。東京でも室井モデルを取り入れようと、動いていてます」
「そうなのか」
「ええ。俺や室井さんがいなくても、きっと俺たちが願っていた警察ができると思います。
だから謝らないでください」
と、青島は姿勢を正していう。室井は静かに頷いた。
そこからは、お互いの近況を伝え合った。本店にいて一緒に捜査していた時は、なかばトレードマークのようになっていた、眉間の皺も幾分和らいだように見え、ほとんど見ることのできなかった笑顔すら見せていた。
話の切れ目で、お茶をすすった室井が、茶碗の中を見つめながら言った。
「青島、新城から俺を警察に戻れと説得しろと言われてきたんだろう」
「実は、言われました。
…でもいいんです。見つけたんですよね、警察じゃない生き方」
近況を聞いてよくわかった。
室井の決意の固さ。
そして、今の生活をとても大事にしていることを。
「すまないな」
「新城さんには、俺が言ってもダメでしたって報告します。じゃぁ俺、そろそろ」
「うん。
なあ、青島。
秋田にいる間に、今度は連絡してから来い」
玄関で靴を履き立ち上がった時に、室井が言った。
「え?」
優しい笑みをたたえて、言葉を続ける。
「とびきりうまい、きりたんぽ鍋、食わしてやる」
その約束は有効なのか。
正しい姿勢で、青島は今できる最高の敬礼を送った。
「楽しみにしています」
室井も同じく、敬礼を返した。
おそらく、この人と敬礼を交わすのはこれが最後だろう。事件を通じて、警察官として向き合うことはない。多くの事件を解決しキャリア同士の軋轢や出世レースで疲弊した室井は、ようやく肩の荷を下ろしたのだ。
長い付き合いだからこそ、それはすぐに分かった。
「警察のこと、頼んだぞ」
「はい。じゃあ、また。
あ、今度はダットラで迎えにきてください。…ヘリは難しいと思うんで」
室井は少しだけムッとしてから笑った。
青島も笑って、室井の家を後にした。
<了>
こうすれば、もし次回作があって、室井さんが出演ってなっても心の中では生きていることにできるので、自分の中ではこれが「室井慎次」二作品のラストにしています。
賛否ある作品だったとは思いますが、正しく踊るシリーズのスピンオフ作品だったと納得はしています。

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