27

 

 

 

 

 

僕は、夢を見る―――――――。

 

 

 

 

 

 

 

僕の前には、天使がいる。

陽の光を受けて煌めく金色の髪が、まるでエンジェル・ハイロウ(天使の輪)のように、きららと輝くんだ。

 

その天使は、とても怒りっぽい。

天使なのに――?

彼女はよく怒る。

彼女はよく笑う。

彼女はよく僕を叱る。

くるくる回る天使の表情に、僕は翻弄される。

 

でも、彼女は、僕の前では決して泣かない…。

 

蒼い瞳が、はるか向こうを見据えている。

彼女は、僕を見ていない…。

 

 

 

唐突に、それはやってくる。

黒い羽を持った、現実という名の悪魔が、

彼女から、笑みを奪う…。

彼女から、自由を奪う…。

 

天使は、血のように赤い鎖で束縛され、

飛ぶことができなくなった。

 

僕は、それをずっと見ている。

ただ、何もせず。

僕の瞳は、本当は天使を見ていない…。

僕の瞳は、僕だけしか見ていない。

 

やがて、最後の白い悪魔たちがやってくる。

再び、羽ばたこうとする天使の前に舞い降りる。

手にしているのは、悪意という名の槍。

 

天使は羽をもがれた。

僕の目の前で。

蒼い瞳は濁り、もう、なにも映さない。

二度と、その目は………。

 

 

やがて、後悔という名の絶望がやってくる。

巨大な…翼で、僕を押し流し、

失ったものの大きさを、僕の胸に烙印した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕の夢は、ここで終わっていた。

いつもそうだった。

これまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて、虚無という名の暗闇を裂いて、一筋の光が射し込む。

 

その光は、紫の髪の天使。

彼女は僕の手を引いて…「勇気」という名の希望をくれた。

やがて、僕は彼女といっしょに歩き出す。

光の差す場所へ向かって。

 

途中で、水色の髪の天使が膝を抱えていた。

僕ははじめて、自分からその天使を見つめた。

うつろな瞳の天使に向かって、僕は手を差し伸べる。

水色の髪の天使は、戸惑いながら、僕の手を取った。

 

そして、僕たちは歩いていく。

いつの間にか、3人になっていた。

 

 

 

金色の髪の天使の最後の言葉―――――。

 

 

 

「………………………………………シンジ」

 

 

 

その意味が知りたくて。

その意味が知りたくなくて。

 

 

 

もう一度だけ、その天使に会うことができたら―――――。

 

 

僕は……きっと。

 

僕はきっと、君を見つめるだろう。

 

もう二度と、瞳を逸らさないで。

 

 

 

 

 

 

 

 


Episode-04「めぐり逢い」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

28

 

 

 

「そうだ。その問題は、すでに委員会に話はつけてある」 

 

広い、ただ広いだけの室内に、碇ゲンドウの声だけが響く。

 

「荷物は昨日、佐世保を出航し、今は太平洋上だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国連(UN)軍太平洋艦隊所属、大型司令空母「オーバー・ザ・レインボウ」。

 

東西陣営の多種多様な戦闘機群をその甲板に抱えた艦隊母艦。

それと併走するように走る、空母「オセロー」と護衛艦隊。

 

「オセロー」のアイランダー(艦載機指揮所)に、この無骨な艦内には到底ふさわしくない、一人の少女の姿がある。

手すりから身を乗り出すようにして、「オセロー」と、併走する改造タンカーを護衛している艦隊を、満足げに見渡している。

 

これらはすべて、自分と、そして彼女の愛機、エヴァンゲリオン弐号機の護衛任務のために動いているのだ。

そう考えて、栗色の髪の少女は、得意満面の表情になる。

それだけ、自分とエヴァ弐号機の重要度は高いということだ。

 

彼女にとっては、「他者に勝る」ということがアイデンティティなのだ。

これは、その再確認作業だった。

 

「よっ、ご機嫌だなアスカ」

「加持先輩!」

 

その少女に、軽い調子で声をかけたのは、長髪を後ろで縛り、あごには無精髭を生やした男だった。

アスカ、と呼ばれた少女は、嬉しそうな顔で振り向く。

 

「もうじき、第3東京だな。…どうだ、ドイツを遠く離れて、寂しくはないかい?」

「やだ、加持さんったら。あたし、もう子供じゃないんですから、寂しいわけないでしょう」

 

子供扱いされたことに敏感に反応して、ぷくぅっ、と可愛く頬を膨らませてみせるアスカ。

そういう仕草が、かえって幼さをあらわすということに、気付いているのか、いないのか。

だが、そうした子供じみた部分も含めて、彼女は魅力的な少女であった。

 

「おっと、スマンスマン。しかし、楽しみじゃないか」

「…何がですか」

「噂のサードチルドレンさ」

 

サードチルドレン、と聞いた瞬間、アスカの浮かべていた「満面の笑顔」の仮面に、一筋ひびが入る。

 

「べっつにぃ〜、どうせたいしたことないんでしょ、その子」

 

わざと、興味がないふりをする。

実は、ドイツ支部からここに至るまでにも、その噂はアスカの耳にも幾度となく入ってきていた。

 

「司令の息子なんでしょ? きっと、そのせいで優遇されてるんじゃないですか」

 

興味がなさそうに、半眼で波間を見下ろす少女を、加持は面白そうに見やる。

 

「さて…碇司令が子煩悩、という話はあまり聞かないが。…だが、いきなりの実戦で、彼、碇シンジくんのシンクロ率は、軽く40を超えてるぞ」

「えっ…うそ!」

 

バッ、と勢いよくこちらを振り返るアスカ。

まんまとエサに食いついた少女に、加持はやっぱりな、という顔をする。

それを見たアスカは、自分が引っかけられたことに気付いて、ぷいっと顔を背ける。

 

「……どのみち、あたし男の子なんかに興味ありませんから」

 

それは暗に、年上の男、つまり加持への好意を示しているのだが、当の加持本人は、気付かないかのように続ける。

 

「俺は、興味あるがなぁ」

「やだ…まさか加持さん、そういう趣味ぃ?」

「おいおい…」

 

加持は、大げさに肩をすくめてみせた。

 

「いろいろ調べてみると、彼には面白いところが沢山ある。データの上だけでも、興味は尽きないな」

「………」

 

加持が、自分より、まだ会ったこともないサードチルドレンの方に興味を抱いているのを知り、いたくプライドを傷つけられるアスカ。

 

なによ!

サードがそんなにすごいっての?

シンクロ率40%?

そんなもん、あたしなんか10歳の頃にとっくにクリアしてるわよ!

所詮、テストタイプの初号機でしょ。あたしの弐号機とは比較にならないわっ。

 

あ〜、ハラが立つわね……!

 

その瞬間、アスカの脳裏に、ひとつの計画が思い浮かぶ。

 

ニヤリ。

 

天使…からはほど遠い、小悪魔の笑み。

 

「……加持さん」

「?」

「サードのポートレート(顔写真)持ってますか」

 

 

 

 

 

 

29

 

 

シンジは、トウジに借りた帽子を押さえながら、飛行甲板に降り立った。

 

前髪をなぶる強い潮風。

 

海上の照りつける日射しが、少年の視線を幻惑させる。

 

煌めく金色(こんじき)の輝きが、少年の目を奪った……。

 

シンジは、立ちすくんだ。

 

 

 

それは、風に舞う金糸の滝のよう――――。

 

翻るワンピースをものともせずに、まっすぐに立つその肢体。

 

腰に当てられた手が、彼女の気丈な性格を表している。

 

一枚の絵画から切り取ったような、透き通った輪郭の中心にある、蒼い宝石。

 

陽光を跳ね返すほどに、強靱な意志の光。

 

きゅっ、と引き結ばれた唇には、不敵な笑み。

 

長い栗色の髪をなびかせながら、少女が、そこに立っていた。

 

 

 

 

淋しさなら慣れているよ

生まれたときから

 

 

 

 

少年と少女は、20メートルを隔てた甲板の上で対峙していた。

 

見渡す限り続く、青と蒼、青と白のコントラスト。 はるかな水平線…。

 

雲が、スローモーションのように流れていく。

 

真っ赤な靴が、一歩を踏み出した。

 

その背に、夏の幻影をまとわりつかせながら、少女は距離を縮めていく。

 

音のない世界。

 

かすかな風鳴りだけが、少年の耳に響いている。

 

時間が止まってしまったかのような、静寂。

 

風が、シンジの頭から、野球帽をさらった。

タラップから下りかけていたトウジとケンスケが、それを慌てて追いかける。

 

まもなく、少女は足を止めた。 少年の目の前で。

 

くいっ、と形の良いあごが軌跡を描く。

 

「あんたが、サードチルドレン?」

 

威圧するような、からかうような視線。

 

語尾上がりの、質問の形をとった断定。

 

「うん……シンジ。 碇シンジ」

 

震える言葉。

 

「そう。あたしはアスカ」

 

不敵な笑み。

 

「惣流・アスカ・ラングレーよ」

 

差し出される左手。

 

 

 

でも目の前に

差し出された腕に

思わず心揺れて

 

 

 

「よろしく、サード」

 

「………」

 

差し出された手を、震える手が握りしめた。

 

してやったり、のアスカ。

友好的な態度の裏に隠された、小悪魔の微笑み。

 

フン、冴えない男っ!

 

アスカは、ろくに観察もせずに、勝手にそう決めつけた。

 

サードチルドレン、碇シンジ。

 

それが、なにほどのものだっての?

 

エヴァの操縦が巧い?

 

ハッ、あたしの方が、もっと巧くエヴァを操れる!

 

使徒を倒した?

 

次からはあたしが倒してやるわよ!

 

あたしはアスカ。 惣流・アスカ・ラングレー。

 

あたしは誰にも負けない。

 

見ていなさい!

 

今からその澄ました顔を、驚きに変えてやるわ。

 

アスカは、いったんは繋がれたその手を振り払うために、目の前の少年を見た。

 

 

 

 

眩しい予感に

ひろがる未来を

感じている 愛のせいで

 

 

アスカ――――

 

彼女は、間違いなくアスカ。

 

不敵で、力強く、決して媚びず、炎のような少女。

 

アスカの手の温もり。

 

生きている、その証。

 

彼女は、いま、ここにいる。

 

 

 

だめだ…泣いちゃ。

アスカに、ヘンに思われる…。

だめだ…

 

 

 

思ってみても、シンジはあふれ出る思いを止めることができなかった。

 

アスカの手を握っていたシンジの瞳から、熱い想いが…止められない想いが溢れだした。

 

 

 

 

強くて優しい なぜだかせつない

気持ちのかけら 抱きしめて

 

 

 

 

「な、な、な、なにっ?!な、なんだってのよっ」

 

ポタリと、腕に落ちる雫。

 

それは、少年の瞳からこぼれ落ちた、ひとしずく。

 

驚き、慌てるアスカ。

 

その時、ようやくタラップを下りてきたミサトが、肩を震わせているシンジを見た。

 

「あらぁ、アスカったらダメじゃない。シンちゃん泣かしたりしちゃ」

「ミサト!」

 

キッと、睨みつけるアスカ。

 

「あたしはなんにもしてないわよっ、こ、こいつが勝手に…!」

 

振り払おうとしても、シンジの手は離れない。

 

 

 

Ah…あなたに Ah…寄り添う

 

 

 

「離しなさいよっ、なんなのよ、あんたはいった…!!」

 

 

 

 

忘れてゆくためにいつも

出会いをかさねた

 

 

 

少年の髪が、揺れた。

 

「!!」

 

「……ヒュウ!」

 

アスカは、何が起こったのか分からないまま、シンジの腕の中に包まれていた。

 

驚愕に見開かれた蒼い瞳。

 

思わず口笛を吹くミサト。

 

な…………な、な、な、な、な

 

「なっ、なにすんのよっ!このH、バカッ、スケベッ、ヘンタイッ!」

 

ようやく、事態に気付き、首まで真っ赤に染まるアスカ。

 

「さっさと、はなれなさ……っ」

 

 

そんな痛みに

気付かせてくれたね

そのあたたかな涙

 

 

 

アスカが、少年をひっぱたこうとした瞬間、シンジが目を上げた。

 

二人の視線がぶつかり合う。

 

吸い込まれそうな、漆黒の瞳。

 

抑えきれない感情の奔流に、その深淵から流れる涙。

 

それでも少年は、微笑んでいた。

 

その瞳に捉えられた瞬間。

 

アスカは言葉を失った。

 

なぜか分からない。

 

ただ、コイツに見つめられると…力が、抜ける。

 

 

不思議な予感に

戸惑いながらも

あなたの手を握りしめる

 

 

 

なんなの! なんなの!

なんなの! なんなの!

なんなの! なんなの!

なんなの! なんなの!

 

コイツは一体、なに!?

 

 

 

微笑むことから始めてみたくて

何かが変わる この胸で

 

 

 

再び、シンジの腕に包まれたまま、アスカは絶句したまま固まっていた。

 

やがて、我に返ったシンジが、彼女を解放するまで。

 

 

こんなはずじゃなかった…。

こちらから握手を求めて油断したサードの手を振り払い、

 

「言っとくけど、あたしが来たからには、アンタなんかにデカい面させないわよ!」

 

そう、一言、言ってやるつもりだった。

驚き戸惑うサード。

情けない男! と勝ち誇るあたし。

これからの主導権は、すべてあたしのもの!

 

それが…

それが……

 

こんなはずじゃなかった…。

こんなはずじゃなかった…。

 

緻密に練り上げた(と、アスカは思っている)計画が、ガラガラと音を立てて崩れていく。

アスカは、逆に混乱した頭の中で、ぐるぐるぐるぐると繰り返していた。

顔が真っ赤で、ひどく熱かった。

 

 

 

 

 

これが、シンジにとって、アスカとの2度目のめぐり逢いだった。

 

 

 

 

Ah…光が Ah…あふれる

 

 

 

 

 

 

 

「ほう…いきなりそう来たか」

 

 

少し離れたジェット戦闘機の陰から、加持リョウジが、面白そうな表情を浮かべて、無精髭の生えた顎を撫でていた。

 


■次回予告 

 

あっという間に、顔中あざだらけのシンジ。

平謝りのシンジにも、アスカの怒りは収まらない。

(アスカの主観では)最悪の出会い方をしてしまった二人は、

いきなりぎくしゃくする。

だが、加持は、そんなシンジに興味を引かれていた。

そして、襲来する第6使徒!

果たして、シンジとアスカはガギエルを撃退できるのか。

 

 

次回、新世紀エヴァンゲリオンH Episode-05「ディス・コンビネーション」。

 

 

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(updete 2000/07/09)