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メーカは遠慮なく発売日を延期せよ
恋愛ゲームNextage 第7回

 このところ、ゲームの発売延期が相次いでおり、ユーザからは怒りの声が上がる一方で、すでに諦めムードすら漂いつつある。しかしこういった状況は、ソフトウェア業界に構造的な問題として蔓延しているものではないだろうか。そういった中、ゲームでは品質を守るためならむしろ遠慮なく発売日を延期していい。

2002/06/09初版

プロジェクトマネージャがいない

 このところ、恋愛系ゲーム、中でも美少女ゲームと呼ばれるゲームの発売延期が相次いでいる。ユーザからは発売延期を告知するメーカがずいぶん叩かれたり、余りにも繰り返すところでは、すっかり呆れられ諦められたりしている感がある。

 こういった繰り返される発売延期に対し、私は以前、恋愛ゲームTomorrow第8回CSという考え方─(1)美少女ゲームのCSで、やや譲歩しつつも否定的な表現をしている。だが今、ソフトウェア業界の状況を理解するにつれ、むしろ積極的に容認する立場を取ろうと考えるようになった。

 まず私の立ち位置を明確にしておこう。私は、一時期コンシューマゲームメーカでプログラマのアルバイトをしていたこともあるが、今はサービス業に属するビジネス向けのソフトウェア業界で仕事をしており、ゲーム業界は門外漢でさっぱり状況が分からない。だが、ビジネス向けのシステム構築と、エンタテイメントなビデオゲームとで作るものに違いこそあれ、同じソフトウェア業に携わるものとして、抱えている問題に似たものがあるように感じる。

 1つにはプロセスの未成熟さがある。今でこそISO9000も普及し、CMMの導入(CMMについては@ITの記事などを参照されたい)が進められつつあるが、まだまだ改善に向けて努力が続けられている段階である。

 ただ美少女ゲームのような、比較的小規模なプロジェクトにはこういったオーバヘッドの大きくなるプロセスマネジメントはそぐわないだろう。こういったプロジェクトでは、仕組みよりも人の問題が非常に大きいのではないかと考える。すなわち、優れたプロジェクトマネージャがいない、ということだ。プロジェクトマネージャは、プロジェクトの目的達成のために、経営陣や顧客との折衝から、基本仕様の設計、スケジュールやスタッフといったリソースの管理、プロジェクトのあらゆるフェーズで発生するリスクの管理、までを行うプロジェクト成功請負人である。用語には明るくないが、ゲーム業界では、ディレクターやプランナーと呼ばれている人がそういう役割を担っていると考えていいだろうか。

 プロが同人と違うという面があるとしたらここになる。ゲームの開発は1人ではできないし長丁場になるので、優れた原画家やシナリオ屋、音楽屋が集まっても、チームを1つにまとめ、モチベーションを維持し続けていかなければ決して上手くいかないし、スポンサーとの予算やスケジュールの交渉も重要だ。ゲーム開発についての深い経験と知識、スタッフをまとめていく人望やリーダシップ、交渉・折衝にも必要なコミュニケーション力、リスクを早め早めに嗅ぎ取り対処していく力、といった資質とスキルが必要になってくるだろう。決して、ディレクターの役目は自分の趣味や思いつきで後から仕様変更を要求することではない。

 もし、こういったプロジェクトマネジメントが行える人材が十分でなければ、納期(発売日)の遅れや品質の悪化(ボリューム不足や、素材の質の低下、解決されないバグの残存)が起こるのは火を見るより明らかである。ビジネス向けのいわゆるIT業界でもこういった人材が不足している中、美少女ゲームの世界の、特に新進のメーカで今起こっているのも、恐らくこの状況なのではないだろうか。度重なる発売延期に、Webで修正パッチが公開され続ける状況を見るにつけ、杜撰なスケジュールや品質管理が目に浮かぶようである。

品質を守るためなら遠慮なく発売日を延期せよ

 しかし、ないものねだりをしていても仕方がない。業界として、プロジェクトマネジメントのマインドとスキルを持つ人材を育てていかなければならないのは当然だが、当面、私たちが、ユーザとしてどうすればより楽しめるのか、という視点で、種々の制約条件をどう最適化できるか前向きに考えたい。

 そこで、掲題の「遠慮なく発売日を延期せよ」ということになる。発売延期がいい加減繰り返されてユーザが苛立っている中、ひとつ間違えれば暴言と取られるかもしれない。単に「メーカは遠慮なく発売日を延期せよ」というのは煽動的だが、ここに「品質を守るためなら」という前提をつけたらどうだろう。「クオリティアップのため」なんて延期の言い訳は聞き飽きたと思われるだろうか。いやごもっとも。だがそもそも、発売延期によって、誰が困るのか。ゲームの品質が到底水準に達しない場合に、あえて発売日を厳守した場合のメリット、デメリット、および発売日を延期した場合のメリット、デメリットに分けて考えてみる。

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メリット

デメリット

発売日を厳守

(できて当然のことであり、積極的なメリットはない。ブランドの信頼を守る、機会損失の回避といった延期した場合に対する逆の意味ではある。)

クオリティの低下。致命的なバグの残存。ボリューム不足。これらによるブランドイメージの悪化と次回作の売り上げ減。

発売日を延期

市場レベルの品質の確保によるユーザ満足の獲得。

ユーザからのブランドに対する信頼の失墜。スポンサーの信用喪失。流行やタイミングを逃すことによる販売の機会損失。資金枯渇・キャッシュフローの悪化。

 個人的には、発売延期に過剰に反応するユーザには、「他に楽しいことないんですか?」注1)と身も蓋もないことを言いたくもなるが、これこそ暴言か。冷静に考えてどうだろう、発売日を延期しても、困るはメーカであって、ユーザは一向に困らないのだ(注2)。なぜなら、ゲームを買うまで、私たちは1円たりとも払っていないから。これが、「ときめきメモリアル3」で試みられたように、先に投資するタイプのゲーム開発だったら話は違ってくるのだが(もしかしたら今後そういったタイプの開発が増えるかもしれないのだが、「ときめきメモリアル3」の「成功度合い」を見る限りではどうだろうか…)。

 ゲームは買ったら負けというのはそういうことである。もし発売延期をなくしていきたいのであれば、皆が買わなければ良いだけの話で、発売を延期するメーカは自然淘汰されるだろう。そこで評判がいいからといって買ってしまっては負けなのだ。これは発売延期に限ったことではない。納得できないことがあれば、カネを払わないという実力行使によって、業界の方向性をコントロールしていける。(流通やショップといったクッションはあるが)こちらにとってみればカネを払うまで何ら、契約は発生していないのだ。

 しかし、現状を見る限り、実力行使に出ているユーザはそう多いようには見えない。考えてもみて欲しい。発売日を守るためにバグだらけの商品、ボリューム不足の商品を出して、後々ゲームレビューで評価を下げられることはあっても、発売日を延期したからゲームの評価を下げている、というゲームレビューはほとんど見たことがない。一旦出てしまえば発売日が延期されたことなど、ユーザにとってはどうでもいいのである。一時的には販売機会損失が起こるかもしれないが、延期することでもし本当に評価の高い作品を出すことができるのであれば、ユーザの信頼はある程度は回復できるし、口コミで売れてもいく。

 だから私は「品質を守るためなら遠慮なく発売日を延期せよ」と言うのである。もちろん、品質を高め、かつ発売日はきちんと守るに越したことはない。それがプロだと言われればその通り。だが品質と納期とどちらかを犠牲にしなければならないとしたら、経営的判断からは品質だろうが、ユーザからは納期だと言いたい。会社が潰れてしまっては何にもならないので、経営上許されるのであれば、という限りにおいてだが。

 ただし、再延期はブランドイメージの低下が大きく、得策ではない。発売日1ヶ月前に入ってからの延期も同様だ。スケジュールからの明確な遅れが分かった時点で、すみやかにスケジュールを組みなおし、今度こそ確実な発売日を提示するのが、適切なリスクへの対処法である。暢気にイベントに参加するといったチームが全力で開発に取り組んでいると認識されないような行動が問題外であることは言うまでもない(注3)。

 中長期的には、美少女ゲームといえども、プロセスを継続的に改善し、しっかりとしたプロジェクトマネジメントを行えるところが生き残っていくだろうし、必要になってくるだろう。しかしコアなエンタテイメントである美少女ゲームには、ビジネスライクな中にも、どこか職人的なこだわりが残っていて欲しいと思うし、それが品質の追求に表れていて欲しいと思う。

注1 ゲーム1本買う値段で映画なら3本観られるし、文庫本なら10冊買える。友人や恋人と過ごすというのもあるだろう。メーカは同業のライバルだけでなく、他の余暇の過ごし方も意識すべき。(→戻る

注2 正確に言えば嘘。カネは1円も払っていないが、「ユーザからのブランドに対する信頼の失墜」の裏返しとして、期待を裏切られたという意味での損は発生していると言わなければならない。(→戻る

注3 見えないところで息抜きに遊ぶ分には構わない。あくまでユーザからどう見えるか、が重要。(→戻る


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