第一話Aパート
作・ヒロポンさま
先を駆けていたママが跳びこんだ部屋は、なんだか分からない機械でいっぱいだった。
正面にあるひときわ大きな機械には、たくさんのモニターや計器、ボタンがいっぱいついている。私は機械が苦手なのでよく分からないけど、きっとすごいものなのだろう。大体において、私は、天才少女と呼ばれたママの子なのに数学とか物理とかは、さっぱり苦手なのだ。
その機械の向こうには強化ガラスがあって、部屋はそこで半分に区切られていた。周りに入り口らしきものがないところを見ると、ガラスの向こう側にはいる入り口は別のところにあるらしい。
私が部屋に入ると同時に、端末の前に座っていたレイおばちゃんが、立ち上がった。
「アスカ」
部屋の中央に立ってガラスの向こう側を見詰めていたリツコおねーさんが静かにママを呼ぶと、それまで入り口のすぐ側にたたずんで息をきらしていたママが、ゆっくりと強化ガラスの側に足を運んでいった。
ちょうどレイおばさんの隣で足を止めて、今までおばさんが座っていた端末のモニターを覗き込むママ。いやだ、変な緊張感。
成功したんだから、こんなにどきどきすることないのに。それとも成功したからどきどきしてるのかな。
私の緊張を読み取ったのか、リツコおねーさんが、ママと同じように部屋の入り口にたたずんでいた私にそっと手招きをして、部屋の中央まで招じ入れてくれた。肩に置かれる、大人の女の人の手、私の顔を覗き込んで、やさしく微笑んでくれる。きっと、安心してって言ってくれてるんだ。私としては、ちょっと苦手にしてるんだけど、リツコおねーさんは、とてもやさしくて奇麗な人。
これで金髪黒眉毛じゃなかったらもっと取っ付きやすいのに。
「意外ね」
抑揚のない声。だけども透き通っていて奇麗な声。レイおばちゃんの声。
「なにがよ」
その声に答えたのはママ。顔はモニターに向けたままで、何やら端末を操作しているみたい。
「あなたのことだから、ずっと立ち会うものだと思っていたわ。」
「・・・・・恐かったのよ」
ママの本音。わかる。私にはわかる
「そう・・・私も、恐かったわ」
いつもの静かな口調。でも私ははっきりとその中に、ママをなじるような響きを聞き取った。思わずはっとして二人を見る。
悔しそうなママの背中。
私は、こんな二人を以前に一度だけ見たことがある。
私が十歳のとき。その頃のママのは、いつもお酒を飲んでいた。外で飲んで朝帰り、何てことはさすがになかったけど、午前様なんて事はしょっちゅうで、夜中一人でキッチンの床に座って飲んでいる姿も何度も目撃したことがある。たまに、「ミサトさんみたいだね」なんていうととってもいやな顔をしたっけ。今にして思えば、あの頃のママは、アルコール中毒になりかけていたのかもしれない。
その日私は、朝から熱を出して寝込んでいた。私は子供の頃は、体が弱くって、しょっちゅう風邪を引いていたのだ。その日の朝も二日酔い気味だったママは、真っ赤になった眼をしばしばさせながら、私の看病をしてくれた。
お昼ごろになって、薬を飲んで寝ていた私は、人の気配を感じて目を覚ました。熱でぼんやりした視界の中で、スーツ姿のママが、私の机の上に、トレイに乗ったおかゆと着替えのパジャマを置いていた。
−でかけるんだ
そう私は悟った。ぼーっとした頭の中に漠然とした不安が広がる。
ママは、私が目を覚ましたことに気がつくと、やさしく私の頭をなでながら、「ごめんなさい。ママ、お仕事にいかなくちゃいけなくなったの。なるべく早く帰ってくるからね」とすまなそうに言った。
ママの目を真っ直ぐ見て、ゆっくりうなずく私。ママは、「おかゆ、ちゃんと食べてね。」と言い残すと私の部屋を出ていった。私はまたゆっくりと眠りの国へと滑り落ちていった。
気がつくと夕方だった。窓から差し込んでくる茜色が、熱でぼやけた私の視界を、さらにぼやけたものにしていた。
「パパ」
無意識にそう呟く。途方に暮れたとき。嫌なことがあったとき。そして、寂しいとき。私は無意識にこの単語を口にのぼらせる。私のおまじない。かすみがかかった頭の中に、少しずつ何かするための意識が戻ってくる。
机の上にある、写真立てに目をやる。けぶるようにうっすらと笑う少年が、そこに写っていた。私のパパ。繊細な顔立ち。やさしい微笑み。十四歳のときのパパだ。ママの部屋にも同じ物が飾ってある。
私は起き上がって、机に向かうと写真立ての手前においてある、おかゆのはいった土鍋のふたを開けた。白いおかゆの上においてある梅干しを見て、真っ赤なそれを口に入れる瞬間を想像する。しばらくそうしていても、カラカラになった私の口の中には、つばが沸いてこなかった。
私は、おかゆに再びふたをして、キッチンに向かった。冷蔵庫を開けてみる。やっぱりあった。透明なボールの中に、すり下ろしたりんご。私がずっと小さい頃から、風邪を引くと、ママは決まって、りんごをすってくれていた。
そっとボールを手にとって、火照った頬にあててみる。冷たくって気持ちいい。しばらくそうした後、スプーンを出して、テーブルにつくと、冷たくってざらざらしたそれをゆっくりと喉に流し込んでいった。
−そろそろママがかえってくるはず。そう思いながらパジャマを着替えて、再び眠りに就いた私が目を覚ました時には、すでに外は真っ暗になっていた。
私は、目を覚ましたと同時に、頭ががんがんとするのを感じた。
痛い。痛くて重い。そう感じたとたんに私は、布団の上にさっき食べたりんごをもどしてしまっていた。嘔吐のたびに後ろ頭がぐわんぐわんと痛み、強烈な寒気が全身を駆け巡る。
「ママ」
−いない?
−また、お酒をのみに行っているの?
「ママ」
もつれる足。部屋をでて居間に向かう私。電気の点いていない
暗い空間が、ぽっかりと私の前に広がっていた。
電話を手に取る。とっにかけた先は、なぜかママの携帯ではなく、やさしく微笑んでくれるもう一人お母さんの家だった。
「おばちゃん、おばちゃん」
涙声でやっとそれだけ言うと、私の意識は急に遠くなっていった。どこか遠くの方で、ママの声が聞こえたような気がした。でも、それは気のせいだった。
目を覚ますとそこは病院だった。まだ頭は痛い。私の手を握る柔らかくて冷たい手は、レイおばちゃんだった。
「ユイカ」
名前を呼んでくれる。涙が出た。しばらく見詰め合った後、私は再び目を閉じた。
かすみがかった意識の中で、誰かの話し声が聞こえる。
私は、薄らと目を開けてその光景を見た。
赤い顔をしたままが、ほっぺを押さえて立っていた。
−ママまたお酒を飲んでたんだ。
正面には、レイおばちゃん。その白くて奇麗な頬には、涙が流れていた。涙・・・・レイおばちゃんの涙。ボーッとしている私にも、何と無く状況が分かってきた。
レイおばちゃんが、ママをぶったんだ。
ママは、唇をかんでいる。くやしそう
「ユイカにもしものことがあったら、あなた、碇君になんて申し開きをするの」
何時ものような平板なしゃべりの中に、確かな怒りの波動を感じ取って、私は少しびっくりした。いつも静かで、月の光ようにやさしいレイおばちゃんが、初めて見せた激しい感情。
それを感じ取ったのか、ままはびくっと体を震わせると、レイおばちゃんにしがみついて、わんわんと泣き始めた。
「シンジ、シンジシンジシンジシンジシンジシンジシンジ」
パパの名前を果てしなく繰り返しながら、おばちゃんの胸の中で泣きじゃくるママ。私の頬にもいつのまにか同じ物が流れていた。
やさしくママの頭をなでるレイおばちゃん。
−奇麗
再び消えていく意識の中で、私はそれだけを思っていた。
私は、結局二週間ほど入院した。
髄膜炎という病気だったらしい。ママは、その間仕事を休んで、ずっと看病してくれた。
退院してから気づいたのだけど、ママはお酒を止めていた。家にあったお酒も全部なくなっていた。
後からミサトさんに聞いた話だと、この頃はママにとって一番つらかった時期らしい。
リツコおねーさんと共同で進めていたMAGIUの開発も難航していたし、親友であった鈴原のおばさんが、だんなさんの都合で第三新東京市を離れたことも相当堪えていたということだ。酒量がどんどん増えていたことは、周りの人も気づいていたらしく、何度か注意したけれど一向に効果がなかったらしい。
確かに、リツコおねーさんやマヤさんは別にして、ミサトさんが注意しても全然説得力がないだろう。
結局、どんな言葉よりも利いたのが、レイおばちゃんのびんただったというわけだ。
今のママとレイおばちゃんは、あの時の二人と同じだった。
ママは悔しそうに肩を震わせている。
「そうよね。」
静かにそう呟くママ。
「リツコ。これから最後の検査まで、私が指揮を執るわ。」
そう宣言すると、くるっと振り替えってレイおばちゃんを見詰める。
「恐いのは、私だけじゃないものね。ありがとう、レイ、気づかせてくれて。ここまでやってきて、最後の瞬間に立ち会わないなんて、確かに私らしくなかった。」
レイおばちゃんはゆっくりとうなずいた。
「私は私じゃなくっちゃ。でないと、シンジに合わす顔無いものね」
花咲くように笑うママ。もう、さっきまでの青い顔じゃない。白い肌にすっと血の気が戻ってくる。太陽のようにあったかなママの顔。
今のママは、あの時のレイおばちゃんのように奇麗だった。
「シンちゃん、復活したんだって〜」
そういって入ってきたのは、加持ミサトさん。
もう四十歳を過ぎているのにプロポーション抜群で、小じわが目立つもののなかなかの美女である。紫がかった髪は、私が小さい頃はすごく髪が長かったけど、今ではを肩のあたりでさっぱりと切り揃えていいる。
私の名づけの親であり、ママの元上司である人。今は、高校の先生をしている。加持のおじさんの奥さんでもあり、私の幼なじみ兼親友兼同級生であるところの加持ミユキとシンくん(最初は、パパと同じ名前をつけようとしたらしいが、ママが強硬に反対したためこの名前になったらしい。
「おかげで、加持シンなんて、すかした名前になっちゃたじゃない」とは、ミユキの談である。三才の母親でもある。
場にそぐわぬだれきった声に、リツコおねーさん眉をひそめる。
「どうやって入ってきたの。関係者以外立ち入り禁止のはずよ」
冷たく言い放つ
「な〜に、硬いこと言ってんのよ。それより、シンちゃんどこ?」
「あんたぁバカァ、なに太平楽なこといってんのよ。確かにサルベージしたけれども、サルベージしました。はい、元どうりに戻ってきました。なんて、簡単にはいかないのよ!検査があるのよ!検査が!うんざりするほどね!」
怒鳴り散らすママ。恐い
「でも、姿は見られるんでしょ」
ママの怒りを、意に返さないミサトさん。すごい
「見られるわよ、すぐにでもね!でも、私とユイカの二人で見るのよ。あんたたちは出て行きなさいよ!」
あ〜あ、始まった。こうなると私には止められない。
まだ、言い足りなさそうなママに、ミサトさんが反撃しようとしたその時、今まで黙って聞いていたレイおばちゃんがさりげなく端末によっていって、ボタンを一つ押した。
パッ
今まで暗かった強化ガラスの向こうに照明がつくと、黄色っぽい液体に満たされた筒状の透明なパイプが浮かび上がった。
そして、その中には・・・・・
パパだ。毎日写真で見ていた、その姿が確かにその中にあった。
「あら、あら、あら、確かにシンちゃんだわ」
ミサトさんの言葉に、今までガラスを背に立っていたママが、急いで振り向く。
「・・・シンジ」
呟いて・・・固まってしまった。
私もゆっくりと強化ガラスに近づくと、ママの隣に並んで、パパの姿を見詰めた。
「パパ」
パパパパパパ、本当にパパだ。
繊細な顔立ち。男の子にしては細身の体。いつもいつも夢見ていた、写真の中の男の子。
って?男の子。
そう、そうなのだ、パパはどう見ても私と同い年くらいの男の子にしか見えなかった。
「ママ」
「ぐすっ、なぁに、ユイカ」
涙でぐずぐすになった顔でママが答える。
「パパよね」
「そうよ」
「パパって何歳なの?」
「そんなの、私と同い年に決まっているじゃない」
なにを聞くのよ、というようなママの口調。
「でも」
−どう見ても、私と同じくらいにしか・・・
「あっ、そっか、取りこまれている間は年を取らないから、実年齢は、十四歳なのよ。」
そういうと、ママは、正面に向き直って、「シンジ、シンジシンジ・・・・」とリフレインしはじめた。もう、なにを聞いても無駄だろう。
「よかったわねぇ、ユイカ。若いパパで」
ミサトさんの声が遠くに聞こえる。
「私のパパは十四歳」
安っぽいドラマのタイトルみたいなフレーズが、私の頭の中をぐるぐる回っていた。
−パパが、私と同い年なんて・・・・聞いてないわよそんな事・・・
嬉しさと、驚愕が私の思考をノックアウトしてしまった。
私は、なんだかわからないまんま、ママにすがり付いて泣き出してしまった。
たぶん、うれしいんだと思う。
いろいろと複雑な気分ではあっけど、今はただ、ママの良いにおいに包まれながら、思いっきり泣こう。
私は、そう思った。
つづく
だらだら長いだけで、すんません
みゃあと偽・アスカ様(笑)の感想らしきもの。
みゃあ「はふぅ………」
みゃあ「ええ話や……(笑)」
アスカ様「……ホント。あんたのページへの投稿にしちゃ、ずいぶんまともじゃないの」
みゃあ「おお!アスカ様が誉めている!初めて聞きましたよ、そんなお言葉!」
アスカ様「勘違いしないことね。『比較的』まともだって言ってんのよ。いい、ヒロポン!あんたは、っていうよりみんな勘違いしてるみたいだけど、あたしはシンジのことなんか何とも思ってないのよ!そこん所を間違えないことねっ!」
みゃあ「あ〜あ、まだ言ってる。ほんっ……とに頑固なんですから。本家のアス穴の方ではもう、らぶらぶなの認めてらっしゃるじゃないですか」
アスカ様「う……、それは……。と、とにかく!違うのよっ!」
みゃあ「ヒロポンさま。本当にありがとうございます。こんなに早く続きが読めるなんてみゃあは幸せ者ですぅ。しかも、みゃあの大好きなほのぼのもの。もう、はうっ(笑)て感じですよ。しかも、ヒロポンさまはアス穴関係者以外の初投稿者でもあるんですよ!これからも、どうぞご懇意に……m(__)m」
アスカ様「ちょっと!聞きなさいよ、みゃあ!」
みゃあ「はあ……ユイカちゃんかーいい(笑)」
読んだら是非、感想を送ってあげてください。