第五話Dパート
作・ヒロポンさま
「新しい先生ってさぁ……どんな感じなのかしらねぇ」
もはや、何回目になるかわから無いミユキの呟きが、ユイカの背後から聞こえてきた。ミユキの席は、幸か不幸かユイカの真後ろなのである。
「…………うん」
何回ミユキが話し掛けても、ユイカの反応はいつもそれだけ。
−ああっ、パパ早く来ないかなぁ。いつまでも、こんな状態じゃ、落ち着かないよ
ユイカの頭の中は、来るシンジとの対面のことでいっぱいなのである。そう、「シンジとの対面」。ユイカの頭の中では、シンジと自分という図式が明確すぎるほどに成り立ってしまっているのである。だからして……………
−パパが来ても、あんまり不自然じゃない態度をとらないと………なんてったって、私とパパの関係は秘密なんだから…………
先ほどから、このような自意識過剰としか言いようの無い杞憂が、茶色の頭髪に包まれたユイカの頭の中を高速で駆け巡っていた。
「……つまんないのぉ」
すげないユイカの応対に、そう呟いてみせると、ミユキは、教室の中を眺め回した。
HR前。
すでに、クラス中が、転校生と新任の教師の話題で持ちきりだった。目敏い生徒の中には、新任の教師と転校生が男か女かで、掛けをはじめている者もいた。もちろんというか、ミユキもその掛けに参加している。
当然転校生は、男。そして、それに対応するという意味で、教師の方はたいして考えもせずに女にしていた。
「やっぱり、女子だよな。っていうよりも、転校生は女子って言うのは、お約束だろう」
何も知らないの男子の声。
−…………当たり前だけど、みーんな、知らないんだよねぇ
ミユキは、たれ目気味の目を更にだらしなく下げてニンマリと笑うと、体を伸ばすようにしてボーッと座っているユイカのスカートのポケットにそっと手を突っ込み、チョコレートを一つくすねた。
「んっ…………おいひい」
*
コツコツコツコツコツコツコツ
シンジは、14年前のように先に立って歩くアスカの、後ろに付いて歩いていた。
−これが………僕の奥さんなんだよな
さっそうと歩く後ろ姿を見ながら、そんなことを考える。くすぐったいような誇らしいような感慨。一足飛びに味わっている男の幸福感に、彼はいまだ、慣れる事が出来なかった。
すでにレイは帰っている。
あれからアスカは、職員室に一人で入っていき、校長や教師連への挨拶を「とっとと」済ませてきた。
「それにしても教師って言うのは、どうしてああもまあ、話が長いのかしら………」
「しょうがないよアスカ。それより、旨くやっていけそう?」
アスカと話していると、シンジの顔には自然と笑みが浮かぶ。ちょっとした空気の波動が、伝わって、アスカの顔にも笑みが浮かんだ。
「私は大丈夫よ。シンジさえいれば、何処でだって旨くやってみせるわ。それよりも、シンジィ、あんたこそ大丈夫なの?緊張してない?」
くるっと振り向いて、シンジの顔を覗き込む。
「大丈夫だよ。……アスカは、保護者じゃないんだよね」
「…いうじゃない………じゃあ配偶者として…」
アスカは、シンジの手を軽く引っ張ると、自分の唇をシンジのそれに軽く重ねた。
チュ
果たして、今日何回目のキスなのか………
「アッ…アスカ」
慌てて辺りを見回すシンジ。アスカも確認済みでやっていることなので、当然人影はなかった。
「駄目だよ…………もし、人に見られたら」
「わかってるわよ。………………ねぇ、シンジ?チョコレート食べた?」
口元に人差し指をあてながら、そういうアスカ。年齢に会わぬあどけない仕草が、シンジの前でだと妙に自然に見える。
「えっ、うん…………ユイカに貰ったんだ」
あーんしてもらったとは、とても言えない。
「そうなんだ。あの子もレイの影響ですっかり甘党になっちゃって…………」
そんなことを話しているうちに、二人は2−Aの教室に付いた。
*
ガラッ
前方の引き戸が開けられた瞬間、それまでざわめいていた教室を静寂が包んだ。
新任の教師。
好奇の視線が、入り口に注がれる。っと同時に、教室中のあちらこちらから嘆声が漏れた。
−うっそぉ、美人(あったりまえでしょ、私を誰だと思ってんの)
−ハーフかしら……モデルみたい……(クォーターよ!クォーター!)
−すっげー、めちゃめちゃスタイル良いじゃん………ウエストほせぇぇぇぇぇぇぇぇぇ(がきが、生意気に。シンジのためよ!シンジのため!)
などなど
ユイカとミユキだけが、惚けたようにその人物を見ていた。
−あっ、新しい担任って……………さすが、アスカさん……大胆
ミユキの方は、そこまで考えて冷静に成ったのだが、ユイカの方は、そうはいかなかった。
−どっ、どうしてママが?????????????
可愛い唇をぽかんと開いて、黒板の前を横切っていく人物を凝視する。背中にかかる栗色の髪。艶めいた白い肌と気の強そうな瞳の輝きのコントラスト。何度確認しても、それは彼女の母、惣流アスカ・ラングレーだった。
視覚に引っ張られて、なにやらアスカが挨拶しているのも良く聞き取れない。
ユイカは、びゅんっと背後を振り返ると、ミユキの目を見詰めた。
これって、どういうこと?あれって、ママだよねぇ?見開かれた茶色の瞳が、ミユキにそう問うている。
「ユイカ……知らなかったの?」
コクリ
黙って肯く。叔母譲りの反応か………
「…………マナが言ってた新しい担任って、アスカさんだったみたいだね」
………担任って、アスカさんだったみたいだね、みたいだね、みたいだね、みたいだね、みたいだね、みたいだね………………
−って………えええええええええええええええええええええっ!!
困惑し漂っていた思考が、理性の地平に軟着陸した途端、新たな驚愕がユイカを襲った。
ガタガタッ
椅子を引いて思わず立ち上がる。後ろで、ミユキが、あちゃーという表情をした。
「マッ…ママッ………」
「ママァ?」
一瞬クラスがざわついた。中には、その言葉の意味を悟って、立ちあがったユイカとアスカの顔を、見比べている者もいる。
「静かにしなさい」
毅然とした態度で、アスカが、生徒を静めた。こういう時に、引き締められた口元に自然に浮かぶ自信に満ちた笑みが、彼女を少しだけ幼く見せていることにアスカ自身は気付いていない。
生徒全員が、アスカのその顔を見て、この新任の教師にそこはかと無い好感を持った。
「改めて、自己紹介します。このたび、転任された………転任された?……転任されたぁ?………んーと…そこの君!」
「はい?」
突然、指差された男子生徒は、最初に声を掛けてもらった幸運に頬を紅潮させ、陶然とした顔でアスカのことを見ていた。
「前の担任の名前、なんて言うの?」
「はぁ?………えーと、三浦…先生です」
「あっ、そう」
関心なさそうにそうに返事をすると、再び居住まいを正す。
「……私はこの度、転任された三浦先生に変わってこのクラスのを受け持つことになった惣流アスカ・ランググレーです」
それから、視線をユイカに向ける。
「もう気付いてる子もいるようだけど、そこにいる惣流ユイカとは、姉と妹の間柄になります」
おおっ
訳の分からない歓声が上がった。
「ママ!」
何時の間にか席に就いていたユイカが、すかさず母を睨み付ける。可愛い子はどんな顔をしてもやっぱり可愛い。何人かの男子生徒が、半ば本気で、自分も睨んで欲しいと思った。
アスカの額には、ちょっぴり汗が浮かんでいた。
−ユイカ………怒ってるのよね……やっぱり知らせてなかったのはまずかったか……
「………とっ言うのは、冗談で、ユイカとは………親娘の間柄に成ります」
おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ
さっきよりも大きな歓声が巻き起こった。
何人かの生徒が、ユイカに目をむけたが、ユイカは別段気にしなかった。母親のことで彼女に好奇の目線を向ける今まで何にもいたし、そういう手合いは相手にしないことにしていたからだ。
ちなみに、男子生徒の大半は、母親であるアスカの姿を見て、その娘であるユイカの将来性に、頭の中ではなまるをつけていた。
「先生は、お幾つなんですか?」
しばらくして騒ぎが収まりかけた頃、それまで珍しく黙り込んでいた霧島マナが、身を乗り出すようにして向こう見ずな質問した。知らないというのは、恐ろしい事なのである。
−どう見たって、20代前半にしか見えないもの……
しごく尤もな疑問がマナの念頭にあった。
「28よ」
アスカは、ちょっと、口元をひくつかせながら質問に答える。
ヤバイ質問だったかしら?剣呑なアスカの視線に押されて、マナの表情が強張った。それでも持ち前の好奇心で、気持ちを持ち直し、指折り計算してみる。
「って、ことは………………14歳で??????」
愕きを隠せないマナの声音。それは、そうだろう。質問したことが事実だとすると、目の前に立つ美人教師は、自分と同い年の時に………
「そうなるわね」
しれっと答えた。
静寂を教室が包んだ。
アスカは、生徒達の視線を平然と受けながした。その態度が、生徒達が持ち始めていた畏敬の念を更に強い物にしていく。
静まり返った教室を見て取って、アスカはとっとと次の用件に取り掛かることにした。
「では、もう知ってる子もいるかもしれないけど、出席を採る前に転校生を紹介します」
そう言いながらアスカは、扉に近づき
「碇君、入って来て」
と優しい声で言った。
ようやくその時なって、生徒の大半が、転校生がいるという噂を思い出していた。アスカの印象が強かったので、すっかり自失していたのである。
−パパだ…………
一人ユイカだけが、期待を込めた視線を扉に向けていた。
ガラッ
軽い音
入ってきたのは、果たしてシンジだった。緊張はしているようだがしすぎてはいない。整った顔に優しそうな顔立ち。
何人かの女子が、シンジの顔をじっと見詰めたり、近くにいる友人と目を合わせて肯きあったりしていた。
ユイカは、目敏くその様子を見て取ると、一転して不機嫌そうな顔をする。
「新しく、このクラスの一員になることになった碇シンジ君です」
普段の言動からは想像できないしっかりした口調で、アスカがシンジを紹介する。
−もしかして……パパはママのこと知ってたのかなぁ。また、私だけ仲間はずれだったのかなぁ………だったら、やだな。
ずんっと鈍い痛みが胸の中にあった。
「じゃあ、碇君」
アスカが、馴れ馴れしくならないように注意しながら、シンジに発言を促した。
「あっ、えーと、碇シンジです………あの、よろしく………」
繊細な顔立ちをぎこちなく軋ませる。
「かぁわいい(はぁと)」
クラスの女子の思いを代弁する形で、マナがポロリと声を発した。不用意な娘である。
アスカとユイカが、険しい視線をマナに投げかけた。マナは自分に向けられた視線には気付かなかったが、分けのわからない殺気に当てられて身を竦ませた。
−……………あの女、要注意ね……
教師にあるまじき思考を脳裏に浮かべるアスカであった。
*
「パパ……ちょっと」
その声にシンジはビクッと振り返った。
シンジ以下生徒は、ホームルームの後、始業式に出るために講堂に移動する最中であった。
あれから、アスカとシンジの双方に、色々な質問が発せられた。二人は、事前に想定していた質問には、的確に答えを返し、予想外の質問はアスカの権限で巧妙に黙殺した。双方とも異性の関心を買いやすい顔立ちをしているせいか、質問はやむこと無く、きりのいいところで、始業式を理由としてアスカが切り上げることとなった。
「だっ、駄目だよユイカ」
傍目から見てもおろおろとした態度で、シンジがユイカをたしなめた。幸い、好奇の目を浴びていたとはいえ、シンジは転校生。こういうタイミングで寄ってくる生徒も特に無かったので、周りに「パパ」という言葉を聞きとめた者はなかった。
「じゃあシンジ君……ちょっと」
ジトッとシンジを見詰める瞳には、「おこってるんだぞ」というメッセージ。
階段の踊り場で居残っている二人に、ミユキが一瞬だけ視線をくれたのだが、なんとなく近寄りがたい雰囲気を察して、先にいってしまった。さりげなく、のんびりと階段を下っていた女生徒の肩に手を置いて、早く立ち去るように誘導したのは、友情の印か。
「でも………始業式…」
階段の下を指差すシンジ。
「いいから…………ちょっと」
母親譲りの「怖い」微笑を浮かべながら、シンジのそでを引っ張って、階段を上り始める。
シンジはいつものように何時ものごとく、ユイカに引きずられていった。最近慣れてきたせいか、ユイカはたまに、「ちょっぴり」シンジに辛く当たる。たいていは、アスカがらみのことなのだが、ユイカに注意されると、シンジは「おいた」が見つかった子供のように神妙にしているよりほかないのだ。
−なんだか、アスカが二人いるみたいだ………
娘の尻にも敷かれている………とでも言えばいいのだろうか………不憫といえば不憫な男である。
*
ユイカがシンジを引っ張ってきた先は、学校の屋上だった。
暖かな日差し。ずんずんとシンジの前を歩いていたユイカは、タイルの上でクルッとターンすると、剣呑な目線を父親に向けた。
「パパ、どういうこと?」
「どっ、どういうことって?」
なんとなく後ろに下がってしまうシンジ。ユイカも、追うようにシンジとの間を詰めていく。
「どうして、ママが先生になっちゃってるのかってこと!」
−やっぱり………
ユイカに引っ張られた時から、ある程度予想していた反応だった。
「どうしてって…………」
んが、予想はしていたが対応は考えてなかった。実際問題として、シンジは、アスカが担任として二人の前に現れていた事で、ユイカが怒るかもしれないという予感はあったのだが、それがなぜなのかと言う事は分かっていないのだ。なんとなく、「ユイカ怒っちゃうかなぁ」ぐらいに思っていた程度である。
「せっかく………学校ではパパの事一人占めできるって思ってたのに」
少しトーンを落として上目づかいでいってみせる。
−ああっ、この子も…………
シンジは、父親を必要としていた彼女の心にふれた気がした。それは、満たされなかった過去の面影か……。
その瞬間、最前、「どうして?」という質問に、切ない表情をして答えた妻である人の顔が重なった。どんなに溶け合ったように見えても、月日は月日として歴然と存在するのだ。母親に良く似た面差しのユイカに、彼はその月日を感じ取った。ない交ぜになった心のまま、彼はアスカにするようにユイカに対した。
自分の方によってきたユイカの頭をそっと抱きしめる。ユイカの目が愕きで見開かれた。勢いづいたシンジは、そのまま後ろの壁に背中をつけた。劣化していたコンクリの表面が、ぱらぱらと粉になって足元に落ちた。
ユイカは、その父親の行動に驚いていた。彼女は、最前のセリフをそんなに深刻な意味で言ったつもりはなかったのだ。単に、仲間はずれにされたのではないかという単純な意識で言った事。しかし、こうして抱きすくめられてみると、その言葉の内に自分でも知らぬうちに滑り込ませていた様々な意味が感じられるようになってきた。
父親への甘えと母親への嫉妬。
複雑な心の形の中心にあるものに触れようとして、ユイカは慌てて手を引っ込めた。漠然とした不安感。
最近シンジといる時に感じる例の感触が、意識の指先に残っていた。
「ユイカ、アスカの気持ち分かってあげて」
シンジは、優しくユイカの背中を抱きしめる。
−まるで、パパみたい…………ってパパなんだよね
「……パパは、ママが担任になる事、知ってたの?」
不安そうな声音。
「……知らなかったよ」
ユイカを抱きしめたまま答える。暖かい空気とユイカの体温。どっちがどっちだかシンジには区別がつかなかった。
「そう……ならいい」
ぽっかぽかだ。
ユイカは、父親でもあり男性でもある人の胸に抱きすくめられながら、芽生えかけた想いを誤魔化すように思考の流れを逍遥していた。すると、不意に一つの思い出にぶち当たった。彼女は、直感で思い出の中の光景が、自分の行き場の無い心を落ち着かせてくれる事を悟った。
・・・・・・・・・・・・・
最初にその光景を目にしたのは、ユイカが8歳の時だったろうか。もしかしたら、いや、もしかしなくても、もっと小さい頃からみてはいたのだろうが、記憶に残っている最初というのは、8歳の時。
その頃、ユイカは空が好きだった。
彼女は、休日の間や学校から帰った後に窓から見える空を楽しむため、よくアスカの寝室に入っていった。アスカの寝室の窓は、当時のユイカには覗き込めない高さにあって、そこから仰ぎ見られる切り取られた空の青が、ユイカのお気に入りだったのだ。
いつもの、茫漠たる広がりとは違う。小さく綺麗なソラ。ユイカは密かに、その空を「自分のソラ」だと決め込んでいた。
カレンダーが年の後半最初の月を示していたその日。
何時ものようにアスカの寝室に入ったユイカは、自分のソラに闖入者が紛れ込んでいる事に気がついた。窓際に仲良く並んで掛けられた、男子と女子の制服。それは、今はもう別の場所に移転している第三新東京市第一中学校の制服だったのだが、無論その時のユイカにはそんな事は分からなかった。
何時に無い風景を不思議に思いながら床にぺたりと座り込んだユイカには、その二つの制服が高くて青い空に吹き上げられ溶け込んでいくのではないかと思われた。
彼女は、魅入られたようにその風景を見詰めつづけた。
「ねぇ、ママ、あの服は誰の?」
その晩、食卓を親娘で囲んだ時に、ユイカは何気なく母親に問うてみた。
「ママと……パパのよ。良い天気だったから、虫干ししてたの」
アスカは寂しげに、それでいて誇らしげに笑ってみせた。
「ふぅん」
ユイカは虫干しという言葉の意味が分からなかったので、とりあえずおざなりに返事を返したのだが、その時見せた母親の表情がなぜかずっと心の中に引っかかっていた。
それから毎年、ユイカは、アスカの寝室の窓際で揺れている二つの制服を見かけた。
それがいつも決まった日に虫干しされている事に気付いたのは、ずっと後になっての事。
その日こそが、ユイカの父親が初号機の中に取り込まれた日であるという事をレイの口から聞いたのは、やっとユイカが中学校にあがった時だった。
−ママの気持ちか………
追憶から帰ってきたユイカは、肩の力を抜いてシンジに体重を預けた。
「ユイカ?」
「少しこうしてて良い?」
「うん………いいよ」
シンジはそう言うと、胸にユイカを抱きしめたまま、屋上のコンクリの上に腰を下ろした。
「こうしていたほうが楽だから」
「うん」
未整理の思考をきっちりとたたむ事は出来なかったけど、どこかすっきりした気分がユイカにはあった。
嫉妬と共感。
自分と母親と父親の関係。今までの歴史上でありえなかった関係には、今までに無かった新しい気持ちが必要で、今もっている自分の思い全てがその答え。
そんなことを彼女は思っていた。
「パパ、私ね、焼き餅やいてた」
「焼き餅?」
「うん、ママが教室に入ってきた時は、ただ吃驚しただけだったんだけど、パパとママが並んでたっているのをみた時……また私だけ仲間はずれにされちゃったような気がして……それで、焼き餅やいてた」
「そう」
「パパの事待っていたのは、ママだけじゃないのに、私だってパパの事待ってたのに、どうして何時もママばかりって……思ってた」
二人は口をつぐんだ。
心地よい風。シンジは、流れる雲を見て初めて風が吹いている事に気がついた。
「ユイカの髪って・・・・・アスカと同じ匂いがするんだ・・・・・・・」
シンジはユイカの髪を優しく梳きながら言った。その事実は、前から知っていたことなのだけど、今改めて、彼女に自分がそれを知っているということを知らせたくなったのだ。
「同じシャンプー使ってるから・・・・・・」
うなじまで赤く染めてユイカがそう答えた。
「そうなんだ」
シンジは、太陽の光に目を細める。今何時だろう?
「ねぇ、パパ、もう始業式間に合わないよ」
「そうだね・・・・・」
「さぼっちゃおうか?」
目を三日月にして笑うユイカ。その吐息が、胸元にかかってシンジは少しくすぐったそうにした。
「でも・・・・・アスカ怒るだろうなぁ」
最愛の人の顔が脳裏に浮かぶ。
「私たちがいないの気付くかなぁ・・・・・」
「気付くよ」
自信たっぷりのシンジの返事
「ねぇ、パパ・・・・それってお惚気?」
シンジの胸に埋めていた顔を上げて、上目遣いの目線で父親の顔を見るユイカ。もう、気持ちのしこりは何処にも無かった。
本当に、変なところはアスカに似てるんだ。艶やかな唇に何気ない視線をくれながら、シンジはしれっと答える。
「そうだよ。お惚気・・・」
「ぶぅ」ユイカは、可愛い顔をくしゃっとさせて、奇妙な焼き餅を焼いてみせると、再び、ポテっと頭をシンジの胸に預けた。父親の心臓の音を聞いているうちに、ユイカは、少し眠たくなってきた。意識はしていなかったが、ずっと緊張していたのかもしれない。
屋上の、手摺りの影が、何時の間にかシンジ達の足元まで伸びていた。シンジは、その影の主のずっと先、遥か空の上を、のんびりと漂う白い雲を見詰めながら、今朝方耳にしたアスカの言葉を思い出していた。
−「私も着ちゃおうかな制服」
その言葉に込められた、本当の意味が、やっと分かった気がしていた。
・・・・・・・やっぱり、僕って鈍いのかなぁ・・・・
シンジは、自分の胸で、何時の間にか寝息をたて始めた娘の頭を優しく撫ぜながら、ぴんとハズレの感慨で思考を締めくくった。
その日屋上で眠りこけていた二人を発見したのは、アスカからお役目を仰せつかって二人を探していたミユキだった。
こうして、碇シンジの中学復帰一日目は終わった。
第5話終了
後書き
パパゲリオンです。
こういう形になりました。
(^_^;)
みゃあさん、そして、ここまで読んで下さった皆さん、メール・掲示板・チャットそのほかで、アドバイスして頂けたり、感想をくれたり、励ましてくれたり、宣伝をして下さったり、愚痴(^_^;)を聞いて下さった方々、本当にありがとうございましたm(__)m
読んだら是非、感想を送ってあげてください。