第六話Aパート
作・ヒロポンさま
キィキィィィィィィィィィ
鋭角的な音を立てて、一台のワゴン型エレカが路肩に止まった。車内のデジタル時計は、11時30分を示している。真夜中ちょっと前の住宅街。付近に人影はなかった。
「せんぱぁい、どうしたんですかぁ?」
先ほどまで、膝の上に置いた端末を小器用に操ってなにやら作業していた伊吹マヤが、運転席に座る赤木リツコに問い掛けた。急停車の衝撃で、自分の端末に頭をぶつけたのか、手で額を押さえている。
「…………猫よ」
憮然とした表情で、路地の先を見詰めながらリツコが答える。
2.3メートル先にある常夜灯の明かりを受けて、その顔は生白く輝いていた。
「マヤ」
しばらくして、思い出したようにリツコが口を開いた。
「なんですか?」
「悪いけど、念の為に後ろの奴、確認しておいてくれない?」
「あっ、はい……………今村研にあった専用のボックスに入れているから多分大丈夫でしょうけどね」
確認するようにそう言いながら、マヤは助手席のドアを開けて、車体後部に回っていった。
リツコはその姿を目で追いながら、助手席前部のボックスを開け、煙草を取り出し火を付ける。マヤと一緒に車内にいる時は、なるべく吸わない様にしているのだ。
細い指に白い煙草のラインがマッチしていた。
好きでやっていることとは言え、この頃残業が続いている。
−さすがに、最近は、つらくなってきたわね。
似合わない感慨に、苦笑を浮かべる。
人心地ついたリツコが、ゆっくりと紫煙を吐き出した時、後部でマヤの短い悲鳴があがった。
「きゃ!!」
ガタッ!!ドサッ!!
「マヤ?」
パターン1、車の天井に頭をぶつけた。パターン2、平らな地面で躓いた。パターン…………。今までのマヤの行状から、いくつかの推論を頭の中で数え上げる。
リツコは、灰皿を開けて煙草をねじ込むと、大儀そうに後部を振り返った。
「どうかしたのマヤ?」
暗がりに浮かぶシルエットに、落ち着いた声で問い掛ける。
「せんぱい、あの……様子を見ようと思って、ボックスを開けたら………」
「開けたら?」
「………逃げられちゃいました………」
「逃げたの?」
「はい」
マヤのシルエットは、小さく縮こまって見えた。
はぁ…………
ため息一つ。
正面を向くと、バックミラーに取り付けている猫のマスコットと目が合った。
「すいません……先輩…………」
「いいわ………とりあえず、戻りなさい」
リツコはそう言いながら、マスコットをちょんと突つくと、二本目の煙草に火を付けた。
−自分で仕事増やしてるんだから、世話はないわね。マヤのドジっ娘………
ゴチッ!!
戻ってきた伊吹マヤは、車体に入る時、天井で頭をぶつけた。パターン1。
その振動で、止まりかけていたマスコットが、再びゆらゆらと揺れはじめた。
*
−翌朝
スタスタスタ
空の色と海の色を交じり合わせたような綺麗な瞳が、右に動く。
スタスタスタ
かと思うと今度は左へと………
毛足の短いリビングのカーペットの上にうつ伏せになったアスカは、洗濯に掃除にと忙しく動きまわる夫の姿を、瞳で正確にトレースしていた。
胸の下には、ユイカが小学生の時に家庭課の授業で作ったお魚柄のクッションを敷いている。夕食に出した「鯖」をモチーフにしたという逸品だ。
ちなみに、当のユイカは、買い物に出かけていて今はいない。
午前10時。二人っきりの日曜日。
シンジが学校生活に復帰してから、2回目の日曜日だった。
ガラガラ
洗濯籠を持ったシンジがベランダへと出ていった。アスカの目線もそちらへと向く。
青い空に白い雲。
絶好の洗濯日和である。
シンジは、午前中の柔らかい日差しを受けて、洗濯物を丁寧に干していく。繊細な顔立ち、カッコイイというよりは可愛いという形容が似合うかもしれない。
―不思議よねぇ
アスカは、シンジに注いでいた視線を外して、ぽてっとクッションに顔を埋めながら思う。彼女自慢の栗色の髪が、頬に当たる。アスカは唇をチョット開くと、その髪の毛を軽くくわえて、もしゃもしゃと食べるまねをしながら、さらなる感慨にふけった。
―どうして、私は、こんなにシンジのこと好きになったんだろう。…………別段貞操観念がなかったってわけじゃないけど………ううん、そもそもそんなこと意識したこともなかったけど…………まさか、生涯に出会う恋人が一人だけなんて、そんな女に自分がなるなんてまったく思ってなかった。
別に生涯が終わったわけでもないけれど、人生は伸び行く直線の切り取った断面ではなくて、広がり行く全体だから、アスカはその広がり行く「今」の感覚で、自然にそんな事を考えていた。
「「ユイカがいなかったら……アタシ、シンジのこと忘れていたかもしれない……」」
事実、再会してすぐの頃、ベットの中でシンジにそんなことを言ったこともある。
−別にシンジである必要はなかった……過去にしてしまう事だって出来たはず……
それは、ある面真実ではあった。
だけど…………
−あの時、どういう気持ちでシンシに抱かれたんだろう………
さかのぼって、14年前のその時のことをぼんやりと頭に浮かべる。
思い出そうとしても、思い出せない。それはとても単純なことのようにも思えたし、なんだか込み入ったもののようにも思えた。
寂しさだとか、共感だとか、好奇心だとか、憎しみだとか…………どれも本当でどれも嘘。
アスカは、ゴロンと体をまわして仰向けになると、再びシンジの方に顔を向けた。
空の青をバックにして、シンジは相変わらず洗濯物を干す作業を続けていた。
−なんだ、こうした方が見やすいじゃない
瞳がちょっとした発見にきらきらと輝く。口には数本の髪の毛が、いまだ張り付いていた。
なんだか色々考えていたことは、すっかり何処かへ行ってしまっていた。
ゆったりした呼吸と、心地よい睡眠と、美味しいご飯と、答えのでない取り止めのない思考。シンジの側にいさえすれば、アスカにとっての全てはそこに用意されているのだ。
「ねぇ、シンジ」
瞳のきらめきを残したまま、アスカが甘ったるい口調で、シンジに呼びかけた。
「うん?」
答えながらも、シンジは手を休めない。
「アタシねぇ」
「うん」
「アタシねぇ……髪の毛食べちゃった」
「へ?」
シンジが思わず視線をアスカに向ける。
「髪の毛をねぇ、食べちゃったのよ」
毛先を人差し指でくるくるとひねり、ぱくりと咥えてみたりする。
シンジは、一寸苦笑してみせると、手に持っていたシャツを洗濯籠に放りこんでリビングへ戻り、アスカの側にぺたりと腰掛けた。
「駄目だよ、食べちゃ」
甘えてくるアスカが、シンジは嫌いではなかった。こういうリクリエーションが大切なんだということを彼は心得ているのだ。
「だって、シンジが、全然かまってくれないんだもん」
「洗濯溜まってるんだから、しょうがないだろ」
目元をだらしなく崩しながら、アスカの口元の髪の毛を優しく取ってやる。
そのまま立ち上がって、仕事に戻ろうとしたところにアスカが再び声をかけた。
「ねぇ、パパかまってよぉ」
わざとらしく鼻にかけた声を受けて、シンジのこめかみに一筋の汗が流れた。マンションの前を通るエレカの音が、どこか遠くに聞こえている。
「アスカ……なにそれ?」
ある程度の当たりを付けながら、再び、アスカの横に座りこんでそう聞く。
「……ユイカの真似」
わざと真面目な顔を作ったアスカが、シンジの予想通りの答えを口にした。
そのまま二人は、しばしの間見詰め合っていた。
ククッ
沈黙に耐え兼ねたように、シンジが喉を鳴らして笑った。やがてそれは、はっきりとした笑いに変わった。
アスカは、黙ってシンジの笑顔が進化していく様を見ていたが、やがてシンジの手を取って、自分の上に彼の体を導いた。
別に強く引っ張ったわけでもないのに、シンジは心得たように体の力を抜くと、アスカの上にそっと覆い被さった。
いつもの柔らかさと、いつもの体温。
シンジは、年上の少女にそっとくちづけた。
二人からすれば、夫婦の間でのふれあいなのだが、傍から見れば初な少年と妙齢の美女の爛れた関係に見えないこともない。
しかし、今は二人きり。シンジはいったん唇を離してから、青い瞳を覗き込むと、安心したように再び唇を交わした、今度は深く………………
……………
……
…
ガサガサ
突然の物音に、二人はビクッと体を離した。
驚いて音源に振り返った二人の視線の先には、スーパーのビニール袋を手にしたユイカが、怒っているような困っているような複雑な表情で佇んでいた。
*
2時間後−
何時もと変わらぬ静かな日曜日。
高い天井の天窓から差し込む白い光が、うっすらと部屋全体に覆い被さっている。
公園を挟んでシンジ達の住むマンションから程近い碇レイのマンション。
白い光を纏いつかせながら、碇レイはダイニングのテーブルについて、文庫本を読みふけっていた。部屋の中には、なんだか甘ったるい芳香が漂っている。
細い指がページをめくる音だけが、時折部屋に響く。背中までかかる印象的な水色の髪と真紅の瞳。息をしていることすら不思議に思えるほどの精緻で硬質な美貌の部屋の主は、数分に一度、その美しい顔を自分の左方にあるオーブンのタイマーに向けていた。
レモンピールパウンドケーキ
アルミカップにのっかった数個のそれが、今オーブンの中でふっくらとした成熟の時を迎えようとしているのである。
オーブンに入れてから、すでに10分ほどが経過していた。アルミカップに注いだ分量からいって、焼きあがるまでの時間は、あと5.6分といったところか。
アリスがウミガメモドキの唄にうんざりしだした所で、レイは文庫本から目線を挙げると、再びタイマーに目を向けた。
ピンポーン
その時、レイの注意が外界に向けられたのにタイミングをあわせたかのように、玄関のチャイムが鳴った。
ガチャ
「こんにちは、レイ母さん(*ユイカが「レイ母さん」と呼ぶようになった経緯については、外伝「ユイカとシンジの親子で四方山話」を参照してください)」
開かれたドアの先にいたのは、茶色がかった髪と瞳を持つ少女、惣流ユイカ。
迎えるレイの顔には扉を開ける前から自然な笑みが浮かんでいた。彼女にとって色々な意味で特別な三人については、なんとなく扉を開く前に分かってしまうのだ。
それがなぜだかレイにはわからないのだけど。
「ユイカ」
こんな時、レイは確認するように名前だけを呼ぶ。レイの言葉は引き算と掛け算。沢山ある言うべき言葉をどんどん引いていく。その代わり残った少ない言葉の中には、あるべき言葉の何倍もの意味が込められているのだ。
ユイカはレイに、ニコっと笑いかけた。それから、ふぅとため息を吐くと靴を脱いで部屋に上がり込む。
「ねぇレイ母さん、聞いてよ……………………」
良くある会話の出だしを口にしながら、勝手しったる様子で部屋の奥に入っていくユイカの背中を、レイは優しい眼差しで見詰めていた。
「パパとママッたら昼間っから………………」
ダイニングへと続く扉を開けた途端、ぶちぶちと口を開いていたユイカが、ぴたりと言葉の奔流を止めた。
「良い匂い!レイ母さん、またケーキ焼いてるんだ?」
背後にいるレイにクルッと振り返りながら、問いかける。
レイはその言葉に、薄らと微笑むと、コクリと頷いてみせた。
「ねぇねぇ、何が出来るの?」
ユイカは、そう言いながら、オーブン真正面の椅子に、ちゃっかりと腰掛けた。
レイは質問には答えず、黙ってその横の席−さっきまで自分が座っていた席につくと、ひじを立てて、組んだ両の手の上に顎を乗っけた。視線の先にはオーブンのタイマー。期待に満ちた瞳の色が、ユイカの質問に対する答えだ。
レイの様子を見て、ユイカも、テーブルに肘をついて顔の前で両手を組み顎を乗っける。
こうしてみると、二人は姉妹のようにも見えた。
甘ったるくも香ばしい香りを浴びながら、二人は黙って流れる時間を見詰めつづけていた。
−8分後
「ほんと、ママッたら………あむ、おいしい…ママも少しは考えて欲しいわよ!……はむっ…年頃の娘の前で……だいたい、ママは何時も何時も……んっ、レイ母さん、これ本当に美味しい」
食べると喋る。愚痴ると褒める。
ユイカの口は、忙しく動く。
パウンドケーキはつつがなく完成し、つつがなくユイカとレイの胃袋に収まっていっている。押さえた甘みと爽やかなレモンの香り。レモンの皮のちょっとした苦みが、味のアクセントになっている。
バクバクと食べているユイカは、もう3個も食べてしまっていた。レイは、まだ1個。沢山あったケーキのほとんどを、シンジとアスカにとレイが紙の袋に入れてユイカに渡したので、現在二人が食べる分は、あと一つしか残っていなかった。
レイは、口元にケーキのかけらを付けたまま、ものほしそうな顔をして、残りの一個を見詰めるユイカに、目で了承の意を告げた。嬉しそうな顔を浮かべて最後の一個に手をつけるユイカ。こんな子供っぽい仕草をユイカが見せるのは、レイの前だけだ。アスカやシンジの前にいる時とはまた違った顔のユイカ。
その無防備で幼い表情を見ながら、レイは先ほどから感じていた疑問を、短い言葉で発した。
「………碇君は悪くないの?」
どこかからかうような響き。
「えっ?……パパ……パパも、悪い………かな」
ユイカは赤くなって俯くと、歯切れ悪く答えた。茶色の髪が頬にかかり、ユイカの戸惑う視線をレイから隠してくれた。
ママは………ママは………ママは………
先ほどから、母親にばかり当たっていた自分を思い出す。
−どうしてだろう………いつもああいう事があると、パパよりもママに余計に腹が立っちゃう。……………これって、焼き餅よね。
これは、父親と仲の良い母親に娘が向けるよくある嫉妬と同一のものなのかユイカには分からなかったけど…………
−うーーーーーーーーーーーん?………とにかく、焼き餅よね………
意識したとたん更に頬が赤くなった。ユイカは、肌が白いので、その赤が特に目立った。
なでなで
俯くユイカの頭を、レイが優しく撫でた。
「レイ母さん?」
「大丈夫よ。碇君も、アスカも、誰よりもあなたのことを大切に思っているわ」
人の心を斟酌して喋ることは、レイにとっては苦手なことであったが、ユイカが相手ならそれは別。彼女が感じたであろう疎外感を想像して、そんな言葉をかけた。レイは、少しだけ垣間見えた、可愛らしい気持ちにはあえて触れなかった。自分が指摘するべき事ではない、なんとなくそういう風に感じられたのだ。
「…………うん」
ユイカは頷いてから、初めて気付いたように口元の粉を手で拭った。
そうして、紅茶をひと飲みしてから、再びケーキにぱくついて、またまた口を動かしはじめた。
「ママもパパも…あむっ……ワタシのこと大事に思ってくれているのは分かってるんだけど……うんっ…それはそれとして……はぐっ…昼間っから娘の前で、あれはないと思う……むぐ……」
フフッ
伸びたり縮んだり、上がったり沈んだり、静かだった部屋の中を跳ね回るユイカの感情が、微笑ましく可笑しくて、レイは珍しく声を立てて笑った。
それは、とても小さな笑いだったけれど、とてもとても幸せな笑い声だった。
*
くっきりとした緑の木立の合間に見えるマンションのベランダに、真っ白いシーツが干してあった。
レイのマンションからの帰り道。
ケーキの入った紙袋を片手に、大きな池に面した公園の遊歩道を、とことこと歩きながら、ユイカはできるだけ遠くを見て歩こうと思いを決めていた。そんなこんなで、目に入ったのがそのシーツだ。
太陽の光をやさしく反射した白いシーツ。
柔らかい肌触りと、日向のにおい。
思い出すのは、いつものマンションのいつものリビングの光景だ。子供のころ、無邪気に顔を埋め転げまわった洗濯物の小さい山。それは、ユイカにとって、紛れもない母親の−アスカの感触と匂いだった。
−私……………
父親と母親の男と女としての関係。それを見ていつも母親に対して不満を抱き、それでいて父親にだけそのシグナルを露骨に送ってしまう自分。
共感と嫉妬。かまってほしい気持ち………………そして、紛れもない……
ユイカは、ふるふると首を振って、気づきかけた想いを頭の外に追い出した。さらっとした髪が日を透かして茶色の縁を作る。
いつのまにか視線は、彼女の意に反して下に向けられていた。
ふと気がつくと目線の先には、つぶれかけたジュースの空缶。
−どうして、みんなの公園にこんなもの捨てられるのかしら
義憤半分、八つ当たり半分の感慨のまま、まったく思い浮かべたこととは逆向きの心のベクトルで、ユイカは、細くて長い足を思いっきり振り上げて、その空缶を近くの木立に蹴り込んだ。
カーン
ズサッ
クェェェェェェェェェェェェェェェェ!
「?」
カーン。ズサッ。クェェェェェェェェェェェ????????
ふに落ちない物音を不審に思い、ユイカは、首を巡らして、木立を覗き込んだ。
高い木々の影に覆われて生えている潅木は、なんだかひねた様にうずくまっている。その濃い緑色の隙間を覗き込んだユイカの前に、突然黒い影が飛び出した。
「きゃ」
喉の奥で小さい悲鳴を上げると、ユイカは、飛びず去るようにその場から離れる。
茶色の瞳には驚きの色。瞳の中には、飛び出してきたものの姿がくっきりと映っていた。
燕尾服を着込んだような白と黒のツートンカラー。ユイカを覗き込む黒い目と、ぼうっと開かれた黄色いくちばし。その体の横には所在なげに降ろされた二つの翼が…………
「ペッ、ペンギン?」
形のよい眉を寄せて、その姿を覗き込む。
そう、まさしくその姿はペンギン以外の何者でもなかった。
「クエ?」
ユイカの表情に同調したのか、ペンギンのほうでも、首を伸ばしてユイカのほうを仰ぎ見た。その動きに連れてよたよたとユイカのほうによっていく。
−どっ……どうして、公園にペンギンが?
湧きあがる疑問。
「クエ?」
ペンギンのほうでも、首をかしげるような仕種を見せた。
やがて彼(?)はユイカの手の中にある紙袋に目をむけると、興味を持ったのか、それを覗き込むような仕草をしだした。
「……ほしいの?」
ユイカが恐る恐る問い掛ける。
その問いかけの意味が分かったのか、ペンギンは、コクコクと頷いてみせた。
「私のいうことが、分かってるのかなぁ?」
少しだけ逡巡する。なんといっても、レイからもらった大切なケーキ…………でも、動物を前にして、食べ物を与えてみたいという衝動もふつふつと沸いてくる。
紙袋を胸元にぎゅっと引き寄せて、思いを致すように視線を空に。
−どうしようかなぁ?一個だけあげてみようかなぁ。でも、ペンギンってパウンドケーキなんて食べるのかしら………って、そもそも、どうして公園にペンギンがいるんだろう?といっても、実際いるんだからしょうがないし………うーん、どうしよう?
少し唇を尖らす様にして考え込むユイカのことを、ペンギンが不思議そうに眺めていた。
その視線が、迷いを含んだまま再び彼を見つめたユイカの視線と絡み合う。
「うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん、決めた。一個だけあげちゃおう」
そうと決まると、ユイカはにっこりと天使の微笑みを浮かべて、ペンギンの前にしゃがみこんだ。
ペンギンも、よたよたとよってくる。
ガサガサ
紙袋を漁って、一番小さいケーキを選んで、ひょいと取り出してみせる。
「クェ」
パクッ
ユイカの手から、ケーキを奪うと、ペンギンはもしゃもしゃと咀嚼しはじめた。
「美味しい?」
ユイカはそう言いながら、ぺんぎんの頭頂にある飾り毛をなでなでとなで上げる。ペンギンも、地面に置いたケーキをがつがつと食べながら、ユイカのなすがままにされていた。
−ペンギンって………雑食だったのね。
頭の中で、子供のころアスカとよく見ていた動物番組の司会者が、「違いますよ」と柔らかい口調で突っ込みを入れてきたが、ユイカは聞く耳持たなかった。
−だって、食べてるじゃない。ケーキ。
ガツガツガツ
食べながら足元が安定しないのか、ペンギンはよたよたと足踏みを繰り返していた。その度に、かわいい尾っぽがふるふると揺れる。
さっきまでのもやもやをすっかり忘れて、ユイカは、やさしい微笑みを浮かべながら、その姿を見守り続けた。
第六話Bパートに続く
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