第六話Bパート

作・ヒロポンさま

 


 

−三日後

 

 

午後の日差しを受けて、いつもの町並みはいつもの色で佇んでいた。

学校の帰り道、開放感と後ろ髪引かれるような寂寥感を両手に抱えて、二人の少女が、その町並みを横切っていく。

一人は腰のあたりまで伸ばした茶色の髪を揺らしながら、きびきびと歩みを進ている。

そのちょっと後ろを、紫がかった黒髪の少女が、口元に柔らかい笑みを浮かべながら、のんべんだらりとついていく。

一年中常夏の日本であるが、四季が少しずつ戻ってきているのか、一月の日差しは7,8月のそれに比べて、ずっと穏やかな感じがする。

二人が歩いている道の左右には小さな商店が並び、その先には緑豊かな公園が見えているのだが、軟らかな風を受けてそよぐその木々の輪郭も、心なしか柔らかく見えた。

 

「なに笑ってるのよ」

 

先ほどから前方に見えていた自転車とすれ違い。周りに人がいなくなったところで、茶色い髪の少女−惣流ユイカが視線を正面に向けたままそう口にした。

 

「…………どうして私が笑ってるってわかったの?」

 

その言葉を受けて、きょとんとした顔でユイカの背中を見つめていた紫がかった黒髪の少女−加持ミユキが、そう問い掛けた。

 

「空気よ。空気。後ろからなんていうか……こう……にへらぁとした風が吹いてくるのよ、ミユキが笑うと」

 

なにしろ歯が生えそろわない頃からの付き合いだ。背中に感じる雰囲気でそれぐらいのことは分かってしまう。それに、ミユキがニマニマ笑っている理由も大体見当がついていた。

 

「ほほう……………まあ、長い付き合いだしね」

 

事も無げにそういったミユキは、急に立ち止まると、目の前にある惣菜屋のケースを覗き込んだ。人の話を聞いているのかいないのか……………

その間もユイカはずんずんと歩いていく。

 

−………………私って、ママと同じで感情が顔に出やすいんだよね。

 

そんなことを考えているユイカをよそに、ミユキは惣菜屋のおばちゃんにいくらかのお金を払って、紙の袋に入った品物を受け取っていた。

ミユキは品物を受け取るやいなや、テケテケとした小走りで、ユイカの背中の見えるさっきまでのポジションに落ち着く。すると、それを待っていたかのように、ユイカが再び口を開いた。

 

「それで、どうして笑ってたわけ?」

 

いやしい顔で紙袋の中を覗き込んでいたミユキが慌てて正面を向く。ややもすれば、その美しい曲線ゆえに冷たそうな印象を与える口元は、だらしなく緩みきっていた。

 

「んっ?うんっ……………なぁんで、最近シンジさんと一緒に帰らないのかなぁ?なんて事を考えてたらね」

 

ユイカの眉がピクッとあがる。

シンジが学校に通うようになってからの二週間、ユイカとシンジは毎日のように一緒に帰っていたのだ。あらかじめシンジとユイカが親戚関係であることをプロパガンダしておいたことと、いつもミユキも一緒に帰っていることで、噂や騒ぎにはならなかったものの、その行動は周囲の耳目を十分すぎるほど引きつけていた。

 

「…………別に理由なんて無いわよ」

 

ユイカはぴたりと立ち止まると、ぼそっと呟くように言った。

いかにも含みのあるその声音は言葉の内容を見事に裏切っている。レイに愚痴を言っても相変わらず晴れない心が、ユイカをいらつかせていた。

ミユキは、納得がいった訳ではなかったが、長年の付き合いで引き際だけは心得ていた。図星をつかれるとユイカはすぐにすねてしまう。そして、ユイカを怒らせると後がとても恐いのだ。

彼女は、歩調を速めてユイカの横に並ぶと、予想通り憮然とした表情をしたユイカを覗き込んで、そのほっぺたをちょんちょんと二回ほど突っついた。

ユイカがジトッとミユキをにらむ。しかし、だらしなく緩んだ親友の瞳にぶつかると、何も言えなくなって目をそらした。

 

「まあ、いいか。その方が色々と都合良いかもね」

「どうしてよ?」

「マナがね、色々勘繰ってるのよ。ユイカとシンジさん、なぁんか、良い感じの雰囲気をあたりに振りまいてるからさぁ」

 

やけに馴れきった感じのシンジとユイカをキラキラした瞳で見詰めていた友達の顔を脳裏に浮べる。マナは、こういう男子と女子のお話が、そりゃぁ、もう、大好きなのだ。

ユイカとしては、シンジと自分の噂が広まることには抵抗が無い。むしろ、悪い虫がパパによってこなくなるからそっちの方が良い、くらいに思っているのだが、二人の本当の関係やアスカのことを考えると変に噂になってしまうのはやっぱりまずい。

 

「ふぅ…………マナの奴」

 

困ったもんだ。そう思う心の内に、意識すまいとしている想いの存在に気が付いて、ユイカの顔が暗く曇った。

 

「ところで、何を見せてくれるの?」

 

ユイカが、ミユキの質問に顔を向けると、彼女の心のうちとは別天地にあるお気楽な顔。

見慣れているだけになんだかほっとする。

 

−たまに腹が立つけど…………

 

「…………まあ、お楽しみってところです」

 

ユイカは、前方に見える公園をちらっと見ながら、そう答えた。

 

「……お楽しみねぇ…………ふーん…………ところでユイカ、アンタも串カツ食べる?」

「へっ?」

 

ミユキは、虚を衝かれたユイカの目の前に、最前惣菜屋で勝ってきた串カツを差し出した。

ユイカの小さい鼻先を、食欲をそそる揚げたての香りがかすめていく。

 

「ミユキ………あんた、何時の間に?」

 

あむっ

笑うようなあきれるような表情のユイカを尻目に、ミユキがおいしそうに串カツを頬張った。

 

 

 

 

屋上から見る景色は、どこか別世界の風景のようで、遠くでうごめく運動部員や校門をくぐっていく生徒達をボーッと眺めていると、なんだか分けもなく寂しい気分に襲われる。

 

隔絶感。

悲しくもほっとするその感覚を掌で弄ぶようにして、シンジは眼前の光景を視界の中に納めていた。

わけもなくたそがれているわけではない。うつろな瞳の奥には、可愛い一人娘の面影がちらついていた。

日曜日にアスカとのちょっとしたキスシーンを目撃されてから、シンジとユイカの関係は、再びぎこちないものになっていた。以前の、まだ慣れない時とは微妙に違うきごちなさ。制服、学校、新しい生活が、二人の関係に小さな錯覚を生み出していたのかもしれない。

 

−そう言えば、学校にいくようになってから、ああいう所をユイカに見られたのは、あれが初めてだったっけ……………………やっぱり、嫌われちゃったのかなぁ、いやらしいって………

 

シンジを避けるように、ミユキと連れ立って教室を出ていったユイカの振り向きざまの目線。白い首筋とゆらゆらと揺らめいた茶色い髪の毛。その映像をくっきりと思い浮かべて、シンジは今日何度目かのため息を吐く。その鼻先を、一匹のとんぼがかすめていった。

 

「いぃかぁりぃくぅん」

 

突然背後からかけられた元気いっぱいの声に、シンジは、びくっと振り返った。

そこには、くすんだ茶色い髪の少女が、輝くような笑みを浮かべて立っていた。いつもミユキやユイカのそばに居る少女。そう名前は・・・・・・・・・・。

自己紹介の時に聞いたはずの名前がなかなかでてこない。少女のキラキラした笑みとシンジの固まった笑顔が、沈黙の中、向き合っていた。

 

…………

 

「ああっ………………えーと……………………霧島さん?………だよね?」

 

恐る恐る問う。

 

「ひどぉい、まだちゃんと覚えてくれてないんだ」

 

わざとふくれてみせた少女−霧島マナは、その言葉とともに足を進めてシンジの横に立った。

 

「ごめん」

 

マナは、謝るシンジに軽く首を振ってみせた。チシャ猫の笑いとでも言うのだろうか、いたずらっぽい笑みが口元に浮かんでいた。

 

−この子も良く笑う……………ユイカといい、ミユキちゃんといい、この年頃の女の子って言うのは、よく笑うんだな…………アスカも良く笑うけど……

 

そんな事を思って、シンジは心の中でくすりと笑った。

 

「何してるの?」

「うん………………別に何をしているってわけじゃなくて、ただ、ぼうっと景色をね」

 

シンジは、そう言って、屋上の手すりに両手を突くと、再び目の前の光景を眺めやる。遠くの風景は、なんだか、さっきまでと違って見えた。

 

「ふーん」

 

マナは探るようにシンジの横顔を眺め見た。

 

「霧島さんは?」

 

じっと見られて落ち着かない気分のシンジは、苦し紛れに質問を放った。

 

「私?私も景色を見にね。………………好きなんだ、屋上から見える風景。この学校ってさぁ、ちょっと高いところに建ってるから、すっごく眺めがいいしね」

 

そう言って、自分も手すりにつくと、くりくりとした目をちょっとだけ眇めて、遠くの景色に目をやった。

しばらく二人は、黙って眼前に広がるパノラマを眺めていた。

飛行機雲やしつこく鼻先をかすめていくとんぼ、何か変わったものを見つけるたびにシンジは口を開こうとしたのだが、なかなかきっかけが掴めない。マナはマナで、今までの同級生の男子達とはどこか違う静かな雰囲気を持った少年に呑まれていた。

マナはともかく、シンジにとって同級生達との付き合いは一時が万事この調子だ。そう器用な方ではないシンジにとって、アスカの夫としての顔と14歳の中学生としての顔を上手く使い分けるのは難しい事。

今度のユイカとのことで、さらにそれが実感された。宙ぶらりんの自分、そんな自分を持て余していることをシンジは情けなく感じていた。

顔に当たっている西日をやけにはっきりと感じる。シンジは、眩しさに顔を顰めたついでに口の筋肉を動かした。

 

「霧島さんは、この街が………第三新東京市が好き?」

 

何気なく口にした質問には、いつのまにかたくさんの意味が紛れ込んでいた。

 

「えっ!」

 

マナは、思わぬ質問を受けて顔をシンジに向けた。相変わらず、街並みを眺めているその横顔は、沈み行く日の光に縁取られてぼんやりと滲んでいた。

 

「うん…………好きだよ。生まれ育った街だもん」

 

我知らずまじめに答えてしまう。

 

−なんだか調子狂うなぁ

 

そう思い苦笑するマナの顔をシンジが見詰めた。

 

「そう、好きなんだ」

 

透明な、けぶるような笑顔。その笑顔を一瞬だけマナに向けて、シンジは再び景色を眺めた。彼が守った街は、たくさんの人の想いとともに今日もまた静かに佇んでいる。そして、その街は彼の居場所でもあるのだ。なんだか少しほっとしたような、そんな気持ちがシンジの中にあった。

 

 

−…………………なっなっなっなっなんなのよこれ…………

 

 

落ち着いたシンジと対称的に、マナは動揺の局地にいた。顔に血が上るのを止められない。奇妙な胸の動悸。息苦しさを隠しながら、マナも再び遠くを眺めた。

 

−たっ、たかが笑顔一つに………

 

そう思いつつも、頭の中はとっちらかって、何やらシンジが喋っていることにも、適当に相づちをうつ事しか出来ない。

 

ドクドクドクドクドクドクドク

 

 

心臓の音だけがやけに大きく聞こえていた。

 

 

 

 

薄く霞んだ空をバックにして数匹のとんぼが飛んでいた。その中の一匹が、穏やかな風に乗って滑るように降下し、ゆらゆらと揺れている枝に止まる。その枝の真下、生い茂る木々の陰が複雑な陰影を描き出している公園の小道を、ユイカとミユキは歩いていた。

 

「ねぇ、何を見せてくれるのよ?」

 

串カツを食べ終わるまではおとなしかったミユキだが、食べ終わってからはすっかり手持ちぶさたのようで、最前から同じ質問を何度も繰り返していた。

ユイカは、その質問に、「ふふん」と笑ってきっちりと答えない。これもまた繰り返し。

 

「もう、教えてくれたってさぁ…………………」

 

そう言って首を巡らしていたミユキの目線が、一個所に固定される。

 

「ねぇ、ユイカ?」

「なによ?」

「………………今年はなんか、やけにとんぼが多くない?」

 

道の右手、公園の真ん中にある大きな池の辺りを眺め見てミユキが言う。確かにそのあたりには、無数のとんぼが飛びまわっていた。学校帰りだろうか、数人の小学生が、やたらめったら手を動かして、宙を飛ぶそれを捕まえようとしている。

 

「そうかなぁ………毎年こんなものじゃない」

「そんなことないよ……………今年はやっぱり多いよ………」

 

そう言って、もう一度、とんぼの飛ぶあたりに目をやる。

 

「……………この前も、ママの車に沢山のとんぼがぶつかっちゃって、掃除大変だったんだから、バンパーのところに折れ曲がるようにして入っててさぁ………結局、パパに全部やってもらったんだけど……………ああっ、思い出しただけでも…………」

「ミユキって、虫苦手だったっけ?」

「虫?………もちのろんよ………あんなの同じ地球上の生物だとは思えないわ」

 

そんなこんなを話しているうちに、二人は公園の奥まった場所まで踏み込んでいた。

 

「………この辺だよね………おーーーい、来たよぉ」

 

小道を離れて、潅木の前に立ったユイカが、下生えの奥に向かって声をかける。

 

「なにしてるの?ユイカ?」

 

親友の突然の行動に、ミユキが、不審げに声をかけた。

その声を無視して、ユイカが茂みを覗き込んでいると、やがてがさがさという音とともに、白と黒のツートンカラーの生物が現れた。

 

「クェ」

 

一鳴きして、ヨタヨタとユイカの足元に擦り寄っていく。ユイカはしゃがみこむと、飾り毛のついた頭をヨシヨシとなでてやった。つぶらな瞳。この顔を見るとユイカはなんだかほっとした。ペンギンにあっている間だけは、自分のもやもやとした思いを忘れられるのだ。

 

「あらあらあら、ペンギンだわ。串カツ食べるかしら?」

 

ミユキは、そう言った後、買ってきた串カツをすべて食べてしまったことを思い出して、ちょっと残念そうな顔をした。

 

「ミユキ……………あんた、公園にいる野良ペンギンを見て、他に言うことはないわけ?」

 

親友の驚く顔を期待していたユイカは、憮然とした表情でミユキを見つめる。

 

「クェ」

 

その顔をみて、ペンギンは不思議そうに首をかしげてみせた。

 

 

 

「…………………………それでね、一応警察とか役所とかに問い合わせたんだけど、そんなペンギンの捜索依頼は出ていないって言うし、この辺の人が飼ってたわけじゃないみたいなんだ。……張り紙とかも探したけどなかったし………もしかしたら、どこか違うところで飼ってた人が面倒くさくなって捨てたのかもしれない」

「ふぅん、それであんな所にかくして飼ってるんだ」

 

あの後、ユイカが、昼休みのうちに買っておいたパンをペンギンにやり、適当に二人で遊んでやった。ミユキは、いたくペンギンが気にいったらしく、なかなか立ち去りたがらなかったので、随分時間が経ってしまっていた。

 

「うん」

 

出会いのいきさつを語り終えたユイカは、ミユキの言葉にこくりと頷いてみせる。もう、すっかり日が暮れて、公園は常夜灯の白ずんだ光で満たされていた。

 

「でもさぁ、どうして自分のところで飼わないわけ?」

「ママがね、嫌がるのよ動物。小さいときに一度、犬を飼いたいって言ったときも駄目だって言われたし……………だからきっと、飼っちゃ駄目だっていわれるよ」

 

自分が仕事の為留守がちであることと、動物は先に死んでしまうから嫌だという理由で、ユイカのことを諭したアスカの顔が頭に浮ぶ。理由としては、後者の方が強かったようにユイカには思われた。彼女の母親は、ああ見えて情の深い、感じやすい性格の人なのだ。

 

「ふーん………シンジさんには、相談したの?」

 

少しからかうような調子でミユキが問う。

 

「……………パパには……パパにはまだ、言ってない」

「どうして?飼いたいんでしょ?」

「どうしてって………………」

 

そう言って俯く。そっと伏せたまぶた。震える茶色いまつげ。同性ですら、ぞくっとするような色気がこの少女にはあった。

なぜか赤くなるミユキをよそに、ユイカの頭の中には、抱き合うシンジとアスカの姿が浮んでいた。ちくりと痛む胸。自分の嫉妬心を否定しようとすればするほどしつこくその光景は繰り返される。毎日、一緒に登校して、毎日一緒に授業を受けて…………同級生、同い年の男の子………そんな錯覚、そんな日常が、いつのまにか当たり前になっていて、気がついたら…………………

 

「………でも、このまま公園に置いとくわけにはいかないでしょ?」

 

予想外のユイカの反応に、ミユキは少し動揺していた。

 

「うん……………そうだね……でも……………」

 

なんとなくシンジには相談しにくい。芽生えはじめた気持ち。シンジに対することで、自分のその想いを完璧に自覚してしまうのではないか?ユイカは、半ば無意識にそんな恐れを抱いていた。

ミユキは、何か言いたそうにユイカのことを見たが、やがて軽く肩を竦めると、再び前方に視線をやった。

二人は、黙ったまま足を運んでいった。

 

 

公園の入り口に差し掛かったところで、ユイカとミユキは見覚えのある人影を認めた。

 

「リツコおばさん?」

 

ミユキがあげたその声に、その人影は振り向いた。

常夜灯に鈍く光る金色の髪。艶めかしく白い肌。

赤木リツコは、視界にミユキとユイカの姿を認めると、なんだか複雑な笑みを作った。

 

「ああっ、ユイカちゃんにミユキちゃん」

 

二人を見て声を開けたのは、リツコのそばにいた伊吹マヤだった。公園の茂みの近く、二人から見て死角になる位置にいたので、二人には見えなかったのだ。

 

「あっマヤさん」

 

マヤは、頭に数枚の葉っぱをのっけて、右手に大きな虫捕り網を持っていた。なんだか知らないが、にこにこ笑っている。

怪しい………

ユイカの頬に、ちーっと汗が流れ落ちた。

 

「どうしたんですか、こんな所で?」

 

マヤが、手に持っている大きな虫捕り網にちらちらと目線をやりながら質問する。

 

「別に………ちょっとね」

「……………ちょっと、ですか?」

 

得心いかない様子のミユキが、そう言って視線でリツコに説明を求めた。

 

「本当に、たいしたことじゃないのよ…………それよりあなた達、もう暗くなっているし、早く家に帰った方がいいんじゃない、親が心配するわよ」

 

取りつく島も無いリツコの様子に、二人はそれ以上の追求をあきらめた。

 

「はい……じゃあ、さようなら」

 

ユイカが言う。

 

「………気をつけて帰るのよ」

 

そう言うリツコの横を二人が通り過ぎようとしたとき、リツコがユイカを呼び止めた。

 

「ちょっと、ユイカ」

「はい、なんですか?」

「……シンジ君とアスカ……うまくいってる?」

 

自分でも似合わないことを聞いていると分かっているのか、その頬は赤く染まっていた。

 

「パパとママですか…………うまくいってますよ…………そりゃあもう」

 

マヤは、その言葉に滲み出た不機嫌の粒子を感じ取って、おやっと言う顔をしたが、リツコの方は、表情を変えぬまま鷹揚に肯いてみせた。

 

「そう、それはよかったわ。じゃあ」

 

そう言って手を挙げる。その後ろでマヤが、二人にひらひらと手を振っていた。

 

 

 

「ふーーーん」

「へぇーーー」

「ほぉーーー」

「なっなによ?」

「パパとママですか………うまくいってますよ………そりゃあもう」

 

ユイカの口調を真似て、ミユキが言う。

 

「なぁんか、こう、含むところのある言い方よね」

 

ユイカは口を引き結んだまま答えない。このまま真っ直ぐいくと何時もの曲がり角、ミユキとはそこで別れる。ユイカはそのままだんまりを決め込んで、喋らないつもりだった。

 

「もしかして、またあれ…………シンジさんとアスカさんのラブラブなところを見せ付けられて、焼き餅やいてるのかなユイカちゃんは……ああっ!そうか、それで、ここのところシンジさんによそよそしいんだ」

 

ユイカは、一人喋りつづけるミユキを、きっと睨み付けるが、いろんな感情がない交ぜになった自分の心に引きずられて視線を前方に戻した。

 

「…………この前の日曜日にね…パパとママがキスしてるの見ちゃったんだ」

 

しばらくして、ポツリとそれだけ言った。

 

「そんなの何時もの事でしょ」

「そうだよね…………可笑しいよね。いつものこと……当たり前のことなのに………………ミユキも今いったけど、私、焼き餅やいてるんだ。パパとママが仲良くしているのが嫌なんじゃない。だけど…………なんだか…………私、わかんなくなってきちゃった」

 

レイにひとくさり愚痴を言えば、以前は簡単に回復できたのに、なぜか今回は違っている。ユイカは、その理由を知っているはずなのに、あえて自覚しようとはしてこなかった。

ミユキは、途端に優しい表情になってユイカのことを見詰めた。ほんの小さい時から、子供っぽいミユキをたしなめるユイカが、お姉さん役。でも、そのユイカが落ち込んだ時は、ミユキがお姉さんになってユイカを慰める。二人はそうやって長年親友をやってきたのだ。

 

「わかんないのユイカ?」

「……………」

 

ユイカは黙って頷いた。

 

「………じゃあ、私が教えてあげるわ。あんたはねぇ、恋してるのよシンジさんに」

 

常夜灯の白い光の下、べたっと横たわる黒いアスファルトを眺めていたユイカの瞳が、驚いたように見開かれた。

そのまま立ち止まって、鞄を握り締めた自分の手を見詰める。

 

「……………………やっぱり…………そうなんだ」

 

口元からこぼれ出た言葉は、ただそれだけだった。

 

 

「ユイカ、なに思いつめてるのよ」

 

すうっと息を吸いこんでから、落ち着いた口調でミユキが言った。息を吸いこんだのは、真面目な話をする時のミユキの癖だ。なんとなく新鮮な空気を吸った方が、頭が良く回るような気がする。そんな、単純な理由だった。

 

「えっ?」

「いいんじゃないの、シンジさんに恋してても…………そりゃぁ、ちょっと複雑かもしれないけど……………」

 

柔らかいミユキの瞳とユイカの瞳があう。

 

「シンジさんは、アスカさんの夫で、ユイカのパパで……そして、ユイカの好きな男の子………それでいいんじゃないかな」

「それでいいって、なによ?」

 

優しすぎる言葉に反発を感じて、ユイカの口が軽く尖がった。なんとなく、いつもの調子が戻ってきている。

 

「だから、それでいいのよ。ユイカはシンジさんのことが好きでも良いの」

「どうして?だって、パパなんだよ!」

「いいじゃない、相手がパパだって。私だって、子供の頃はパパのお嫁さんになりたいって思ってたもの」

 

ミユキの頬には、少しだけ朱がさしていた。

 

「それと、これとは…………………違うよ」

 

ぷいっと顔を背けてユイカが言う。

 

「ああっ、もう、ユイカのわからんちんが!」

 

ミユキはそういって、綺麗に紫がかった黒髪をぞんざいにボリボリとかく。そして、いたずらっぽい笑いを浮かべながら、ユイカの背中に抱き着いた。

 

「きゃ!ちょっと、ミユキ」

 

背中に感じる親友の体温。裏切りの象徴である豊かな感触が、今はなんだか暖かく感じられた。

 

「いいユイカ!あんたは、シンジさんのことが好き、それで良いのよ」

「だって……でも…………」

「だっても、でもももないの………………ユイカはシンジさんのこともアスカさんのことも好きなんだよね」

 

耳元で喋るミユキの声が、くすぐったくて、ユイカはちょっと首を竦めた。

 

「うん………」

「そして…………シンジさんのことは、男の子としても好き」

「………………………………………………………………………………………………………………………………うん」

「それでいいじゃない………その全部でいいと私は思う」

「それって…………どういうことよ?」

 

拗ねたような声を出して、ユイカが急に振り向いた。さらさらの茶色の波がミユキの鼻先をかすめる。ミユキの形の良い鼻がむずむずと動いて………そして、

 

くしゅん

小さなくしゃみが一つ出た。

 

「ちょっ、ちょっとぉ……もう、汚いわねミユキ」

 

ユイカは眉間に皺をよせて至近距離から吹きかけられたミユキのつばをハンカチで拭う。

 

「てへへへへへっ……ごみんねユイカ」

「もう………ほんとに………」

「とにかく……………私が言いたかったのは以上よ」

 

人差し指を立てて、ミユキがそう言った。

 

「だからぁ、どういうことなのよ?」

「後は自分で考えなさい。本当は、私だってうまく説明できないんだから…………………でも、今日みたいに変に暗くなっちゃ駄目だからね!ユイカは本当に融通が利かなくって、何時の間にか自分を追い込んじゃうようなところがあるから………………」

 

ミユキは、困ったもんだと大袈裟に首を振ってみせた。

 

「……………大きなお世話よ」

 

茶色い髪が、再び宙に流れた。

 

 

 

第6話Cパートへ続く


みゃあと偽・アスカ様(笑)の感想らしきもの<限定版>

 

みゃあ「ほうほうほうほう」

アスカ様「ちょっと・・・全然あたしの出番がないじゃないの」

みゃあ「あれ?アスカ様何だかんだ言ってもやっぱりご出演なさりたいんですか?」

アスカ様「とーぜんよ。あたしは『主役』なんですからね」

みゃあ「(^-^;。い、いや・・・それはちょっと違うんじゃ・・・ユイカちゃんのが目立ってるし(ぼそ)」

アスカ様「(ぴく)・・・・・」

みゃあ「あれあれ?ご不満そうですねぇ・・・やっぱりシンジくんを取られそうで恐いのかなぁ?(^-^)」

アスカ様「ちっ、違うわよっ!何言ってんのよ、アンタは。あたしはいつも一番目立ってないと気が済まないだけで・・・だからその・・・」

みゃあ「(うぷぷぷっ)・・・いーじゃないですかアスカ様。いざとなったら三人でしちゃえば。これぞまさしく親子どんぶっ!!」

どばきいっ!!

アスカ様「・・・相変わらずね、アンタは」

みゃあ「ひ、ひゃい・・・。これがこの感想らしきものの醍醐味で(^-^;」

アスカ様「あんたの場合、ダイゴミじゃなくて粗大ゴミよっ!!宇宙の果てまで飛んでいけーーーっ!!」

カキーーーーン!!

みゃあ「あーれーーーーーっ!!」

キラーンと星になる。

ユイカ嬢「あーあ・・・またこうなるのね」

ミユキ嬢「まあまあ、これがこのコーナーの宿命なんだから」

リツコ「・・・無様ね」

マヤ「良かったですねセンパイ。今回も出番があって」

ミサト「・・・いーわね、あんたたち(-.-")」

レイ「・・・・・碇くんに悪い虫がつきそう。・・・排除しなきゃ」

全員『えっ!?』

 

(つづく)(笑)

  


読んだら是非、感想を送ってあげてください。

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